堅城攻略戦 第三章 坑道の闇に潜む者 8
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 堅城の天守最上階からは、周囲の景色がほぼ一望できる。

 かつては、宿場町で一泊した旅人が早朝に発てば、昼前にはこの城に至り、関で人と荷を検められてから、この先へと歩みを進めていった、sそんな行き交う人馬で賑わっていた街道。

 今は人跡耐えたその道を、わずかに足を速めつつ、こちらに向かってくる一団。

 余裕ある足取りに見えるが、その足の運びの早さは、その中央に一騎だけ居る騎馬武者の駆る馬の足取りを見れば凡そ知れる。

 並足よりは早い馬の足取りに対して、周囲を固める式姫の歩みはほぼ同じか、それ以上の速度。

 それを遠眼鏡で見て取った男は、それを仕舞いながら小さく舌打ちをした。

「やはり早い」

 あの移動速度ならば、程なく城下に取りつくか。

 どう対応する……。

 前回の戦で、ほぼ完璧な包囲を敷いたにも関わらず、それを切り破られ、奴らの逃走を許したのは、式姫の並外れた攻撃能力もあるが、何よりあの少数精鋭の機動力に対して、こちらの操る骸骨兵団の動きでは、対応しきれなかった事が原因。

 押し包み切れず、包囲の弱い所を、こちらの想定を上回る速度で突破され、その穴を補おうと部隊を動かそうとするも、相手の速度に対応しきれず、徒に隊列を乱しただけの無様な部隊展開になってしまった。

 その混乱の中で、奴らを追いきれたのは、あの妖共だけ。

 確かに城を守るなら現状でも問題ない、数で圧倒して、追い払う事が可能なのは先だっての戦で証明済み。 そして式姫があの時、堅城に向けて攻め上がる、もしくはもう少し進退の判断に迷っていてくれたら、包囲を完成させて、あのまま押し包んですり潰す事とて可能だったろう、だが、奴らは状況不利と見るや、こちらの予想を上回る速さで、たちどころに組織だった動きで、包囲の弱い環を見切って逃走に掛かった。その判断と動きはさすがに歴戦の集団と言わざるを得ない。

「せめてあの骨共らが、弓矢を操る程度の事ができたら」

 そう、それが自分の操る不死の骸骨兵団最大の弱点。

 妄執に囚われた操り人形、奴らに命じて手にした刀や槍を振り回し、敵を襲わせる事は出来る、それらは多少刃こぼれし、曲がり、折れていても、威力は兎も角、武器としては成立する。

 だが、弓矢はそうではない、日々弓の張りを保つ手入れを行い、戦の前に弦を張り、矢を作り補充する。そういった複雑な行為をこなせねば武器として機能しない……それはあの死人の群れには出来ぬ事。

 本来であれば、骸骨兵団は壁として用い、その後ろから弓箭等による遠距離からの攻撃によって、敵を制圧するのが理想。

 そして、その理想的な兵の運用を出来なかったこちらの事情……その辺りも、敵の軍師はある程度見抜いているだろう。

 更には、仙人峠の戦いの折に奴らに露呈してしまった、彼の保有する不死の軍団を動かしているのが、地脈を通して送り込む力と命令であるという事。

 奴はそれをどう突いてくるか。

 その答えが、遠眼鏡で見て取った彼女らの陣容の中に見て取れた。

「やはりそう来たか」

 敵が拙速にすら見える動きで、仙人峠の戦いから時を置かずに軍を動かした理由、それが読めた。

 厄介な連中だ。

 忌々し気にそう呟き、彼は眉間の皴を深くした。

 式姫の攻勢により、狂いを生じ始めた彼の計画。

(今少し時間が欲しかった)

