艦隊 真・恋姫無双 166話目 《北郷 回想編 その30》 |
【 憤懣 の件 】
? 南方海域 連合艦隊 にて ?
『こ……子供? With who!?(誰と!?) まさか……て、てて、提督のこと……Are you talking about Teitoku!!?(提督のことデスカァッ!!?)』
『胸が熱い───いや、痛むのか? 彼女の言葉を聞いて、何故か胸が張り裂けそうに! うぐっ、まさか、これが………嫉妬というものなのか!?』
『そんな事で勝ったつもりでいるの〜? 説得力の欠片もない遥か昔の話なんか、付き合ってられないわぁ………さっさと、消えてもらうかな〜』
桂花の言葉を聞いた三隻は、それぞれが激しい驚愕、嫉妬、憎悪を示し、彼女達を煽る元凶を睨み付けた。
自分達よりも小さく、自分達よりも華奢で、自分達よりも……北郷一刀と深い繋がりを得たと証言する、古の覇者に仕えた魏将の一人を。
『おいっ! お前ら、何ふざけた真似してやがるっ!! 戦いは終わったのに、変な禍根を残すような真似は止めろぉ!!』
『ふーん、戦い大好き天龍ちゃんの癖に、私達の争いを止めようとするんだぁ。 何か可笑しな物でも───食べたの?』
『ば、馬鹿野郎っ! 真顔で聞くなっ!! 此処にはオレ達だけじゃねぇ! 他の艦娘達や提督がいるのに、無用な戦いが嫌なだけだ!!』
『Hey、天龍! 英国ではAll is fair in love and war(全ては愛と戦いにおいて公平)と言うヨ! ここはガツンと一発、分からせてやるネ!!』
『おい、金剛も落ち着け! 向こうの国の格言持ってきても状況に合わねぇよ! この国には【 郷に入っては郷に従え 】って言ってなぁ───』
『そうか。 では、この艦隊の旗艦である私が、後に続けと命令すれば、問題は無しだな! 皆、天龍の言質は取った! 行くぞ!!』
『───んだそりゃ、って………お、おいっ!?』
意外にも、あの天龍が大声で必死に制止を促すが、三隻の息の合ったやり取りにより、まんまと煙に巻かれた。
そして、ただならぬ雰囲気を纏わせた三隻は、桂花を凝視する。そんな視線を感じた桂花は、わざとらしく溜め息を吐くと金剛達へ顔を向けた。
『アンタ達が、今の一刀の女……ね』
『──────!?』
『見れば分かるわよ。 アンタ達の表情、行動、態度、何れを見ても一刀に恋する女なんだと、一目瞭然。 もう何回も……見慣れているから』
桂花の見せた和かな表情、そして突如と艦娘達の心情を言い当てた事に、思わず進む足を止める。
だが、その菩薩の表情から一転し、醜悪な笑顔を浮かべ言い放った。
『でも、一刀も堕ちたものだわ。 あんな奴ら相手に無様な醜態を晒すなんて。 曹操様に仕えていた頃なら、まだ猿より役に立てていたのに』
『────What are you talking about!?(何を言っているんデスカッ!?)』
桂花の毒舌に透かさず金剛が反応するが、そんな事は上の空で、金剛を無視し話を進めた。
『ふん、簡単な話よ。 無知蒙昧な将軍を上に仰ぎ稚拙な装備と未熟な練兵で、千軍万馬の強者と矛を交えば、どちらが倒れる分かるでしょう?』
『この戦は、曹操様の援軍なければ終わっていたはずよ。 そして、貴女達が大敗すれば、海の藻屑か深海棲艦とか言う……化け物に成り果てる』
『ふふふ、情が厚い一刀は、貴女達の最後を見ながら、その胸中へ去来する感情に何度も潰され、後悔しながら儚く果てる運命だったのよ!』
