Cafe Clown Jewel Vol3
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S.I.S.O.

 

 世界的に根ざす、秘密裏の国連組織。

 その活動内容は前に記した事だが、各国各地に分布しているその支部が何処にあるのか。

 無論、大広げにはできるはずもない。大体の支部となる場所は、カモフラージュされているか、または別の会社などの中に存在しているか。もしくは、支部となる場所が元からなく、情報だけの?がりでできているかだ。

 ここ浮遊島にある支部は二つ目の項目に該当する。

 どの会社の中に存在しているのか。

 その場所は、

―――――警察署だ。

 浮遊島(フローティア)警察署。そここそ、S.IS.O.の支部のある場所だ。

 ここの中にただ存在している訳ではない。この警察署自体の存在がS.I.S.O.であり、警察署となっている。

 警察署で働く人々の殆どが、S.I.S.O.の存在を知っている。その内の何人かは分からないが、警察の仕事とともに、S.I.S.O.の仕事も兼用しているか、もしくは、警察関係者の皮を被って、S.I.S.O.の仕事に専念している者もいる。

 綾はそれらの人々とは違い、警察とは関係のない人間である。つまり、警察とは違う他の職をしながら、S.I.S.O.の仕事を任されている。綾がカフェを経営しながら、その時間外に荒事をこなしている様に、例えば、この島にある学園の生徒、学生が危険な裏社会で暗躍していることもある。

 今、綾は警察署に来ていた。正確にはS.I.S.O.の支部の核中がある、警察署の地下に来ていた。

 そこは、広く薄暗い室内にコンピューターと液晶画面や、機器と機械の光が輝き、部屋の中心奥に巨大なコンピューターが、柱となって聳(そび)え立っている。司令室と言う所。

 その柱の前に席を構えるのが指令。

「御苦労だったな。」

 それなりに端整で、威圧的な顔立ちの中年くらいだろうと思われる男。指令たる人物が彼女を出迎えた。

 連日の仕事を遅くまで、および徹夜で仕事しているはずなのだが、表情にも素振りにも疲労の欠片すら見えない。顔に出難いだけで、本当はクタクタなのかもしれないが。

「処理班にはもう向かわせた。今頃死体も何もかも無くなっているだろう」

 処理班にも能力者がいる。もしかしたら、ビルごと無くなっているかもしれないが、そんな事はないはずだろうと思う。

「今回はエキストラも転がってますから、向こうも時間が掛かるかもしれませんね」

 死体十体もあれば、なかなか工作のしがいがあるのかもしれないが、大変な作業になりそうである。消し飛ばすようなやつがいたら、即座に終わるが。

「それはないだろう」

 死体処理に時間が掛からないらしい。本当に消し飛ばすのだろうか。

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 指令―――名を最上(さいじょう)十(じゅっ)徳(とく)という、何とも坊さんどころか、破戒僧でもやれそうな名前を持っている。――――が、続けて言う。

「さて、そのエキストラどもだが、医研お抱えの殺し屋だそうだな」

 疑問符もない、断定的な質問に綾は縦に首を振った。

「能力者が居なかったのは幸いでした。ヤクザ関係か、せいぜい軍人流れでしょう」

「だろうな。君を相手に十人程度でよく挑みかかる気になるな」

 くくく、と含み笑いしながら肩を竦めて見せた。

あの場にエキストラに選ばれ、頭をぶち抜かれた方にとってはたまったものじゃない。

「その点関しては馬鹿としか言えませんが」

 馬鹿呼ばわりされる死んだ方々が、ここに居れば、こう言うだろう。

 銃弾を目測で避けられる、そんなのが相手と、聞いてない、そんなの普通の人間が相手できるか。と。

「どうも、こっちの動きを予測していたように思えます」

 笑うのを止めた指令が、眼光を彼女へと向けて言う。

「そこは気になるところだな。山を張った可能性もある。他にも取引を阻止しに行っているから、そこら辺との折り合いを見ればわかるだろう。臨時に來がそっちに行っている。」

 指令の言葉に、綾は怪訝な表情をした。

「まだ高校生なんですから、彼をあまり使うのは控えたほうがいいですよ」

「仕方ないからさ、人手が唯でさえ不足気味なんだ。それに、彼なら能力者が来ても向こうがどうにかなるだけさ」

「それは、そうですけど」

 否定はできない。來と言う子がどんな能力を持っているか、綾は知っているからだ。

 しかし、人材不足も否めない。何分、強力な能力者しかS.I.S.O.の執行者になれないし、そういった者達を引き込むのも機密組織な為に難しいのだ。

 だから、綾や來のような実力者が多々駆り出される。

「前回まで密輸が平沼の命だったのに、今回の様な複数同時の取引があったのが気になります」

 それには頷くだけであえて触れずに、ここで指令が話を戻す。

「それはそれといいとして、医研が殺し屋を持っていた事だ。その事がこっちの接触で明らかになった訳だ。なら、それを盾にして潰しに行く事ができる。後から出てくる醜態は表のメディアに料理してもらうとしてだ」

