真・恋姫†無双 〜祭の日々〜2
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(祭)

 

―――頭が、ぼうっとする。

 

「ぁ…………か、ぁ?」

 

目を覚ますと、体が動かなかった。それどころか、舌さえろくに回らない。言葉を紡ぐことができない。

視線だけを彷徨わせる。天井があって、柱があって――民家のように、見えるが…。

 

堅殿が召されてしばらくは、死後はどこへ行くのかとよく思いを馳せたものだ。一生という長いお役目を終えてたどり着いた場所なのだから、きっと良い所に違いないと思っていたのだが…。

 

(つまらんのう。これでは酒も飲めそうにないではないか。)

 

というより、これは民家そのものだ。民たちが暮らす、小さく、しかしあたたかい…家。

 

「ん?…あ、起きたかな?」

 

「ぁ…………がッ!」

声のする方へ視線を向けようとすると、ついでに頭まで向けてしまい、首がびきっと痛む。

そこには、若い儒子がひとり、立っていた。

「ま、待っててくれ、今医者を呼んでくるから!」

儒子はそういって駆けていく。が、そんなことに構っている余裕もなく、儂はただ首の痛みに耐えるしかなかった。

 

(どうやら…儂はまだ、おぬしのところへはたどり着けておらんようじゃ……堅殿…。)

 

 

 

やがてきた老父は儂の体を診察していき、一通りの治療を終えると、その儒子に容態を告げていった。

「…まったく、この女子は随分と丈夫らしい。普通なら死んでいるくらいの怪我だが、どうにか生きておる。火傷は体中にあるし、背中にはひどい鞭の痕がある。なにをとっても一番ひどいのはこの胸の傷だな。矢でぶっすり、だ。余程腕のいい射手に狙われたなぁ…」

「そうですか…。治りますか、先生?」

「治るともさ。時間はかかるがね。や、村のもんがこの女子を見つけてきたときは驚いたがねぇ…」

「この人って……、あの川の角にある厠にひっかかっていた死体の中にいたんですよね?」

「そうらしいなあ。ああ、まったく。見ればこの女子さん、お前と一緒じゃないか。」

「え?俺と…?」

「妙に質のよさそうな服を着ている割に、村のはずれで行き倒れていて、自分の素性も言えない。そっくりじゃないか?」

「……すいません、俺…本当に自分が誰なのか、今までなにをしていたのか、わからなくて。」

「ああ、まあいい。大丈夫だ、この村のもんは誰もお前らを見捨てたりしない。お前らが帰れるようになるまで面倒見てやるさ――もちろん、働かざるもの…だけどな?」

「はい、それはもちろんです。恩に報いるためにも、何でも言ってください。俺、なんでもやりますから。」

 

真剣な顔でそう言う儒子を見ると、老父はふっと微笑み、いくらかの薬を置いて家を出て行った。

 

「あー…えっと。もうしゃべれるのかな?」

老父を見送ったあと、儒子は儂のもとへやってきた。

多少はましになった首を横に振って否定を示す。

「そっか。まあ、焦らなくていいですよ。しばらくは俺がお世話することになりそうだけど、我慢してくれるとうれしいです。」

困ったように笑う儒子を見ていると、なぜか胸がホッとして、急激に眠気が襲ってきた。

「あれ…眠っちゃったかな…?」

まぶたを閉じた儂をのぞきこんだのだろう、儒子の声がやけに近くに聞こえる。

 

(…?なにか、こやつ………どこかで…?)

