Cafe Clown Jewel Vol4
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Before 1

 

 何時だっただろうか。

 自分が幸せだった日々は。

 そう昔の事ではないけど、あれから今を考えると、何もかもが変わってしまった気がする。

 いや、それ以前から、私の人生は変わっていたのが、正しいのかもしれない。

 始めは無邪気に。

 突然の地獄。

 逃亡の果ての幸せ。

 訪れた悲しみ。

 そして復讐。

 元から、私には憎しみがあった。憤怒も残忍さも、その憎しみに備わっていた。

 それだけのものを、私から奪い、それだけの思いを私に植え付けたからだ。あいつらだけは、あそこだけは、絶対に存在を許したくない。

 不倶戴天。

 まさに、私との関係を示す言葉。あんなのと、同じ空の下にいるなんて考えたくもない。

 だから消す。どちらか一方がいなくなる事を示す、この言葉のように。潰して、二度と私と同じ天を戴(いただ)かせはしない。

 それが私の医研、総合医療研究所に対する、復讐心。

 

 

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 あの時、私はまだ何も知らない子供だった。

 養父と養母に拾われる、まだ前の事。わたしには、ちゃんと血の繋がった両親がいた。

 この歳になって、もう殆ど当時の記憶は消えている。親の顔と名前は辛うじて覚えてはいるものの、どんな家族だったか、どんな暮らしをしていたのか、思い出は霞が懸かっている。

 ただ、無邪気に小学校に通い、学び遊び、甘えては、叱られたりして、成長していった時だったのは、この時期、誰しもそうだし、私もそうだったと思う。

 始めの幸せは、幼さ故に気付くことなく終わった。

 その日は雨だった。前日は快晴だっただろうかは、覚えていない。でも、その日は土砂降りの雨だった。

 小学校での地域で、子供とその親との、旅行があった。一泊二日のちょっとしたもの。

 行き先は動物園だったかな。夜は大宿に泊まって、子供同士騒いでいた。

 遠出になるので、勿論移動は貸し切りバスを出してもらって、行きと帰りを往復した。

 帰り。家へと向かう帰路の途中で、突然の雨に見舞われた。夏に降る、土砂降りの雨だった。

 酷い雨だった。走行するバスに叩きつけるかのような、大粒の雨が、幾度となく、幾重にも

打ち付けていた。窓を見ると雨粒が張り付いていて、車窓の風景は歪んだ自分の顔を映すだけだった。

 連発銃を何機も使い、鉄板に弾幕を浴びせるような、連打音がずっと車内を取り囲み、旅の疲労感と帰り際の倦怠感が、沈黙として、子供たちには詰まらなく、昨日あった元気はどこにもなかった。

 そんな中、私はジッと自分の席の窓を見ていた。歪んだ幼い自分の顔が映る、出来の悪い鏡をジッと、見つめていた。

 時々、雨粒の合間、またはそれを通して、外の景色を見ていた。

 行きと同じ道を走っているか、分からなかったけど、ちゃんと、家に向かっているかな、と思いを巡っていた。

 幼いなりの不安感が、窓の歪んだ自分として、映っていたのかもしれない。

 不意に、雨音に混じって、違う音がした。

 音に気付いた時には、浮遊感に襲われて、衝撃と自由落下。そして、地獄へと叩きつけられた。

 旅客バスの墜落事故。

激しい雨で、視界が悪く、道路は滑りやすく、路肩が崩れている事に、運転手が気付かず、崖へとバスは向かっていたのだった。

 新聞やニュースなら、そう報じられるだろう。加えて、不幸な事故とか悲惨な現場とか、誇張な表現も付けていく。確かに、そうなのかもしれない。

 崖下の川辺に墜ちたバスはボロボロ。乗客はズタズタ。車内はグチャグチャ。

 血と雨と泥にまみれ、知り合いと家族の死体にまみれ、私は痛覚すら既に麻痺した体で、朦朧とその地獄に伏っしていた。

 見たくも無い光景が、そこにはあっただろう。子供には耐え切れない、悲惨な地獄があったに違いない。

 今まさに、死んだ両親、友だち、友だちの両親が、視界の隅々まで、散らばっていただろう。直ぐ隣で押し花に成っていたのかもしれないし、死体の上に自分が、自分の上に死体が、あったかもしれない。

