Cafe Clown Jewel Vol5 |
One day2
雪が降っていた。
気分は最悪だった。
「昨日の夜が寒いと思ったら、そういうこと・・・・・・」
両手を擦り合わせながら、綾は愚痴を零した。
寒いのは嫌いだからだ。
何かと昨日のミッション中に、冷えるなと思っていたら、案の定の今日は、頬を切る寒さが到来し、粉雪が振っている。
積もることは無いだろう。朝方から降り始めてはいるけど、積もる気配も無く、道に解けていく。屋根が幾つか化粧するだけだろうか。
天気予報。日本の天気図、気圧配置は、西高東低。いや感じに縦線が密集していた。
「関東周辺に気圧線が六本走ってたからな。冷え込むのも当然か」
暖かいコーヒーを啜る、由比島洋一は、今日も紙束片手。一番客は、今日も彼だった。
「寒くないの?」
綾は寒い。暖房を点けたばかりで、店内がまだ冷えているからだ。
それもこれも、連日のように、夜中に呼び出しがあっては、二時、三時に帰ってくるからだ。特に、昨日だ。前日も睡眠不足なのに、また残業が入ったからだ。
おかげで、今日は寝坊だ。開店ぎりぎりまで寝てしまった。
当然、湯沸かし器の作動はさせても、最初は冷たい。今頃は温まっているだろうが、台拭きをぬらした時は、当然の如く冷たかった。皸(あかぎれ)に成りそうなくらい。勿論、ハンドクリームはタップリ塗っておいた。塗りすぎだった。
しかし、綾よりも、寒いのは洋一だろう。
雪の中、店まで来たのだからだ。体は冷えているのだろうけど、余り寒そうじゃないように、見える。
「寒いよ。でも、地元よりまし」
ホルモンを鍋で食う彼の地元は、そんなに寒いのだろうか。
「出身九州よね?何でコッチより寒いの?」
綾の頭の日本地図には、九州が南の方にある。当然、南に行くほど暖かいはず。南も南にある沖縄は暖かい。
「緯度はこっちが高いけど、北の方は寒いんだよ。特に日本海側。海流の関係かな」
「海流?流氷とか流れてこないでしょう?」
「そりゃあ、流れてこないよ。でも、流氷が来るロシアからの、冷たい海水が、日本海流に乗って来るから、冷えるんだろうね。海側が特に、なんだよ。海の方から風が吹いて、体感温度が低くなる。と言う訳で、地元が寒い」
「なら、ここは回り海じゃない。東京湾に浮かぶ島だけど?」
「そうだねぇ。でも体感というよりも感覚的に寒く感じるんだよ」
「なんか、納得できなわね・・・・・・。天気予報見ると、九州って最高気温高いし・・・」
「ああ、確かにね。実際行ってみるといいよ。真冬の玄界灘に」
「絶対行かない」
今の話を聞かされて、誰が行きたくなるものか。まして、今日は雪の降る、寒い日だ。これ以上寒い想像はしたくない綾だった。
「あーあ、今日は余りお客さん来ないかも」
雪が降るくらいに寒い今日は、余り外には出たくないものだろう。
「だろうな。今日は祝日だしな」
「え?そうなの?」
余りの忙しさに、綾は忘れていた。
「天皇誕生日だよ。そして明日はイブさ」
明日はクリスマス・イブ。明後日はクリスマス。キリスト教でもない日本人にとっての、大イベント日の一つである。
主に、カップルと子供と子供を持つ親。
どれにも該当しない、綾と洋一には全く持って関係の無い日である。
「イブねぇ。お客来るかしら」
土曜も午後三時までだが、カフェは開いている。休みは日曜だけ。
明日がイブなら、出かける人も多くなりそうなので、立ち寄るお客さんも増えるかな、と考えてみる。けど、経営時間を延ばしてみようという気にはなれない、綾だった。
「土日だから、学生は少ないか・・・」
カフェはこの浮遊島にある、私立恒明学園の近く、特に、大学と高校に近いところにある。大学の正門からでて、五分もしないくらいの所に有る。
なので、お客の中には、大学生が昼食をしに来る率が高い。特に、タバコを吸わないコーヒー好きに。
高校生も来ることは来る。大学生に比べれば、利用率も、常連も少ない。
そろそろお昼前で、何時もなら、大学生が来るだろう。バイトもこの時間に来て、三時間ほどヘルプにさせる。
ヘルプ表を見てみると、今日は誰もバイトに入っていない日だった。それもそうだ、祝日を見越して、綾が一人で店番をするつもりだったからだ。
「本と誰も来そうに無いわね・・・」
「休みだしな。社会人ならいくらか、来るかもな」
「あなたは休みじゃないわけね」
「休みなんて無いよ。頭の中は年中無休さ」
旅行で逃げる位しかない、と良い加えて、コップに残っていた、一口分のコーヒーを飲み干した。