ギリギリギリィィィ……と誰かの歯軋りが聞こえ、また誰かの強く握られた拳より血が大海へ滴り落ちる。
そして、誰かの血走った目が、桂花を射殺さんばかりに睨み付けた。
だが、桂花の言う事は正論を射ている。
大本営からの無茶苦茶な命令から、練度が低く艤装も初期装備のままの艦娘達を救い出し、突如現れた深海棲艦達を相手に大立ち回り。
間違いなく、あの状態では、一刀を含む全員の未帰還が確定していた。
塩を欲しがる敵に、熨斗つきで大量の塩を贈呈するという……最悪な結果に、だ。
『フフ、フフフ、フフフフ…………You pissed me off!!(貴女は私を怒らせマシタァ!!) 私の真の実力、その身に刻みつけてあげるネー!!』
『うふふ……ねぇ、どうやって始末されたい? 今なら特別に選ばせてあげるわよぉ。 砲撃、雷撃、それとも……私の手にあるコレで〜!』
桂花の止まらぬ毒舌に、思わず憤怒の金剛が飛び出そうとし、笑顔を張り付けた龍田が、額に青筋を浮かべつつ、ゆっくりと歩を進め始める。
『待てっ! まだ動くな!』
『『─────!?』』
『アレは私達を挑発しているだけだ! もし、ここで私達が攻撃を開始すれば、それを口実に、あの女の仲間達が一挙に攻め寄せてくるぞ!!』
長門の絶叫の如く停止の言葉は、二隻の行動を止め、更に理由を知り思わず脱力する。
桂花が行ったのは挑発込みの【口撃】であり、物理の【攻撃】でない。 もし、ここで手を出せば、相手側の都合の良い大義名分となる。
そうなれば、先の深海棲艦に向かった圧倒的武力が、今度は長門達に行使される恐れがあった。
『ふん、見掛けによらず頭が回るじゃない。 こっちの猪にも見習ってもらいたいわ』
『見くびられても困る。《 いくら頭に血が昇ろうとも、旗艦なら冷静に戦場を俯瞰し、統制を試みよ 》……提督から散々叩き込まれたのだからな』
『………………そう……』
一触即発………そんな重い空気が周囲を包み込む中、僅かな沈黙な後に桂花は長門達へ問う。
『まあ、時間も無いから単刀直入に言うわ。 もし、提案を飲んでくれれば、私の権限で全員助けてあげもいいわよ。 一部の者を除いて……』
桂花からの言葉に、目の前の金剛達は嫌な予感を感じ取り、次の瞬間に現実となった。
『北郷一刀を私に引き渡しなさい!』
『────────!?!?』
『あんな愚図で甲斐性なし、しかも女誑しの最低最悪な男。 でも、私には使い道があるの。 この私の身を、過された罰を与えてやる為にね!』
【 焦燥 の件 】
? 連合艦隊 三国恋姫側 にて ?
その様子を見て、蜀や呉の陣営は騒然とするが動きは無い。 幾ら仲間といえ、桂花の動きを止めるのは、属している魏の陣営の責ゆえに。
『………しゅ、春蘭さま! これって、華琳様達が決めた作戦と違うじゃないですかぁ!? 早く、早く桂花を止めないとッ!!』
『秋欄さま!!』
華琳から聞かされていたのは、一刀達を救援後に三国の首脳部で二、三の言葉を交わし、そのまま消え去ることであった。
本当は……全員が全員、一刀に伝えたいこと、教えてもらいたいことが色々とある。
彼が去った後の事象、自分達の心情、一刀の現在、後方で待機している艦娘という女性達。
そして、特に一番大事な話である……自分達を覚えているかの確認。
忘却されている可能性は大といえど、乙女心的には僅かな可能性でも信じたい。 待っていた彼から、あの時と同じ渡した真名を呼んで貰いたい。
──────そう皆が願っていた。
だが、想定外なことが此処で起きる!
