堅城攻略戦 第三章 坑道の闇に潜む者 10
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 それから僅かな時を置いて、本体が紅葉達に合流する。

 その中から、おゆきと馬から降りた主が後方の天狗と天女の下に走る、それをちらりと見て、鞍馬は紅葉御前の隣に歩み寄った。

「ご苦労だったね」

「ろくすっぽ敵も居ないのに苦労も無いさ、一番手ごわかったのは悪鬼と狛犬だったね」

 肩を竦める紅葉に、鞍馬は苦笑を返した。

「いや、良く二人を押さえて部隊を取り纏めてくれたよ、確保して貰った場所も申し分ない」

 しかし、ここまでも放棄していたとは。

 三の丸には鞍馬が見る限り、霊的、もしくは軍として二の丸を攻める際の橋頭保として重要な拠点が複数存在する。

 当然それらに対する守りはあると考えて、先鋒部隊は攻撃に特化した突破能力の高い面々で構成したのだが、ここまで極端に二の丸だけを固める穴熊の如き布陣での出迎えとは、肩透かしを食った感は否めない。

 確かに、下手に兵力を割いて固めれば、そこが重要な場所であると相手に悟られる危険性もあり、多少の手勢では式姫相手には防備どころか時間稼ぎも覚束ず、兵力を無駄にするだけに終わる可能性が高いのは、先程の先鋒部隊の戦ぶりから見ても間違いない。 式姫の力を知っているだろう相手がその辺りを勘案し、あえて放置したというのも有り得る話ではあるが。

 敢えてここを放棄したのか、やむを得ずなのか、それともこちらの戦力を評価した上でここを取らせたか……。

 彼が相手にしている敵軍師の力量は疑うべくもない、その上自分はまだ、この堅城の持つ力を完全に把握できている訳でもない。

(気骨の折れる読み合いだな)

 おゆき、天狗、天女、そして主の四人を中央に置いて守るべく、合流した面々が散開し、四方の敵に備える。

「いくら何でも抵抗が無さすぎやしないかい?」

 紅葉が二の丸の骸骨兵団を睨んだまま、傍らの軍師に低く問う。

 前回みたいに、私らが誘い込まれたという可能性は無いのか、という言外の問いが理解できない鞍馬ではない、こちらも渋い表情で腕を組む。

「前回包囲された、脱出口が限定される二の丸内と異なり、ここは比較的逃走路の選択肢が多く、余り包囲に向かぬ場所なのは賛成してもらえると思う……もしこれが敵の誘いの手だとしたら、彼らは別の趣向を用意しているという事だろうな」

「なるほど……それじゃ敵さんがどういう歓迎してくれんのか、読めてんのかい?」

 彼女も判っている、敵がそう易々と自分たちにここを明け渡した訳ではなかろうと。

「私は軍師であって八卦見じゃない、読みなんてのはそうそう当たるものではなく、ましてそれを当てにして軍略を構築すると、大体碌な結果にはならない物さ」

 私が出来るのは、相手が取り得る手段を想定して、それに対して一番通し易そうなこちらの手を打つ事。

 鞍馬の謹直な物言いに、何か言い返したげな顔をしていた紅葉だったが、特にそれには何も言わず小さく首を振った。

「……まぁ、その辺はどうでもいいけど、敵さんが何をやってきそうか、ってのは軍師殿の想定の中にちゃんと納まりそうかい?」

「手は打ってある、君らにあちこちに使いして貰ったのはその為だ」

「随分とあれこれやってたみたいだけど、あんなに必要だったのかい?」

「動いて貰った人に言うのもなんだが、布石なんてのは七割方が無駄になる物でね。 それでも時間と状況が許す限りは仕込んで置く必要がある」

 打てる布石で勝ちを得られるなら、幾らでも根回しするさ。

「お堅いねぇ、勝負は時の運とも言うんだし、ある程度でゲタを投げちまっても良いだろうに」

 ふ、と鞍馬は紅葉の言葉に軽い吐息を漏らしながら周囲をぐるりと見渡して目を伏せた。

「仰せご尤もさ。 こちらは堅く生きたいと思っても、勝負事なんて碌でなしに付き合ってると、否応なく博打を張らされる時はある。ただ、その時少しでもこちらに有利になるように、そして負けた時に持ちこたえる布石をしてあるのと無いのとでは大違いだ」