相変わらず、洋一の席には資料が散乱している。それらが、小説の資料なのか、はたまた、裏の資料なのか、カウンターからは見えない。綾でも見え難い。
「今日指令から連絡あった?」
綾はなんとなく訊いてみた。
「いあ、未だ何も」
まだ、本部への通達と言い包めの段階なのだろう。それもそうか、昨日解散したのが三時近くであったのに、直ぐに通達はしても、言い包めていたにしても、向こう側の処置が、そんなに早く来るとは限らない。事が事だけに、数日は調整を強いられる可能性もある。
「本部脅しに奔走してるのかしら」
「してるだろうね。お堅い方々の頭を、ガンガンに痛めるくらいにね」
あの声色と態度で言いくるめられる方は、堪ったものじゃないだろう。
「指令の能力って、そういったこと向きなのかしら」
疑問にでたことをそのまま口に出してみる。
「う〜ん、分からないねぇ。確かに、人を言葉で砕き倒すような事をするけど、それが能力であるのか、技術であるのかは、見分けがつかないな」
洋一の客観的な答えでも、どっちつかず。
「ふぅ〜ん。じゃ、誰も指令の能力って知らないのかしら」
「本部のお偉いさん以外は―――。ってところだろう。俺から言えば、アレだけ仕事しているところが、能力の一端にしか思えないね」
「同感。私も信じられないわ」
寝ているところ見たことがない。寝ているとは思われるが、全くそのような場面がない。眠気すら指令からは感じない。
昼間に連絡がきて、夜に報告をうけて、朝方に成果を確認している。どこで寝ているのか分かったものじゃない。
常に働いている。常に何かで動いている。
戦闘に出るわけでもない。調査で界隈を歩くわけでもない。情報処理と情報統合に指令としての指令と命令を、繰り返す。不屈なる男。
「あれだけ、眠いのを感じなさそうな指令は羨ましいわ」
夜も昼も働いているけど、睡眠はとらないといけない綾には、羨ましい限りだろう。
同様に寝ることすら許されなくなる、職業柄にある洋一も「ステキなことだな」と絶賛する。
「けど、寝られないのは嫌だから、一生働き続けるのは勘弁してもらいたいね」
「寝られるだけ、私たちの方がいいのかしらね」
寝ないといけないのか、寝なくてもいいのか、寝られないのか、その真意は直接に、指令に聞くしかない。
どうでもいい話を続けるしか、この日を潰すことは出来ないのだろう。と思いながら、取り合えずは、と言う感じに、二人で話を展開させていく。
何時もの昼過ぎに、何時もの暇粒しでしかない。どちらも、今のうちに休んでいないと、忙殺に本当に殺されかねない身なのだからだ。
どちらも死にそうにないということは、秘めておくのがいいだろう。
暫くすると、休日に珍しく、客人が来た。
「こんにちは〜」
間延びした声と共に、カラカラと鈴の音がドアから聞こえてきた。
「いらっしゃい」
と言うマスターこと、穂畝綾はカウンターではなく、客席からの応対だった。
客が来ることを、ホボ諦めていた。どこもかしこも、休みであるし、クリスマスの近い時期だ。皆、商店街の方に出かけているのが、関の山だろうと、予測していたわけだ。
殊更に、学校もなさそうな、高校生が来るとは、常連である彼女がでも、思っていなかった。
常連の顔見知りなので、対応はこうもラフにしても、構わないというべきか、この場合は、ラフな対応こそ、親密感がでるものだ。
「世代(ことよ)ちゃん。今日は休みじゃない?」
綾が質問を投げかけるように、折坂(おりさか)世代(ことよ)の格好は、高校の制服に学生鞄を片で、いかにも、学校帰りに寄り道しています、と言わんばかりのものだ。
質問に対しては、嫌々ながらの感じで世代は答える。
「休みですよ。赤い日付は休日ですけど。中の学校は、それでも行かないといけない時は、行かないと行けなくなるのです」
「ああ、課外授業ってわけね」
数年たっているとは言え、綾も同じ高校の出だ。世代の先輩と言えるが、世代の違いが出ているだろう。
綾の通っていた高校、及び世代の通っている高校は、常明学園の高等部だ。
常明学園は浮遊島の教育機関の中枢たるもので、この島唯一の学校群でもある。幼稚園から、大学院までを、島の中心に整然と建てているマンモス学園と言えば分かりやすいだろう。
浮遊島自体がそんなに広いわけでもないので、ここに住む十代は引越しでもしない限り、この学園に行くことになる。
その学園の内、高等部と大学部となる敷地に綾のカフェが近い。故に、大学生なんかは昼休みや空き時間に、軽食をしに来るわけだ。
高校生はそうは行かないものの、放課後などに、こうやって来る者もいる。
世代がその一人だ。
