Beginning of the story 第五章ー外の世界2
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居間でカガミとかあさんの声が聞こえる。

リウヒはそっと壁に身を寄せると、聞き耳を立てた。

「じゃあ、トモキくんはゲンブの町にいるってことだね」

「…さんも、確証はないっていっているのだけど…。見かけたというだけだし、トモキかどうかも…」

「ぼくがいってみるよ。王女さんはここにいた方がいいな」

「でも、あの子だとしたら、なぜそんな所にいるのかしら…」

心臓が止まるかと思った。今すぐその町に走って行って、トモキを捕まえて文句をいいたい。一でも十でも、百でも次から次へと怒りの言葉は出てくる。

ところがカガミは一人で行こうとしている。冗談じゃない。

トモキへの腹ただしさは、もう限界だった。ここで残されて待っているよりも、外に出て探しに行った方がましだ。

カガミは薪割りをしに裏へ回ったらしい。外に出て声をかけた。

「王女さん。どうしたの」

「なあ、カガミ。どうしてカガミはわたしと一緒にここにいるんだ?心配している家族はいないのか」

丸いオヤジは一瞬詰まった。

「トモキくんに、王女さんをよろしくお願いしますって言われたからね。それにぼくに家族は…息子が一人いるけど、もうりっぱな大人だし、心配いらないよ」

「そうか」

ところで、と声色を変えてにっこり笑うと、カガミもにっこりした。

「そろそろ、ここを出ようか」

にっこりしたままのカガミの顔が青くなって、仰天した顔になった。器用なオヤジだな。

「でも、トモキくんはここで待ってろっていったよね」

「戻ってこないじゃないか」

リウヒが鼻を鳴らす。

「ゲンブの町でトモキに似た男が見つかったのだろう?」

「な、なぜそれを」

「そして、カガミもそこに行くつもりなのだろう。冗談じゃない、わたしも一緒に行く」

「それこそ冗談じゃないよ、君はここに残りなさい」

「嫌だ。トモキに会って散々文句を言ってやる」

「ゲンブの人が彼だって確証は、全然ないんだよ」

それでも、ここでやきもきして待つよりマシだ。それにガンと言い続ければカガミが折れることをリウヒは知っている。結局、一緒にゲンブへ行くことになって内心ほっとした瞬間、木陰から赤毛の少女が飛び出してきた。

「あたしもついて行く!」

なんでっ?驚愕の余り、リウヒは凍りつき、カガミはひっくり返ってしまった。

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次の村に行く道を歩きながら、ふと後ろを振り返った。町が遠くに見える。

一千年後の、あの街でおれはバイトをしていたんだ。なんだか奇妙な感じだな。

当たり前だが繁華街の面影は全くなく、ほのぼのとした雰囲気が漂っていた。

「ゲンブじゃ全然働かなかったもの。次の所はがんばるよー」

「都会のゲンブも、この時代は呑気な所だったんだねー」

「北のゲンブ、南のスザク。スザクはこの時代も賑やかだったんだろうな。ちっちゃい時さあ、あそこのモールでカスガと迷子になったよねー」

「そうそう、二人でギャンギャン泣いてさ。でも、あれはリウヒが…」

前を行く二人のんびりした会話と、笑い声が聞こえた。藍色の髪が揺れている。

 

久方ぶりに風邪をひいて寝込んだ時、リウヒは献身的に面倒をみてくれた。

だからぞんぶんに甘えた。異常なほど甘えた。向こうが仕事をせずにつきっきりでいた事をいいことに、ほとんど離さなかった。本人は、なんだかんだ言いつつも、我儘を聞いてくれた。カスガも「ぼく、ここにいていいのかな」と呆れながらも笑っていた。