 気取られぬように、見えぬように、博打に負けても持っていかれない財貨をあちこちに隠すように、布石を仕込む。

「軍師の仕事なんてのは結局の所そんな物だよ、人にそれとは気取られぬように打たねば布石は生きないが、それだけに掛けた労力が無駄に見える事も多く、素人に文句を言われる事も多い」

 講釈師の話の中に住んでいる、運勢や他人の思惑まで顎でこき使える、全能で華々しい軍師様になってみたいものだよ、全く……。

 あの超然として、かつ冷徹な雰囲気を崩す事の少ない彼女が珍しくぼやく様子に、紅葉御前は低く笑って、傍らの軍師の背を軽くどやしつけた。

「口ではそう言ってるけどさ、あんたみたいなのには、そういう軍師商売の方が面白いんだろ」

 あんたの仕事、見える奴にはちゃんと判ってる。

「まぁね、私の考えの中に納まる世界など、そもそも大したものじゃ無いからね」

 だから、私はこの世界で戦うことを再び選んだ。

 その二人の背後から、ひやりとした空気が漂ってきた。

「始まったねぇ」

「……ああ、どう転んでくれるかは判らないが」

 停滞していた戦場が、動く。

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 天狗と天女の呪が、どこか心地よい旋律となって戦場に響く。

 殊に、天狗の声は都でも屈指と謳われた美声である、その張りと艶のある声に誘われるように、天女の優しく柔らかい声が伸びやかに呪を紡ぐ。

 二人の声が、共に和しながら、天に舞い、地に踊る。

「戦場だってのを忘れそうになるねー」

「ほんとにねー、天狗ちゃんの渾身の地鎮の術を間近で聞けるのは、割と役得よね」

「ねー」

 烏天狗と吉祥天が、前を警戒しながらも、背後から響く唄うような天狗と天女の呪に、わずかに口元を微笑ませる。

 そう、二人が紡いでいるのは、間に合わせのそれだが、ここに祭儀の地を作る為の、地鎮の呪。

 骸骨兵達の活動領域であり、陰火を送り込む道でもあったここは、かなりの瘴気に汚された状態。

 それを即席で浄めるというのは、かなりの腕を要求される、高度な祭儀ではあるが、天狗はその達者。

 迦陵頻伽に比される天上の歌声にて荒ぶる神魔の魂を鎮め、穢れを浄める。

 二人の周囲の地が、急速に浄化されていく。

 それに伴い、いつの間にか、共に和すかのようだった二人の呪が、次第に掛け合いであるかのような拍子を刻みだす。

 高く、世界全てに響かせるように放たれた天狗の声を、静かに天女が受け止める。

「とーーーーつーーーげーーーきーーーーーーーーーーーッスーーーーーーーーー!」

「止まったまんま、いきなり何言ってんだコマ?」

 対岸の敵を睨んでいた狛犬が、いきなり狼の遠吠えかのように高く声を張ったのを、悪鬼は怪訝そうな顔を向けた。

「天狗と天女の声聞いてたら、何となく一緒に声を出したくなったッス」

「……なんだそりゃ?」

「判んないッス!」

 二人のやりとりを聞いていた鞍馬が、静かにほほ笑む。

 なるほど、この祭儀の意味は理解できずとも、その身に刻まれた狛犬の本然はそれを悟ったか。

 二人の呪は、阿と吽の呼吸。

 阿の声は世界の始まりを告げ、吽と納められる事で世界は終わる、そうして世界の全てをその二字の間に含みこむ。

 そして、それは寺院の結界を作り上げ、そして守る仁王や狛犬の呼吸でもある。

 二人の呪が地の浄化を終え、神域の形成と大地の鎮めに変化していった、それは証。

 ただの空き地だったそこが、心得ある者の感覚の目には、結界が急速にその体裁を整えつつある様が見える。

 天狗と天女の阿吽の呼吸が、二人の間に力の場を作り上げていく。

 ここに神を呼ぶに相応しい地へと。

 

