Sky Fantasia(スカイ・ファンタジア)四巻の2 |
第二章 謎の少女リョウーコ
人生いきなり何が起こるか判らない……。
月日も八月に替わった初日。
この日が俺の生きていた中で最大の厄日になった。
朝、俺は何時ものように魔連南支部の支部長室に入室した。その瞬間、足元に仕掛けられていた魔法陣が発動した。魔法陣からは鎖が飛び出すと、俺の手足に巻きつく。そして、俺は完全に身動きが取れなくなった。
「……おい。これはどういうことだ?」
俺は仕掛けたであろう、その人を半目で睨みつける。その人は、もちろんマリアさんだ。
マリアさんは悪びれることなく、俺の姿を楽しそうに眺めている。
「案外簡単に引っかかったわねぇ。他にも、何個か仕掛けたのに無駄になったわ」
「……どうでもいいけど、さっさとこれ、解除しろよ。仕事ができねぇだろ」
アンタの玩具じゃねぇぞ、と言い足したかったが、ギリギリで呑み込んだ。
「だーめ。逃げられたら困るから。それじゃあ、やっちゃいなさい。ルナ」マリアさんのそのセリフに嫌な予感がし、背中に冷たいものを感じた。俺はゆっくりと横に視線を移す。
そこには大きめの鞄を持っていたルナ姉がいた。
「はい!」
ルナ姉は、とてもうれしそうな表情を浮かべると、俺の方へとゆっくりと歩み寄ってきた。今の俺にはその姿が処刑執行のように感じられる。
「ちょ! ルナ姉、なんだ、そのバックは! 何でうれしそうなん、だ!」
俺の頭の中では警報が鳴り響いている。
「じゃあ、リョウさんいきますね」
それは死刑宣告だった。
その瞬間、俺の悲痛な叫びは局内中に響いたらしい……
今、俺とルナ姉は打ち合わせをしている。
あれから数時間後、俺とルナ姉はとあるファミレス事務室に来ていた。
「いやーん。可愛すぎ。この子が例の子?」
「……」
「はい。イオ先輩、彼が前にお話した時の子で、今回の事件の担当してもらいます」
「……おい」
「ルナ。貴女いい仕事するわねぇ。てっきり女の子を送ってくるかと思ったのに、あたし
の想像の斜め上のかわいい子を連れて来てくれるなんて」
すると、目の前の巨漢の女……ではなく、男が俺を品定めするような目で見つめてきた。俺はその瞬間、寒気で鳥肌がたった。
「先輩もそう思いますか! 私も素材がいいから似合うとは思ったんですけど、まさかこれほどまでとは思いませんでした。離れるのがとても惜しいです!」
ルナ姉はなぜかいつもとは違うハイテンションで話している。
てか、キャラ変わってね?
「じゃあ、よろしく頼むわよ。お譲ちゃん」
「『お譲ちゃん』じゃね! ふざけんな! やっぱし帰る!」
そう、俺は女性の格好をさせられている。
時間は少し戻る。
「今回の仕事は、ファミレスの潜入捜査をお願するわ」
「っで、何で俺はこんな格好させられているんだ?」
俺はマリアさんを半目で睨みつける。
今、俺は銀色の長髪のカツラを被せられ、女性物の服を着せられている。そして、メイクもされており、鏡を見たときは一瞬、自分とは気付かなかったほどの完璧なものだった。
「だって、ウエイトレスとして潜入するんだもの」
「なら、調理場でいいじゃねぇか! なんでわざわざ女装しなくちゃならねぇんだ!」
「今回はファミレスばかり狙った強盗事件なんだから、裏より表の方がなにかと動きやすいでしょ。」
もっともらしい意見だが、俺は、これはモラルの問題だ、と必死に抵抗した。
しかし、この抵抗も一瞬で、終わりを迎えた。
マリアさんは不意に、俺に向かって、ケータイの液晶画面を見せてきた。
「良いの? これが広まっても」
何時の間に取ったのか、液晶画面には今の俺の姿が映し出されていた。
その瞬間、言葉をなくした。
「駄目です。仕事を途中でほうり出してはいけません」
「ルナ姉達が、無理やらそうとしているんだろうが! 何で俺が、ウエイトレスをしなくちゃいけないんだ? ルナ姉がすればいいじゃねぇか」
俺は最後の抵抗でルナ姉に食いついた。
「残念ですが、私は別件でできません。もし、どうしても嫌でしたら、マリア局長に報告しなくてはいけませんが。どうしますか?」
ルナ姉は微笑みかけてきた。
その笑みはいろんな意味で怖かった。マリアさんの名前を出したことで俺の逃げ道を塞いでいるのだから。
もう、やけくそだ!
