Beginning of the story 第四章ー都の生活3 |
目を覚ますと、シギが自分の腰に手を回すようにして寝息を立てていた。肩が小さく上下している。焦ったものの、つい、その顔をじっくりと観察した。意外とまつげが長くて、うっすらとそばかすがある。唇は薄くて隅がちょっと乾燥してめくれていた。
なんとなくオレンジの髪をさわると、水気がなくてパサパサしている。しばらくその頭をなでていたが、またトロトロと意識が沈んでいった。
熱が下がり、完全復活するのに五日かかった。不思議な事に、シギがずっと看病してくれていた。
「ありがとう。シギのお陰で元気になった」
礼を言うと、にっこり笑って頭をくしゃりと撫でられた。
「また、寝込んだら看病してやるよ…なんだよ、その顔」
「あんた、本当にシギ?人格変わってて気持ち悪い…」
「失敬な女だな!人の好意を無駄にしやがって!」
「季節外れの雨季が来るね…ぎゃー!」
両手で頭をグシャグシャにかき回され、悲鳴を上げた。
バイト先の商家にいくと、子供たちが文句を言いながらリウヒを取り囲んだ。さびしかったの、つまらなかったの、もう元気なのと上がる可愛らしい声に苦笑しながら謝る。
[ハヅキも、リウヒがいなくて元気が無かったよ]
キキが含み笑いをしながら、何故か嬉しそうに言う。まさか、と笑った。そのハヅキは大学が試験期間に入っているらしく、しばらく来ないという。昔も今も、一緒なんだ。夏休み前の猛勉強を思い出した。
また、わたしはあそこに戻れるのかな。お父さんたち、心配しているだろうな。
時間の経過は、同じくらいなんだろうか。それなら、もう三か月くらい経ってしまっている。
ぼんやりしているリウヒを見て、少女たちは変に勘違いをしてしまったらしい。クスクス笑いながら、目配せをしていた。
「これから、酒場にいこうよ。リウヒも元気になったことだし」
カスガの声に、三人で夜の盛り場に繰り出した。
酒場の扉を開けると、喧騒が包む。酒とつまみを適当に注文して、辺りを見渡すと、色んなタイプの人たちがいた。恋人同士や親子連れ、大工の集団らしき男たち、仕事上がりらしい親父の二人連れ。現代の居酒屋みたいだ。隅の方では、若い女が可愛い丸いギターのようなものをつま弾きながら、歌を歌っている。
「この時代、新聞なんてないだろう。だから、ああいった歌い手がニュースとか話題のことを楽器と一緒に歌うんだよ」
カスガのうんちくにふたりは感心した。
「へー。風流―」
「テレビやラジオもねえもんな」
「一番早いのは、宿とか酒場の噂話なんだけどね」
注文していた品がやってきた。自分の前には、男二人とちがった陶器のコップが置かれる。
「なあに、これ」
「果実酒を水で割った奴。お前、酒、弱いだろう」
「古代にも、こんなものがあったんだ」
少しだけ口をつけてみると、甘くてさっぱりしている。
「すごい、おいしい!さすが酒屋でバイトしてるだけあるね」
「ふふん」
乾杯して、三人は大いに盛り上がった。バイトの状況や、現代の話題。毎晩話しているのに、話題は尽きない。しょうもないことでもゲラゲラ笑う。この酒場の雰囲気がそうさせるのだろうか。
その内、カスガがトイレいってくる、と言い残して、店の隅に歩いて行った。
****
遠ざかるカスガを見送って、横にいるリウヒに目を転じると、よほど果実酒が気に入ったのか、お代りを頼んでいた。
「あんまり飲みすぎんなよ。病み上がりなんだから」
「最近、シギはどうしたの?」
リウヒが振り向く。目の下がほんのり赤く染まって、妙に艶があった。
「どうしたってなにが」
「変に優しい。シギじゃないみたい」
「おれはいつだって優しい男だっての。それに一々突っかかってんのはそっちだろ」
頬をつねると、いひゃいと声を上げた。その顔がおかしくて、からかっていたら突然、見知らぬ少年がこちらに早足でやってきた。
[リウヒ!]
[ハヅキ?]
どうやら知り合いらしい。ハヅキと言われたその少年は、シギには一瞥もくれずにリウヒだけを見ている。
[しばらく会えなかったから、どうしていたのかと思っていた、体調は大丈夫?]