 だが、それは言っても詮無き事。

 眼下にひしめく骸骨兵団に……この城の元城兵達に念を送る。

 三の丸を含む、堅城城下の縄張り跡に広く展開していた骸骨兵団が動き出し、二の丸に蝟集していく。

 一度見せてしまった以上、地中に隠し、伏兵とする手はもう使えまい。ならば、全軍即応態勢で手元に置くのが上策。

 この城の縄張りも、それぞれの要所に配置可能かつ、効率の良い人数もすべて頭に入っている。

 式姫達の迎撃は十分に可能。

 だが……。

 軍師として、この戦場だけに留まらない様々な想念や考えが浮かんでは消える。

 当面の敵として、式姫は退ける必要があるが、排除が完了した瞬間から、もろい同盟関係にあるあの妖怪共は、十中八九、自分の敵となる。

 奴らの本当の目的は分かっている、そして、そのために自分を生かしておかねばならないという足許も見えていた。 それを利用して、知らぬ振りでのらりくらりと計画を進めてきたが、それも限界か。

 いや限界と決め込むのは早計か……前回のように、式姫をある程度戦力を保持した状況で退かせる事が出来れば、奴らの存在その物が妖怪共への牽制になり、わずかだが時間も稼げるかもしれぬ。

 では、式姫に対し、損害を与えるよりは、その動きを阻み攻撃を諦めさせる作戦に切り替えるか……一瞬そんな考えが頭をよぎったが、男は強く頭を振った。

「未練がましい考えは捨てよ」

 己に言い聞かせるように、敢えて思考を言葉にして、自分の外に出す。

 あの日以来、自然と身についてしまった、この癖。

「あれ程の難敵を、己の良いように操れるなどという甘い考えは、己の足を掬うのみぞ」

 己を過剰に恃み、敵を軽んじるが如き、小人の罠に陥るな。

 そして何より。

「此度の戦は、先のそれとは訳が違う……」 

 時が来てしまったのだ。

 全ての事物に必ず訪れる、均衡が崩れ去る瞬間。

 言葉や理ではどうしても説明できない、その渦中に身を置き、その場の空気を吸っている者だけが嗅ぎ取れる、そんな「時」の匂いを、今、強く感じる。

 ここで、現状維持を択ぶのは慎重さではない、ただ決断すべき時を逃し、敗者にすらなれず、状況に押し流されて右往左往する凡夫に過ぎない。

 儂は違う……この濁流の流れを乗り切り、汚泥を飲んででも、生き延びてみせる。

 思考を細く鋭くするべく、呼吸を整え半眼になる。

 式姫の予想を超えた動きにより、こちらの計画が危機に瀕しているのは間違いない……奴らの持つ力の底知れなさ、殊にその軍略を立案している存在の力量は正直読み切れぬ。

 であれば、相手の行動に制限があり、その手の内をある程度は読めて、こちらの用意が整っている、今この機を逃がしてはならぬ。

 奴らは獅子の子。

 まだ脆弱な今の内に排除せねば、奴らは短期間の内に、こちらの予想をはるかに超える大いなる脅威となって、儂の望みの最大の障害として立ち塞がる事となる。 そんな予感がある。

「先ずは全力を以て式姫どもを再起できぬまでに叩く」

 決定を言葉にして、確定する。

 妖怪共の相手は、その後の話。

「負けはせぬ……儂は、誰にも」

 この戦いの果てるとき、最後にこの地に立っているのは、儂だ。

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「妙ですわね……」

 鞍馬の号令一下、式姫達の動きが突撃時のそれになる、その先頭を走りだした先鋒部隊の中で天狗が訝し気に眉をひそめた。

「どうしたの、天狗ちゃん?」

 そうこちらを覗き込む天女に、軽く首を振ってから、天狗は少し先を走る紅葉御前、悪鬼、狛犬に目を向けた。

 あの三人が突撃を開始してしまっては、ちょっとそっとで止められる物ではない。

 天狗は顔を巡らして、若干離れた位置を保ちつつ駆ける馬上の主と、その隣に立つ鞍馬に、天狗声の術で大声を放った。

「鞍馬さん、展開していた敵が引いていきますわ、私たちはこのまま突入して大丈夫ですの?」

 前回の戦で、少数配置されていた敵を排除しつつ二の丸があった辺りまで攻め入った所で、地面から湧き出すように現れた骸骨兵団に分厚い包囲を敷かれてしまい、必死でそれを切り破って逃走した先の戦は、式姫達にも苦い記憶として残っている。