 分かっているな。と顔で言う。その答えも決まっている。

「勿論、私が行きます」

 徹底的に跡形もなく。一人残らず、一つも残さず。殺せるもの全て、壊せるもの全て。殺し尽くし、壊し尽くす。

 復讐という報復のもと、非道に非情を重ね、冒涜な程に背徳を重ね、残虐なまでに加虐を重ねる。

 それだけの復讐をする理由も、復讐すべき理由も、私にはある。

「御陣に攻め込むのは、数日後に成るだろう。色々と手回しと、許可を本部に要求しなければな。ところでだ・・・」

 指令の人差し指が、綾の持つ金属筒を指す。

「それが、今回のお土産か?」

 嘆息して、彼女が答えた。

「お土産って程の物ではないと思いますよ。今回の取引のブツだったのは確かですが、浅崎曰く、重要なものらしいけど・・・」

 どちらかというと、と言い切り。

「私を誘き寄せる餌(エサ)≠セった気がします・・・」

と、口惜しそうに言った。

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 医研が綾たちの動きを予測していたのならば、それは十分にありえる事だ。何も事がなければ、動くことのないS.I.S.O.を出し抜こう、と思うなら、それなりのモノを、腎臓なり肝臓なり、より違法なものをちらつかせる必要がある。

 今回綾が回収してきたその中身も、そう言った類であるに違いない。

「中身の確認はしたのか」

「いえ、まだです」

 綾は指令の机に金属筒を置き、その全体を晒してみせる。

「見たとおり、特殊なものです。重量も前までの肝入りアタッシュとは、かなりの違いがあります。重いです」

「よく今まで持ってたな」

 そう言って、指令は筒の表面を見回し、状態や形状を吟味した。

 円柱状の金属に取っ手の付いたそれは、重厚な金属沢を纏い、下方に告継ぎ目がある。表面のフレームは中身のカバーに相当しているのだろう。機械的な細工が施されているように見えるところが、幾つかある。

「なるほど、迂闊には開けないほうがいい」

 指令の判断は妥当だ。

 綾も縦に首を振る。

「さて、ここら辺の処理は【透視】をするのが妥当だろうけど、今日は居ないから技術的に開けるとするか」

 内線で連絡をいれ、徐に、取っ手を掴み、指令は席を立つと扉向かい、廊下へと出た。それに、綾も付き従う。

 警察署の地下に巡る廊下は、延々と先に伸びているように思える。無機質な合金の壁がそう感じさせるのだろう。

事実そこまで遠くに繋がっている訳でもない。が、地下の使用面積はかなりのものだ。司令室が然り、その他にも部屋がある。

 倉庫、資料図書室、男子トイレ、女子トイレ、自炊室、会議室、更衣室、トレーニングルーム、シャワールーム、病室、宿泊室、電気制御室。更に、取調室、監視室、監禁室、研究室、解剖手術室、遺体安置室、武器庫、射撃訓練室、エトセトラ・・・。

 地上の警察署と比べても、相当広いが、下に深くなる構造なので、一応、地上の敷地面積の中に納まってはいる。

 ただし、食堂はおろか、自販機すらないのがいささか不便である。なので、支部に常勤している人は外食することになるか、コンビニ弁当および愛妻弁当を食べることになる。飲み物も持参が基本だ。

 二人が向かったのは、研究室。

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 そこで、二人を眠そう待つ一人がいた。

「研究は捗っているか?」

 室内に入るなり、指令が一声を上げた。

 そんなことはどうにでもいいという感じで、頭をボリボリとかいて、眠気眼半分に倦怠感たっぷりの生返事を返す。

「最上指令・・・今何時だとお思いですか・・・。全生物が活動停止する丑三つ時じゃないですか・・・」

 欠伸(あくび)で開く大きな口を片手で隠すここの研究主任、村(むら)葦(よし)朝霞(あさか)。今まで寝ていたらしく、寝癖やら、女性では死活問題のノーメイク(すっぴん)での対面となった。

「あぁやだやだぁ、髪がボサボサ・・・。世界の美貌が半減だぁ」

「独り身なのに良く言うわね・・・」

 思わず穂畝綾が嘆息したのに対し、あなたもでしょ、村葦朝霞が返した。

 指令が何歳かは置いておいて、女性二人は二十代である。身嗜みは当たり前のお年頃である。

「どうやら、元気みたいだな」

「なわけないでしょ。指令の方が元気とうか、疲れの見えない顔してぇ」

「うむ、疲れてはいるが、働けないほどではないな」

「指令、ここ最近寝てない気がしますが・・・」

 思ったことを綾が言ってみた。

「寝てはいるぞ、君が帰ってくる前に三時間ほどな」

「そうは言っておきながらも、三日ほど不眠しているでしょう・・・」

「おかしな体してますねぇ・・・。穂畝と同じ体なのかなぁ」

「まさか、私は普通の人間だ」

「指令、私が化け物みたいなこと言わないでください」

「おっと、失礼したな」

(ぶっちゃけ、化け物のような体でしょ・・・)