 静かに閉ざされていたおつのの目が開く。

 彼女を呼ぶ声が確かに聞こえた。

 自分の力を確実に、迷いなく一点へと導く声。

「お見事、この感じは天狗ちゃんと天女ちゃんかなー、二人とも息ぴったりだねー、ここまで二人の言霊が綺麗な和になっているのが伝わってきそうな綺麗な術だよねー、あー、久しぶりにおつのちゃんも天狗ちゃんやかるらちゃんと一緒に歌いたくなってきちゃったなー」

 そう口にしながら、おつのは意識を二人が作り上げた力の場に向けた。

 その言霊に、自分の意識を添わせ、躍らせる。

 ……よし、これなら行ける。

「さてと、この気に食わない力の道を作ったやろーに、おつのちゃんが活を入れてやりますかねー」

 この山脈から堅城へと作られた気の道は、天地自然の力を循環させる為の道というのみではなく、それを通して、陰火の群れをこの山に送り込む事すら可能とした、種々様々な力を効率よく遠隔に通す為に整えられた呪的な道。

 堅城に居ながらにして、この近隣を支配下に置くために作られた……山への畏敬も何も持ち合わさぬ効率だけを求めた傲慢な代物。

 だが、堅城からこの道を通して、この地に呪詛や亡魂を送り込めるならば、その逆もしかり。

「明王の炎よ、かの地を焼き浄めよ!」

 

 天狗と天女が向かい合わせに立つ、その間の空間が、炎のように揺らぐ。

 だが、その異変を察知しているだろう二人の呪に些かの停滞も揺らぎも無い……いや、止められないというのが正しいか。

 仮初の神域を、ここに維持しているのはただ、二人の力のみ。

 僅かでも二人の力が揺らげば、この繊細な場は、瞬時に崩壊しよう。

 その時、鞍馬の羽扇がすっと上がった。

「菱の構え」

 その声に、四人を中心に守るように散開していた式姫達が、細長い陣形を取り、嬉々として悪鬼と狛犬がその前に立つ。

 一点突破の構え。

 その陣の背後で、空気の揺らぎがさらに大きくなる。

 山の力を乗せたおつのの力が、この場を目指して、奔流の如く流れ来る気配。

 天狗と天女が呪を紡ぎながら一瞬目くばせし合う。

 天女が仙人峠の方を、そして天狗は堅城に体を向けた。

 流れ来たおつのの力を、天女が吽の呼吸で、この地に受け止める。

 そして。

 天狗の声が一際高く澄んだ響きを帯びる。

 流れ来た力の中に、おつのの美しい祈りの旋律を感じる。

 昔、都でおつのやかるらと一緒に謡を合わせた時の事をふと思い出す。

 楽しかったあの日々を……。

(懐かしむんじゃありませんわ)

 あの日々を、勝って取り戻す……自分だけじゃない、旧主の孫娘や、苦闘を続ける主の為に。

 天狗はおつのの力と自身の力を和すように、堅城に向け、それを阿の呼吸で撃ち放った。

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 解き放たれた熱なき真火が地を奔り、瞬時に二の丸全てに拡がっていく。

 仙人峠と、そこを制圧していた陰火の全てを浄化した炎が、そこにひしめく骸骨兵団を包み込む。

 それを天守から見下ろす目があった。

 破滅的な筈の光景を、だが、彼は眉一つ動かさずに見つめていた。

「やはり、な」

 死者を操る力を一切不浄を焼き払う明王の炎を放って浄化し、一息に骸骨兵団を排除する。

 あの仙人峠の戦いのように。

「だが、それは、ここから数里を隔てたあの山だからこそ、上手くいった話」

 奴らはあの山に式姫の庭の主を置く事で、山の奥深くに奴らの本拠地たる霊地から流れ来る強大な力をあの山に導き、堅城からの力の支配を断った上で、あの山をまとめて浄化した。