「判ったよ! やりゃーいいだろ!」
俺は了承すると、すぐに、今思っている疑問をルナ姉に投げかけた。
「っで、さっきからいるこの人、いったい誰だ?」
「この方は、今回の依頼人であり、私の学園時代にお世話になった先輩でもあります。卒業後、イオさんは魔連に入らず、この店を立ち上げて、経営しています」
「まあ、昔から興味はあったからね。何も失ったとは思ってないわ」
「いや、大事なもの失ったと思うけど」
「あら、まだ付いているわよ」
「そういう意味じゃねぇよ」
俺はうんざりした気持ちになった。
すると、イオと呼ばれている人は、うれしそうな表情を浮かべてきた。
「それじゃあ、今日からよろしく頼むわよ」
もう、どうでもいい。
俺は(無理やり)着替えさせられると、フロアに連れて行かれた。
そこには、俺と同じ制服である、ヒラヒラのスカートを履いた女性が数人いた。どうやら開店前の準備をしているようだった。
イオが号令を掛けてみんなを集めた。集まった人たちを、俺は順番に眺めていく。すると、ある者達を見つけた瞬間、驚きで固まってしまった。
「今日からみんなの仲間になった子よ。さあ、自己紹介して」
イオは笑みを浮かべて俺を見てきた。しかし、俺はそれどころじゃなかった。
何でお前らがここにいる?
「どうした? オレの顔になんか付いてるか?」
「こーら。リニアちゃん。その男性口調はダーメ。お店の中ではちゃんとした言葉遣いじゃないと」
イオは俺の目の前にいるリニアを注意した。
俺の目の前にいる、髪を後ろに束ねている女の子は、俺と同じ学園に通う同級生、リニア・ガーベルだ。
そして、その横には
「駄目だよ。リニア。あの子、きっと緊張しているんだから」
俺の良く知る女の子が、俺を庇うようにリニアを注意した
もう一人、リニアの横にいる、肩に掛かるほどの黒髪の女の子は、リリ・マーベル。マリアさんの娘だ。
そう、俺の目の前にこの二人が立っていた。俺は焦り、背中には冷たいものを感じた。
なまえ、ナマエ、名前……。
「リョ……コと言います。これからよろしくお願いします」
自分のセンスのなさに絶句した。
ほとんど変わってねー。
バレたか? と二人を見たが、二人は突っ込んでくることはなかった。どうやらバレなかったみたいだ。
イオは簡単なミーティングを終えると、俺のサポートにリリをつけた。リリは俺に近づいてきた。
「よろしくお願いします」
俺はできるだけ笑みを浮かべる。
「よろしく」
初めての仕事は、覚えることが多く大変だった。メニューを覚えること、これは訳の判らないものが多く、悩まされた。中には指名料なんかもあり、ファミレスとキャバクラを間違えているんじゃないか、と訊きたくなった。他には料理の運び方、レジの打ち方など、リリは丁寧に教えてくれた。しかし、リリの説明は判りやすく、俺はすぐに覚えることができた。
「すごい! もう覚えたんですか? 私はすごく時間がかかったのに、すごいです」
リリも自分のことのように喜んでくれた。
昔から面倒見が良いのがこんなところでも出るんだな、と俺は少し感心する。
だが、大変なのはこれだけではなかった。
俺は、毎回早めに出勤すると、ルナ姉に事務所まで来てもらいメイクをしてもらわないといけない。ルナ姉も大変じゃないかと思ったが、
「今日はどんな風にしましょうか。あ! これなんか良いですね」
と楽しそうにしているから、俺の思い違いだとすぐに考えるのをやめた。
そんなこんなで、働き出して一週間。
昼のラッシュが終わり、今、俺とリニアとルナは、昼休み休憩室で取っていた。
不意に、食事を終えた俺に、リリが質問してきた。
「リョーコさんはおいくつなんですか? 雰囲気がとても落ち着いていますから、私よりは年上だと思うんですけど」
俺はその質問に、自分の設定を思い出す。
「今年で十五になりました」
すると、リリは驚きだした。
「私より二つしか変わらないんですか? それなのに、そのスタイル……」
そして、俺を見て、明らかに落胆した。俺は訳が判らず、なんとなく笑みを浮かべといた。
「ないものねだっても悲しくなるだけだぜ。リリ」
リニアはリリの方へ、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「判らないじゃない。これから私だって……」
リニアの言葉に、リリはなにかを信じるかのように言い返した。そんなやり取りをしていると、不意に扉が開いた。そして、ロッカーに行っていた女性が顔を覗かせた。女性は俺と目が合う。
