「戦神楽」 紅蓮編 (3)緋檻
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 天地が逆転するような不思議な感覚に思わず目を閉じてすぐ、叉姫の声が響き渡った。

 

「到着です。目を開けてください」

 

 はっと目を開けると、当たり前なのだが、初めて見る景色が広がっていた。

 まず、光量が絶対的に少ない。珀葵(ヒャッキ)の夕刻、いや、それ以下か。慣れないと遠くまでは見えないような薄暗い空間が広がっていた。

 そして、目の前に広がるのは、赤茶けた大地と、天を刺すかのように聳え立つ漆黒の城だけだった。生物の気配がない、荒涼とした土地が見渡す限りに広がっている。これほどの広さなら、草木の一本も生えていそうなものだが、それすらもない。

 時折思い出したように大きな岩が転がっているだけの、殺風景な景色だった。

 こんな場所、珀葵(ヒャッキ)ではまずあり得ない。

 

「ここが『緋檻(ヒオリ)』と呼ばれる、戦と混沌の世界です」

 

 なるほど、新しいこの世界は『緋檻』というらしい。

 イクサ、は珀葵には存在しない言葉だ。

 

「『イクサ』とは何だ?」

 

「戦(イクサ)とは、人と人とが争う事です……相手を打ち負かすっつぅコトが、即イコールで殺すって意味になる、試合みたいもんさ……その特徴は、一対一ではなく、多対多で行われることにあります」

 

「多対多? 誰かと組むのか?」

 

「いいえ。『緋檻』では、他人を支配することができます」

 

 他人の支配。

 支配。

 普段あまり使わない言葉だ。それも、人間相手に使うとなると、まるで相手を所有物のように扱う印象を受ける。

 

「順を追って説明しましょう……メンドくせぇが、俺の仕事だ」

 

 叉姫はぱたん、と本を閉じた。

 

「緋檻にはいくつか『刻鍵(コクジョウ)』と呼ばれる、特別な武器が存在しています」

 

「刻鍵(コクジョウ)」

 

「はい。例をあげるならば、『鋼皇(コウオウ)』『月髪(ツキガミ)』『凶人(マガツビト)』『奏獄(ソウゴク)』などで、他にも多くの種類があります。そして、各々の武器は各々が好む性質を持っています。例えば鋼皇(コウオウ)ならば『唯我独尊』、周囲を顧みず自らの信念で突き進む性質を持つ者に惹かれる性質を持っています。もし刻鍵に気に入られたらば、その武器の所有者となります」

 

「それは本当に武器なのか? まるで生き物のようだが」

 

「はい、ただの武器です」

 

 本当に武器が主を選ぶのか?

 この緋檻には、オレの理解できない力がまだ眠っていそうだ。

 

「そして、刻鍵の主(アルジ)になった方にのみ、神から『土地』と『軍を作る権利』が与えられます」

 

「グン、というのは、その……戦(イクサ)の単位か?」

 

 そう問うと、女神はにこりと微笑(ホホエ)んだ。

 

「貴方はどうやら呑み込みがよいようですね。何かご質問がございましたら、いつでもお申し付けください」

 

 叉姫はいったんそこで言葉を切った。

 ふむ。

 一度、オレの脳内で整理していこう。

 

 この世界には、珀葵(ヒャッキ)のように、すべてを充たしてくれる絶対的な神がいないのだろう。叉姫があえて、刻鍵の主になった方にのみ(・・)与えられると強調したのはそのためだ。

 与えてくれる神がいないから、必要なものは他人から奪う(・・)。そして、絶対的な神の代わりに人間が世界を支配しようとする。そして、誰が世界を支配するのかを『殺戮』、つまり『戦(イクサ)』によって決定するのだろう。そして、戦を行うための『軍』は、人間によって構成される。