 でも、私にはそれが分からなかった。

 薄らぐ目には血の色が混じり、視界にはバスの残骸が、甲高い耳鳴りにかき消されるように、助けを求める悲鳴が、あったように思えるだけで、頭の中は、渦巻く死への恐怖に打ちひしがれるばかりだった。

 助けて。

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 そう叫びたかった。でも・・・・・・。

 何で?

 その思いが強かった。

 バスの転落する数秒前に見た、その場面が、強く記憶に残っている。

 運転手が運転席に居ないこと。走行中のバスの唯一の扉が開いていること。

 そして、倒れた私の目の前に、運転手らしき人が立っていること。

 思いを口にする前に、私は意識を失った。

 

 

 気付いくと、白い部屋にいた。

 天井には蛍光灯、タイルの床、白磁の壁、白いシーツのかかった純白のベッド。

 何もかも、白で統一された、潔白の世界。

 清潔感と言うよりも、潔癖感に満たされたそこは、空気ですら混じり気を許していない。自然のそれではなく、人工的に異物を排除した、酸素と窒素とその他の混合気体が満たしている。

 ここには、私と機械が繋がって、存在しているだけ。病院の一室みたいな所。それが始めの印象。

 始めの印象が、そのまま続いてくれたら、好かったのかもしれないけど、明らかにここは病院と言える雰囲気が、圧迫的な部屋の白が教えていた。

 でも、私は、まどろむ意識と感覚に直ぐに目を閉じるしかなかった。

 

 

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 次に起きた時、そこが白塗りの地獄だったことに気が付いた。

 白い地獄は総合医療研究所と言う所だった。

 子供だった私にとって、そんなところがあるとは、知るはずもなく、少ない知識のなかで、病院のような所と、位置づけしていた。

 確かに、精密機械や、点滴がベッドの周りを取り囲んでいるのは、病院の集中治療室と似ていた。似ていただけで、全く異なった目的の場所がそこだった。

 そこは、研究所。

 医療とは付いても、医学的な研究をする所だ。

 まさに私は、檻に閉じ込められたマウスだった。

 まず、違和感があった、二回目の目覚めの時。

 その時、私の周りには、機械と共に、白衣が大勢いた。大勢とはいえ、子供の俯瞰が、そう見せたのだろうから、せいぜい、五、六人だったかもしれない。

 主治医らしき人が、周りに指示をだして、私の体を検査させていった。

「気分はどうだい?お嬢さん」

 彼はそう言って笑った。

 私の気分は、いいとも言えず、わるいとも言えず。うまく喋ることができなかった。

 体も動かせなかった。感覚が無かったからだ。

 白衣たちは、体中に機械の吸盤を張り付け、腕を持ち上げては採血をし、口内を診断したり、聴診器を当てたり、と、内科的な処置を行っていく。

 そこで、一番気になったのは、採血で注射をされた時だった。

 注射をされるのは、子供にとって、いい事には捉えられない。注射をされることは怖いもの。

 逃げようにも、体が動かせないので、目を確り瞑って、針が刺さる光景を見まいとした。

 しかし、刺さった感覚は何時になっても訪れなかった。

 目をあけて、確認すると、上腕部にゴムが巻かれて、注射器の中には赤い血が、溜まっていくのが見えた。

 顔だけ動かせる分、その光景と、感覚の誤差が変だな、と思った。

 体が動かないのは怪我のせいだと思った。

 違った。

 意識が回復して、数日経つと、自分の体の異常が顕著に感じてきた。

 痛みを感じない、感覚がない、動かない。

 自分の意思で、体を動かせなかった。

 半身不随で歩けないどころか、全身不随だった。首から下。指先まで、全く動かせなかった。

 その事に気付いた私は、主治医らしき白衣に、怪我のことを訊いた。

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 彼はやさしく、答えてくれた。

「移植した筋肉が、まだ馴染んでないからだよ」

私はそんなに酷い怪我だったの?