 小さく呟く朝霞の声は、確りと綾の耳に届いていた。とりあえず、睨んでおいた。

「さて、早速だが頼む」

 そういって、持っていた円柱のそれを、それと同じような金属の台の上に置いた。

一見の朝霞の感想としては、

「どうって事なさそ」

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だそうだ。

拡大鏡を着けて、じっくりと観察を始めた。

「フレームは中身の保護でぇ・・・底はほかの機械と連結できる感じかなぁ・・・」

 拡大鏡を外し、詰まらなそうな顔をした。

「爆弾とかじゃないみたいです。ぁあ残念。もっと面白いものかと思ったけどなぁ」

 爆弾を持ってこられて、面白がれるものなのかと、思う。

 勿論綾もそんなの持って帰ろうとも思わないし、指令も持って帰ってもらいたくないはずだ。

「では、これは開けてみても大丈夫なのか」

「いいですよ指令。トラップも起爆装置も付いてませんから」

 どうやら、二人の怪訝していたことは、無駄になってはしまったが、無駄になってくれた方が十中八九いいだろう。ここにある物に対しても、ここにいる者にしても、ろくでない事がありそうで、ろくでもない事をしそうな気がする。

「空けてもらえるか」

「では。・・・これをこうしてぇ・・・」

 朝霞の指先が、パズルを解くように、金属の表面を動いていく。複雑ではない構造らしく、数箇所を触っただけで、解除音が鳴った。

「はぁい、開きました。カバーを上に引き抜けば、中身が見れます。カバーをはずしまぁす」

 底を台に安定させて、上へと金属のカバーを外した。

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 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・首(くび)。

 正確には・・・・・・・・・・・・・生首(なまくび)。

 人間を二つのパーツに分けると、首と胴体とすることが出来る。その一つ、首だ。胴体は無い。首が、そこにある。

 吐き気がするくらい生々しい首が透明ガラスのなか、赤い液体に満たされて佇んでいる。

 それは、まだ幼い女の子。端整な顔立ちの、幼い故に肌のきめ細かな女の子の首だ。

 首から下に繋がる胴体の変わりに、無数のコードとチューブが生え、容器であるそれに繋がっている。

 S.I.S.O.の三人ですら、これを気持ち悪く思った。

間近でみた朝霞は特に顔を顰(しか)めている。綾も指令も顔が険しくなった。

円柱の金属カバーを外したその中身は、円柱の容器の中に佇む生首。

容器はまるで武士の時代にある、首桶と酷似する。敵方の大将及び、仇討ちした敵の、打ち首にされたものの、首を容れるためのそれに似ている。

しかし、それは酷似しているものの、全く別のものだと言える。漸近してはいても、イコールの答えには決してなりえない。

 生々しい首。

 生の首。

 生首。

 生きている首。

 そう、生きている。首だけで生きている。

 首桶に入った首は当然死んでいる。生首といわれようとも、その中に入っている首は死んでいる。

 死んでいる首なら、綾は何度も見たことがある。そればかりか、標的を首だけにしたこともある。死んだ首なんてものは、彼女にとっては気持ち悪く成るものでもない。

 しかし、この首。生首は気持ちが悪くなった。

 首と胴体はギロチンで切断されれば、おのずと死ぬ。切り離されてから、数秒は死なないとはいえ、死ぬのは変わりない。

 しかし、ここにある。いや、いる首は生きている。胴体も無く、脳と脊髄以外の生体器官を、五臓六腑を失いながらも、生きている。

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 死んでいるが故に、気持ち悪い、人の首。

 死んでいて当然で、気持ち悪くない、人の首。

 死んでいない事で、気持ち悪い、生きている人の首。

 死んでいるのが必然でありながらも、生き続けている首は、その矛盾を孕(はら)んだ存在によって、より不快と吐き気を催す。

「これ生きてるの・・・」

 綾は訝(いぶか)しさと、不愉快さの混じった疑問を吐いた。

「こんなのでよく生きている」

 指令はそう評価した。だが、称賛ではなく、軽蔑にも似た響きだった。憎悪だった。

「まさか、ここまで医研の医療技術がイカレてるなんて・・・」

 科学者たる朝霞は技術面に驚嘆し、吐き気に気圧されまいと、口を手で塞いでいた。

 有り得る筈がない。在ってはいけない。

 首だけで生きていける筈がない。鬼であろうとも、首と胴が離れれば死ぬと言われている。

 既に、この首だけの少女は、生命を超越していると言っていい。

「首だけで、長時間生きていられるか?」

 指令は医学的見解を朝霞に求めた。

「・・・・・・無理です。確かに、首を切り落とされても、十六秒は死ねないとの記録が有ります。しかし、脳に必要な酸素や栄養を供給する器官。呼吸器官、循環器官を失ってなお、生きるのは不可能です」