 あの戦いを再現しようという相手の意図は、敵の陣中に、明らかに式姫ではない重武装の姿を見出した時から判っていた。

 妖が巣食う敵地の只中に、人間である奴らの主を送り込もうなどというのは、他に意味が有ろうはずもない。

 今度は仙人峠から、堅城近くの力の道に奴らの主を置く事で力の道を作り、この地に三昧の真火を導く。

 狙い自体は悪くない、いや、自分が同じ立場なら、恐らく同じ策を講じたろう。

 だが、結局これは二匹目の泥鰌を狙う行為であるには違いない……そして、おそらくそれを自覚しているからこそ、敵軍師はこちらが何らかの対策を施す前に拙速を承知で打って出た。

 だが、軍略の基本は天地人を見る事。

「勝利した勢いと、我らに対抗する手段を得た天の時はそちらにある、だが……」

 仙人峠とこの堅城とでは、状況がまるで違う。

 あれはあくまで独立した霊地を、力の道を通じて利用していた飛び地。

 その制御を絶たれ、孤立した地を手際よく制圧されてしまった。

 この辺りは、人の戦でも基本の考え方は同じ、連絡と補給を断ち、分断した敵を効率よく制圧する。

 だが、この城は違う、それ自体が強大な霊力の源泉であり、彼の意志の下に置かれた空間。

 この堅城に拠る限り。

「地の利は我にあり」

 豪と燃え盛り、二の丸を包み込んでいた炎が弱まっていく。

 それにつれて、その炎の間から、揺ぎ無く立ち続ける骸骨兵団が姿を現す。

「そして、人の和」

 いや、人だったモノの和……か。

 自身の言葉に何の諧謔を感じたのか、男は、皮肉というには、どす黒く、歪んだ笑みを浮かべた。 

 この城を護る骸骨兵団は、仙人峠に放った、戦の犠牲者の亡魂を無理矢理縛り付けて操った陰火共とは違う。

 あの一族に心酔し、身命を賭してこの城を護ろうとした精兵二千……その執念、妄執と言っていいそれは、今もその身に留まっている。

 儂の術は、彼らの、その思いを尊重してやった物。

 そう、あの骸骨兵団は、操られた存在ではない、自ら望んでここに留まり、この城を陥とさんとして迫る存在を排除している。

 自分が既に死した身である事も。

 そして、本当の敵が誰か……知る事も無く。

 彼らは、生きてこの地に有った、あの日の結束と、情熱の炎を、その虚ろな胸郭の中に燃やし続けている。

「人の和もまた、こちらの物だ」

 炎の消えた二の丸に、幾百の骸が立てる、乾いた音が響く。

 身に纏った甲冑が、むき出しの骨が、こすれ、動き出す音が不気味な鳴動となって辺りを包む。

「反撃開始」

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■天女

温厚なみんなの調整役、天女ちゃんは癒やし

説明
「堅城攻略戦」でタグを付けていきますので、今後シリーズの過去作に関してはタグにて辿って下さい。
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コメント
>>OPAMさん ありがとうございます、原作で天狗とおつのと今回話の中でだけ出てきたかるらの三人は「暴れん坊天狗」というアイドルユニット組んでる設定なので、おつのと天狗のコンビが旋律を利用して共同作戦行う的な展開は入れたかったんですよ。 暫く攻守が入れ替わる展開が続きます。(野良)
大地の浄化のための呪が歌や旋律となって、前線にいる式姫を鼓舞するリズムとして伝わっていく展開に、戦いのような派手さとは違うじわじわとくる熱さを感じました。それだけに、熱さと対極な落ち着きの敵側軍師の冷静さがより際立っていて、このあとの「反撃」が気になりますね。(OPAM)
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