「くだんのはは」(1/11)〜鬼子神社事件始末〜
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 その事件の話を聞いたレイコの、最初の感想は「…平和だなぁ」だった。

「いや、連続殺人事件じゃと言うとろうが」

 その あまりにも他人事すぎる言い様に、《鬼子》…『この世界のヒノモト オニコ』にして、この《日本鬼子神社》の主神/多縫喜守日本鬼子(たぬきのかみ ひのもとおにこ)…は呆れてツッコミを入れた。

「そらそうだけども」

 修道女のような頭巾を被り、セーラー服の襟のついた真っ赤なワンピースをまとった少女…まあ、中身は何千年生きているか分からないような『バケモノ』だが…は、茶をすすりつつボヤいた。

「そんな、週刊誌とネット民を喜ばすために起きたような事件が、今世間で一番騒がれてる話だと言われたらなぁ…他所の世界で この時間軸と言やあ、結構シャレにならん事になってんだぜ?」

「例の、新型コロナウイルスとかですか?」

 お茶の おかわりを注ぎつつ聞いてきた作務衣姿の若い男は《花岡菊一》、天然パーマがかった薄い色の髪とメガネがトレードマークの、この《日本鬼子神社》唯一の『人間の職員』である。もっとも、この《日本鬼子神社》には鬼子と菊一の二人(一柱と一人)しかいないのだが。

「まあ、それもあるし…酷いところになると戦争とかですかね。ロシアがウクライナって国に攻め込んで、一年以上も続いてる世界線とか」

「ロシアが!?」菊一が思わず大きな声を上げた。「あんな大きな国に攻め込まれて、一年も保(も)つ国があるんですか!?」

「んー、なんか、保っちゃってるんだわ。西側の支援のせいもあるけど、ロシアが初動で信じられんような作戦ミスを連発したりとかして…。まあ、保ってると言っても、別に良い事とは言い切れんですよ?1年もの間ずっと、毎日双方に死人が出てるって事ですし」

「戦争のう…」やはり200年前後生きてきた鬼子にとっても、『戦争』には苦い記憶が多々ある。「確かに、毎日連続殺人事件が起こってるようなもんじゃしなぁ…」

「それも、だいたい善人から先に死んでいくしな」不謹慎にもレイコはこう続けた。「それに比べりゃ、小児性愛者の4人5人殺されたって、かえって世間の連中は喜んでるだろ、絶対。刑務所にブチ込まれても これっぽっちも反省してなかった奴や、『バレなきゃ犯罪じゃない』みたいなナメた態度で反社に金を落としてた連中じゃ、同情する気も起きないのが『普通』さ」

「オヌシが『普通』を語るんじゃない」

 呆れつつも、鬼子はレイコをジロリと睨んだ。

「だいたい、確かに今までのホトケ(死者)は全員ロリコン野郎じゃったかも知れんが、だからと言って犯人が本当にロリコンを狙って殺害しているという根拠も無いんじゃ。たまたま全員がそうだった、というだけで、もしかしたら他に共通項があるやも知れん。

 というか、話がまだマクラじゃったから、世間に合わせて『連続殺人』とは言ったがな、実のところ…」

「?」

「これが『殺人事件』だという、明確な証拠も無いんですよ」

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 鬼子の言葉を菊一が継いだ。

「と言うと?」

「どの事件現場も、状況的に被害者が一人で居たようには思えないらしいんです。被害者のうち一人は自宅で死んでいて、玄関の鍵は開いたままでした。テーブルには二人ぶんの皿とグラスがあったそうです。

 その他の被害者は屋外の、人目につきにくい場所で、その…」

「その?」

「子供に『悪戯』しようとした矢先に死んだような有様だったんじゃと。下半身丸出しでの」

 見た目は幼女に見えても100年以上生きているだけはある。まだ若い菊一が言いにくい事を、鬼子は直球で言ってのけた。

「ふうん」レイコは なんとも言えない微妙な相槌を打つ。

「それは、自宅で死んでた輩も?」

「ええ。何か、『誰かを監禁しようとしていた』みたいな形跡があったようです」

「で、死因は?殺され方が共通なり類似なりしてなけりゃ、噂とはいえ『連続殺人』なんて話にはならないだろ?」

「共通しとるよ。『よく分からん死に方』という点では」

「よく分からん〜?」

 レイコは思わず眉を寄せて反復する。

「外傷とかは無かったみたいなんですよ、殴られたとか、首を絞められたとか。ですが、肺を動かす筋肉が軒並み壊死してたり、心臓の肺動脈・静脈が締め付けられたように潰れてたり、脳の一部が破壊されてたり…とても自然死とは言えない亡くなり方だったみたいです」

