Kaikaeshi and Automata 4「消えた同級生」 |
「ねえねえ、昨日のマルサンカクーズの動画見た?」
六年二組の教室では、夏純が楽しそうにクラスメイトと喋っていた。
マルサンカクーズは、人気の動画配信グループだ。
いつも面白い実験をしていて、見ているだけで楽しい気分になる。
「琴葉ちゃんも、当然見たよね?」
夏純がニコニコしながら琴葉に尋ねた。
「え、あ、ええっと」
「もしかして見てないの? 『鉛筆の芯をどれだけ細く削れるか実験』。すっごく面白かったよ」
「そうなんだ。帰ったら見てみるね、あはは」
琴葉は無理して笑う。
夏純はそんな琴葉の様子に、少しだけ不思議そうな顔をした。
(不思議なのは、私の方だよ……)
琴葉がそう思っていると、光一郎が教室に入ってきた。
「おはよう」
「来たー!!!」
琴葉は光一郎のもとに慌てて駆け寄った。
「やあ、琴葉さん」
「やあ、琴葉さん、じゃないよ。ちょっと来て!」
琴葉は光一郎の腕を引っ張ると教室を飛び出した。
「どこに行くんだい? 一時間目の予習をしようと思ってるんだけど」
「予習は後でもできるでしょ」
「授業の後にしたら、それは復習になるんだけど」
「も〜、そんなのどっちでもいいから! 聞きたい事があるの!」
琴葉は、渡り廊下に出ると周りに誰もいない事を確認して、光一郎に迫った。
「どういう事なのか説明して!」
琴葉は光一郎とユズと共に、昨日、テケテケを元の世界に帰した。
だが何故か、その後、皆はテケテケの話題をしなくなったのだ。
「あれだけ大きな騒動になってたのに」
夏純だけではなく、クラスメイトのみんなも、まるで騒動などなかったかのようにいつもと変わらない普通の話をするだけなのだ。
それを聞いた光一郎は、「ああ〜」と笑った。
「怪を帰すとみんなの記憶からその怪の事はもちろん、怪が起こした騒動も、全て消えてしまうんだよ」
怪によって怪我をした人も、破壊された物も、元に戻るのだという。
「それって、全部リセットされるって事?」
「ああ。僕達怪帰師と通役のような特別な力を持っている人間以外は、そういう事になるね」
「そうだったんだ」
琴葉は理由が分かり、ホッと息を吐いた。
昨日からずっと、もしかして自分の経験した事は夢だったのではと疑っていたのだ。
「そういう事は先に言ってよね」
「え、あ、ああ確かに。言わないと分からないよね」
光一郎はニッコリと微笑んだ。
(相変わらず、カッコいい……)
琴葉は怒り足りない気持ちだったが、光一郎の笑顔を見て何となく許したくなった。
そんな中、琴葉はふと、光一郎が先ほど言った言葉のある部分が気になった。
「ところで、私達が怪我をした場合はどうなるの?」
怪が元の世界に帰れば、リセットされる。
だがそれは特別な力を持った人間以外なのだ。
すると、光一郎が急に険しい表情になった。
「リセットされるのは、あくまで普通の人達だけなんだ。つまり、僕達が怪我をすると、たとえ怪を帰したとしても、その怪我は治らない」
「そんな」
「ユズは再生術が使えるから問題ないけど……」
再生術とは、治癒や気功を主体とした術で、前衛のユズにはぴったりの術だ。
しかし、怪帰師の仕事は、やはり危険と隣合わせのようだ。
琴葉が戸惑っていると、光一郎がグッと顔を近づけた。
「大丈夫。君は必ず僕が守るから」
光一郎は真剣な表情でそう言う。
昨日も同じ事を言っていた。
安心させるためだけの出任せなどではないようだ。
(光一郎君、やっぱりカッコいい……)
少し抜けている部分もあるが、光一郎は真面目で責任感が強い。
他の怪帰師がどういう人達なのか分からないが、光一郎が相棒でよかった。
「とりあえず、教室に戻ろう」
「うん、そうだね」
いずれ、凶暴な怪と出会う事があるかもしれない。
だが、まだ起きていない事で悩むのは良くない。
(何事も、心配しすぎない方がいいもんね)
琴葉はそう思うと、光一郎と教室へと戻る事にした。
「う〜ん、今日は平和だったねえ」
琴葉は光一郎と一緒に、学校から帰っていた。
今日は、怪の声は聞こえず、変な騒動も起きていない。
「まあ、いくら怪がいるって言っても、毎日騒動を起こすわけじゃないものね」
「そうだね。だけど油断しちゃいけないよ。どこで、何が起きるか分からないからね」
光一郎の言葉に頷きながらも、流石に今日は大丈夫だろうと琴葉は思う。
その時、前方にある橋の欄干の傍に、二人の女の子が立っているのが見えた。
学級委員長の瀬戸由香里とアンドロイドのユズだ。
「あんなところで何してるんだろう?」
由香里は、何かを見て溜息を吐いていた。
ユズは、そんな彼女を無表情で見ている。
「由香里ちゃん、ユズちゃん、どうしたの?」
琴葉は歩み寄ると声をかけた。
「あ、琴葉ちゃん」
「……この人……落ち込んでいた」
由香里は手に何かを持っている。
琴葉がそれを確認する前に、通学鞄の中に隠してしまった。