トロトロとした眠りから目を覚ますと、リウヒは対外、椅子に座って本を読んでいた。

昼間の静かな部屋の中、本に目を落としている姿はそこだけ違う空気が流れているようで、とても美しく見えた。時々、ページをめくる音がする。

窓の外からは、人々の生活の音が遠く微かに聞こえていた。

子供たちのはしゃぎ走り去る音、おばさん連中の井戸端会議、物売りの声。

このうららかな優しい時間帯が、シギは好きだった。愛していたといっていい。

まるでスノードームに閉じ込められたような美しい時間。

リウヒの名を呼ぶと、本から顔を上げてこちらを見る。ゆっくり微笑んで、近寄ってくる女の頬に手をかけると「どうしたの」と柔らかい声を出した。

夜はシギが寝るまで、横に付いていてくれた。

しかし、リウヒの意識が時たま遠くへ行くことに気付く。シギの傍にいようが、本を読んでいるときだろうが。あの少年を思い出しているのだと、すぐに分かった。

自分を見てほしくて余計に甘えると、クスクス笑って受け入れてくれた。

そうだ、あの少年はもうはるか遠くの都にいる。リウヒの横にいるのはこのおれだ。

風邪は一週間ほどで引いたが、喉が痛いの、体がだるいの、不調を大げさに訴えて、しばらくはベッドから出なかった。

「もう、熱は下がったんだし、自分で食べられるでしょう」

小さく笑いながら、昼食を箸で口元まで運んでくれる。

「まだしんどい。食べ終わったら、体拭いてくれないか」

「いいよ。でも全部たべなね」

身体を拭いてもらう事も嬉しかった。上衣を脱いで、濡れた布が肌の上を拭ってゆかれるのは気持ちが良かったし、初なリウヒが恥ずかしそうに顔を赤らめるのを見るのも気に入っていた。

 

「シギ」

 

晴天の下、おれの名を呼んでいとしい女がこちらに向かってくる。風が緩やかに藍色の髪や自分のオレンジの髪を揺らす。前方では友人が微笑みながらこちらを見ている。

シギは幸せを感じて、笑みを漏らした。

ゲンブの町は大分小さくなっていた。

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****

 

 

ゲンブにトモキはいなかった。

金がどうのこうのと相談しているカガミとキャラに、ふとずっと持っていた宝珠を見せたら、二人は息を呑んで目を見開いた。

「よくこれだけのものを持ち出せたね」

「うん。武器の代わりになるかなと思って」

あの老人がまた寝室にきたら、これで殴ろうとずっと枕の下に隠していたものだった。

カガミとキャラは、何故か同時に絶句し、それからため息をついた。

そして同行者が二人増えた。宮廷の踊り子だったマイムと、左将軍だったカグラ。二人は知り合いらしく、お互いを牽制している雰囲気だった。宿の一室でリウヒに礼をし、顔を上げたカグラは自分を見て微笑み、片目をつむった。

ゴミでも入ったのだろうか。

その後、カガミと話合った結果、一緒に旅をすることとなったという。まあ、人数が多い方がいいのかもしれない。わずらわしいと思ったのも事実だが。

「あーあ。トモキさん、どこにいっちゃったのかなあ」

隣でリウヒと同じく畑を耕していたキャラがため息をつく。

カガミに「働かざる者食うべからず」と言われて色々な仕事をこなすようになった。ただ、大人組と子供組では見えない壁があり、リウヒはほとんどキャラと仕事をする。苦手な赤毛の少女と共に。向こうも自分を嫌っている。理由は分からない。

「どこに行ったか分からないから、探しているのだろう」

「そんなこと分かってるわよっ!」

一々がこの調子だ。リウヒは小さなため息をつく。早く帰りたい。トモキと追いかけっこをした、懐かしい東宮に。みんな、無事なのだろうか。

 

宿に戻り湯を浴びて、部屋に入るとマイムが窓の外を見ていた。ヘリに腰掛け、腕を組んで凭れている様子はまるで絵のように様になっている。

「なあ、マイム」

「なあに」

目線を逸らさずに返事をする。

「宮廷一の踊り子を知っているか」

初めてこちらを向いた。なあぜ?と微笑んで首をかしげる美女に、リウヒもつられて首をかしげる。トモキの恋人がその人らしい、よく密会しているそうだ。恋煩いというものにもかかっていた…。リウヒの説明を聞いているマイムの顔がだんだん歪んできた。

「だから、その女がトモキを誑かして…どうした、具合でも悪いのか!」

マイムは苦しそうに、窓の桟に手をかけてうずくまって震えている。

「すぐに医者を…!」

「違うの、違うの。大丈夫」

ああ、おっかしいと目に涙をためて笑う女に、リウヒはぽかんとした。

「小さな王女さま」

目じりの涙をぬぐいながらおかしそうにマイムは話す。

「確かにその女はトモキと二人で会っていたわ。でも内容は、ほとんどあなたのことだったのよ。トモキは、それはもう嬉しそうに、楽しそうに話してくれた。本当に王女を大切に思っているのだなってうらやましくなったわ」

「えっ…」

「やきもちをやいていたのね、可愛いらしい」

クツクツとまだ笑う元宮廷一の踊り子は、愛おしげにリウヒを見た。顔が赤くなった。

「いや、その…すまなかった」

「あやまることはないのよ。さ、髪の毛を乾かしてもう寝なさいな。あたしはタヌキとキツネの相手をしてくるわ」

笑顔を一つ残して、マイムは部屋を出て行った。ぽつんと取り残されたリウヒは、窓べに立つ。遠くに見える都の灯りを見ながら、早くトモキに会いたいと切実に願った。大好きで大切なにいちゃんに。

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****

 

 