「そうだよ。全身に酷い怪我をして、全身に移植を施している。頭が無事だったから、奇跡的に生きていられたんだよ」

動けるようになれる?

「なれるよ。動きたいと思えばね」

 彼だけが、私に話しかけてくれる、唯一の存在だった。おかげで、精神的には幾分か楽だったのかもしれない。他の白衣のように、事務的で、人を実験的に扱う人だったら、私はまともな精神を保っていられなかっただろう。

 投与される薬の作用で、殆どの時間を寝ていたけど、全身の包帯を解かれるくらいになった時には、ぎこちなくだけど、体を動かせるようになっていた。

 触覚もわかるようになり、痛覚も鈍感ながら、感じられるようになった。痛いと思えることが、逆に安心だった。

 包帯に隠れていた自分の肌をみた時、縫い目の無さにも驚いた。抜糸の後も見当たらない、完璧な縫合が、体中に施されているみたいだった。

 表面的には治りかけの腕を見て、ふと、違和感に気付いた。

 これが、私の腕なのだろうか。

 どこらかしこを移植されていると、訊いてはいるけど、その時に私は、どれ程の自身の身体を残していたのか、知るはずも無かった。

 

 

 

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One day2

 

 雪が降っていた。

 気分は最悪だった。

「昨日の夜が寒いと思ったら、そういうこと・・・・・・」

 両手を擦り合わせながら、綾は愚痴を零した。

 寒いのは嫌いだからだ。

 何かと昨日のミッション中に、冷えるなと思っていたら、案の定の今日は、頬を切る寒さが到来し、粉雪が振っている。

 積もることは無いだろう。朝方から降り始めてはいるけど、積もる気配も無く、道に解けていく。屋根が幾つか化粧するだけだろうか。

 天気予報。日本の天気図、気圧配置は、西高東低。いや感じに縦線が密集していた。

「関東周辺に気圧線が六本走ってたからな。冷え込むのも当然か」

 暖かいコーヒーを啜る、由比島洋一は、今日も紙束片手。一番客は、今日も彼だった。

「寒くないの?」

 綾は寒い。暖房を点けたばかりで、店内がまだ冷えているからだ。

 それもこれも、連日のように、夜中に呼び出しがあっては、二時、三時に帰ってくるからだ。特に、昨日だ。前日も睡眠不足なのに、また残業が入ったからだ。

 おかげで、今日は寝坊だ。開店ぎりぎりまで寝てしまった。

 当然、湯沸かし器の作動はさせても、最初は冷たい。今頃は温まっているだろうが、台拭きをぬらした時は、当然の如く冷たかった。皸(あかぎれ)に成りそうなくらい。勿論、ハンドクリームはタップリ塗っておいた。塗りすぎだった。

 しかし、綾よりも、寒いのは洋一だろう。

 雪の中、店まで来たのだからだ。体は冷えているのだろうけど、余り寒そうじゃないように、見える。

「寒いよ。でも、地元よりまし」

 ホルモンを鍋で食う彼の地元は、そんなに寒いのだろうか。

「出身九州よね?何でコッチより寒いの?」

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 綾の頭の日本地図には、九州が南の方にある。当然、南に行くほど暖かいはず。南も南にある沖縄は暖かい。

「緯度はこっちが高いけど、北の方は寒いんだよ。特に日本海側。海流の関係かな」

「海流?流氷とか流れてこないでしょう?」

「そりゃあ、流れてこないよ。でも、流氷が来るロシアからの、冷たい海水が、日本海流に乗って来るから、冷えるんだろうね。海側が特に、なんだよ。海の方から風が吹いて、体感温度が低くなる。と言う訳で、地元が寒い」