あれほど華琳に盲信し
あれほど華琳の命令に忠実で
あれほど華琳に尽くした魏の筆頭軍師が
まさかの独断専行を行ったのだ。
最初に気付いたのは、季衣と流琉である。
華琳の護衛とし前線まで出て、つい先ほどまで近くにいた桂花が見えなくなり、慌てて探したところに桂花の声が聞こえた。
急ぎ見れば、季衣達が敵うか分からないほどの武力を内包した艦娘……という将達に口喧嘩を
仕掛けるのを見て、思わず顔が真っ青になる。
特に、長門という艦娘を見て、季衣と流琉は自分達の力では抗えないと瞬時に覚(さと)る程。
そんな長門に一歩も退かず、後方の二人からの殺気も易々と受け止める桂花に、ある意味の尊敬の眼差しを向けるが、今はそれどころでは無い。
されど彼女たちに諦める気などなく、ならばと次善の手として、桂花とは自分達よりも付き合いが長く、上司としても尊敬する二人に願った。
これが、冒頭の台詞になるのだが、返ってきた言葉は────
『私とて、仲間の危機を見す見す逃すような真似など……したくない! だが、だが……!!』
『すまない……《 桂花が危機になっても手出し無用 》……この……華琳様の命に背く訳には!!』
『『そんな………』』
苦虫を噛み潰したような表情で答える、二人からの冷たい拒絶だった。
華琳が桂花に何を命じたのか、春蘭も秋蘭も聞かされていない。
ただ、《 桂花が独自で動くとき、手助けは全て無用よ 》と言い含められていたと、季衣と流琉は二人より聞かされるのみ。
今は桂花の行動を心配しつつ、この行動の末を黙って見守るしかなかったのだ。
【 覚悟 の件 】
? 連合艦隊 艦娘側 にて ?
『それは………提督に復讐すると言う事か?』
『逆に聞くわ。 それ意外に何の意味合いがあるというの? 私は自分の気が済むまで、アイツを貶めてやるつもりよ……徹底的にね!』
『…………………』
そう言って桂花は長門は、互いに互いを睨みつける。
魏の筆頭文官である桂花、
世界のビッグ7の一隻と数えられた長門。
時代は元より性別、はたまた生物の根本的な物さえ超越した二人が、こうして対峙しようなどと誰が思い浮かべようか。
『…………悪い話では無い筈よ。 大勢いる者から一人を間引きけば、残りは生き残る。 特に長という立場を持つものなら、理解できるでしょう』
『…………………』
『気付いていたと思うけど、私に何か行えば、後ろの軍勢が動き、貴女を含めて殲滅させる指示をだしているわよ。 よく思案して欲しいわね』
そう言って、桂花は腕組み見下す態度を取ったのだが、桂花の言葉が終わると同時に、長門はニヤリと笑うと短く返事を放った。
『───────だが、断る!!』
『!?』
『この長門が金や名誉のために、軍務へ着任していると思っていたのかっ!! 私は提督に心服し、提督の信頼した仲間と共にありたい!!』
『なんで!? アンタは死を恐れないの!? それに、アンタだけじゃない! 力を持たない弱き仲間達を全員道連れにするつもり!?』
『戦場に出れば轟沈は覚悟の上だ! ただ、私を信じ、私を大事にしてくれた提督の身を引き換えにしてまで、命を延命しようなど思わん!!』
この考えは長門の独断かと思われたが、後方の金剛達も大きく頷き、天龍もばつが悪そうにソッポを向きながら、片手の親指を胸前に立てた。
そして、残った艦隊からは─────
『────わ、私達も同じよ! 提督さんのお陰で命あるんだから、見捨てるなんて絶対できないっ! 翔鶴姉……あの世で会おうねっ!!』
『普段、私は何の為に戦っているか……よく考えていたが、今ここでハッキリと悟ったよ。 この提督を支え共に歩む為だ! 瑞雲と一緒にな!!』
『どのみち提督に救って貰った命だし、私達をどう使って貰ってもいいよ。 ただ、最後に一言………夜戦したかったな………』
多くの賛同の声が、周囲の大海へ響き渡る。
この声に押されるかのように、長門は更に更にと前へ進み出て、桂花の間近まで近付く。
『私達の覚悟は御覧の通りだ。 提督を渡す恩知らずは、この艦隊には居ない。 残念だったな』
『………………………』
『今度は私が問う。 この場を引く意志が無ければ、私の拳が貴女を穿つぞ! 覚悟はいいか? 私は既に……できている!!』
その間は───僅か1bもない。
だが、この近距離から艤装での攻撃は過剰だと、冷静に判断した長門は、展開していた艤装の砲塔を収束。
その代わり、激しい鍛練で盛り上がった自慢の筋肉を見せびらかすように、両手の拳を手前に何度も打ち合わせ、兇悪な破壊音を響かせた。
◆◇◆
【 鬼○ の件 】
? 南方海域 連合艦隊 援軍艦娘側 にて ?