 

その声を聞きながら…儂はなにかひっかかりを感じたまま、眠りへと落ちていった。

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(一刀)

 

眠ってしまった目の前の女性に布団を被せてやると、俺は水を代えるために表へ出ることにした。

 

「……ふう」

 

一息漏らす。井戸から汲んだ水は冷たく、そして重い。

 

「…なんなのかな、あの人」

 

気になるのは、あの女性のこと。

医師である先生の言ったとおり、身なりがいいことは俺にでもわかった。体中に傷があることといい、胸に矢が刺さっていたことといい、おそらくは上流であったらしい戦に巻き込まれた人なのだろう。

 

それはたぶん……この、俺も。

 

 

気づいたときには、俺はすでにこの村の、ちょうど今あの女性が寝ている寝台に寝かされていた。村長さんの話を聞けば、どうにも村のはずれで行き倒れていたという。彼女との一番の違いは、大した怪我はないことか。

 

「北郷、一刀。俺は………北郷一刀…?」

 

ほんとうに?今、名乗っているこの名前が本当なのかすら、自分にはわからなかった。

目を覚ましたとき、村長さんに何処の誰かと問われ、俺は答えることができなかった。ただ、この着ている服の胸ポケットから出てきた手帳に書かれていただけだ。“聖フランチェスカ学園 北郷一刀”と。

おかしなことはたくさんある。最初に、その手帳を見て村長さんが「それはなにか」と聞いてきたこと。次に、俺がすらすら読めた手帳に書いてある字を、村の誰もが読めなかったこと。極めつけに、俺が当然のように使う言葉の意味が、誰にもわからないときがあること。

「胸ポケット…、って言えばコレのことって自分ではわかるけど。ポケットってなんだってみんな言っていたな…。」

かといって、こちらの、村で通用している字や言葉がわからないわけではない。字が書ける俺を見て、村長さんは「お前はどこかのお偉いさんのご子息だったのかもな」なんて言っていたけど。どうにも実感は湧かなかった。

 

「俺は、どこからきたんだ?今まで何をしていたんだ?…………北郷一刀って、何者なんだ?」

 

迷いは尽きることがない。ひょっとしたら俺は悪いやつだったのかも。戦が怖くて逃げてきた弱いやつだった可能性だってある。それどころか、戦に負けそうになったからと自分だけ逃げてきた領主の一族なのかもしれない。

 

「もし…もし、俺がそんなやつだったら」

 

村を出て行こう。

たくさんの感謝がある。返しきれない恩がある。だけど…

 

「…あんなに優しいこの村の人たちに、これ以上、迷惑をかけるわけにはいかない…。」

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(祭)

 

「……ん」

 

また目が覚める。痛みのせいで、さきほどから浅い眠りをくり返している。

 

儒子が近くへ寄ってきて、水桶を置く。布を水に浸して、額に乗せてくれた。ひんやりとして、気持ちがいい。

 

「……す…まん、な」

 

必死で出したその声は、しゃがれていて、ひどく醜かった。しかし儒子は聞き取ってくれたようで、花開いたような笑顔をぱっと見せてくれる。

「あ…話せるように、なった?」

「…ま、だ……ちょっとつらいが…な」

「そっか…。大丈夫、無理しなくていいですよ。今日はゆっくり休んでください。」

そういって儒子は、儂の頭をさらさらと撫でてきた。

「…っ!」

「あ、ごめん!つい、その…悪気はなくて!」

あまりに慌てる儒子が、なにやらかわいくて…。儂はかまわない、と小さく告げた。

 

不思議な時間だった。

たくさんの時を過ごしてきて、年を重ねて、死までも覚悟したはずの儂が………年下の儒子に、頭を撫でられている。しかもそれが不快ではないのだ。安心すらする。

「……名前、は?」

「へ?」

聞き取れなかったらしい。少しむっとしながら、もう一度尋ねる。

「あ…えっと」

また聞こえなかったのか?儒子は困ったような顔をして、言いよどむ。

「ああ、違う。ちゃんと聞こえたよ。………俺は」

やはり少し迷って、しかし、なにかを決意したように儒子は一度大きく息を吸うと、

 

「俺は、北郷一刀だ。」

 

そう、告げた。

「そうか…一刀、というのじゃな。儂は黄蓋。字は公覆じゃ。じゃが、お前は………その、祭と呼んでもかまわん…」

なにやら気恥ずかしくて、顔を背けながら言うと、一刀は少しだけびっくりしたようだった。

「それって……呼んでいいの?なにか、よくわからないけど……姓でも名でも、字でもない名前は…気安く呼んじゃいけないような……」

そう、誰かに教わったような。

一刀は迷っているような目でそう漏らす。

「ええい、いいんじゃ!儂がいいといっておるのじゃから、お前はただ言うとおりにすればい…ごほっげほっ!」

大声を出したせいか、喉がむせる。慌てて一刀が背中をさすってくれた。

「大丈夫?その……祭さん」

照れながら儂の名前を呼ぶ一刀が、なんだかうれしかった。

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(一刀)