「なら、ここは回り海じゃない。東京湾に浮かぶ島だけど?」

「そうだねぇ。でも体感というよりも感覚的に寒く感じるんだよ」

「なんか、納得できなわね・・・・・・。天気予報見ると、九州って最高気温高いし・・・」

「ああ、確かにね。実際行ってみるといいよ。真冬の玄界灘に」

「絶対行かない」

 今の話を聞かされて、誰が行きたくなるものか。まして、今日は雪の降る、寒い日だ。これ以上寒い想像はしたくない綾だった。

「あーあ、今日は余りお客さん来ないかも」

 雪が降るくらいに寒い今日は、余り外には出たくないものだろう。

「だろうな。今日は祝日だしな」

「え?そうなの?」

 余りの忙しさに、綾は忘れていた。

「天皇誕生日だよ。そして明日はイブさ」

 明日はクリスマス・イブ。明後日はクリスマス。キリスト教でもない日本人にとっての、大イベント日の一つである。

 主に、カップルと子供と子供を持つ親。

 どれにも該当しない、綾と洋一には全く持って関係の無い日である。

「イブねぇ。お客来るかしら」

 土曜も午後三時までだが、カフェは開いている。休みは日曜だけ。

 明日がイブなら、出かける人も多くなりそうなので、立ち寄るお客さんも増えるかな、と考えてみる。けど、経営時間を延ばしてみようという気にはなれない、綾だった。

「土日だから、学生は少ないか・・・」

 カフェはこの浮遊島にある、私立恒明学園の近く、特に、大学と高校に近いところにある。大学の正門からでて、五分もしないくらいの所に有る。

 なので、お客の中には、大学生が昼食をしに来る率が高い。特に、タバコを吸わないコーヒー好きに。

 高校生も来ることは来る。大学生に比べれば、利用率も、常連も少ない。

 そろそろお昼前で、何時もなら、大学生が来るだろう。バイトもこの時間に来て、三時間ほどヘルプにさせる。

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 ヘルプ表を見てみると、今日は誰もバイトに入っていない日だった。それもそうだ、祝日を見越して、綾が一人で店番をするつもりだったからだ。

「本と誰も来そうに無いわね・・・」

「休みだしな。社会人ならいくらか、来るかもな」

「あなたは休みじゃないわけね」

「休みなんて無いよ。頭の中は年中無休さ」

 旅行で逃げる位しかない、と良い加えて、コップに残っていた、一口分のコーヒーを飲み干した。

 相変わらず、洋一の席には資料が散乱している。それらが、小説の資料なのか、はたまた、裏の資料なのか、カウンターからは見えない。綾でも見え難い。

「今日指令から連絡あった?」

 綾はなんとなく訊いてみた。

「いあ、未だ何も」

 まだ、本部への通達と言い包めの段階なのだろう。それもそうか、昨日解散したのが三時近くであったのに、直ぐに通達はしても、言い包めていたにしても、向こう側の処置が、そんなに早く来るとは限らない。事が事だけに、数日は調整を強いられる可能性もある。