コーヒー好きな一女子高生として、コーヒー豆を買いにくるのが、いつものパターンと化している常連さんに該当する。
「そうですよ。クリスマスシーズンて言うのに、勉強ばっかりです。進学クラスっていやだぁ」
本気で嫌そうな節で、天井を仰ぐ。
「受験はまだ先なのにね」
「先も先。一年以上後の話です。今からずーーーっと、休みを課外にまわされては、溜まったものじゃないです。受験戦争くそくらえ!」
女の子らしからぬ発現を咆哮させる。
受験なんて、強制されている限り、苦痛なだけでつまらないものだ。彼女もそうなのだろう。
「卒業できるくらいに、出席はしておいた方がいいよ。進学なら、この島の大学部も設備はいいしね」
もっとも簡易的な、進学を洋一は提案する。
医療にせよ、技術と土地柄の条件は、東京湾にあるのでわりといいものだ。
ならば、大学も東京区であり、私立としても、高校の設備を知っている世代及び、同学生にはいい進学先ではある。偏差値も高くは設定されていないというか、受け入れ人数が多いだけだが。
「それもいいですけど、さっさと就職して、身の上を安定させたいです。そんな考えがこの頃出てきましたよ」
「それもそうね。私も、高卒後はここにいるし」
大学に行くよりも、このカフェで働くことが、綾の本願であったから、養父養母のなくなった後も、こうして開業が続いている。
「でも、もう文系のコースに行くことが決まってるんですよね。今更変更って訳にも行かないのよね・・・・・・」
世代は嘆息を漏らして頭を垂れた。
大抵はその学年の半ばで、次学年のコースを選択せざるおえないのが、一般の生徒事情であり、学校事情だ。
「一番の打開策は、就職をどこからか斡旋して、内定してもらうことなんだろうけど、そうそういかないし・・・・・・」
「まあ、老い先まで人生長いし、今は辛抱さ」
受験戦争生徒兵には、慰みにもならないお言葉を洋一から頂くのであった。
良く言うものの、洋一も受験戦争が就職に直接に結び付くようなではない、小説家という職種についているのである。
後言うのであれば、S.I.S.O.に就いている事も、全く持って関係がない。
S.I.S.O.に入るには、主にスカウトによるものだ。あとは、裏社会に暗躍するS.I.S.O.の存在を知り、情報戦でその一員と接触するかだろうか。どちらにしろ、まともには就職できない。
「ううぅ・・・辛抱って、嫌な言葉・・・・・・」
辛さを抱える。確かに文字としてもいい感じでない。
「まあ、コーヒーでも飲んで落ち着いて。注文は何?」
何気に、注文を催促する綾だった。セコイと言うべきか、商売上手と褒めるべきか。
「カフェモカをお願いしようかな。あと、何時ものように特製ブレンド豆を500g下さい」
「おーけー、先に会計よね?」
綾がレジスターに金額を入力し、世代は表示された分の金額を渡した。
「少しまってね。モカを入れるから」
モカ豆のストックが入った瓶を空けて準備を始める。少し甘い匂いが鼻につく。
「じゃあ、由比島さんの席にでもご一緒させてもらいます」
「ああ、どうぞ。折角だし、読者の意見でも聞かせてくれないかな?」
人差し指を立てて答える。
世代は洋一と同席して、注文を待つことにした。
待つ間は、洋一が書いている小説の一部を読んで暇つぶしの一環と共に、彼に貴重な意見を述べる。
一方で、綾が注文のカフェモカと、このカフェオリジナルのブレンド豆を用意する。
「はい、お待たせ。で、コッチが豆」
カップと、コーヒー豆の詰まった袋を置く。
柔らかい渋みと、甘味のある湯気が、カップの中から香る。
「ありがとうございます」
「で、こっちは洋一の」と、更にもう一つ同じカフェモカを置く。世代のカップより渋いデザインで。
「何時の間にしたの?」
「君を呼んだ時だよ」
注文を運び終え、綾はカウンターの奥に戻ると、そのまま家のほうに入っていく。
次に戻ってきた時には、厚手のコートを羽織っていた。
「洋一。多分お客さん来ないと思うけど、店番を頼むわよ。今のうちに買い足しにいくから」
「店閉めしてから行ったほうがいいんじゃないか?」
「今日はもう店閉めよ。まだゆっくりするんでしょう?」
「まあ、そうだが」
「じゃあお願いね。世代ちゃんもゆっくりしていいわよ」
「はい。店番しておきます」
「頼んだわよ」と、一言。寒空の下に身を出して、掛札を『closed』に裏返す。
今日も明日も休日なので、買い足しに行くにも、行く先々が閉まっていることが懸念される。
でも、どうでもいいこと。