「ふむ」

 天狗の言葉を聞き、そう呟いた鞍馬が背の翼を軽く一打ちして少し高い空にその身を浮かせ、骸骨兵団の動きを見て取る。

(二の丸正面に戦力を集めるか)

 彼女の戦場慣れした目でざっと見た敵の骸骨兵の数は、二千に少し足りない程度と見た、凡そ、敵が保有するとこちらが見込んでいた兵数と一致する。

 前回の戦では、地中から湧き出した敵兵に包囲されたと聞いていたが、今回はその手は採らなかったという事か。

「おゆき君、奴らが地中に潜んでいる様子は?」

 そう問われた、こちらも主の隣を守るように佇む山神は頭を振った。

「無いわね、私も警戒してさっきからこの辺りの大地の気脈に意識は繋ぎっぱなしだけど、周囲にそれらしい連中の潜んでいる気配は感じられないわ」

「そうか」

 自分の見立てと、おゆきの感覚が一致するなら間違いなかろう。

 一度見せた手は通じないと見て、全軍を即応できる形で手許に置いたか。

 兵を分散させなかったという事は、式姫の持つ攻撃力に対し、純粋な兵の密度で阻む策を選んだという事だろう……単純だが、確かにこれだけの数を用意されては、紅葉御前や狛犬たちの力を以てしても突破は困難。

 奇手も弄すが、こういう地味で泥臭い運用もできるか、判ってはいたが、やはり敵の軍師、そう容易い相手ではないと見える。

 先鋒部隊には、二の丸前までの進軍路の確保と周囲の制圧を命じてある、敵が引くなら寧ろ好都合。

「問題なさそうだ、かまわず進んでくれ。ただし、くれぐれも、事前の申し合わせ以上は進むんじゃないぞ」

 拠点確保が第一目的、敵の排除はそれに伴う余技に過ぎない。

 鞍馬の言葉を聞いた紅葉御前が聞こえよがしに大声でぼやく。

「なんだい、それじゃ敵が一匹も居ないじゃないか、少しぐらい足伸ばして、あの辺に固まってる連中をぶん殴っちゃダメなのかい?」

 あたしらの突撃は敵にぶつからなきゃ停まりゃしないよ。

 その隣で、悪鬼と狛犬も満腔の同意を示すように頭をぶんぶんと振る、それに向けて鞍馬は厳しい声を返した。

「事前に言ったが、君たちの突進力に期待しているのは敵の全軍を瓦解させるための要の一撃であって、敵兵数体討ち取ったリーなどと吠えてほしい訳じゃない。 それとも君らの武は、その辺の有象無象を蹴散らした程度で喜べるのかね?」

 随分と安っぽい話じゃないか。

「……言ってくれるねぇ」

「言うさ、武の要は緩急にある、止まるべき時は止まり、動くべき時は全力を出す、そんなことも判らない君らじゃあるまいと思っていたんだがね」

 買いかぶりかい?