「本部脅しに奔走してるのかしら」

「してるだろうね。お堅い方々の頭を、ガンガンに痛めるくらいにね」

 あの声色と態度で言いくるめられる方は、堪ったものじゃないだろう。

「指令の能力って、そういったこと向きなのかしら」

 疑問にでたことをそのまま口に出してみる。

「う〜ん、分からないねぇ。確かに、人を言葉で砕き倒すような事をするけど、それが能力であるのか、技術であるのかは、見分けがつかないな」

 洋一の客観的な答えでも、どっちつかず。

「ふぅ〜ん。じゃ、誰も指令の能力って知らないのかしら」

「本部のお偉いさん以外は―――。ってところだろう。俺から言えば、アレだけ仕事しているところが、能力の一端にしか思えないね」

「同感。私も信じられないわ」

 寝ているところ見たことがない。寝ているとは思われるが、全くそのような場面がない。眠気すら指令からは感じない。

 昼間に連絡がきて、夜に報告をうけて、朝方に成果を確認している。どこで寝ているのか分かったものじゃない。

 常に働いている。常に何かで動いている。

 戦闘に出るわけでもない。調査で界隈を歩くわけでもない。情報処理と情報統合に指令としての指令と命令を、繰り返す。不屈なる男。

「あれだけ、眠いのを感じなさそうな指令は羨ましいわ」

 夜も昼も働いているけど、睡眠はとらないといけない綾には、羨ましい限りだろう。

 同様に寝ることすら許されなくなる、職業柄にある洋一も「ステキなことだな」と絶賛する。

「けど、寝られないのは嫌だから、一生働き続けるのは勘弁してもらいたいね」

「寝られるだけ、私たちの方がいいのかしらね」

 寝ないといけないのか、寝なくてもいいのか、寝られないのか、その真意は直接に、指令に聞くしかない。

 どうでもいい話を続けるしか、この日を潰すことは出来ないのだろう。と思いながら、取り合えずは、と言う感じに、二人で話を展開させていく。

 何時もの昼過ぎに、何時もの暇粒しでしかない。どちらも、今のうちに休んでいないと、忙殺に本当に殺されかねない身なのだからだ。

 どちらも死にそうにないということは、秘めておくのがいいだろう。

 

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 暫くすると、休日に珍しく、客人が来た。

「こんにちは〜」

 間延びした声と共に、カラカラと鈴の音がドアから聞こえてきた。

「いらっしゃい」

 と言うマスターこと、穂畝綾はカウンターではなく、客席からの応対だった。

 客が来ることを、ホボ諦めていた。どこもかしこも、休みであるし、クリスマスの近い時期だ。皆、商店街の方に出かけているのが、関の山だろうと、予測していたわけだ。

 殊更に、学校もなさそうな、高校生が来るとは、常連である彼女がでも、思っていなかった。

 常連の顔見知りなので、対応はこうもラフにしても、構わないというべきか、この場合は、ラフな対応こそ、親密感がでるものだ。

「世代(ことよ)ちゃん。今日は休みじゃない?」

 綾が質問を投げかけるように、折坂(おりさか)世代(ことよ)の格好は、高校の制服に学生鞄を片で、いかにも、学校帰りに寄り道しています、と言わんばかりのものだ。

 質問に対しては、嫌々ながらの感じで世代は答える。

「休みですよ。赤い日付は休日ですけど。中の学校は、それでも行かないといけない時は、行かないと行けなくなるのです」

「ああ、課外授業ってわけね」

 数年たっているとは言え、綾も同じ高校の出だ。世代の先輩と言えるが、世代の違いが出ているだろう。

 綾の通っていた高校、及び世代の通っている高校は、常明学園の高等部だ。

 常明学園は浮遊島の教育機関の中枢たるもので、この島唯一の学校群でもある。幼稚園から、大学院までを、島の中心に整然と建てているマンモス学園と言えば分かりやすいだろう。

 浮遊島自体がそんなに広いわけでもないので、ここに住む十代は引越しでもしない限り、この学園に行くことになる。

 その学園の内、高等部と大学部となる敷地に綾のカフェが近い。故に、大学生なんかは昼休みや空き時間に、軽食をしに来るわけだ。

 高校生はそうは行かないものの、放課後などに、こうやって来る者もいる。

 世代がその一人だ。

 コーヒー好きな一女子高生として、コーヒー豆を買いにくるのが、いつものパターンと化している常連さんに該当する。

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「そうですよ。クリスマスシーズンて言うのに、勉強ばっかりです。進学クラスっていやだぁ」

 本気で嫌そうな節で、天井を仰ぐ。

「受験はまだ先なのにね」

「先も先。一年以上後の話です。今からずーーーっと、休みを課外にまわされては、溜まったものじゃないです。受験戦争くそくらえ!」

 女の子らしからぬ発現を咆哮させる。

 受験なんて、強制されている限り、苦痛なだけでつまらないものだ。彼女もそうなのだろう。

「卒業できるくらいに、出席はしておいた方がいいよ。進学なら、この島の大学部も設備はいいしね」

 もっとも簡易的な、進学を洋一は提案する。

 医療にせよ、技術と土地柄の条件は、東京湾にあるのでわりといいものだ。

 ならば、大学も東京区であり、私立としても、高校の設備を知っている世代及び、同学生にはいい進学先ではある。偏差値も高くは設定されていないというか、受け入れ人数が多いだけだが。