「何でもない。ちょっと川を見てただけよ」
「そうなんだ」
「違う」
「じゃあね。私、これから塾だから」
由香里はそう言うと速足で去って行ってしまった。
「塾かあ。大変だねえ」
由香里は、クラスで一番勉強ができる。
学級委員長を決める時、全員が由香里に投票したぐらい頼りにされていた。
「ほんと、私とは正反対だよ。私なんか、勉強は今いちだし、みんなからあんまり頼りにはされないもんね」
琴葉は、思わず苦笑いを浮かべる。
すると、光一郎とユズが首を横に振った。
「僕は、君を頼りにしてるよ」
「えっ」
「わたしも」
光一郎は、真顔で琴葉の顔をじっと見ている。
「ええっと……」
(そう言ってもらえると、嬉しいけど……)
真顔で言われると、何だか恥ずかしい。
「あ、ありがとう」
琴葉は顔を赤くしながら、とりあえず礼を言った。
一方、由香里は一人道路を歩いていた。
「どうしよう……」
誰に言うでもなく呟くと、もう一度溜息を吐き、通学鞄から紙を取り出した。
さっき、琴葉に見られそうになった紙だ。
それは、理科の75点のテスト用紙だった。
その点数を見て、由香里は浮かない顔をして、また溜息を吐いた。
と、誰かが由香里の服の袖を引っ張った。
「えっ?」
見ると、後ろに小さな男の子が立っている。
何故か、赤いマントを羽織っている。
男の子は何も言わず、ただじっと由香里の顔を見つめた。
「あ、あの……」
由香里は戸惑う。
そんな彼女に、男の子は何も言わず優しい笑みを見せた。
翌日の昼休み。
「今日もいい天気だ〜」
昼食を食べ終えた琴葉は、窓の外に広がる青空を見て、大きく背伸びをした。
「夏純ちゃんを誘って、中庭を散歩しようかな」
琴葉は、夏純に声をかけようと、教室の中を見た。
「ん?」
前の方の席に、由香里が座っている。
(由香里ちゃんが、昼休みにいるなんて珍しいよね)
普段、由香里は昼休みになると図書室に行き、塾の宿題をしていた。
「何してるんだろう?」
琴葉は気になり、由香里の傍に歩み寄った。
由香里はノートを広げ、イラストを描いていた。
動物のイラストだ。
「わあ、可愛いね」
「えっ!?」
由香里は、琴葉が後ろから見ていた事に気づくと、慌ててノートを閉じた。
「違うの。ちょっと宿題をする前に気分転換してただけで」
「え、う、うん、そうなんだ」
(別に言い訳しなくてもいいと思うけど)
由香里がイラストを描いていたのは珍しいが、別に悪い事ではない。
だが、由香里は自分がいけない事をしていたと思っているようだ。
そこへ、和也がやってきた。
「さっきの子、何だったのかな〜?」
「和也君、何かあったの?」
琴葉が尋ねると、和也は廊下の方に顔を向けた。
「さっきトイレに行ったんだけど、廊下で変わった男の子を見かけて」
「どんな子?」
「一年生ぐらいだと思うんだけどさ、赤いマントを羽織ってて」
「赤いマント??」
由香里が声を上げて立ち上がった。
「どうしたの、由香里ちゃん?」
「え、あ、別に」
困惑する由香里を気にせず、和也は話を続ける。
「どこかのクラスで、午後からお楽しみ会とかあるのかな?」
そのため、マントを羽織っていると思っているようだ。
「だけど、あんな男の子、ウチの学校にいないと思うんだよなあ」
和也はそう言いながら、首を捻る。
「赤いマントの男の子かぁ」
琴葉は、想像してみる。
確かに学校の廊下を歩いていると、かなり変だ。
「琴葉さん!」
突然、光一郎の声がした。
気づくと真横にいつの間にか光一郎が立っていた。
「わ、な、何??」
「ちょっとこっちへ!」
光一郎は、教室の隅へと誘う。
琴葉は戸惑いながらも、光一郎と共に隅に行った。
「今の話を聞いて、もしかしてって思ったんだ」
「今の話って、和也くんの言ってた話?」
「ああ、その男の子は、『赤マント』という怪かもしれない!」
「えええ??」
まさか、学校の中に怪が現れるなんて。
琴葉は身体が強張るが、光一郎は何故か不思議そうな顔をしてた。
「どうしたの?」
「いや、赤マントとは思うけど。とにかく、その子を捜そう」
「ええ!」
怪は、テケテケのような害のないものばかりではない。
放っておいたら、大変な事になるかもしれない。
琴葉は、和也に男の子がいた場所を聞くと、光一郎と共に教室を飛び出した。
一方、そんな琴葉達の様子を、由香里が不安そうに見つめていた。
「赤いマントの男の子……赤いマントの男の子……」
琴葉達は、廊下をウロウロしていた。
和也の話によると、トイレの前辺りにいたという。
しかし、どこをさがしても男の子の姿はない。
琴葉達のいる東校舎の三階は、六年生の教室しかない。
一年生の教室は一階なので、普段三階の廊下に一年生が来る事はない。
「誰かに会いに来たのかな?」
琴葉達は各教室の中を覗いたが、赤いマントを羽織った男の子の姿はどこにもなかった。
生徒に聞いても、誰も見ていないらしい。
「どこにいるんだろう?」
違う階に行ったのだろうか?