 

祭さんは徐々に回復していったようで、最初はつらそうだった声も、次第に快活なものへと変わっていった。

 

「一刀、体を動かしたいんじゃ」

「駄目だよ、まだ回復しきってないんだから。安静にしてないと。」

「…むう」

 

たまにはこうして、甘えてきたりもする。年上の女性に言うのはおかしいかもしれないが、それは反則気味にかわいいのだ。

「ちゃんと全快したら、一緒にお酒を飲む約束だろ?」

そういってやると、祭さんは子どものように「楽しみじゃな!」と笑う。寝たきりの祭さんと話していくうちにわかったことなのだが、どうやら祭さんは無類のお酒好きらしかった。今は病人だから飲ませてやれないというと、一日機嫌を悪くしてしまったことがあって……。

どうしようかと思って、とっさに言ったのが「全快したら一緒に飲もう」という約束だった。

「楽しみじゃなー、楽しみじゃなー。早く治らんものか」

そういって足をばたつかせる祭さんは、やっぱりかわいいのだった。

 

 

「なあ、一刀?」

「なに、祭さん。お酒は駄目だよ。」

「違う!…いや、おぬし、まだ記憶は戻らんのか?」

「あ……」

その言葉に、ぐっと胸が詰まる。

「なんていうか…最近、よく同じ夢を見るんだ」

「夢、じゃと?」

「ああ…。なにかとても大事な…手を伸ばすんだけど、届かない。そんな夢をずっと見てる。」

言葉にするのは難しい。

夢の中で俺は、大事な人に別れを告げている。大事な人たちが泣いているのに、俺はそれを無視して、走り出してしまうのだ。俺はそれが嫌で、走り出した自分に代わって彼女たちに手を伸ばすのだけど……彼女たちに、俺の声は届かない。

そんな夢を見るものだから、最近は朝目覚めると情けなくも泣いていることがよくあった。

「思い出さなきゃいけないことが、たくさんあるはずなのに……なにも思い出せない。」

 

「…………」

 

祭さんはそんな俺を見て、しばらくなにかを考えているようだった。

「…祭さん?」

「一刀。儂は、おぬしに…言わねばならんことがある。」

「え?」

 

「儂は、おそらくどこかでおぬしと会ったことがある。それがどこかは、思い出せんが…。どこかで、確実におぬしの顔を見たことがあるはずじゃ。」

 

「……………………………え?」

 

祭さんが、俺と?俺の知らない俺と、会ったことがあるって?

「ど、どこで!どこで会ったんだ!俺は、俺は…!」

俺は何者なんだ!

その問いを口に出す前に、祭さんは静かに首を横に振る。

「……期待させておいてすまんが、それは思い出せんのじゃ。すまん…」

「…………いや。こちらこそごめん、祭さん。」

祭さんのせいじゃない。祭さんが謝ることはなにもない。

「一刀、よく聞け」

「…え?」

「おぬし、儂と呉に行かんか?」

「……呉へ?」

「儂は黄蓋。今ではこんな身ではあるが、つい最近までは呉の宿将として孫策様に仕えておった。儂はあやつらに会いたい。それだけを願って、今生きているようなものじゃ…」

祭さんはそういって、遠い目をする。

「死んだと思われてはおるじゃろうが、顔を見せればきっとわかってくれる。大言壮語した身で出戻りするのはとんでもない恥じゃが、それを堪えてでも儂は会いたい。……一刀。儂が顔を見たことがあるということは、お前は兵か、もしくは三国の内のどこかで中枢を担っていた者の可能性があるのじゃ。」