『What are you doing!(何をやっているのよ!) Spirit(精霊)に対してなんてことを!!』
『これは、流石に余も捨ててはおれん! あのままだと、ナガートはSir Balin le Savage(野蛮なベイリン)と同じ結末になりかねんぞ!?』
桂花達を《湖の乙女達》と考える英国艦達が騒ぎ
出し、長門の行動を制止しようと動く。
そして、騒ぎを聞き付けた他の動ける艦娘達も、この機会に長門や金剛達を止める手助けを行うと、後に続き始めた。
幾ら一緒に戦ったと言え、彼女達は大本営所属のエリート。 本来な階級的には上の存在であり、また自分達は一刀の鎮守府とは関係ない部外者。
だから、彼女達を置いて、自分勝手な行動は出来なかったのだ。 一刀や長門達を救いたくても。
『い……いや、待ってもらうか………』
『────グラーフ! 貴女は大破している身で! Is it really ok!?(本当に大丈夫ですか!?)』
そんな行動に待ったを掛けた艦娘がいた。
声を掛けたのは、同じ大本営に所属する《グラーフ・ツェッペリン》であり、前線で戦い続けた損傷を庇いながらも、急ぎ止めに入り込んだのだ。
容態を心配してくれるウォースパイトに、軽く口角を上げた彼女だが、それもすぐに消し、鬼気迫る表情に変えつつ警告を告げる。
『Keine Sorge(心配するな)……これしきの戦傷など。 それよりも、あのWalkure(ワルキューレ)の邪魔は……させない!』
『何を馬鹿なこと!? The matter is pressing(事は急を要する)のに、そんな悠長な!!』
『Walkureは……成し遂げようとしているのだ。 英雄でなければ、英雄を知ることはできない……何かを……』
『Ah, I'm already disgusted!! (あぁ、もうムカつく!!) そんな遠回しな言い方なんて止めて、ハッキリと仰いなさいっ! ハッキリとっ!!』
謎めいた言葉を話すグラーフに、顔を真っ赤にして苛立つウォースパイト。
だが、グラーフの顔は涼しい表情で無視。 彼女は何も言いたくないようである。
流石に温厚なウォースパイトと言えど、仏の顔も三度までと格言通り、グラーフに掴み掛かろうと手を伸ばした。
そんなウォースパイトの肩に手を置き、怒りの表情を浮かべ凄みのある声でグラーフへ語り掛けるのは、もう一隻の英国艦娘ネルソンである。
『…………ならば、貴艦が理解できる範囲で説明してもらおうか。 でなければ、余の三連装主砲三基九門が、全て貴艦に向かうがな!』
『…………Geht klar(承知した)』
流石に言い過ぎかと感じたか、グラーフはネルソンの言葉に素直に聞き入れて語った。
『あのWalkure(ワルキューレ)は、見たところ武力より知力で争うタイプ。 それが、こうして一人で立ち向かうのは、必ず……何かある筈だ』
『それは、立場を逆転可能な───Fearsome tactics(恐るべし策略)が伏せてある───と?』
『そこまでは、な。 ただ、この国へ渡り知ったのだが、あらゆる力…… GewalT(暴力)やMacht(権力)から逃れる術があると……知っているだけだ』
その自信満々な態度に、英国艦娘二隻は互いに顔を見合せ、首を傾げるしかない。
彼女達の求める結果は《 争いの阻止 》 だ。
今いる艦娘達の数の暴力で、双方を抑えつけることはできるが、それは双方に肉体的精神的被害が甚大であり、更に後の禍根が恐ろしい。
だが、長門達の嫉妬、桂花と呼ばれる彼女の無謀とも思える挑発、これらから生じた紛争を何とか収めたいのだ。
それが……艦娘一隻の知恵で紛争を収められる?