「リョーコちゃん。さっき、リョーコちゃんのロッカーからケータイの着信音が聞こえたよ」
すると、すぐにリニアが、
「行って来いよ。オレたちは先に仕事に戻るから」
と言い、立ち上がった。
「先に行ってる、ね」
リリも席から立ち上がった。
「すぐに行きます」
俺はそう告げると、ロッカールームに向かった。
ロッカールームに行き自分の荷物から携帯を取り出した。
液晶で見て、確認すると、同じ学園のサブから着信があった。
俺はすぐに掛け直す。
『お、バイト中悪いな』
「早く用件言えよ。こっちもすぐに戻らないといけないんだから」
『わりぃわりぃ、バンドの練習時間を伝えようと思って、な』
「んなもん、メールでいいだろうが」
俺は電話越しに呆れる。
『だってお前、直接言わねぇと忘れるだろ』
すると、呆れた声が返ってきた。
まあ、前に一回忘れたが、ここまで信用がねぇとは、な、俺は言い返すことができず黙ってしまった。そんな様子を察したのか、携帯から笑い声が聞こえてきた。
『まぁ、時間はメールしとくから、忘れんなよ』
「……判ったよ」
俺はサブの念押しに返事を返し、通話を切った。重い気持ちを引きずりながら、ロッカーの中に携帯を入れた。
その瞬間、扉の向こうから悲鳴が上がった。
すると、いきなり、ドアが乱暴に開かれた。
オレとリリがフロアの机を拭いていると客が入ってきた。
入ってきた客は三人、どれもこの暑いのに長袖を着ており、見ているだけでも暑苦しい。その中の一人は、スポーツバックを肩から提げている。そこまでは、まだいいんだが、三人ともなぜか覆面を被っていた。
これ、どう観ても普通の奴じゃねぇよなぁ。
「全員手を上げろ!」
客……強盗の一人が拳銃を取り出すと、天井に向かって発砲した。
フロアに悲鳴が上がる。
オレはすぐに殴りかかろうと思ったが、運悪く、入り口に一番近い机を拭いていたリリが仲間の一人に捕まってしまった。
あのバカ
なので、オレは仕方がないので、従うしかなかった。
「おい! 中の方も見て来い!」
この三人の中のリーダーだろう、銃を撃った男が、手の空いてるもう一人の仲間に指示を出した。
判った、と男は短い返事をすると、奥の方へ走って行ってしまった。
ヤベーな、とオレは胸の中で毒付くと、消えていった奥の方を睨みつけるしかなかった。
奥には、リョーコの奴がまだいるからだ。
ドアから現われたのは、この暑いのに長袖に覆面を被った男だった。
その覆面野郎の手には、拳銃が握られている。
「おい! 手を上げろ!」
すると、覆面野郎は拳銃を俺に向けた。俺は言われたとおり、ゆっくりと手を上げる。
「よし。いい子だ。そのままゆっくり、こっちに来い!」
俺は素直に従い、ゆっくりと男に近づいた。覆面野郎との距離がすぐ近くまできた瞬間、覆面野郎が開いている手で俺の右手を掴んだ。覆面野郎を手に力がはいる。
だが、
「っ! なんだこいつ! こっちに来い!」
覆面野郎は、怒声を張るが、俺の手は動くことはなかった。逆に俺は、右手を引き、覆面野郎を勢いよく引き寄せると、その勢いのまま、左手の拳底をみぞに叩き込んだ。
覆面野郎は、糸の切れた人形のように床に崩れると、そのまま動かなくなった。
「さてと、こいつを縛ってさっさと助けに行く、か」
そして、俺は一人呟くと、何か縛れそうなものを探し始めた。
他の女性たちは一箇所に固められ、床に座らされていた。
だが、オレは強盗の一人が飲み物を要求してきたので、それを運んでいた。男たちは入り口から離れた席に座り、リリは人質として男の横に座らされている。
店長も買出しに行っており、今留守にしている。状況は最悪だ。リョーコのことも気になる。だが、今は目の前のことに集中することにした。
オレは飲み物を二人の強盗がいる席まで運んだ。
「……どうぞ」
オレは机の上に飲み物を置くと、他の女性たちの方へ移動しようとした。
「待て」
すると、強盗の一人がオレを呼び止めた。
「俺の横に来い」
オレは内心舌打ちするが、隙が窺いやすいと思い、素直にリリの向かい側の男の横に座った。
「おい! アイツはまだ帰ってこねぇの、か?」
すると、リリの横にいる男は拳銃を持つ逆の手で机を叩き出した。イラついているのが目に見える。確かに男が奥に行ってから、時間がかかり過ぎている。
「どうせ、奥にいる子と楽しんでんじゃねーの」
その瞬間、オレの頭は怒りで熱くなった。隣に座っている男の死角の手に、硬く握り締めた拳を作った。
今はがま―――っ!