「じゃあ、なんでこの子生きているわけ・・・」

「おそらく、内部の赤い液体は細胞液、――つまり血液と思って。容器に仕組みがあって、外気の酸素を液に溶かし、チューブから首に液体を循環させて、脳に酸素と栄養を送っている。だから、脳が死なないのでしょうねぇ」

「だからって・・・」

綾の息が詰まった。

「だからって?そうねぇ・・・・。確かにこんなのを実現させるのは、不可能。だけど・・・」

「医研の医学技術が、ここまで発展していた。という事だろう」

 つまり、医研は脳だけでも、生命維持をする技術を持っていると言う事。

医学界の最高峰研究施設であり、裏で暗躍を繰り返した成果がこれなのだろう。

「非人道的ね・・・。私のときも相当だったけど、これじゃあ生きている意味ないじゃない」

「むしろ、生きながらに死んでいる。何も出来ないのは死んでいるのと同じだ」

 指令の言うとおりだ。

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 生き物は活きているからこそ、生き物としていられる。つまり、生活しているという訳だ。

 しかし、首だけ培養されていて、活きているとはいえない。生きていても、活きる事には程遠いというわけだ。

「身体の方は、どうしてるのでしょうかぁ・・・」

「おそらく、私のように継(・)ぎ(・)接(・)ぎ(・)の素材にしているのでしょうね」

 苛立ちの陰(かげ)りを見せ、綾はそう言った。

「しかし、これが医研を叩く、大きな証拠になりそうだ」

「ええ、そうですね・・・」

 生命倫理を脅かす研究を、組織ぐるみでしていたのは、間違いない。そう、ここに医研の闇取引から押収してきたものが、揺ぎ無い証拠。

 ここからのS.I.S.O.の仕事は妨害ではない。

 破壊だ。

 社会の裏に根付く、悪性を根幹から破壊する。

 癌細胞を手術によって、適切するのと同じだ。

 外から見えない。体内(なか)にある腫瘍をメスによって切る。

 社会(からだ)に悪影響を及ぼすような組織は、取り除き焼却するのが一番だ。

「さて、これを詳細にして、本部に医研の処分を要請させるか」

 指令はそう言って、自動スライドの扉の前に向かった。

 綾もこれ以上の長居もする必要はないので、指令につき従って、扉に向かった。

「じゃ、わたしも家に帰らせてもらうわ。後はお願いね」

「はぁい。夜道の変態を殺さないようにねぇ」

 皮肉でも冗談でもなく、本気の忠告をして、朝霞は欠伸(あくび)をする。

 帰り際、綾は振り向き様に、首の少女の顔を垣間見た。

 揺れる髪の毛に、白磁の肌合には赤い液体のその色で、不気味にも鮮やかに咲く、血色の花の様。

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 開花するように、ゆっくりと二つの瞳が開眼した。

「えっ・・・!」

 開いた扉を凱旋しようとした寸前の指令と、二人を見送っていた朝霞の視線が、驚嘆を吐いた綾へと向かう。

「どうした?」

 指は指さずとも、綾が凝視するその先を追う。

 彼女の見つめる先に、虚ろな眼球があった。

 確かに、驚愕がそこにはあった。

 少女が、首だけであるという状態にも関わらず、目を開く―――つまり、意識を保っている、もしくは、持っている。―――事を示したからだ。

「この状態で、自立行動ができるのか」

「・・・・・・無理と言いたいですねぇ・・・・・」

「だけど、この子、見開いているわよ・・・」

 綾の言うとおり、大きく開かれている双眸は、凝視するように、こちらを見ている。

 対し、朝霞の見解はこうだ。

「さっき言ったでしょうぅ。首を切られて二五秒は死なないって。あれ、実際に計測された実験結果なの・・・。ルイ十六世の時代だったかしらぁ。ギロチン死刑が流行っていた時代だけど、首を切り落とす、と言う即死性のある処刑具としてねぇ。だから、苦しまないで死ねると評判で、沢山の人の首を刎ねた。でも、本当に苦しまないのかって。でぇ、ある医学者が、首を落とされた囚人の瞬きで意識がどれだけ持つか計測したの。その結果が二五秒。その後、実験結果が広まり、ギロチン処刑はルイ十六世を最後に、公開処刑が終わったの」