 これでおおよその推測が成り立つ。

 どうやら、ずいぶんと分かりやすい世界らしい。

 オレの脳内にはすでに、永久トーナメントが確立していた。

 すべてを支配するために、軍同士が戦う。永久に誰かが頂点に立つことなどない、終わらぬ戦(イクサ)だ。

 

 図らずも胸の内が躍った。

 そうだ、オレが求めていたのはコレだ。

 剣道の試合でとてつもない強敵に挑む時のような高揚感。

 

「とりあえず二つ質問がある」

 

「はい、何でしょう?」

 

「まず、ここではどうやって『生きていけばいい?』」

 

 そう問うと、叉姫は笑った。

 

「テメエは賢いな。最初にココへ堕(オ)とされた人間は、ソレに気付かずに野たれ死ぬヤツも多いんだぜ?」

 

 死神の嘲笑。

 

「ここでは神から与えられるモノはありません。食べるモノ、居場所、武器……すべて他人から『奪ってください』」

 

 女神の微笑。

 

「了解だ」

 

 分かり易くていい。

 与えられないから、欲しいモノを他人から奪い取れ――それが、この世界の真理だ。

 

「じゃあ、最後に一つ聞く。その、オレが属する『軍』とやらは、いったいどうやって決まるんだ? オレの元に刻鍵がないところを見ると、オレはその特別な武器に選ばれていないんだろう」

 

「所属は、自然に決定します。本人の資質が、刻鍵の主(アルジ)を呼び寄せるのです」

 

 どういうことだ?

 首を傾げたオレが、二つの質問、という最初の言葉を離れてさらに問おうとした時だった。

 ふおん、とその場の風が揺れた。

 いや、風ではない。空気の塊の移動ではない、何かが動いた感触があって、背後に気配を感じた。

 

 これは――殺気!

 

 つい先ほど、オレが学んだばかりの言葉、現象、感情。

 間髪いれずに振り向いて、飛んできた何かを回避した。

 その瞬間、顔のすぐ横を鋭い刃物が通り過ぎて行った。

 

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 2撃目を予測して、一足飛びに間合いをきる。

 しかし、2撃目は襲ってこなかった。

 

「新しい住人は『人間』ですか」

 

 オレの身長は同い年の平均よりか少し上くらいなのだが、しかし、目の前の男はそれを凌駕していた。そう、ちょうどあの暑苦しい剣道部の主将くらい。そして、適度に鍛えているであろうその身体から柔な印象は受けないが、どうしてもひょろ長く見えてしまう。それは、身に付けた細身の黒スーツと、青白いほど色を失っている肌色のせいだろう。

 叉姫は、その男と視線を合わせるため、ふわりと宙に浮いた。

 

「刻鍵『凶人(マガツビト)』の主(アルジ)ですか。九条恭而さんが属す軍としては妥当かと思われます……とっとと持ち帰って契約でもなんでもしやがれ」

 

「でも人間は精霊種や有翼人と違ってリスクが高いんですよ? 神に最も近い姿のイキモノですからね」

 

「『凶人(マガツビト)』の主(アルジ)の台詞とは思えねぇな。テメエはその方がよっぽど楽しめるだろうに。それに、コイツはきっとテメエのお眼鏡にかなうと思うぜ?」

 

 叉姫の言葉で、その長身の男はにぃ、と口元を笑いの形に歪ませた。

 さらりと流した柔らかそうな銀髪に、薄い眼鏡をかけた長身の男、彼が手にしているのは、ぞっとするほどの大きさの鎌だった。それも刃はひどく薄く鋭利で、少し触れただけでも皮膚が切れそうだ。

 あれが刻鍵の一つ、『凶人(マガツビト)』。

 なるほど、その場にあるだけで周囲のすべて一身に集めるような存在感は、これまで感じたことのないものだ。

 しかし、その刻鍵を携えた男自身は、それほどの戦闘力を持っているようには見えなかった。

 

「だいたい自分も人間のくせに神に近い姿なんて厚かましいこと言いやがって、人間のほとんどは、『仙(セン)』の影響を受けることさえできなかった、ただのチカラのねぇ弱っちい兵士だろ……契約に際し、貴方にとっての問題(デメリット)ないと思います」

 

 叉姫と男が何やら言い合いをしているのを、オレは呆然と見つめていた。

 ああ、こうしてこの男を見上げていると、あの先輩を思い出してしまう。

 毎日オレに挑んできた先輩。

 オレの大切な里桜に近づいて――

 

 ぞわり、と背筋が粟立った。

 そうだ、オレがいなくなってしまったら、里桜はどうなるんだ?