「そんなに緊張しないでも俺が優しくしてやるよ」
横にいる男が太股を触ってきた。その瞬間、オレの中で、糸が切れた音がした。
次の瞬間、オレは男側の肘を振り上げ、男の顎に叩き込んだ。
フロアには鈍い音が響いた。
男は上を向いたまま、動かなくなった。すると、リリの横にいる男が、すぐに拳銃をオレに向けた。オレはその拳銃を掴む。
「知ってるか? 自動式拳銃ってなぁ。スライドができないと、撃てなくなるんだぜぇ」
口からは笑みがこぼれる。目の前の男は、覆面越しでも判るほど、明らかに焦りだした。
オレは魔力を込め、拳銃を握りつぶした。そして、すぐに男の胸座を掴むと、横にぶん投げた。男は勢いよく窓ガラスを突き破り、道路に出ていった。
俺は部屋を探すと工事現場でよく見る、黄色と黒のシマシマのロープを見つけた。
何でこんなもんがあるのか気にはなったが、今はそれどころじゃないので、すぐにそれで覆面野郎を拘束した。作業を終えると俺はすぐに部屋を飛び出した。足音を殺し、ゆっくりとフロアに移動する。
「どうせ、奥にいること楽しんでんじゃねーの」
急に男の声が聴こえたので、背中を壁につけ、顔だけ覗かせ様子を伺う。
(残りは二人、人質は……またか、あのバカ!)
俺は胸の中で舌打ちする。男の横にはリリが座らされており、拳銃を向けられている。
そして、もう一人の男の横には、リニアがいた。
(ヤベーな。早く助けねぇと死人がでる、な)
その瞬間、額には汗が浮かぶ。
「そんなに緊張しないでも俺が優しくしてやるよ」
男の一人がリニアに方を向いた。その瞬間、リニアが男の顔が跳ね上がった。俺はいきなりのことに驚き、動くことができなかった。
そして、すぐさまリニアは目の前にいるもう一人の胸座を掴むと、そのまま投げてしまった。男は窓ガラスを突き破ると外に放り出された。
外ではいきなりのことで騒ぎが起こる。
俺は呆然とその光景を眺めるしかなかった。
「あーあ。やっちまった」
その瞬間、自然と溜息が漏れた。
次の日、俺は局長室に報告書を持って向かった。
マリアさんに渡すと、目を通し始めた。
すると、一通り読み終えたのか、顔を上げた。
「ご苦労様。どうだった? 一週間」
「あの格好じゃなかったら、面白かったよ」
俺はマリアを半目で睨みつける。だが、マリアさんはそんなことを気にせず、それはよかった、と嬉しそうに言ってきた。そんな表情を見せられると、これ以上皮肉は言えそうにない。
すると、横にいたルナ姉が微笑みかけてきた。
「私もリョウさんの働いている姿、観たかったです。そうだ、今度またしてみませんか?」
「絶対に嫌だ」
その瞬間、二人は笑い出した。俺もそんな二人に釣られて笑みがこぼれる。
……と、そのとき、不意に疑問が浮かんだ。
「そういえば、マリアさんはあそこで、リニアとリリが働いているのを知ってたのか?」
「うん? ええ、知ってたわよ」
その瞬間、俺の顔は引きつる。
「じゃあ、あの店。強盗に襲われても……」
「まあ、ほぼ大丈夫だったでしょうね」
この人、サラッと答えやがった。
「おい! じゃあ、俺が女装したの、ほぼ無意味じゃねぇか! 何でさせたんだ!」
俺は怒りを抑えることなく、マリアさんに食いついた。
だが、この人はそんな俺を見て、
「おもしろいから」
と本当に楽しそうに言いやがった。
その瞬間、俺はいつか泣かすと心に決めるのだった……。
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