ウォースパイト達は暇さえあれば、この国の文化を色々と学んだ。 目的である《謎の強さ》を探り、未だに確証が得られないというのに。
そんな苦労をしている自分達を尻目に、グラーフは、他の国の艦娘は……いつの間にか知らない知識を……先に得てしまった!?
まさかの展開に、思わずウォースパイトの全身から力が抜け落ちるが、すかさずネルソンが支えつつ、更にグラーフへ問う。
『………そ、それは?』
『ああ、それはだな………』
平然とするネルソンの声にも、若干の震えがあった。やはり、完全に動揺を抑えるの無理だったようだが、グラーフは気付かなかった様子。
どちらかと言えば、自身しか知らぬ情報に愉悦を覚えたようで、その内容を無知の生徒に語るように、少し自慢気に高らかと話し始めた。
臍を噛むウォースパイト達も、近くに居る艦娘達も、思わず一言一句、彼女の言葉を聞き逃さないよう傾聴しようと、辺り一面が静寂になる。
『この国で最高位を誇る超弩級平伏式謝罪姿勢……通称《ドゲザ》という物さ。 TVのhistorisches Drama(時代劇)で見たんだ』
『──────!!』
ドゲザと時代劇……この言葉を聞いて、直ぐに英国艦娘達は、自分達の見た場面を思い浮かばせる。
『もしかして……TVで見たTokugawa shogunsのFamily Crest(家紋)を見せつけ、bad magistrate(悪代官)を降すDuke・ミトの───』
『待て、それだけで判断するのはhasty(性急)すぎる。 他にもCherry blossom storm(桜吹雪)のトオヤマ、Unfettered Shogunのヨシムネもだ!』
時代劇と聞き、その情報源を探るため熱く語り合う二隻。
それは……舞台は古き日本、まだ武家支配が花開いた侍の世。 前半は偉そうに喚き暴れる悪党、後半は見事に成敗される勧善懲悪の痛快活劇。
もちろん、その後の悪党の処分は省かれるため、罪を犯した彼ら彼女らが、その後どうなってしまうのかは自明の理であるが。
様々な憶測が二隻の頭を渦巻く中、グラーフから出た言葉は─────時代劇とは言い難い……別の物だった。
『………Demon Slayer(鬼滅の刃)だ………』
『No way!?(ありえない!)』
『全くだ、それはAnime────』
『Lower your heads and bow!(頭を垂れて蹲え 平伏せよ!)と威圧的虐待でVassal(臣下)を支配しているTyrant(暴君)なんかに何を見るのよ!?』
『い、いや……余が言いたいのは………』
『じゃあ、Don’t ever give others a chance to murder you!(生殺与奪の権を他人に握らせるな!)って言葉を掛ける場面ね! それなら──』
『Lady calm down!!(レディ 落ち着け!!)』
猛烈な勢いで捲し立てるウォースパイトを宥めようとするが、まるで水を得た魚の如く話し出したら彼女は止まらない。
だが、彼女の友であり、良き理解者だったネルソンから粘り強い肉体言語の説得が通じ、どうにか冷静になることに成功した。
これにより、ウォースパイトに残ったのは………己を苛む羞恥心……だけだった。
『I'm so embarrassed I could die!(恥ずかしくて死にそう!) 煉獄さんじゃないけど……If there were hole…I'd hide in it(穴があったら入りたい)』
『そんなLadyに、この言葉を贈ろう』
『…………What?』
『〈どんな道を歩んでもお前は立派な人間になる! 燃えるような情熱を胸に頑張ろう。 頑張って生きていこう! 寂しくとも!〉』
『…………こ、このような屈辱的行為を……煉獄さんから慰められ……くぅっ、○ろせぇぇぇ! こ○しなさぁぁぁい!!』
