英雄伝説〜黎の陽だまりと終焉を超えし英雄達〜 |
〜駅前通り〜
駅前通りに到着すると駅前通りの一角で女性のストリートミュージシャンがギターを演奏しながら歌っており、ミュージシャンの周囲には観客達が手を叩きながらミュージシャンの演奏や歌を聞いていた。
(へえ、噂になるだけあるな。だが、あの娘は…………)
ミュージシャンを見つめてあることに気づいたヴァンが考え込んでいると歌と演奏が終わった。
「サンキューみんな、愛してるよ!またどこかで会おうね〜!」
「今日も良かったぞ〜!」
「新曲も早く聞きた〜い!」
「次も楽しみにしてるよ〜!」
そしてミュージシャンへのおひねりを置いた観客達が去った後、撤収の準備をしているミュージシャンにヴァンが近づいた。
「?今日はもう終わりだよ?」
自分に近づいてくる人の気配に気づいたミュージシャンは振り向いて不思議そうな表情で答えた。
「なかなかいい歌だったぜ、シングル出したら結構売れるんじゃねえか?」
「ハハ、ありがとうお兄さん。でも音楽の世界はそんなに甘くはないよ。この程度の曲なんていくらでもあるからね。そう簡単に売れるモンじゃないのさ。」
「ま、曲だけだったらそうかもな。どうして”本当の名前”で売り出さないんだ?お前んならいい線行きそうだが。」
「!…………ふふ、場所を変えましょうか。」
ヴァンの指摘によって自身の正体がヴァンに気づかれている事に驚いたミュージシャンは苦笑しながら場所を変える提案をし、人気のない場所まで来るとミュージシャンがヴァンに訊ねた。
「どうしてわかったんですか、アークライドさん?変装だけじゃなくて、声色も変えたつもりですけど…………」
ミュージシャン――――――サングラスを外して顔を顕わにしたニナは苦笑しながらヴァンを見つめて疑問を口にした。
「まあぶっちゃけもしかしたらと思ってカマをかけただけだが…………俺もスクリーンのお前さんしか知らなかったら完全に気づかなかっただろうな。サルバッドで何回も近くで話していたから、そのアドバンテージってヤツだ。」
「ふう…………私もまだまだですね。こういった活動で今まで誰にも気づかれたことはなかったから、油断もあったかもしれません。」
「以前からよくこんな事をしていたのか?」
「趣味半分、実益半分と言った所ですね。撮影の時は周りの皆がちゃんと演技だとわかっていて私のことを見ていますが…………さっきのような場合だと、誰も本当の自分を知らない環境の中で、まったく別の自分になれる…………なかなか面白いものですよ?もちろん演技の練習にもなりますし。」
「なるほど、確かにちょうどいいかもな。しかし演じるのが趣味とはねぇ…………さすがトップ映画女優ってところか。」
「あはは、そんな大層なものじゃありませんよ。私、小さい頃から””自分というものがない”のがコンプレックスでした。だからかもしれません、”何かを演じる”ことに夢中になって、やりがいを感じるのは。女優になったのもそんななにもない自分を誤魔化すためで――――――ファンの皆さんが想像するような前向きな理由ではないんです。」
感心した様子で呟いたヴァンにニナは苦笑しながら理由を語った。
「何もない自分を変えたい、か。そいつは十分、前向きな理由だと思うけどな。」
「そういうものですか…………?」
しかしヴァンの指摘にニナは不思議そうな表情で首を傾げた。
「そういうものだ。まあともあれ、お前さんのその趣味兼実益――――――名前が売れるようになってからはますます難易度が上がってるんじゃねえのか?」
「はい、実はそうなんです。ますます難しくなってしまって――――――すごく、挑戦のし甲斐があるといいますかっ。」
ヴァンの問いかけに頷いたニナは目を輝かせて答えた。
「ったく…………ちゃんと”持ってる”じゃねえか。」
目を輝かせているニナを目にしたヴァンは目を丸くした後苦笑しながら指摘した。
「え?」
「”自分がない”なんてとんでもねえって話さ。ハードルが上がって、むしろ”演じること”への欲望が沸き上がる…………そんな奴が何人いるかっての。」
「…………ふふっ…………アークライドさんって、結構屁理屈が得意なんですね?」
ヴァンの指摘に目を丸くして黙っていたニナは我に返るとおかしそうに笑いながら答えた。
「屁理屈でもなんでもいいのさ。自分自身の納得がいけばそれでな。」
「ふふ、そうかもしれません。おかげでちょっとだけスッキリできた気分です。」
「それなら俺も声をかけた甲斐があったってもんだ。」
「あっ、でも私の変装のことは誰にも言わないでくださいね。二人だけの秘密ですから♪」