[ありがとう、もうすっかり元気。ハヅキは試験終わったの?]
[今日で終わって、友達と飲みに来ているんだ。ちょっとだけ来てくれないか。みんなに紹介したいんだ]
リウヒが戸惑ったように、こちらを見る。
「いってくれば?」
自分でも、驚くほど低い声が出た。
「行けよ」
「すぐに戻るから」
少年は、シギに小さく一礼をすると、リウヒの背中に手を添えながら、酒場の奥に歩いて行った。
畜生、なんで素直に行ってしまうんだよ。矛盾した苛立ちが胸に立ちこめた。
遠くから見ながら、イライラと酒を飲み干してゆく。ああ、無償に煙草が吸いたい。この苛立ちを、ニコチンでごまかしてしまいたい。
「ただいまー。あれ、リウヒは?」
黙って、顎でしゃくる。先には、四、五人の身なりの良さそうな男たちに囲まれたリウヒの姿がある。その背中には、相変わらず少年の手がかかっている。
「あー…。あれが例の家庭教師かー。結構カッコいいね。…ああっ。酒を注文されました!どうやら一杯だけだと言っておるようですが、果たして一杯ですむのでしょうか。そしてリウヒの背中に回されている手は、一体いつになったらどくのでしょうか!どうでしょう、解説のシギさん?」
「だれが、解説のシギさんだ。お前は気になんねえのかよ。大事な妹なんだろう」
「うーん、だけど、ちょっと嬉しい。よそのグループに溶け込んで、あんなに楽しそうな顔しているなんて初めて見たよ。何か、こう…」
成長した娘を送り出す父親の気分だ。明日はお赤飯かね。
そう言って、袖で涙をそっと拭った。
このエセシスコンが。
シギは舌打ちして酒を煽る。
そんな間近で目を合わせるんじゃねえ。ハラハラする。
そんな楽しそうに笑い声を上げるんじゃねえ。ムカムカする。
「気持ちは分かるけどさ、少し落ち着いてよ」
「おれは落ち着いてる」
「じゃあ、その貧乏ゆすりをやめてほしいな」
「そんなんじゃねえ。あの歌のリズムをとってんだ」
「嘘だね。そんなにアップテンポじゃないよ」
いい加減自覚したら?
そんなカスガの目線を避けるように、ため息をついて壁に凭れる。
再び目線をリウヒに向けると、少年は藍色の長い髪を触っていた。ゆっくりと愛おしそうに梳いている。我慢の限界だった。
「帰ろうか」
勢いよく立ち上がると、へいへい、とカスガも腰を上げる。会計しといてくれと言い残し、酒場の隅に向かった。
「帰るぞ」
リウヒの肩を小突くと少年たちは、驚いたようにシギを見た。
[ごちそうさま。すごく楽しかった。また明日ね、ハヅキ]
席を立つリウヒにそれぞれ声がかかる。もっといればいいのに、とか送るのに、とか。シギは全てを無視して、ハヅキとかいう少年に小さく頭を下げると、見せつけるように千鳥足のリウヒの肩を抱いて扉へ向かった。
「お前、飲み過ぎだ。フラフラじゃねえか、馬鹿」
「うー。眠くなってきた…」
肩を引き寄せて耳元で囁いてもよほど眠いのか、いつものように突っぱねない。
ちらりと後ろを振り返ると、男たちは明後日の方向を見て何か話していたが、ハヅキだけはこちらを見ていた。その目が燃えるように睨みつけている。鼻先で小さく笑って、肩を抱く手に力を入れた。
****
商家の庭先で、リウヒは子供たちと本を読んでいた。大分と読めるようになった。今、試験を受ければ、間違いなく満点だろう。
[リウヒの声は、低くてとてもきれい。大好き]
クジャクが、リウヒの髪をいじりながらうっとりと言う。この整った顔の子は将来、大層なプレイボーイになるに違いない。
[ありがとう。わたしも、クジャクのきれいな紫の髪、好きだよ]
子供特有の、しっとりした頭を撫でると、ぼくもわたしもと周りから声が上がる。五人で一斉にもみくちゃにされて、芝生の上に引っくり返ってしまった。ああ、わたしってやっぱりこの子たちの玩具なんだわ…。勢いで、小さなダンの体を抱え上げると、悲鳴を上げて喜んでいる。また、ぼくもわたしもとちびっ子たちがのってくる。
[無理です!体力の限界!]