道の真ん中でシギが大きな声で宣言した。

「いいか、よく聞け」

リウヒとカスガは、うろんな目でオレンジ頭の男を睨みつけた。

「ここをキャンプ地とする」

同時に、二人の荷物がシギめがけて投げつけられる。

「キャンプ地ならテントを出せっての!」

「だからぼくは、もっと早く出ようって言ったんだ!」

「ごめんって!おれが、おれが悪かった!」

村から町へ、町から村へ転々としている内に、旅慣れてきたチームカスガ。だが、その油断がいけなかったのか、道に迷って野宿をする羽目になってしまった。目指す町は、遠くに小さな小さな灯りが心もとなく光っているだけだ。

「シギが、ちゃんとナビしないから悪い!」

「お前がまずは飯だっていって時間をくったのもあるだろう!」

「喧嘩している場合じゃないよ、もう」

ため息まじりのカスガの声に、毎度のことながらリウヒとシギが睨みあう。

幸いな事に、気候は初夏だった。少し肌寒いが冬よりマシだ。それにしても、お風呂に入りたいとリウヒは思う。古代に来てから一年近く経つ。ノーパン、ノーブラも慣れて平気になってしまった。人間の適応能力って恐ろしい。

道横の林に入って適当な場所を見つけたチームカスガは、火を焚き取り囲むように座った。

「わたし、野宿って初めて」

「おれも」

「ぼくも」

慎ましく燃える火を見ながら、ぽつぽつと話している内に、誰からともなく眠りに落ちていった。

 

****

 

 

ふと眠りから目を覚ますと、リウヒがいなかった。カスガは目の前で静かな寝息を立てている。薪の燃える小さな音が聞こえるだけで、辺りは静寂に包まれていた。

身をおこして見渡しても人の気配はしない。焦りと緊張が押し寄せてきた。

もしかして、攫われたのか。それとも拉致されたのか。心臓の音がうるさい。

ああ、自分がちゃんと道を確認していれば!

月明かりの中、林の奥に目を凝らすと、ぽっかりと開けている場所があった。立ち上がって歩き出す。木々が円形状に開いていて、月明かりが注がれているその場所は、ひどく幻想的に見えた。円形の中央ぐらいまで歩いた時、なにか柔らかいものを踏んだ。

「痛い」

「お前…!」

なにやってんだよ!シギの荒げた声は、芝の上に寝転がっているリウヒに向かって発せられた。

「お月見」

視線は動かずに、返事をする。上を見上げると宝石をぶちまけたような夜空が広がっていた。左端に巨大な月が引っかかっている。

「すげえ…」

シギも、リウヒにならい寝っ転がる。しばらく二人は、そのまま空を見上げていた。横を見ると、自分の手の近くに白い手がある。伸ばして絡ませると、小さな手は一瞬戸惑ったが応ずるように絡まってきた。

静かな空間に、リウヒの低い湿った声がかすかに響いた。

 

満天の空に浮かぶは十五夜とただ美しい君の顔

 

「なにそれ」

「歌の一節」

「歌って」

 

満天の空に浮かぶは十五夜とただ美しい君の顔

手を伸ばして掴もうとはしてみても

夜空の彼方に君は遠く離れてしまう

伝えたくて堪らなかった一言は

なぜか伝えられずに

ぼくの口から紡がれる言の葉は

風に流されはらはらと散って行った

もどかしさだけが先行するけれど

それでもいつかは知ってほしい

この小さな胸の淋しい切なさを

この恋い焦がれる悲しい痛みを

君の耳に届くようにいつまでもここで歌うから

星と十五夜と共に聞いてほしい

 

頼りないような細い声が、静寂の中をゆらゆらと漂い、まるで星空に吸い込まれるように儚く消えてゆく。

シギは手を繋いだまま、体を一回転させると、リウヒの顔を覗きこんだ。濡れたような黒い瞳が自分を見つめている。

「お前の声が好きだ」

月明かりを浴びて、芝の上に散った藍色の髪がぼんやりと輝いていた。

「お前の髪が好きだ」

しなやかなシギの手が伸びて、長い髪を梳く。そのままリウヒの頬を指の腹が這った。

「お前の顔が好きた」

指はふっくらとした唇を撫でる。

「おれは」

ゆっくりと唇を落とした。小さく吸う。

「リウヒが大好きだ」

 

説明
ティエンランシリーズ第三巻。
現代っ子三人が古代にタイムスリップ!
輪廻転生、二人のリウヒの物語。

「いいか、よくきけ。ここをキャンプ地とする」

視点:リウヒ→シギ→リウヒ→現代リウヒ→シギ
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コメント
天ヶ森雀さま:コメントありがとうございます☆うん、頑張った!でもこっからまたウダウダウダウダ…。(まめご)
よしよし、シギ君、よく頑張りました!(^^)(天ヶ森雀)
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