「どっから流れてきたんだろうな、そんな情報」

 菊一の話を、かなり『疑』寄りの半信半疑で聞いていたレイコではあったが、

「でもまあ、それなら警察としては『連続』どころか『殺人』と断定なんて出来ないよな…捜査方針も事件と事故・病死の両面からにならざるを得ないだろうし。

 公式見解では誰も『殺人』だとすら言ってないのに、どっかから『被害者は全員小児性愛者』という話が漏れたせいで、世間の野次馬たちが『連続殺人』の方向で噂を広めてる、って寸法か」

「そんな感じじゃな」

 だいたいの筋は見当がついた。何のことはない、あらゆる娯楽を享受できるはずの現代日本人にとっても、やっぱり最大の話の種は他人の不幸だ、というだけの事だ。それも不幸の度合いが高いほど、不幸の内容が理不尽であるほど良い。加えて、その不幸に見舞われた者が『決定的に自分とは違う種類の人種』となれば、安心してその『不幸』を面白おかしく消費できるというものである。

「まあ、お前が神になったのも、キッカケはネット民の無軌道な『祭り』が発端だったから、連中の関心事には興味もあるだろうが…ぶっちゃけ、お前らとは関わりの無い話だな」

「なら良かったんじゃがのう…」

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 少々うんざりした顔で鬼子は続けた。

「この噂がバズり始めたせいで、ウチに犯人逮捕を祈願する絵馬が気持ち悪いくらい増えて…」

「そりゃ、祀られてるのが和ゴス姿の のじゃロリババアじゃぁなwww」

 ヒッヒッヒ、と、魔法使いの婆さんのような声を出して、さも可笑しそうにレイコは笑った。

「良かったじゃないか、売り上げが増えて」

「それだけなら まだいいんですが、中には『これを機に息子のロリコンを改めさせたい』なんていう相談を持ちかけてくる御婦人もいらっしゃったり…」

「ロリコンは治んねーよ」

 情けない顔で溜息をつく菊一の言葉にも、レイコは意地悪い笑みを浮かべたまま言い放つ。

「ロリコンったって、どうせ二次元専門だろ?違うんだよ、ガチの『小児性愛者』とは、生きてる次元が」

「そんな高度な話か」

 ブスっとした表情で、鬼子は茶菓子を ひとつ口に放り込んだ。

「ま、せいぜい1ヶ月の辛抱ってとこだな。どうせまた、真相が分かってしまえば何の事もない、ってパターンだ。心配しなくても、お前さん達の出番は無いよ」

「実際、事件が起こったのは都内ですからねぇ…ここ(横浜)からじゃ距離もあるし、県も、警察の所轄も違いますから」

「うん?」

 菊一の言葉にレイコが反応した。

「えっ、じゃあ、特に現場を見に行ったりとか、関係者から話を聞かされたとかではないんだ?」

「当たり前じゃろ」茶をすすりつつ鬼子が答える。「別に警察から捜査協力を請われたわけでも、誰かから本格的な捜査を依頼されたわけでもないんじゃし」

「ふーん…」

 何か思うところありげなレイコを、鬼子は再び横目で睨む。

「また、余計な首を突っ込むなよ?お前が言ったんじゃぞ、『ワシらには関係ない話』じゃと」

「まーな」

 レイコは気のない返事を返して立ち上がった。

「だが、話のタネとしては丁度いい。この後で神田明神にも寄ろうかと思ってたんだ。昔話ばかりでは滝夜叉殿も つまらないだろうし、折があれば話を振ってみるとしよう。

 じゃ、菊一さん、ご馳走様でした。帰りにまた寄らせてもらいます」

「いや、たいして お構いも出来ませんで」

 そう言いながら見送りのために菊一も席を立つ。その後を鬼子も続いた。

「どうぞ、お気をつけて」

「はは、」とレイコは笑って会釈した。「この国に、私に危害を加えられるモノなんて そうそうありゃぁしませんよ」

「お前が周りに危害を加えんよう気をつけろ、という意味じゃバカタレ」

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「鬼子様!」

 菊一が窘(たしな)めるように言った。

 

〜〜〜◆〜〜〜

 

 東京都千代田区外神田にある神田明神は、祭神のうち一柱に平将門命(たいらのまさかどのみこと)を頂く神社である。

 同じく千代田区ながら将門公首塚として有名な大手町の将門塚とは少々離れており、なんなら秋葉原の目と鼻の先くらいである。そのせいかどうかは知らないが、近年では社務所で『将門公ソフビフィギュア』とかも取り扱っているらしい。