「とんだ与太話だな・・・・・・。で、つまりは?」

 指令が話の結を催促する。

「つまり、首だけで十六秒以上意識を失わずにいられるぅ。その公式記録はないから、自分で目を開くなんてぇ、わたしどころかぁ、誰も答えられないのぉ・・・・」

 困った顔で、指令と綾を彼女は見た。

S.I.S.O.お抱えの技術者でも、目の前の医学技術を説き伏せるのは。お手上げらしい。

 首。意識。医学者。

 連想する言葉が、綾の中で答えられただろ人物の名前が浮かび上がった。

 だが、その人物は既にいない。

 その者の残した最大の産物が、筒に入ったこの子と言う訳だろう。

「メトリーできるか?」

 指令は朝霞に問う。

 朝霞もS.I.S.O.の一員。つまり、能力者でもあることをだ。綾と同様に、何かの力を持っているのだ。

「分かりましたぁ。二人にも意識共有させますねぇ」

 そう言って、朝霞は首の少女に向いて目を閉じ、高次元の意識に集中する。手を翳(かざ)し、少女意識を汲み取る。

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 サイコメトリー。

 人の意識や物に宿る残留思念を読み取る力。

 かの有名な、二度に渡ってドラマ化された少年マンガを知っていれば、説明は不要だろう。

 そのマンガの主人公が持つ能力の強化版が、朝霞の能力だ。

 残留思念から、そのモノに関わる過去を一瞬で自分の知識にする外、相手の考えている事を理解する。などなど。それに加え、同能力者ではない、他人にも意識を共有させて、声を使わずに意思疎通を可能とさせる。

 閉じた目をそっと開ける。

「・・・・・繋げますぅ・・・・・」

 朝霞の呟きが聞こえると、綾の頭にバチリと何かが響いた。指令も同じだろう。

 朝霞の能力をサーバーとして、四人のチャットが開かれた。

 始めに聞こえたのは少女の声だった。

「ここどこ・・・ここどこ・・・ここどこ・・・ここどこ・・・ここしらない・・・ここしらない・・・ここ知らない・・・ここ知らない・・・ココシラナイ・・・」

 少女の視界に研究室の風景が見えるようだ。

「ダレダレ・・・あなたアナタ誰・・・・・・・・」

 指令と綾は共に朝霞を見た。

「普通に喋っていいわぁ。口に出す言葉の意識を繋げているだけだから」

 言葉にしようとしない思考は、相手に伝わらない。と言うことだ。

 アイキャッチで、三人は綾が先導して話すことに決めた。

「先に自己紹介したほうがいいわね。私は穂畝綾。会話を繋いでるのが、村葦朝霞。・・・覚えられないと思うから、この人は指令」

 最上十徳こと指令は、ひどいなと呟いた。

 小さい子がそんな名前を覚えられるとも綾は思いもしない。覚えられるかもしれないけど、名前と思われないだろう。

「ここが何処かとは言えないけど、あなたが元いた所じゃないわ」

 少女の口は動かないが、意識で直接の会話を伝えてきた。

「わたしが・・・もといた・・・トコロ・・・」

 首だけで、まともな状態でもないのに、よく思考できると思える。こんな状態で聞く、話すと言う一般的な動作ですら、出来るだけで凄いことだ。

 その思考の先に何があるのか。それこそS.I.S.O.である三人のほしい情報。

 それを綾が問う。

「あなたがいた場所がどんな所か覚えてる?」

 少女がいたのは、医研であることは分かっている。知りたいのは。医研のどんなところに居たかだ。

「・・・いたトコロ・・・・・・・」

 少女が思い出す。その目で見てきた光景を。

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「わたしと・・・同じ子が・・・・タクサンイタトコロ・・・?」

 この子と同じ子が沢山いた―――。

 つまり――――――。

「それって!」

「首だけにされた子供がまだ居るってことか」

 指令は腕を組み考える。それを聞いた事により、本部には早急に申請を通すようにしなければと。

「沢山って?あなたの様にされて?」

 声は少し荒いでいるものの、感情は抑えて綾が問い続ける。

「・・・・・沢山・・・・・・。横にも上にも・・・・わたしと同じ・・・・。向かいにも・・・・沢山・・・・・・・・」

「朝霞、どう?」

 綾が朝霞に問う。

「・・・・・・どれだけいたのか分からないけどぉ、数にして数十の首が並んでいるのが見えたわ・・・・・」 

 ここにいる者の意識を繋ぎながら、朝霞は少女の見た光景を読み取っていた。

 朝霞が少女から見た光景は、異常も異常に異常だった。

 この少女の言うとおり、少女の周りには、視界の向こうにも、首だけにされた子供達が、赤い液の筒の中にいれたれ、壁一面に並べられていた。

 その視界の内。首の入っている筒よりも大きい容器に、同じ赤い液に誰かが入っている。そして、その大きい容器の前に白衣が。

「白い服着た人。だれかわかるぅ?」

 朝霞はその人物が誰か少女に問う。

「白い・・・人・・・・・・。あの白い服・・・のヒトは・・・シラナイ」

「恐らく、御絨碍(みじゅうがい)って男ね。今の研究の首謀らしいわ」

 綾の予測ではあるが、その男の名前を出した。

 そんな異常な部屋に入れるのは、数ある医研の研究員でも、御絨碍か、首だけで人を生かせる程の技術を産んだ浅崎(あさざき)禎(さだ)明(あき)、位だ。しかも、浅崎が自分の技術を僻(ひが)んでいた事を考えれば、その技術を欲していた人物。つまり、御絨と言う首謀者こそ、そこにいるに相応しい人物であると、彼女は考えたのだ。

