Kaikaeshi and Automata 1「謎の転校生」 |
(あれは、何だったんだろう?)
小学六年生の遠野琴葉は、最近ずっと悩んでいた。
時々、不思議な声が聞こえてくるのだ。
道路を歩いている時、公園で遊んでいる時、学校で、図書館で、
はたまた映画館で映画が終わった後のシーンと静まり返っている時、かすかに声が聞こえてくるのだ。
最初は、誰かが独り言でも言っているのだろうと思った。
だが、周りも見ても、喋っている人はいない。
そもそも、道路で聞こえた時は、全く人の姿がなかった。
何より奇妙なのは、その声が琴葉にしか聞こえないという事。
先週、公園でまた声が聞こえた時、クラスメイトで親友の森永夏純が一緒にいたが、彼女には何も聞こえていなかった。
「きっと、セミの声だよ」
夏純はケラケラと笑いながらそう言ったが、その時は五月の終わりでセミはまだいない。
「セミじゃなきゃ鳥かも。それとも公園の近くに住んでいる人が大きな声を出して、それがここまで聞こえてきたんだよ」
「う、うん。そうかもね……」
琴葉は夏純の名推理に納得したような素振りを見せたが、心の中で、何度も首を大きく横に振った。
(あれは、そういうのじゃない)
声は、どれも地鳴りのような低いものばかりだった。
まさに、不思議な声。
「も〜、どうすればいいの??」
琴葉は、公園での出来事を思い出し、大きな溜息を吐いた。
朝の六年二組の教室。
琴葉は、窓側にある自分の席に座っていた。
クラスメイトは皆、いつものように元気な様子。
溜息を吐いているのは琴葉だけだ。
「どうしたの? 怖い夢でも見ちゃった?」
琴葉の様子に気づき、夏純が傍にやってきた。
「怖い夢を見た時は、掌に『人』っていう字を三回書いて飲み込めば、忘れちゃえるらしいよ」
「そうなんだ……」
(それって、緊張をほぐす時のおまじないだったような)
夏純は、おまじないや都市伝説が大好きだが、間違っている情報が多い。
(そもそも、別に怖い夢を見たわけじゃないんだよね)
原因は、琴葉だけに聞こえる不思議な声だ。
最初の内は、夏純はもちろん、他の友達や親にもその事を話した。
だが、皆、夏純と同じように何かを聞き間違えただけだと言って、まともに話を聞いてくれなかった。
(あの声の事をまた考えてたって言ったら、夏純ちゃんに引かれちゃうよね)
声が聞こえるようになったのは、12歳の誕生日を迎えた五月三日の直後からだ。
今日、六月一日で、もう一ヶ月近く経っている。
(声の事はもう言わない方がいいよね)
琴葉は、掌に『人』という字を三回書いて飲み込むと、ニッコリと笑った。
「ありがとう。これでもう怖い夢を見なくて済むね!」
その言葉に、夏純は嬉しそうに親指を立てる。
琴葉は気持ちを切り替えて、今日も楽しい一日にしようと思った。
「みんな、席について〜」
教室のドアが開き、担任の大山先生が入ってきた。
朝のホームルームの時間だ。
皆、それぞれ自分の席に座る。
大山先生は教壇に立つと一同を見渡し、「え〜」と声を出した。
「今日はみんなに、転校生を紹介するぞ」
「転校生?」
クラスで一番元気な服部和也が聞き返すと、大山先生は、ドアの方を見て「入ってきなさい」と言った。
ドアが開き、一人の男の子が入ってくる。
瞬間、皆は「わっ」と声を漏らした。
白い肌に、大きな澄んだ目とシュッと通った鼻筋、そして凛々しくて綺麗な唇。
背が高く、足も長い。
何より特徴的だったのは、その髪だ。
男の子の髪は銀髪だった。
まるで、アイドルのような顔立ちとスタイルの男の子に、皆、驚きの声を上げた。
「今日から、このクラスの仲間になる、天草光一郎君だ」
大山先生が紹介すると、光一郎はペコリと頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「おお〜」
見た目だけではなく、声までカッコいい。
クラスの男の子達が唸る。
「わあ〜」
それ以上に、クラスの女の子達が目を輝かせた。
「なんか私、二組になって生まれて初めてよかったと思えたかも」
斜め前の席に座っている夏純が、ニコニコしながら琴葉にそう言った。
「生まれて初めてって」
大袈裟すぎると思いつつも、琴葉は先生の横に立っている光一郎を見つめ、その表現はそんなに間違っていないかもと思った。
(確かに、カッコいいよね)
光一郎とこれから同じクラスなんだと思うと、琴葉は不思議な声で悩んでいた気持ちが少しだけ和らぐような気がした。
今日は、楽しい一日になる。
それは間違いなさそうだ。
光一郎は、瞬く間にみんなの人気者になった。
一時間目の算数の授業で彼は黒板に書かれた難しそうな問題をスラスラと解いた。
算数だけでなく、二時間目の国語の小テストでも百点を取った。
さらに、三時間目の体育では、クラスで一番足が速い和也に、50m走で勝った。
勉強だけではなく、運動神経も良いようだ。
休み時間になるたびに、光一郎の周りに集まる人数が増えていった。
光一郎は、あまりお喋りな方ではなかったが、それがかえってクールに思えて、クラス中がますます彼に興味を持った。
「ねえねえ、いつもどんな動画を見てるの?」
集まっている生徒達の最前列を陣取る夏純が、イスに座って次の授業の準備をしている光一郎に尋ねた。
「動画はあまり見ないんだ」
「じゃあ、好きなテレビ番組は?」
「テレビもほとんど見ないよ。忙しいから」