 実在した歴史上の英雄ではあるが、現在の神格化されたそのキャラクター性は、確かにゴジラやウルトラマンと並べても勝れども劣らずと言える。

 ただ、レイコ曰く「一休宋純(いわゆる『一休さん』)は坊主のくせに、なぜか(歴史上の人物の中で唯一)超合金が発売されてんだよなぁ…」だそうで、将門公と並ぶ『三大怨霊』の一人・藤原道真公を現在の上司に持つ彼女にとっては若干の不服があるらしい。まあ、将門公とてロケットパンチや合体変形ギミックを実装されたかないだろうが。

 

「あっら〜〜〜、レイコちゃんじゃないの!!やっだ〜〜〜、久しぶりねえ!!いつ以来だったかしら〜〜〜!!」

 取り次いでもらってすぐに、奥の方から人懐っこいオバサン仕草で現れたのは《滝夜叉姫》だった。

 

 『平将門の娘』であり、我々の世界においては創作上の人物ではあるが、世界線によっては実在した人物の場合もあり、あるいは人々の想いが集まって生まれた精霊的存在の場合もある。

 父の無念を晴らさんと貴船明神への丑三つ参りを行って満願、賜った強大な妖力を駆使して朝廷転覆を謀るも失敗し、仏門に入ったとも、浄化・昇天して父の元へ還り 神となったとも伝えられる。

 レイコが関わる世界においては、おおむね父・将門公の補佐として働く『準・神』的な立ち居地にある事が多い。

 

「GHQが米国に帰った後ですから…ああ、70年ぶりにもなりますか」

 実のところ、『この世界の滝夜叉姫』とレイコは これが初対面である。この世界にレイコの前身である『神・火島霊護(ひのしまの みたまもり)』は存在していないのだから、面識があるわけがない。

 にも拘わらず、滝夜叉姫が あたかも旧知のように話しかけてきたのは、レイコが『この世界の日本鬼子の物語』の結末を書き換えた際に、彼女の世界の滝夜叉姫と何らかのリンクがなされた結果だと思われる(実際のところは筆者にも分からない)。

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 ちなみにレイコの世界の滝夜叉姫は女武者然とした性格なので かなりキャラに落差があるのだが、いくつもの並行世界を行き来して慣れているためか、レイコは何事もなかったかのように会話を続ける。

「ずっと羽後(秋田県)の山奥に引きこもっておりましたので…いや、東京も、戦前以上に良く分からぬ怪しげな街になったものです」

「本当にねえ…あの焼け野原から あっと言う間に立ち直っちゃって…それはいいんだけど、その後がねぇ…みんな、無くしたものを取り返そうとでもしたのか躍起になりすぎて、何かの歯止めが利かなくなっちゃったみたいに、ねぇ」

 

 その後、滝夜叉姫との思い出話は5時間にも及んだ。《神》の時間の感覚からすれば ほんの挨拶程度の間ではあるが。

 

「あらやだ、私ばっかり すっかり話込んじゃって!!」唐突にそう言って、滝夜叉姫は、「レイコちゃんも、何か話があって来たんじゃなくて?」と切り出した。

「いや何、私もただ、昔話やら、その後の東京の話を聞きに来ただけですよ」

 そう言いつつも、レイコは先だって鬼子神社で聞いた『連続殺人事件』について、さりげなく話を振ってみた。

「そうなのよぉ〜〜〜!最近、もう、本当の最近ね!現世では皆んな その話してるの!確かに、生きてる人間にしてみれば よっぽど怖い事だけどねぇ」

 流石に都会の、有名どころの社に住まう神様である。人との接点も多い滝夜叉姫は、現世の話題にもそれなりに耳が敏(さと)いようだ。

「でも、鬼子ちゃんのところにまで影響が出てるとは思わなかったわ〜〜〜」

「いえいえ、影響というほどの大袈裟なものでは」言いかけてふと、「《日本鬼子》の事、ご存知でしたか」とレイコは聞き返した。

「そりゃあもう!!この国で いちばん新しい神様ですもの!!期待の新人、というより、なんていうか、神様皆んな孫でも出来たみたいに可愛がっちゃって!!あの子、レイコちゃんがプロデュースしたんでしょう?」