赤面し顔を覆い踞(うずくま)り、ブツブツと呟いていたウォースパイトに、ネルソンは一声掛けて放置したまま、グラーフに続きを促した。
『ったく、そんなものではBritish joke(ブリティッシュジョーク)でも笑えんな。 それよりも早く続きを説明してくれないか、グラーフよ』
『……Okay(わかった)』
些か疲れた表情を見せるグラーフだったが、それでも問われたならばと説明に応じた。
『つまりだ……長門との戦力差は圧倒的であり、真正面から対抗するのはDummheit(愚か)であり、かと言って策略が成功するかは不明だ』
『確かに、な。 あのナガートは、余や妹のロドニーと並ぶビックセブンの一角。 そう容易く攻略されるなど───夢にも思わない』
『私の目からしても……そう思う。 だかな、こんな言葉を知っているか?』
そう言ったグラーフは一瞬だけ目を閉じ、ある言葉を口にした。
『《 Der Klugere gibt nach(知恵者が譲歩する) 》という我が国の諺だ。 この国では《負けるが勝ち》というらしいがな』
『私達の国は《stoop to conquer(負けて勝つ)》というけど……それが何の意味があるの?』
『長門はJapanが誇る、古き良きBushidoの義や礼を知る武人。 かのドゲザで謝罪すれば無視はできまい。 例え、敵対した者であってもだ』
『じゃあ、ナガトに対し、謝罪のドゲザというのを行ってもらえればいいわけね?』
『この姿勢で反省を示せば、長門は広い度量と威厳で赦さなければならない。 そうすれば……』
『双方が無闇に傷付け合う争いは、これで矛を収めて事態が終息する訳ね! 私は私の責務を全うする、ここに居る者は全員死なせない!!』
いつの間にか復活したウォースパイトが合いの手を入れつつ、グラーフが説明する。
しかし、暴走するウォースパイトを捕まえながら、ネルソンが異議を唱えた。
『だが、かの者はHigh self-esteem(高い自尊心)を持っているようだ。 これは、どう考えても、安易に謝罪をするとは思えないが?』
『Das finde ich auch(私もそう思う)……だが』
『…………?』
『《Es geht nicht darum, was man tun kann, sondern was man tun muss》……こんな言葉を残した、私の尊敬する偉人に従うまでさ』
『《できるできないじゃない やらなきゃならないことがある》か。 かの者のが見せる北郷への強い執着心……それ次第ということだな』
『………そういう事だ』
こうして、ネルソン達は納得したのだが─────
『あ、あぁ……あのぉ! すいませんッ!!』
『Wow!!』
『────!?』
『お、驚いた! あ、貴女は………?』
『驚かせて……ごめんなさい! 綾波型 10番艦 駆逐艦の……潮です。 ど、どうしても……確認したい事が……ありましてぇ……』
────そんな三隻の背後から唐突に大声で尋ねる艦娘《潮》の姿があり、彼女の発言から三隻の考えは根底より覆す結果になり────
『あ、あの人達の身形(みなり)からして、中華の方々と思われますけど……日本の土下座を行う文化って……ご存知なんでしょうか?』
『…………そういえば……』
『…………Oh my ……思い付きませんでしたね……』
『Oh, Shit!?(しまった!) 余としたことが!!』
『ぁぅ……あの、あの! ど、どうしましょう? 長門さんが……あの人と……もう接触───』
『『『 よもやよもやだ!! 』』』
『!?!?!?』
───この後、大混乱に陥ったのは言うまでない。
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