「そんなデータ、どこから仕入れた?」

「今回収している死体のどれかが、私に教えてくれたの」

 どれか、浅崎禎明の事。

 一律して、綾には死体はモノでしかない。

「他に白い服着た人で、分かる人いるぅ?」

 朝霞はもう一度、同じような質問をした。

 白い服という言葉に反応してか、少女の心視(ビジョン)に他の医師か、学者の映像が写ったからだ。朝霞の感じでは、御絨碍よりも数段老けた男である、そいつの事。

「・・・おじいちゃん」

 らしい。

「わたしの・・・・・・・おじいちゃん・・・・・・お医者さんの・・・・・・偉い人・・・・・・・。いつ・・・も、白い服・・・・・・着てる」

 身内が医師なら、白い服で反応してもおかしくは無い。

キーワードで呼び起こすもので、身内や友人などの事が、最も大きくなる。もしくは、自分の事だろうか。

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 綾は肩を竦(すく)め、指令は鼻で嘆息した。どうやら、余り内部情報を引き出せそうに無いと、判断したからだ。

「あまり、手がかりは掴めそうに無いわね・・・」

「そうだな・・・。この少女の身元を辿った方が、有用かもしれん」

 そんな切り上げの早い二人に、朝霞は反論を言った。

「そのおじいちゃんが、首だけになったこの子の前に見えるんだけどぉ?」

 赤い視界の中、少女の目の前には祖父の顔。そんな心視(ビジョン)。

 衝撃では無かった。と、言えば嘘に成るだろうが、しかし、取り乱しは誰もしない。する必要もない。

 指令が、静かに少女に聴く。

「お嬢ちゃん、名前は?」

「・・・・・浅崎殊那(あさざきことな)・・・・・・・」

 浅崎の性。おじいちゃんが医者の偉い人。

 綾には既に、分かっている少女の祖父の名。

「おじいちゃんの名前は?」

 それを問う。

「・・・・・サダアキ。・・・・・・浅崎禎明だよ」

「その名は・・・・・・・:」

 調査の段階で、リストに上がっている。重要人物として、指令は知っている。

 医学会の最高峰技術者として、朝霞は知っている。

 終身を見届けた者として、綾も勿論だ。

 浅崎禎明。総合医療研究所、略称医研の創設者にして現所長――――いな、今ではもう故、および前所長だろうか。

 さて、朦朧(もうろう)とする不安定な意識の、幼い少女には、祖父の死を知る事がどんなことだろうか。

「朝霞、止めて」

 反射的に、瞬時に能力の発動を止める。

「なによぉ?穂畝」

「この子に読み取られる前に、先に話しておくことがあるの」

 意識を繋ぐ事を止めさせ、綾はここに帰る前の事を話し始めた。

 意識を繋いだまま話せば、少女にも自分が見てきた光景を流すことに成りかねないからだ。 

つい先程の事だ。だからこそ、褪せていない鮮明な心視(ビジョン)を見せる事に成りかねない。少女が見てしまった後の事。どんな反応をするか、どんな事になるのか、が懸念する事である。

「この子をミッションで回収したのは分かるわよね」

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「勿論だ。未開のビルで、取引の邪魔をした。そうだろう?」

「ええ、指令の言う通りです。その際、エキストラも多かったけど・・・・・・・」

 出番が直ぐに終わった、悲しいエキストラたちだ。

「取引の中核に、首謀者と計画内容を聞いた。プロジェクト、元来の発案者は慰神宗次――、医研の副所長ね。でも、三年前に死んだそうよ。今の首謀者がさっき言った・・・・・・」

「御絨碍・・・・・ね」

「それで、プロジェクトの内容は」

「慰神の研究・・・・・・。知っているとは思うけど、その続きらしいわ。目的は、完全な存在の完成だとか」

「完全な存在・・・・・・神でも創るのかしらねぇ」

「葦村が見たのが、そうなら、殆ど神様は完成していると言うわけか。ふん、からくり人形(デウス・エクス・マキナ)だろうと、どっちにしろ、壊させてもらうがな」

 くくくと、楽しそうに笑う指令。だが、笑い顔で半分だけ閉じた、その目には暖かみのない、冷徹なものだと、誰もが気づかないだろう。そして、綾も―――。

「壊すのは私の役目ですからね、指令」

 綾は不機嫌に言った。

「分かってるさ。実質的には君が。私は卓上から事実的に、だよ」

 何となく、話がそれてきている感じがしたので、朝霞は話の筋を戻すことにした。

「まあ、いいけどぉ。神様を創る計画は、誰から聞いたのぉ?」

「分かって聞いているでしょう?」

 勿論、朝霞は分かって聞いている。

「浅崎禎明だな」

「ええ、元からではなく、後から参入させられたとの事です。医研には、幾つかの研究グループが、それぞれの研究をしていたそうです。その後、慰神か、御絨か分かりませんが、他のグループを無理矢理巻き込んで、今の研究をしているそうです」