「忙しいって、習い事でもしてるの?」
夏純の言葉に、光一郎は教科書を取る手を止めて、小さく首を横に振った。
「僕は、一日でも早く、一人前になりたいんだ」
「一人前??」
夏純はさらに尋ねたが、光一郎はそれ以上その事については何も話そうとしなかった。
「光一郎君って、なんかミステリアスだよな」
「僕達とは全く違うって感じするよね」
「私、ますますカッコいいって思っちゃった」
休み時間が終わり、生徒達は自分の席に戻りながら口々にそう言う。
そんな彼らの話を、琴葉は自分の席に座って聞いていた。
光一郎には興味があるが、皆と同じように集まる事ができなかったのだ。
(だって、何だか恥ずかしいもん……)
琴葉は、ここぞという時に一歩が出ない引っ込み思案な性格だ。
(ほんと、みんなが羨ましいよ)
自分の性格が情けない。
琴葉は小さな溜息を吐いた。
(はあ〜、私にもっと勇気があればなあ)
昼休み。
琴葉は、休み時間の出来事を思い出しながら、一人廊下を歩いていた。
自分の勇気のなさを反省しながらも、性格は簡単になんて変えられないとも思う。
(なんか私、悩んでばっかりいるよね)
不思議な声の事だけではなく、光一郎の事でも悩んでいる。
「あ〜、こんなじゃ駄目だ」
琴葉は頭を何度も振って気持ちを切り替え、楽しい事だけを考えようとした。
その時、渡り廊下に一人の男の子の姿が見えた。
「はい。分かってます。そのつもりでいます」
光一郎だ。
スマホを耳に当て、誰かと電話をしているようだ。
(学校でスマホを使ってるの?)
スマホは家族との緊急連絡用で、校内では使ってはいけない事になっている。
どうしても使う時は、先生に許可をもらい、職員室で使わなければならない。
光一郎は険しい表情で電話の相手と喋っていた。
「だから、僕にだってできます。無理なんかじゃないです!」
クールそうな光一郎からは想像もつかないほど、大きな声だ。
(相手は誰なのかな?)
琴葉がそう思っていると、光一郎が顔を向けた。
「あ、また連絡します」
琴葉の存在に気づいたようだ。
光一郎は電話を終えるとばつの悪そうな顔をした。
「今の見てたのかい?」
「え、あ、ええっと」
「電話をしていた事は、先生には言わないでほしい」
どうやらスマホを使う許可を取っていないようだ。
「それは、う、うん、もちろん、誰にも言わないよ」
琴葉は困惑しながらも、慌てて答える。
「ありがとう、助かるよ」
光一郎は、スマホをポケットにしまうと、歩きだした。
「えっと、あの」
話しかけるチャンスだ。
だが、琴葉はそれ以上何も言えない。
結局、光一郎はそのまま渡り廊下を去って行ってしまった。
琴葉は、家へと帰っていた。
頭の中は、光一郎の事でいっぱいだ。
(あの時、もっと話していれば仲良くなれたはずだよね)
琴葉は、交流のチャンスを逃した自分が情けなかった。
(こうなったら、無理やりにでも仲良くなるしかないかも)
スマホを使っていた事がバレれば、光一郎は先生に注意されるだろう。
それは光一郎にとって避けたい事だ。
そして、その事を知っているのは、本人以外には琴葉だけ。
(誰にも言わない代わりに、仲良くなろうって言えばきっと……)
もしかしたら放課後、一緒に帰る事ができるかもしれない。
それどころか、休みの日に買い物や図書館デートも行けるかもしれない。
(私が、光一郎君と図書館デート……)
琴葉の顔に自然と笑みがこぼれた。
だがすぐに、頭をブンブンと横に大きく振った。
「そんなの絶対良くない!」
光一郎の弱みに付け込んで仲良くなるなんて、絶対にしてはいけない事だ。
(大体、そんな風に仲良くなったって、本当の友達になった事にはならないよね)
正々堂々、正直に生きる。
三年前に亡くなった父親は、琴葉にそれが何よりも大事だといつも話していた。
(お父さん、ごめんなさい。間違ってたよ)
図書館デートをするなら、正々堂々仲良くなって一緒に行く。
それが正しいやり方だ。
「だけどなあ」
琴葉は、光一郎とこれから仲良くなれるのか自信がなかった。
「また悩んでばっかりいるね、私」
琴葉は、いつもよりさらに大きな溜息を吐いた。
と、突然……。
「―――ベタイ」
地鳴りのような低い声がした。
「これって」
琴葉の表情が険しくなる。
最近よく聞くようになっていた、不思議な声だ。
「どこ??」
今度こそ声の主を見つけ出そうと、辺りを見回す。
だがいつもと同じように、どこにも人の姿がなかった。
「近くにいるかも」
琴葉がいるのは住宅地の路地だ。
前方に曲がり角が見える。
(もしかして、曲がった先にいるんじゃ?)
琴葉は急いで道路の角を曲がった。
瞬間、前方から走ってきた人物とぶつかりそうになった。
「わっ」
琴葉はその人物を抱き締める。
見ると、それは夏純だ。
何故か、真っ青な顔をしている。
「夏純ちゃん、どうしたの??」
「琴葉ちゃん!!」
夏純は琴葉の身体を強く抱き締め返した。
「私、私、怪物に襲われたの!!」
「えええ??」
信じられない言葉に、琴葉は思わず素っ頓狂な声を上げるのだった。
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主人公の少女の前に、転校生が現れます。 この転校生が原作者らしいといえばらしい、ですね。 |
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