[なにをしているのですか]
声をかけられて、振り向くと、ハヅキが目を点にして立っていた。
[あれ、ハヅキ。今日は早すぎるよ]
勉強はお昼からでしょう。どうしたの、時間を間違えたの。
[分かった]
キキがにやりと言う。
[早くリウヒに会いたくて、たまらなかったんでしょう]
当たり。とハヅキが笑った。笑顔のまま、こちらに向かってくる。焦ったのはリウヒだ。
[いやいやいや。昨日、酒場で会ったでしょう!話したでしょう!]
[ぼくは君とあまり話せなかったよ。あの男は何?恋人?]
誰?シギのこと?ああ、あの人はいつもそうだから、と苦笑する。
[恋人なんかじゃないよ、ただの友達]
ひっくり返っていた身を起こす。ハヅキも、リウヒの横に座った。
[そうは見えなかったけど。本当に恋人じゃないの?]
[本当に違うったら]
つい笑いだしてしまった。
[ふうん…。ところでなにをしているの]
本を読んでいたのだといったら、ぼくも居ていいかなとにっこりする。子供たちはクスクスと嬉しそうに笑っていた。
[じゃあ、今度はキキが読んで]
ダンがリウヒの膝に座り込むと、横にネネが甘えるように身を寄せてくる。クジャクは自分の髪がよほど気に入っているのか、一房とって遊んでいる。ハヅキはリラックスしたように胡坐をかいていた。ランが寝ころんで肘をつき、キキが可愛らしい声で物語を読み始める。
****
鉛色の空から雨が降り始めた。シギは構うことなくイライラと歩を速めて、酒瓶を抱え直す。苛立ちの原因は分かっている。
あの天然女。
最近リウヒの帰りが遅い。いつもはシギの方が遅く宿に着くのに、大体同じ時刻か、それ以上に遅れて帰ってくるときがある。聞けば、例の少年と仕事上がりに公園で、話し込んでいるらしい。
「暗くなったら危険だろうが。早く帰ってこいよ」
「ううん、宿まで送ってくれるから大丈夫」
だから、そいつが一番危険だっつの!思わず声を荒げると、
「なんで?」
ときょとんとした。お前の天然さにはお手上げだよ、全く。
ともかく心配で堪らない。でも、何故か負けたような気になって言えない。
あの鈍感女。
数日前から髪を結うようになった。横に一房垂らして、緩やかに巻いている。いつも同じ簪を一本挿していた。
「めずらしいね。滅多に髪はいじらなかったのに」
カスガが笑うと、リウヒも笑う。
「簪をもらったの。つけないと悪いかなって思って」
「そ、そ、それはあの男からか!」
「うん」
そんな毎日つけたら、そいつは勘違いするだろう!ついとがった声をだすと
「なにを?」
と目を丸くした。お前の鈍感さには泣きそうだよ、本当に。
深いため息をついたシギの後ろで、カスガが酒を啜りながら「ご愁傷さま」と呟いた。
得意先の戸を叩くと、化粧の濃い別嬪娘が艶やかに顔を出す。
[雨宿りしていけば?温めてあげる]
胸元が広く開いていて、ふくよかな素肌がこぼれ見える。うっかり喉を鳴らしてしまった。
ここに来てから、三か月もご無沙汰だ。このまま何も考えずに誘惑に乗ってしまおうか。
無意識に娘へ踏み出そうとした一歩を、くるりと返す。
[仕事があるんで。またご贔屓に]
詰る声を後ろに聞きながら、足を速めた。髪から頬から水滴が絶え間なく滴り落ちていく。
それでも気にせず、シギは歩く。
違う、あのケバい女じゃない。やっと自覚した。してしまえば楽だった。いっそすっきりした。
おれが欲しいのは、藍色の髪のウルトラ天然馬鹿女だ。
説明 | ||
ティエンランシリーズ第三巻。 現代っ子三人が古代にタイムスリップ! 輪廻転生、二人のリウヒの物語。 おれが欲しいのは、藍色の髪のウルトラ天然馬鹿女だ。 視点:現代リウヒ→シギ→現代リウヒ→シギ |
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コメント | ||
天ヶ森雀さま:コメントありがとうございます☆しばらく涙、涙の物語が続きます(なーんて)。(まめご) シギがあまりに気の毒で、ホロリと涙が落ちてしまいました(うくくくく・笑いがとまらない…)。(天ヶ森雀) |
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