 挑発的な軍師の言葉を聞いた紅葉が、凄みのある笑みを浮かべる。

「判ったよ、ただし、最後まであたしらが暴れる機会がなかったら、代わりに帰った後に一手お相手して貰うよ、鞍馬山の大天狗」

 伝説に語られるその闘術。

「あたしら戦鬼に武術の講釈垂れる自信があるなら、その位はやって貰えるだろうね?」

「敵と干戈を交えず得られる勝利くらい、軍師にとって結構なものはない、もしそうなってくれたら万々歳、喜んで鍛錬の相手くらいは務めさせて貰うと約束しよう」

「その言葉、忘れんじゃないよ」

 それだけ言って、紅葉は足を早めて、少し彼女より先に出た悪鬼と狛犬に並んだ。

「聞いた通りだ、二人とも、今回はあたしが止まるところで一旦は止まりな」

 止まらなきゃ首根っこひっ捕まえるよ。

「うー、どうもあたし、あのねーちゃん好きになれねー、紅葉ねーちゃんもなんであいつの言うこと聞くんだよ!」

「敵はあそこに沢山居るッス! このまま突撃するッス!」

 こちらに不平そうな顔を向ける二人に、紅葉は黙って首を振り返した。

「ねーちゃん!」

「悪鬼、狛犬、忘れんなよ、あたしらだけで戦った時は、あいつらに一度負けてんだ」

 みんなを、そして、大将も危険に晒しちまった。

 全部、あたしらの力不足。

「だけど今度は勝つ、あの軍師はそのために大将が連れてきたんだ」

 そして、あたしはあの軍師殿の策の下で戦った。

 だから、認めざるを得ない。

「……あいつは、本物だ」

 あたしの力を、その指揮下に収めるだけの、知略の器。

「だから、悪鬼、狛犬、お前らも一度不満は飲み込んで、あいつの策の下で戦ってみな」

「……紅葉ねーちゃん」

「うー、狛犬そういうの、良くわからないッス」

「こまけぇ事は良いさ、今は、あいつの命令は大将の命令だと思って従ってみなって事だよ」

 そうして、あいつの整えた戦場の空気を感じれば、あんたたちにも判るはず。

「自分の答えは、その後に出しな」

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 仙狸は、かなり先を行く先鋒部隊の背をに向けていた目を、傍らの鞍馬に向けた。

「紅葉殿との、しかも戦をし損ねた後での手合わせとなれば、下手な戦より余程にしんどかろう。 お主の武芸は疑うべくもないが、やっとうの方は暫く実戦から離れておったろうに、あんな約束して大丈夫かの」

「荒療治が必要な時ってのはある物さ、どうも山の獣と楽しく戯れる生活が長かったせいで、随分と戦の感覚を忘れているからね、一度生死の境を潜る位はした方が良いのかもしれない」

 軍を動かすには、余計な難敵との戦は避ける事が鉄則、だが、個々の武を磨くならば、強大な力と当たるのは寧ろ必要。

「禅にも警策(けいさく、きょうさく)は付き物じゃないかね」

「叩いて活を入れてもらうというには、紅葉殿の得物は少々物騒じゃな」

 少し前の戦で、ぬめる粘膜と鱗で二重に守られた、沼に潜みし巨獣、磯女の胴を一撃の下に両断したあの手並みと破壊力は、さしも百戦錬磨の式姫たちも瞠目したもの。

「人なら兎も角、天狗なんて代物が数百年単位で鈍り切ってしまってはね」

 その位のキツイ一撃を入れてもらわないと、しゃんとしないだろう。

「ふむ、武術を極めんとする連中は何かと難しいのう、猫にはわからぬ世界じゃが、お互い怪我などせんようにな」

「ありがとう……まぁ、とはいえね」

 ふっと、鞍馬はほろ苦い笑みを、その視線の先にある堅城に向けた。

「残念ながら、緒戦がどうあれ、この戦が平穏に終わるなどあり得ないさ」

 先鋒にわずかに遅れて、鞍馬や仙狸を含む、主を守るように周囲を囲んだ式姫の本隊がその後を追って速度を上げる。

「……そうじゃな」

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■紅葉御前

本編だともう少し悪鬼や狛犬寄りというか、まんま連中と同ベクトルなワッショイ姐御ですが、拙作では少しだけ姐さん寄りというか、伝承の中の紅葉御前に寄せております。

説明
「堅城攻略戦」でタグを付けていきますので、今後シリーズの過去作に関してはタグにて辿って下さい。
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コメント
OPAMさん ありがとうございます、次第にこの関係性がもたらす亀裂と団結が事態を混迷へと……おっと(野良)
鞍馬さんと紅葉御前のお互い相手を認めたうえでのやりとりが熱いです。飄々とした仙狸さんと鞍馬さんの会話と対称的。だけど両者とも軍師の鞍馬さんを認めているのが、青年軍師と妖の関係と対称的。いろいろ対称的な両軍だけに、それが今後どんな影響を及ぼすのか予想出来なくて楽しみです。(OPAM)
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