 オレ以外の人間が里桜に触れるかと思うと、気が狂いそうになる。自分の手が届かない場所にいるとなると、その苛立ちは倍増。

 里桜。

 里桜。

 里桜……里桜。

 狂おしいほどに愛しい。

 純粋で、無垢で、まっすぐな彼女を見るのはオレだけでいい。

 それ以外のモノなど、すべて消してしまえばいい。

 

 

 奪い取れ。

 この世界の明快なルールが脳裏を過(ヨ)ぎる。

 刻鍵を奪い取れ。

 奪い取ってすべてを消し去ってしまえ。

 オレの怒りの矛先は、すべて目の前の男に向けられた。

 

「ひゃははは、俺の見込んだ通りだ、心配する必要なんかなかったじゃねえか! 他の契約者なら、この時点で終焉(ジ・エンド)だったぜ! 主(アルジ)への反抗は緋檻において終焉を意味するからな!」

 

 叉姫が嬉しそうに笑う。

 けらけらと、空を飛びながら。

 長身の男は、音もなく、ふわりと鎌を振った。

 

「いいでしょう。狂宴(キョウエン)にご招待差し上げます……さあ、凶人(マガツビト)」

 

 刻鍵が啼く。

 

「契約前から奪う事を考えたのは、僕が主(アルジ)になってから君が初めてです」

 

「契約?」

 

「ええ、君はこれから、僕の配下となるのです。刻鍵凶人(マガツビト)の性質は『殺戮』……君が僕に殺意を抱いた瞬間、契約は成立します」

 

 殺意、だと?

 相手に殺意を抱いた瞬間に契約。

 つまりは、オレはこの瞬間からこの長身の男に支配されるということか?

 冗談じゃない。

 胸の底から熱い感情が湧き上がる。

 と、その瞬間。

 

「契約成立です」

 

 男の口元が歪んだ。

 丁寧な口調に似合わぬ、酷く歪んだ感情を表に出して、裂けるように微笑(ワラ)った。

 凶人(マガツビト)の性質は『殺戮』――だとすれば、刻鍵に魅入られたコイツが見た目どおりのはずがない。とてつもない殺戮願望を内に秘めているはずじゃないか。

 気絶はまずい、と分っていたのに。

 一閃した鎌を避けられず、オレは意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 腹部の激痛で目が覚めた。

 その痛みをかばうように体を曲げようとして、それが適わないことに愕然とした。

 

「な……ん……」

 

 両手足が拘束されている。

 絶望的なほど頑丈なその拘束は、多少暴れた程度で抜け出せるものではなかった。薄暗くあまり何も見えないが、感触からして、服も着せられずに岩のようなものに磔(ハリツケ)で固定されているとみていいだろう。

 と、そこまで一瞬で分析してから激痛を覚えた自分の腹を見おろして、オレは、人生最大の叫び声をあげていた。

 

 なにしろ、オレの腹には、深々と鋭利なナイフが刺さっていたのだから。

 

 

説明
 満たされる、充たされる、ミたされる――
 神の嘆きが創り出した平和な世界『珀葵』、そしてそこから零れ堕ちたモノが業を背負う世界『緋檻』。
 珀葵に蕩揺う平和の裏で、緋檻の民は業を重ねていく。

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◆これは、戦略シミュレーションゲーム『戦神楽』の宣伝用に執筆されたものです。
 RPG版のシナリオ原本でもあります。
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