「随分保護者も抱え込んでいるらしいしな。暴力にものを言わせて、か・・・・・・。今までの傾向から言えば、らしいと言えばらしいな」

「非道の限りを、ですかぁ。で、浅崎の専門は、確か・・・・・・ぁあ、そぉいうこと」

 浅崎禎明。脳外科医の最高技術者にして、医学会の権威。

「浅崎の脳外科における名声は・・・・・・、朝霞には言うまでもないかと思うけど、大きなものです。技術も知識も、通常の比ではないと思われます」

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 指令も朝かも納得した顔で軽く頷いた。

「まあねぇ・・・そういえば、卓上の理論で脳移植の方法とか、思いついていたらしいけどぉ」

 それを鼠で実験はできても、人の脳で実証するのは、公に出るはずもないだろう。

「同じ医研の中では、その噂も流布するのが早かっただろうな。で、どちらかの首謀者にその研究を」

 小休止に、少女の方を向いて、

「実際の成果にさせられた訳か」

と指令は言った。

 首だけで生きている少女。ツマリは、脳だけで生きているのと変わりない。付属品(目耳鼻)はついているものの、これが、脳移植での、摘出後、移植前と言えば、そう言えるだろう。

 単純に、首を切って、切った首を胴体に繋げるだけの、そんな移植法。

もしくは、脳を付属品ごと保存する方法。今の状況判断からは、こちらの方が有力だろうか。「でぇ、肝心の浅崎禎明は?」

 聞くまでもないことだけどぉ。と、言う顔で一応聞く朝霞だった。

「死んだわ」

「ヤッタわけかなぁ」

「残念。勝手に死んでいったわ。自分の研究の集大成を残してね」

 そう、言い残したように、この子がそうだ。

「その集大成がここにあるって事は、完全な存在の完成は、終わりに近いのかもしれないな」

「わたしが見たのが、その完全な存在の入った、容器かなぁ?だったら、殆ど企み終わってるじゃないですかぁ」

「終わっていてもいいけど。ま、その方が私には都合がいいかも。指令、本部に処分要請を急がせて下さい」

 綾の残酷な眼差しに、残忍な笑みを湛えて、

「本部が渋ったお蔭で、標的(医研)の目論見を阻止できなかった。医研(ヤツラ)の完全な存在(プロジェクト)は完成しているらしい。それに生じた結果が、影響を出す前に、事を急いだ方がいいのではないか?こんな感じでいいか」

 電話だろか、メールだろうか、連絡手段が何かはしらないが、指令は本部の人達をいびり倒す気だということは、よく分かった。特に、朝霞にはその楽しそうな感じが。

 指令がまだ働くのかも、綾が医研を潰したがるのも、自分には余り関係ないので、どうでもいい朝霞だった。

殊更に言えば、こんな時間に寝ているところを無理矢理起こされて、ここで、こうしているので、眠くて、寝たくて仕方ないのであった。

「はぁい、話がまとまった所で、そろそろお開きにしましょう?」

 パンパンと両手を打って、朝霞は言った。

 腕時計を見て、綾は、今日もこんな時間かと、溜息を吐いた。

「そうね・・・。余り夜更かしすると、美貌に良くないんだっけ?」

「あらぁ?気にしていたのぉ?」

「気にするわよ。本業は接客業だもの」

 三白眼で睨む綾に、ヘラヘラと朝霞は笑って見せた。

 それを指令は笑みだけを残して、見ていた。

「では、この辺で、各自解散としよう」

「指令、あの子(オチ)はどうしますぅ?」

 朝霞が、首の少女を指す。

 浅崎殊那。浅崎禎明の孫にて、彼の研究の遺産であり、集大成で醜態生。

 首だけにされて、なおも生かされている、哀れな存在。

 綾は朝霞に言った。

-15ページ-

「朝霞、あの子の意識を私に、もう一度繋いでくれる?」

 首だけで、生きていられるのも、どれ程の猶予があるのか、わからない。胴体―――おそらく、医研にあるのだろう――が、チャント残っているかも分からない。残っていたとして、この子を元に戻せただろう人物は、既に他界してしまった。このままの状態で、行き続けるのも酷な話しだ。少女の家族の存在すら怪しい。まだ存在していたとして、この在り方を完全に公定できるはずもない。

―――――残った救いの手は・・・・・・・

「オチつけてくれるわけねぇ。・・・分かったわ」

 ちょっとだけ、先を読んでしまった朝霞だが、それが綾のやり方でもあるし、S.I.S.O.の在り方でもあるから、否定はできない。

 指令も否定はしないだろう。寧ろ、賛成だろうか。どうであれ、証拠としてはもう十分だろうと、思っているのかもしれない。

 心を冷やし、ふと、無意識に昔を思い出す。

 バチリ。二人の意識が繋がった。

「あなたに、嫌な話があるの」

 虚ろな目が綾に向く。

「イヤ・・・な・・・・・・話・・・?」

「あなたのおじいさん。死んだの、あなたを私に預けて・・・・・・」

 瞬間的に、瞼が、瞳孔が、大きく開く。

「・・・・・シンダ?オ・・・おじい・・・ちゃん・・・・・・が?」

「ええ、自分を悔やんでね。自殺したわ」

 事実を、この歳の子では、受けきれることではないだろう。それが、逆に良かったのかもしれない。感傷の似合う歳でもないし、命の重みもまだ、十分には理解できているわけでもない。