「っ…………ああ、わかったぜ。(この破壊力…………やっぱすげえな、女優ってのは。)」
口に指を当ててウインクをしたニナに一瞬魅入られたヴァンは息を呑んだ後内心でニナの魅力的な部分に感心しながらニナの秘密を守る事に了承した。
その後、変装し直したニナが去ってから改めて巡回を再開すると巡回の最中ある人物からメールが送られ、そのメールに返事をしたヴァンはメールで指示された待ち合わせ場所に向かった。
〜イーディス某所〜
「ヴァン君、ヴァン君。こっちだ。」
ヴァンが周囲を見回すと自分を呼ぶ声が聞こえ、声が聞こえた方向にヴァンが視線を向けると何と茂みからシェリド公太子が現れた。
「いや〜、よく来てくれた。数刻ぶりだね。応じてくれて礼を言うよ。」
「シェリド殿下…………まさかそんな所に隠れてるとは。殿下のアーツの腕前は知ってますが、マジで懐刀殿どころかSPの一人も連れずに?」
笑顔で自分に話しかけるシェリド公太子に冷や汗をかいたヴァンは呆れた表情でシェリド公太子に確認した。
「ああ、メールで連絡した通り何とか撒いてきたよ。それじゃあ繰り出すとしようじゃないか――――――男同士、目くるめく夜の旧首都探訪へとね!」
「来たのをちょいと後悔してますよ…………」
嬉しそうに語るシェリド公太子の目的を聞いたヴァンは疲れた表情で肩を落として呟いた。
遡ること30分前――――――
「うん、やはりカルバードの映画文化は素晴らしい――――――大作は勿論、小さな制作会社の作品でも粒揃いだ。こうして映画に触れる場が民に開かれているのも良いことだ。我が国にももっと普及させなくてはね――――――君もそう思わないか、ナージェ?」
映画館から出てきたシェリド公太子は満足げに語った後ナージェに話を振った。
「ええ、映画祭に参加した身としましても。」
「さて、次はどこを覗いてみるか――――――」
「いえ殿下、本日はそろそろ。明日以降は他の北カルバード企業との会合も控えておりますゆえ。」
「…………そうだったな。わかった、ホテルへ帰ろう。」
楽しそうに次に向かう場所を考えていたシェリド公太子だったがナージェの忠告を聞くと僅かに残念そうな表情を浮かべて断念した。
「それではお車を――――――どうした…………何?帰りのルートで車同士の接触事故?…………状況を確認しろ、万が一にも殿下を危険に晒すわけにはいかない。」
車を呼ぶために通信を開始したナージェだったが通信相手からの予想外の答えに眉を顰めた後話を続け、ナージェの会話を聞いてあることを思いついたシェリド公太子はその場からそっと離れ始めた。
「A班は念のため現場へ、B班は代替ルートの検討を――――――」
一方ナージェはシェリド公太子が自分から離れた事に気づいていないのか通信相手に次々と指示を出していた。
〜現在〜
「マジで大丈夫なんですか?勝手に抜け出してきちまって。」
「ハハ、それは君次第かな?この状況、万が一私に何かあった場合、責任を問われるのはおそらくは…………」
「…………前言撤回だ、ちょっと後悔どころじゃねえ。全部見なかったことにして今すぐ帰りたいくらいだ。」
シェリド公太子に確認したヴァンだったがシェリド公太子の話を聞くと冷や汗をかいた後呆れた表情で呟いた。
「まあまあ、そう言わないでくれ。君ほどの適任は他にいないからね。私の信頼と受け取ってほしいかな?」
「ったく…………仕方ねえな。それで、どこに行きたいんです?」
「ハッハッハ、それでこそヴァン君だ。いくつか目星をつけていてね。まずはこの近くにあるらしいんだが――――――」
その後二人はいくつか盛り場を巡った後、最後に旧市街の公衆浴場で汗を流すことにした。
〜公衆浴場〜
「ああ…………いいね。ハマムとはまた違った趣を感じるよ。」
「疲れにはやっぱこれが一番ってね。昼にはあの総督との会談までこなしてきたみたいですし。」
「ハハ、内容は話せないがまあ確かに気疲れはしたかもしれないな。グラムハート総督――――――オーラがありながらもなかなかのフランクぶりで拍子抜けしたくらいだが。さすが、大国の干渉を跳ねのけるどころか逆に莫大な援助金まで出させて北カルバードを発展させて老若男女問わず支持されるだけはある。」
ヴァンの話を聞いたシェリド公太子はある人物の事を思い浮べて苦笑した。
「まあ、相当なやり手なのは確かでしょうね。ルネと裏で進めている何かといい。」
「ハハ、もしかすると私ではなく妹だったらもっと器用に立ち回っていたかもしれないな。」
「ああ、妹君がいらっしゃるんでしたね。だいぶ歳が離れた。」