「……中枢を、俺が?」

「それはわからん。呉の兵士かもしれないし、蜀の兵士かもしれないし、魏の兵士かもしれない。儂はこれでも将じゃったから、会議の際におった文官の誰かなのかもしれん。とにかく、儂と一緒に旅をすれば…お前を知る誰かに出会える可能性が少しは出てくるじゃろう?」

 

…考える。確かに俺は、このまま迷惑をかけるくらいなら村を出ようと考えてはいた。ここにいるより、もっとたくさんのことを知ったほうが、記憶が戻る助けになるだろう。なにより…

 

「祭さん」

「ん、なんじゃ?」

「祭さんは…俺が行かないっていっても、もう、出て行ってしまうんだね」

「……ああ。儂は、呉の宿将であるからな。この身、魂、髪の毛一本に至るまで、すべて呉に捧げた。我が血が、早く故郷に帰りたいと騒いでおるのじゃ」

「………」

 

心に決める。

自分のこと、記憶のこと、そして祭さんのこと。

 

「…わかった。一緒に行こう、祭さん。俺じゃ足手まといかもしれないけど、俺、一緒にいきたい。」

 

そう告げると、祭さんはやっぱり子どものように、嬉しそうに笑うのだった。

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村の人たちに旅立ちを告げると、後は早かった。

まだまだ恩返しをしなくちゃいけないはずの俺に、がんばれよだとか、元気になだとか、あたたかい言葉をくれて。

旅は厳しいからと、食料を持たせてくれた。

そんな村の人たちの優しさに俺が涙ぐんで、祭さんに笑われるという一幕もあったりして。

 

「今まで、ありがとうございましたっ!このご恩は一生忘れません…!」

頭を下げて、感謝の言葉を告げて。

いつか必ず恩を返すと約束して、俺と祭さんは村を旅立った。

 

 

徒歩で行くには遠い、祭さんの故郷。

 

――――目指すは江東。呉王、孫伯符のお膝元。

説明
すみませんすみません!前回超微妙なところで終わっててすみません!
「早く続き」コメント多くてびっくりしました。
今回はちゃんときれいなところで終わった…ような…つもりです。
楽しんで読んでいただければ何よりです。
こうしたほうがよくない?とかこれおかしくない?などの指摘等ございましたら、ぜひご指導よろしくお願いします!では。
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コメント
一刀が記憶喪失とはこれからの展開にwktk(零壱式軽対選手誘導弾)
道中無事に呉に着けるか心配です。(ブックマン)
江東は遠いのかぁ〜; 感動の再会を願うとともに、一刀が記憶喪失、これからの展開が楽しみ!(テス)
おおーどんな感じで呉につくのか楽しみですね(BASARA)
呉に着いたら顔はともかく(反董卓連合の際会ったかも知れんが)名前を出したら・・・かなりヤバそうな雰囲気になりそうでwまあ祭さんがとりなしてくれるとは思いますが 今後の立ち位置が気になりますなw(村主7)
一刀が記憶喪失!呉に行ったら、蓮華と思春が束かって行くんだろうな(シュレディンガーの猫)
更新を急がしてしまったようで申し訳ないです。けど今回も大変楽しめました。次回も更新頑張って下さい。(トーヤ)
続きが気になります〜次回も期待してまってます。(祭さんって実は可愛いよねって言ってみる^^)(美鷹鏡羽)
執筆おつかれさまです。祭さんはやっぱりいいですねw(kazuuuu)
投稿お疲れ様です。呉での一刀の立ち位置に、とても興味が沸きますね♪(Nyao)
こんなに早く更新してくれるなんて、良い意味で裏切ってくれましたね。呉に行ったら二人はどんな歓迎を受けるのやら、今から楽しみです。それにしても、この一刀君は魏ルートの一刀君なのでしょうか?だとしても何故記憶喪失(?)に???謎が謎を呼んでますます続きが気になりますが、次回更新も期待させていただきます。(レイン)
まってました!!! なにやら争いの火種になりそうな・・・・そして雪蓮に色々といじられる一刀の未来が見える気がする・・・・・。なにより祭さんかわええなぁ(霊皇)
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