タイムトラベルママ/フォーリンスター・チルドレン 01 |
お星様が落ちてきそうだなぁと、僕は思った。
もしかしたらお星様にさわれるんじゃないかなと、僕は思った。
たくさんの、たくさんのお星様が、きらきらしていた。
点いたり消えたりしていた。
時々、灰色の雲が、お星様を隠した。
お月様だって、きらきらきれいだった。
プラネタリウムみたいだなぁ。
ねぇ、ママ。プラネタリウムみたいだよ。
お星様、とってもきれいだよ。
僕、ずっと待ってるから。
ここでずっと待ってるから。
だから……
迎えに来てくれるよね?
シャワシャワと、どこかで蝉が鳴いているのが聞こえる。六月の初め。初夏の頃合であるといっていい時期だが、すでに猛暑の最中と同じように、蝉は合唱を繰り返している。
「いやはや、今日もあっついですねぇ」
ぼんやりと網戸越しに外を見て、団扇で短い髪を揺らすのは井原アオイ。狭い狭い都市型住宅の、申し訳程度の庭に面した六畳の和室。首振り扇風機が静かに風を送っているけど、それだけでは涼をとるのに既に足りていない。
「八月とか、どうなっちゃうんでしょうね?五十度超えたりしませんかね?」
大きな胸を揺らしてアオイは正面にくるりと向きなおる。三十七歳とはとても思えないプロポーションをノースリーブシャツとホットパンツに包み込んだ彼女は、きっとこの場に思春期の男子中学生がいたならば鼻血を噴出させて失神させてしまうに違いない。
この場にいるのは中学生男子ではなく四角い顔をした浦沢俊介であるので、なんら問題はないのだが。
「この辺りは四十度を超えたこともないぞ」
浦沢は言いながら、ハンカチで額の汗をぬぐった。着ているのはサマースーツだけど、この時期ではすでにもうサウナスーツと名称変更しても差し支えないような気さえする。
「局長……」
アオイはがっくりとうなだれて浦沢を見た。五十度云々は冗談だったのに、返し刃があまりにもナマクラだったので、とても落胆している。
「それで、今日は何の用事です?」
日曜日のうららかな午後。唐突にたずねてきた浦沢に、アオイは聞いた。
「仕事だ」
「イヤです」
答えた浦沢に、間断いれず拒否を宣告するアオイ。
「……あれだけ復職したがっていたのにか?」
「いや、そーなんですけどね?面倒な時って、やっぱりあるじゃないですか?そういう時はパスしたいんですよね。好きなときだけやりたいなーって」
「勝手なことを言うヤツだな。大体君は復職以来一度も局に来ていないだろう。調停者といえども書類仕事もあるのだから、たまには顔を出してもらいたい」
「えー」
働いている職場に出勤しろという至極当たり前の提言に、あからさまにアオイは顔をしかめる。社会人としては口に出すまでもないほどの常識的なことなのだが、この人はそれが面倒くさかったりする。
「いつも書類は局長がやってくれてたじゃないですか」
ぷーと頬を膨らませる三十七歳。
「それは君が期限を三度破っても書かないからだろう。親切でやっていたわけじゃない」
浦沢はまた汗を拭いた。扇風機がぶーんと小さな音を立て、熱気を混ぜ込んだ生温い風を送ってきた。
嫌な仕事全部人に押し付けて今まで生きてきた三十七歳井原アオイ。もはや大人ではなく、三十七歳児だ。
「仕事はどうするね?」
「いやー、どうしましょう?あ、そうだ。風邪ひきました、風邪。お腹出して寝てたんで。あー、お腹痛いなー」
「子供ですかあなたはっ!」
途中から話を聞いていたのだろう、勢いよく襖をあけ、アオイの愛する一人娘、サエがお盆を携えて室内に入ってきた。襖は端まで行って、小さくバウンドして帰ってきた。
テーブルの傍らにムスっとした顔でヒザをつき、サエはお盆の上の汗をかいたグラスを二人に差し出した。グラスの下には当然紙製のコースターを敷いた。コースターは猫の絵柄だ。
アオイはグラスを手に取り、中身を一気にあおった。氷がカランと音を立て、麦茶が全て飲み込まれていく。
「くぁー、サエちゃんもう一杯!」
差し出されたグラスを手に取り、サエはすっくと立ち上がり、襖に手をかけた。
「局長さん、見ての通り、母は大丈夫ですから」
にこりと浦沢に笑いかけ、サエは部屋を出る。入るときとは裏腹に、静かに襖が閉まった。
浦沢は麦茶を一口のんだ。麦茶はよく冷やされた上に氷まで入っており、まさにキンキンだ。アイスクリーム頭痛を引き起こさんばかりの冷たさである。
「なるほどな。冷たいものを一気に飲めるほど、腹が痛いというわけだ」
今度は浦沢がにやりと笑う。
「あらまー」
十四歳の娘に罠にかけられる三十七歳!
「仕事……どうするね?」
「は、やらさせていただきます!」
この子供のような母親は、そりゃもう陥落せざるを得ないわけで……。
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タイムトラベルSF小説 ノーテンキなママの第二話 今回も12分割だと思います(2/12) |
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