すると、光一郎が口を開いた。
「もしかしたら、怪じゃなかったのかもしれない」
「どういう事?」
「赤マントは、赤いマントを羽織った大人の男の怪なんだよ」
「え?」
それでは赤いマント以外、まるで違う。
「やっぱり、ただの男の子だったのかも」
「どこかでお楽しみ会とかやってるって事かぁ」
そのための変装をしていて、たまたま三階に来ただけかもしれない。
「怪の事ばかり考えていたから、一瞬怪だと思ってしまったよ」
光一郎の言葉に、琴葉は頷いた。
「とりあえず、戻ろっか」
琴葉はひとまず安心すると、自分達の教室に帰ろうとした。
その時、琴葉は何気なく、廊下の窓の向こうにある渡り廊下を見た。
その渡り廊下を、一人の男の子が歩いている。
「あっ」
男の子は、赤いマントを羽織っている。
「いた!」
琴葉の声を聞き、光一郎も渡り廊下の方に顔を向ける。
「ほんとだ。一応声をかけてみた方がいいかな?」
「うん、せっかく探していたんだしね」
怪ではないかもしれないが、男の子は、渡り廊下を通って、西校舎に入って行った。
琴葉達は慌てて渡り廊下に出て、彼を追った。
「あれ?」
渡り廊下を通り、西校舎に入るが、男の子の姿が見えない。
「どこに行ったの?」
男の子はゆっくり歩いていたので、すぐに追いつくはずだ。
「階段を上ったのかな?」
琴葉はそう言いながら、階段を確認してみる。
階段の前には由香里が立っていた。
「由香里ちゃん。そこで何してるの?」
赤いマントを羽織っているのがやっぱり気になる。
さっきまで教室にいたはずだ。
「え、あ、ええっと、ちょっと散歩してて」
「散歩?」
「気分転換。今日は図書室に行ってないから」
「そうなんだ」
由香里の気持ちはよく分からないが、そういう気分の時もあるだろう。
「それより、赤いマントを羽織った男の子を見なかったかな?」
琴葉が尋ねると、由香里は首を大きく横に振った。
「私は見てないわね」
「そっか。こっちには来てないって事か」
琴葉は「ありがとう」と言うと、光一郎のもとへ戻って行った。
「……よかった」
琴葉が去って行く姿を見て、由香里は大きく息を吐く。
そしてふと、階段の横にある荷物置き場の方に目をやった。
「出てきて大丈夫よ」
由香里がそう言うと、積まれた段ボールの裏から、一人の男の子が出てきた。
赤いマントを羽織った、あの男の子だ。
由香里は、琴葉達が男の子を捕まえようとしている事に気づき、心配になって彼を探して匿ったのだ。
「琴葉ちゃん達の知り合いなの?」
琴葉達は、かなり慌てていた。
男の子が何かイタズラをして、それで捕まえようとしているのかもしれない。
だが、男の子は首を横に振った。
「知り合いじゃないの? じゃあ、どうして捜してるの? というか、ウチの学校の子じゃないよね?」
男の子はその問いに、今度は首を縦に振った。
「勝手に学校に入ってきちゃったって事? 早く自分の学校に戻らないと」
すると男の子が近づき、由香里の手をギュっと握った。
そして、覗くように顔を向けた。
「え、な、何?」
男の子は、由香里を見つめながら、ゆっくり口を開いた。
「キィィ、イイィイ」
地鳴りのような低い唸り声。
由香里はその声に驚きながらも、男の子をじっと見つめた。
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