綾は今日という誰も来ない中来た、たった二人の常連客の為に、早めのクリスマスケーキでも買いに行くつもりなのだ。
寒い冬の街にホットな気持ちで、買い物にだかけた。
Before 2
何時からだっただろうか。いや、あの時からだ。もしかすると、はじめから・・・。
狂っていた。
誰も彼も。何もかも。
おそらく、私も。
白い部屋は病室。清潔感で圧迫された一個の世界だった。
外は知らない。あの時、私の世界はこの白い病室だけだった。
後覚えているのは、手術室に向かう廊下と行き着く先だけ。
その廊下を何度行き来したのだろう。麻酔が打たれる度に連れて行かれて、起きると包帯がどこかに巻かれている。その回数は最低でも往復したはず。
別段体がの各箇所に何度も手術を施さなければいけないようのな、酷い傷はあったとは思えない。
けれど、腕や足は特に包帯を取って、また巻いての繰り返しだった。
当時の私は、まともに手足の動かせるような体ではなかった。だから、手足を動かせるようになるための手術が何度もあっていると思っていた。
寝たきりで、まったく動かせないのではないけど、食事すら人の手を借りないと、出来ないくらいだった。停止寸前ロボットが無理矢理動かされているような、そんな動きで、自分にイライラした。
もっと、もっと、上手に、巧く、素早く、思い通りに体を動かしたかった。
頭から爪先まで。
全身のあらゆる部分を、筋肉を、骨を、血流を、内臓を、無理だといわれる所だって、何だって、自分の思い通りに動かしたい。
白い部屋に一人残されると、ずっとそう思っていた。無限に感じる、昼も夜も白くてベッドと計器以外何も無いこの世界で、重いだけを体の中に蓄積させていった。
でも、本当ならば、凄くぎこちなくでも体が動くだけでも凄いことだった。奇跡といって良いものだった。なぜ?そんなのは本当に後になって知った。
幾度と重ねている手術。特に腕と足は何度も切っては、縫いを続けているので、神経が末端までつながっているはずが無い。
リハビリもない。それでも、神経系のつながりの無い筋肉を動かしている。それだけでも、私の体は被検体として十分、彼らには移っていただろう。
それ以上のものとして、私はとられていたのだけど、そんなこと、嬉しくも無い。吐き気がするほどに嫌な気分になる。
苦痛なで退屈な日々に、解けていくような感覚。白い部屋に私。当たり前になっていた。
こんなに狂っているのに当たり前のことになっていた。
そんなある日に、全身の包帯が一つも無くなり、手術もすることが無くなった。
右腕の包帯が取られて、前の自分の腕ではない腕が現れた。でも、どうでもよかった。この腕が誰のものだったかは、気にならなくなっていた。それどころか、包帯から露になったその白くて肌理細やか腕がとっても気に入った。
苦して、無感動な日々、私の得た腕はダイヤのような輝きを持っている気がした。
その時、包帯を取ってくれたのはいつもの先生だった。
異常な空間で今まで幼い精神が、壊れなかったのも、先生がいたからだった。唯一の話し相手の先生が私は好きだった。
はじめにこの腕を自慢したのは、先生だった。話す相手が、唯一であったのもあるけど、先生には、一番に自慢したかった。
先生はいつものように優しく、微笑んでくれた。「よかったね。大事にするんだよ」って、言ってくれた。
もっと嬉しくなって、抱きつきたかったけど、言うこと聞かない体だった事を忘れていた。前のめりになって、ベッドから堕ちそうになった。
先生が支えてくれて、顔面を床に打ちつけずに済んだ。少ししかられたので、はにかんで見せた。
包帯をつけていたそれまでの自分は、実は死んでいたのではないかと、思ってしまう。それほど今の自分が好きになっていた。
ぎこちなく、白い右腕を伸ばして、電気に翳す。
大怪我して、何度も手術していて、それでていて傷跡も、縫った後も、ない綺麗な肌をもった腕。
理想がそのまま腕になっていた。
何か思うたびに、一生懸命腕を伸ばして、翳して・・・。一人で喜んで、笑った。
その時、扉が開いた。
そして、淡い幻想が砕け散った。
説明 | ||
One day2 Before 2 何の進展もない普通の日々を書いただけ。 |
||
総閲覧数 | 閲覧ユーザー | 支援 |
923 | 921 | 0 |
タグ | ||
小説 オリジナル Cafe Clown Jewel | ||
ディフさんの作品一覧 |
MY メニュー |
ログイン
ログインするとコレクションと支援ができます。 |
(c)2018 - tinamini.com |