 ゆっくりと、開いた瞳が、元に戻っていく。事実は事実として、受け入れるかのように。

「ソウ・・・・・・」

 意識を読み取っている朝霞は、勿論だが、綾にも、少女の考えていることが、なんとなく伝わってきた気がした。

 浅崎禎明とは少女にとって、どんな祖父だったのだろうか。

 何時もの事だけど、綾は少し覚悟をした。ただ、何時もとはちょっと違う、そんな覚悟を。

「後、もう一つ嫌な話。今、自分がどんな状態なのか分かるわよね?怖いかもしれないけど、このままだと、まだ辛いかもしれない」

「わかってる・・・・・・わたしも・・・・・シヌ・・・ん・・・・・でしょう・・・・・・・」

「ええ、私が殺すの。あなたを楽にしてあげる為に・・・・・・・」

 撃ちそびれの、残り一弾が入ったベレッタを脇から抜く。

「本当は、あなたのおじいさんを撃つつもりだった弾だけど・・・・・・、まさか、その孫娘に撃つことに成るとわね・・・・・・・」

 単なる愚痴だ。

 銃口が首の少女に向かう。

「オモチャじゃないわ。本物。怖い?」

 ぬくもりも無い鋭い瞳で、少女を見つめる。

「・・・・怖い。・・・・・・デモ、このままの方が・・・・・もっと、怖い気がする。・・・・・・だから・・・・・・」

 不安で揺らめくように、少女の瞳が、綾の瞳に重なる。

「わたしを・・・・・コロシテ・・・・・」

 薄っぺらな懇願だった。でも、十分な重みの覚悟ではあった。

「ええ、今楽にしてあげるわ」

 遊底(スライド)を引き、照準(サイト)を合わせ、引き金(トリガー)に指をかけ、左手で支える。

「私の名前は穂畝綾」

 自分の名前を告げる綾に対し、

「わたしの名前は浅崎殊那」

少女も告げる。

 ゆっくりと瞳が閉じる。

-16ページ-

「じゃあね、殊那。おやすみなさい」

 狭い部屋の中、銃声(レクイエム)が木霊した。

 

-17ページ-

 帰ってきた部屋は今日も冷えていた。

 寝室くらい暖房を入れて、暖めておけば良かったのだろが、電気代節約のためだ。

 こんな時間まで、あんな仕事。帰ってくるここには誰もいない。空しいものがある。

 仕事がか、独りがか、それとも自分がか。

 一番空しく思うのは、睡眠時間が今日も少ないことだろうか。今日も四時間。

 お休みタイマーで暖房をつけ、服は適当に脱いで、ベッドに倒れこむと、すぐさま、布団の中に潜り込む。

 布団の中も冷えていた。それでも、暖かくなる。暫くすれば、暖房もついてくれる。

 目を瞑り、今日のことは考えずに、泥のように眠るだけ。

 

-18ページ-

 大きな音が響いた。

 次の瞬間、赤い光景が飛び込んできた。

 真っ赤。

 何もかもが朱に染まっている世界。

 何かと息苦しい。何かと動きづらい。

 最悪な気分。

 とりあえず、代わりを捕まえて、面倒を押しつけよう。

 今の。ちょうどいい。繋がりがある。

 こんな所に降ろされて、前の奴か、呼んだのは・・・・・・。

 ああ、仕方ない。

 死ぬまでだ、

 

-19ページ-

生まれてやろう。

 

-20ページ-

 その瞬間、男は喜んだ。

「出来たか・・・・・・十年越しの集大成だ!」

 赤い部屋で、蕾が開いた華を喜んだ。

 狂い喜んだ。

「アハハハハ!なんて気分がいいんだ。アハハハハ!」

 多くの生きた首の並ぶ部屋で、男が笑い踊る。

 奇しくも、S.I.S.O.の阻止しようとしていた医研の、いや、この男の計画はここに完成した。

 完全な存在の完成が・・・・・・。

 喜びが脳内を駆け巡り、昔の記憶を引き出す。前も同じように一人喜んだあのプロジェクト。

「そうだ、あいつにも教えてあげよう」

 ふと思いつき、目が巨大スクリーンに向う。そこに映し出されているのは、あのビルでの殺戮シーンだった。

「マキナ!君に教えてあげないとな、ああははははは」

 

説明
S.I.S.O. 

戦闘はしばらくありません。そして文章がドンドン重くなっていくところなので、ご注意下さい。
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