竹取異譚 第一話
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時に京都の冬は、残酷までに寒い。

地理的には、山に囲まれた盆地が雲をとどめさせ、寒気を閉じこめてるのだと説明できるが、この時代にはそれを知るものも書物もない。

あるのは、唐から流れてきた哲学めいた仏教の教えを説いた書物と、その仏教を教えに来た僧達のみである。それらも近年の密教ブームとかで唐僧ではなく、唐の文化や政治を学んできた遣唐使の僧に押されている。

紫式部は趣味と教養会得を兼ねた写経に飽きていた。そして、時の権力者の道長との喧嘩の末、女性ながらに高僧の教習を学ぶ交渉に成功したのである。

「貴女ほどの教養を欲する女性は唐にはいませんね。唐では美しさは内面でなく、顔や体型で選ぶものであるという考えが強いので、この国のように文字や、ましてや写経でない文字のやりとり…短歌とかいいましたかな、女性が自分の恋の言葉を綴るというのは思いつかないのですよ」

「まあ、古事記にもいざなみから誘ったって言い伝えがあるくらい女性が自分の恋慕を伝える習慣があるというくらいですしね」

蝋燭の仄かな明かりに自分の憂鬱をしたためて、高僧の真徳に目を向けず、式部は写経を綴り続ける。

「それは神話の話でしょう?」

「されどその神話の神々の末裔がいまの私たちなのですよ?彼女にできて今生きている私たちができないはずがないでしょう?」

真徳は困ったような、少し楽しんでるような、複雑で新鮮な感情を抱きつつ静かに笑う。

「それでも、短歌のようなその場限りの感情でない、真実の愛を書きたい、最近はとみに思うのですよね。何名かお付き合いしてきましたし、仏様の教えに真実があるのかと理解できる限りの書物も読んできました。しかし、実際、男と女の間に生まれる感情というのはいまだ形を伴っては分からないのです」

「ほう、それはかなり難解なことを。なにせ、私どもにはそういう劣情は不必要と考えて日々修行していますからね」

「もちろん畜生としての交わりという考え方もありますが、それにしては畜生とは違い、どうにも理解しがたい、時には信じたくないたくさんの渦巻いた感情がたくさんの悲劇を生んでいる。実際わたしも経験しましたしね」

筆の墨が切れたので、式部は一時休憩し、型をすこし崩す。

「すいません、3時間くらい写経をしてたもので。なにせ明日は彰子様に短歌を教える日なので、あまり自分の時間が取れないのですよ」

では、と真徳も今まで正座をしてた足をくずし、あぐらにする。

彼のざっくばらんな態度に、少し式部も意識したが、すぐに別の書物に目を向けた。

「唐の書物というのは、何かと教訓話がおおいのですね…少し、コレには驚きました」

「驚いたと言いますと?」

「私の知ってる文物には、そういう何かの役に立つというのより、その文が生み出す面白さといいましょうか、その文物の作者が何を考え、何を見、何を書きたいと願わんかが、にじみ出るのですよ。…そちらの書物たちをお貸ししますので読まれては?」

たくさんの書物のいちばん最初の方には「竹取物語」の文字があった。

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平安時代,紫式部,竹取物語

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