シェリド公太子の話を聞いたヴァンはシェリド公太子に妹姫がいる事を思い出した。
「これがまた、私の立つ瀬が無くなるくらい頭の切れる娘でね。王位継承予定ながら不甲斐ない兄を支えようと、何かと口を出してくる始末さ。そんな妹や、偉大な父――――――サルマン公王の期待に応えられればと思っている。」
「へえ…………エレボニアのアルフィン殿下も大変兄弟想いのようでしたから、アルフィン殿下もメンフィル帝国の件が無ければ殿下の妹君のように今もオリヴァルト王子殿下やセドリック王太子殿下を支えていたでしょうね。」
シェリド公太子の話を聞いたヴァンはふとアルフィンの事を思い出して興味ありげな様子で呟いた。
「そういえばヴァン君はエレボニアの総督であるかの”大英雄”殿もそうだが、エレボニアの王族の面々にも伝手があるのだったね。フフ、いずれエレボニアにも訪れて見て回る事も考えている上更に可能であればメンフィル帝国――――――異世界(ディル=リフィーナ)を見て回る事も考えているから、その時はエレボニア王国もそうだがメンフィル帝国への”繋ぎ”をヴァン君に頼ませてもらおうかな?」
「さすがにそれは勘弁して下さい…………確かに業務内容として”仲介役”も請け負ってますが、しがない便利屋風情には荷が重すぎる役目ですよ。」
あることを思いづいたシェリド公太子の話に冷や汗をかいて表情を引き攣らせたヴァンは肩をすくめて自分には荷が重い事を伝えた。
「ハハ、私はそう思わないがね。――――――話を戻すが大国に劣らぬ国作りをするためなら、学べることはすべて学びたい。だから”今の”カルバードを隅々まで見て回ろうと思ってね。という具合に意気揚々とまずは夜遊びへ繰り出したものの――――――気づけば同じことばかり考えてしまっていた。『彼ならここで何と言うだろう?『どう振る舞うだろう?』とね」
「彼…………ああ――――――”漂白の演奏家”―――――オリヴァルト殿下ですか?サルバッドで、クラウゼルとエルフィードからそんな繋がりをチラッと聞きましたよ。話す機会は数回程度しかありませんでしたが、噂通りだいぶ突き抜けたお人ですよ。3年前の”大戦”が終結した後も積極的に動いていて、色々と話は聞いています。」
「そう――――――彼は若い頃から諸国を渡り歩き、”国際協調”を唱えていた。かつてエルザイムを訪れた時に知った、彼の信念と生き様に…………いつしか尊厳と敬意を抱くようになった。私もかく在りたい――――――そう願い己を磨いているつもりだが…………事あるごとに、彼には届かないのだと器の違いを自覚するばかりでね。まるで砂漠の蜃気楼を目指しているかのような心地さ。」
ヴァンの話に頷いたシェリド公太子は立ち上がってある人物の事を語った後複雑そうな表情で自分の両手を見つめた。
「…………ちょっと意外ですね。殿下がそんな殊勝なことを考えていたとは。ま、失礼を承知で一つ言えるとしたら――――――すべては自分自身が何をしたいか、でしょう。」
「自分自身…………?」
「殿下はオリヴァルト殿下の模造品(レプリカ)になりたいわけじゃあないんでしょう?進むべき道を選ぶのは、あくまで自分――――――その上で砂漠を進むなら結構。途中、オアシスに寄り道したっていい。わざわざ胡散臭い裏解決屋なんて稼業を選ぶ奴もいるくらいだ。目的地への辿り着き方なんざ、人それぞれですよ。」
「……………………」
「…………ま、俺みたいな外れ者がおこがましいかもしれませんがね。」
「ハハ…………いや、胸に落ちた気分さ。まさか君に諭されるとはね。君は私が思っている以上に人生経験が豊富なのかもしれないな。」
ヴァンの助言にシェリド公太子は静かな笑みを浮かべてヴァンを見つめて呟いた。
「ハッ…………あくまでしがない便利屋風情ですよ。」
その後公衆浴場で汗を流し終えた二人が公衆浴場を出るとある人物が声をかけてきた。
〜旧市街〜
「――――――お疲れ様です。お迎えにあがりました、殿下。」
2人に声をかけた人物――――――ナージェの後ろにはリムジンが停車していた。
「おっと、ついに見つかったか。いや、あえて見逃してくれたのかな?」
「あの護衛艦殿が殿下に逃げられたってのは最初から違和感がありましたけどね。」
ナージェの登場に驚いた後すぐに察したシェリド公太子にヴァンは苦笑しながら指摘した。
「恐れ入ります――――――アークライド殿がご一緒なのが最低条件ではありましたが。…………多少なりとも収穫があったならば何よりです。」