「それもいいですけど、さっさと就職して、身の上を安定させたいです。そんな考えがこの頃出てきましたよ」

「それもそうね。私も、高卒後はここにいるし」

 大学に行くよりも、このカフェで働くことが、綾の本願であったから、養父養母のなくなった後も、こうして開業が続いている。

「でも、もう文系のコースに行くことが決まってるんですよね。今更変更って訳にも行かないのよね・・・・・・」

 世代は嘆息を漏らして頭を垂れた。

 大抵はその学年の半ばで、次学年のコースを選択せざるおえないのが、一般の生徒事情であり、学校事情だ。

「一番の打開策は、就職をどこからか斡旋して、内定してもらうことなんだろうけど、そうそういかないし・・・・・・」

「まあ、老い先まで人生長いし、今は辛抱さ」

 受験戦争生徒兵には、慰みにもならないお言葉を洋一から頂くのであった。

 良く言うものの、洋一も受験戦争が就職に直接に結び付くようなではない、小説家という職種についているのである。

 後言うのであれば、S.I.S.O.に就いている事も、全く持って関係がない。

 S.I.S.O.に入るには、主にスカウトによるものだ。あとは、裏社会に暗躍するS.I.S.O.の存在を知り、情報戦でその一員と接触するかだろうか。どちらにしろ、まともには就職できない。

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「ううぅ・・・辛抱って、嫌な言葉・・・・・・」

 辛さを抱える。確かに文字としてもいい感じでない。

「まあ、コーヒーでも飲んで落ち着いて。注文は何?」

 何気に、注文を催促する綾だった。セコイと言うべきか、商売上手と褒めるべきか。

「カフェモカをお願いしようかな。あと、何時ものように特製ブレンド豆を500g下さい」

「おーけー、先に会計よね?」

 綾がレジスターに金額を入力し、世代は表示された分の金額を渡した。

「少しまってね。モカを入れるから」

 モカ豆のストックが入った瓶を空けて準備を始める。少し甘い匂いが鼻につく。

「じゃあ、由比島さんの席にでもご一緒させてもらいます」

「ああ、どうぞ。折角だし、読者の意見でも聞かせてくれないかな?」

 人差し指を立てて答える。

 世代は洋一と同席して、注文を待つことにした。

待つ間は、洋一が書いている小説の一部を読んで暇つぶしの一環と共に、彼に貴重な意見を述べる。

一方で、綾が注文のカフェモカと、このカフェオリジナルのブレンド豆を用意する。

「はい、お待たせ。で、コッチが豆」

 カップと、コーヒー豆の詰まった袋を置く。

 柔らかい渋みと、甘味のある湯気が、カップの中から香る。

「ありがとうございます」

「で、こっちは洋一の」と、更にもう一つ同じカフェモカを置く。世代のカップより渋いデザインで。

「何時の間にしたの?」

「君を呼んだ時だよ」

 注文を運び終え、綾はカウンターの奥に戻ると、そのまま家のほうに入っていく。

 次に戻ってきた時には、厚手のコートを羽織っていた。

「洋一。多分お客さん来ないと思うけど、店番を頼むわよ。今のうちに買い足しにいくから」

「店閉めしてから行ったほうがいいんじゃないか?」

「今日はもう店閉めよ。まだゆっくりするんでしょう?」

「まあ、そうだが」

「じゃあお願いね。世代ちゃんもゆっくりしていいわよ」

「はい。店番しておきます」

 「頼んだわよ」と、一言。寒空の下に身を出して、掛札を『closed』に裏返す。

 今日も明日も休日なので、買い足しに行くにも、行く先々が閉まっていることが懸念される。

 でも、どうでもいいこと。

 綾は今日という誰も来ない中来た、たった二人の常連客の為に、早めのクリスマスケーキでも買いに行くつもりなのだ。

 寒い冬の街にホットな気持ちで、買い物にだかけた。

 

説明
Before 1
One day2

ここから過去話と現在の話が平行します。
Beforeとタイトルが成っているのが過去です。

 ドンドン暗くなっていくよ。
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