「アイドルじゃないんですから」苦笑するレイコに、

「や〜ねぇ、立派なアイドルよ、神様界隈の!!天上にも天下にも、あの子を嫌いだって神様の話 聞いた事ないもの!!」と滝夜叉姫は返した。

 どうやら この世界の《日本鬼子》は、レイコの予想を上回って神々からの寵愛を受けているらしい。しかも天津神・国津神の境なくときては、レイコとは雲泥の差である。

「そっか、鬼子ちゃんの役に立てるならね、オバサンとっておきの情報を教えちゃう!」

『あっ、とうとう自分でオバサン言っちゃったよ このヒト』と、悟られないようにレイコは心の中で思った。

「あのね、ウチの金華ちゃん…あ、猫ちゃんね、仙猫。東照宮様から もらわれて来たんだけど、

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この辺の野良ちゃんたちの守り神やってるの。

 でね、最近、都内では大鼠(ねずみ)がずいぶん出るでしょう?じゃなくて、出るようになったの!その子達が悪さをし過ぎないようにも、目を光らせてるみたいなんだけどね。

 その大鼠の中にね、齢(よわい)5〜60って言ったかしら?妖怪になっちゃってる鼠がいるらしいの。それが、この辺の鼠のボスなのね。

 そのボスがね、この近くで事件のあった…そう、8月の4日よ。4日の夜にね、見たらしいのよ」

「ほう」意外にも具体的な情報が出てきたので、流石のレイコも興味をそそられた。「見た、とは?」

 妖怪である大鼠の目撃談として、わざわざ挙げるくらいである。余程面妖なものなのか。

「夜中の零時近くにね…小学生、まだ10歳にもなってないくらいの、小さな女の子が」

 一瞬、レイコは反応に困った。確かに奇妙と言えば奇妙だが、在りえないかと言えばそうでもない。そんなレイコの気持ちを察してか、滝夜叉姫はすぐに話の後を続ける。

「そうなのよ。別に、おかしいって程の話じゃないのよね。

 でも、最近は珍しいのよ、子どもが、それも女の子が夜中に一人歩きなんて。

 30年くらい前までは、ほら、受験戦争だの何だのって言って、子どもを夜中まで塾に通わせて、送り迎えさえしない非道い親も珍しくなかったけど。

 最近じゃ世の中も物騒よ。おかしな事件も起こるし、まるで戦後みたい。そんな ご時勢でねぇ、小さな子どもを夜歩きさせる親なんて よっぽどよ?児童虐待で親権を取り上げられても文句は言えないわよ」

 何か思うところでも あるのだろうか、滝夜叉姫は一気にまくし立てる。

「まあ、こんなご時勢でなくても、子どもに夜歩きさせようって親は そうそういないと思ってましたが…。

 …しかし、それを見たのは大鼠でしょう?いくら妖となって知恵を付けたとしても、貴奴らにとっては人間社会の機微など知った事でもなければ、関心も無さそうなものですが」

「さすがレイコちゃん、鋭いわね」心なしか楽しそうに、口の端でニヤリと笑いながら滝夜叉姫が言った。「そうなの。そのボス鼠ちゃんが、その子の事が気になったのはね、別に今時子どもの夜歩きが珍しかったからじゃないの。

 その子が『あるもの』を抱きかかえてたから、なんですって」

「ある…モノ?」レイコは怪訝そうに眉を寄せる。

「何だったと思う?」

「…いや、さっぱり。皆目見当もつきません」

 そんなレイコの顔を見て満足そうに微笑むと、滝夜叉姫は周りを見回し、レイコに顔を近付けて口の横に掌を立てて、内緒話でもするかのように小声で囁いた。

「あのね…《くだん》ですって」

 

〜〜〜◆〜〜〜

■■■(一の段終わり)■■■

説明
☆目次→https://www.tinami.com/view/1149571
【ご注意】
この物語はフィクションです。実在または歴史上・の人物、実在の団体や地名、事件等とは一切関係ありませんのでご了承下さい。
●作中に 小松左京・著「くだんのはは」のネタバレおよび独自の考察が含まれます。ご都合が合わない方の閲覧はご遠慮下さい。
●日本の歴史、主に太平洋戦争について、やや偏見に伴う批判的・侮辱的な描写がございます。苦手な方は閲覧を控えて下さい。
●神道・仏教等について独自の設定を行っております。実在する書物・記録とは異なる点が多々ありますので、あらかじめ ご了承下さい。
●猟奇事件・性犯罪・近親相姦・小児性愛などの描写がございます。同じく、苦手な方は閲覧をお控え下さい。
●この物語に登場する呪術・仙術・神通力・儀式等は、全て架空のものです。

2023年作。登場人物の「日本鬼子/多縫喜守日本鬼子/金魚」は、「狸野」様作の「萌えキャラ日本鬼子」のイラスト(https://www.pixiv.net/artworks/14280981 )よりインスパイアさせていただいたキャラクターです(元キャラには特に設定などはありません)。
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妖怪 伝奇 日本Ω鬼子 ホラー 萌えキャラ日本鬼子 オカルト 

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