「フフ、本当に敵わないな、ナージェには。――――――礼を言うよ、ヴァン君。今宵は良い社会勉強になった。底の見えない君という人をまた少し知れた気がする。バーゼル市の件、成果に期待している。依頼者としてはもちろん――――――裸の付き合いをした仲としてもね。」
「まあ、依頼は依頼だ。せいぜい頑張らせてもらいますよ。」
そしてシェリド公太子を乗せたリムジンを見送ったヴァンは事務所に戻って行った。
2時間ほど前――――――
20:50――――――
2時間程前、アニエスは寮へと急行し、寮の前に到着すると立ち止まった。
〜アラミス学生寮前〜
「ふう、またギリギリになっちゃった。何とか門限には間に合ったかな…………?えっと、寮母さんと鉢合わせないようタイミングを見計らって…………ううっ、ヴァンさんの影響を受けちゃっているような…………」
(ようなも何も完全に影響を受けていますよ…………)
安堵の表情で呟いてから今後の予定を口にしたアニエスは気まずそうな表情を浮かべ、アニエスの呟きを聞いていたメイヴィスレインは呆れた表情で溜息を吐いた。
(…………頑張らないと。誰に流されるでもなく私の意志で。そうすれば、きっと――――――)
「――――――”返事”は決まったようですね?」
アニエスが決意を改めていたその時、ある青年がアニエスに声をかけてきた。
「…………はい、ヴァンさんからも改めて連絡があるかと思います。」
聞き覚えのある声に一瞬目を丸くしたアニエスは声に対する返事をした。
「それは結構――――――”では研修先も決まりですか。”」
「…………っ…………全てお見通しだったんですね…………あの人は――――――父はどこまで…………?それにあの場所…………"黒芒街"という所の在り方も――――――」
声の言葉に息を呑んだアニエスが振り向くと声の主――――――キンケイドがアニエスに近づき、近づいてきたキンケイドにアニエスは真剣な表情で訊ねた。
「報告書は都度お渡ししています。一応、目を通されているようですよ?あの場所については――――――フフ、まあ差し控えておきましょう。」
「…………やっぱり、父の采配なんですね。かつてない繁栄の果実の、熟れすぎた滴りを受け止める器…………群がる欲望や悪意を隔離して効果的にコントロールするための…………」
「バイト先の指南、だけではありませんか。…………さすが血は争えませんね。帝都のマクダエル家に倣うのもまた一興なのでは?」
アニエスのある人物が”黒芒街”の存在を許している事についての推測を知ったキンケイドは目を丸くした後感心した様子である提案をした。
「っ…………失礼します、お休みなさい…………!」
(なるほど…………ヴァンの言う通り、確かに”鬼畜眼鏡”ですね。)
キンケイドの提案に怒りを抱いたのか若干怒った様子で答えたアニエスは寮の中へと入り、その様子を見守っていたメイヴィスレインはジト目でキンケイドを見つめていた。
「まあアニエスさん…………!こんな時間まで――――――門限ギリギリですよ!」
「す、すみませんっ、遅くなってしまい…………」
「フフ、いじめすぎたか。エレイン相手といい悪い癖だな…………まああの馬鹿よりはマシだろうが。」
寮から聞こえてくる寮母とアニエスの会話に苦笑を浮かべたキンケイドはふと寮のある一角を見つめた。
「今回はギルドも当てにはできん上場所が場所だ。…………後で”南”もそうだが”中央”からも何らかの干渉があるかもしれないが、やはり別の手も打っておくか。」
寮のある一角を見つめながら独り言を呟いたキンケイドはその場から立ち去り
「…………ふう、食えないお兄さんね。でも、これも女神達のお導きかしら?そろそろ自分の目で確かめろっていう。後輩たちの引率や”本国”からの指示でこのカルバードに留学している”真の理由”もあるけど…………ふふ、お茶会以上に忙しくなりそうね。あら?」
キンケイドが見つめていた寮のある一角の内部側にいたレンは溜息を吐いた後今後の予定を考え、静かな笑みを浮かべているとレンのザイファに通信音が聞こえてきた。
「――――――ふふ、”名目上は単なる留学中である今の私”に連絡なんて珍しいわね、サフィナお姉様――――――いえ、”サフィナ総督閣下”と呼んだ方がいいかしら?」
そして通信を開始したレンは意味ありげな笑みを浮かべて通信相手と何らかの会話をし始めた――――――
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コネクト〜ニナ、シェリド公太子〜 | ||
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