Kaikaeshi and Automata 7「大切な思い」 |
一時間ほどが経った。
ログハウスでは、由香里達が赤マントと共に琴葉達が戻ってくるのを待っていた。
「待つ必要なんてないよ」
橋本がコーヒーを飲みながらボヤく。
「僕はここにいるのが一番幸せだと思うよ。元の生活になんか戻りたくない」
その言葉に、他の人達も頷く。
そんななか、由香里は戸惑っていた。
「君もそう思うだろ?」
「え、う、うん……」
由香里は橋本にそう答えながらもふと一同を見た。
「さっき、光一郎君が、ここにいるだけじゃ何も解決しないだろって言ったのが、何だか気になって」
「え?」
「確かに、このログハウスは、赤マントさんが用意してくれた理想の場所よ。だけど、それはあくまで、この中だけの事でしょ。
私達、ほんとにここにいるだけでいいのかな?」
「そ、それは……」
橋本はその問いに上手く答える事ができなかった。
他の人達も同じだ。
一番その答えが分からないのは由香里本人である。
そんな彼らを、部屋の隅に立っている赤マントは、ただ見つめていた。
「戻ってきたよ!」
突然ドアが開き、琴葉が部屋に駆け込んできた。
「琴葉ちゃん、どこに行ってたの?」
由香里達は、琴葉の傍に集まる。
琴葉は、荒く息をしていた。
「今日は、ほんと走ってばっかり。明日は、絶対筋肉痛だよ」
そう言いながら、琴葉はドアの外を見る。
「みんなを呼んできたよ」
「みんな?」
由香里達も、ドアの向こうを見た。
そこには光一郎とユズが立っていて、その後ろに数人の人影があった。
「あれは……」
由香里は目を凝らし、その人影が誰なのか確認しようとした。
その瞬間……。
「由香里!!」
光一郎の後ろから、一人の女の人が駆け出すと、由香里を抱き締めた。
「ママ!」
女の人は、由香里の母親である。
「どうしてこんな場所にいるの! 心配してたのよ! 怪我はない? 大丈夫なの??」
「えっと、あの」
戸惑う由香里を、橋本達が見る。
すると、外から数人の影が駆け込んできた。
「橋本君!」
橋本の友人達だ。
「どうして、みんなが?」
「この子達に言われたんだ。橋本君がここにいるって!」
琴葉、光一郎、ユズは、由香里の母親と彼らを呼びに行っていたのだ。
「橋本くん、僕達、必死に捜してたんだよ!」
「うんうん、心配で町中捜したんだから」
「……本人を救うためには、本人の関係者が一番、だと言ってたから」
「みんな……」
「サッカーでレギュラー外されたんだよね?」
「僕達、それを慰めようと思って家に行ったんだよ」
「えっ」
「落ち込んだ時とか、悩んだ時は、誰かと一緒にいたいだろ」
彼らは優しく微笑む。
橋本は、その言葉に戸惑いながらも涙ぐんだ。
「他のみんなも、きっと捜している人がいると思うよ」
琴葉は、橋本の後ろにいる人達に言った。
「いっぱい悩みがあるのは凄く分かる。だけど、誰かを心配させちゃ駄目だよ。みんなにも大切な人がいるでしょ。その人を悲しませるのは良くないよ」
琴葉は、テーブルに置かれている由香里が描いたイラストを見た。
「由香里ちゃんはお母さんの事で悩んでた。だけど、イラストを見て、本当はお母さんの事が好きだって思ったの」
イラストには、笑顔で笑う母親の姿が何枚も描かれていた。
それを見て、琴葉は由香里が母親の事を嫌っているわけではないと気づいたのだ。
「由香里、ごめんなさい!」
母親は涙を流しながら由香里に頭を下げる。
「私はずっと由香里のためを思って。勉強を頑張れば、きっとあなたが幸せな人生を送れると思って。
だけど苦しめてた。ママ、その事に全然気づいてなかった。ほんとにごめんなさい!」
母親は泣きながら、何度も何度も謝った。
「ママ……私……」
由香里の目からも、大粒の涙がこぼれ落ちる。
「ママ、ごめんなさい!」
由香里は母親を強く抱き締め返した。
その姿を見て、ログハウスにいた人達が、互いの顔を見る。
そして、赤マントを見ると、声をかけた。
「赤マントさん。家に帰ろうと思う」
「私も。ちゃんと仕事頑張ろうと考え直したわ」
「私達、ここにいちゃダメだと気づいたの」
由香里と橋本も、赤マントを見る。
赤マントは、彼らをじっと見つめ、やがて、琴葉達のほうに顔を向けた。
「キィイイ、 イイイィイ」
「琴葉さん、彼は何て?」
「『彼らは元の生活に戻って、本当に幸せになれるのかい?』って」
琴葉は、赤マントの前に立った。
「きっとなれると思う。大切な人と一緒ならきっと幸せになれるって、私、信じたい!」
琴葉はまっすぐ赤マントを見つめる。
赤マントは、そんな琴葉に、優しく微笑んだ。
「キイイイ、イイイイ」
「『分かった。約束を守ろう』」
「分かってくれたのね!」
琴葉と光一郎は、笑顔で喜び、ユズも頷いた。
しばらくして。
赤マントは、由香里達が見守る中、元の世界に帰る事となった。
「赤マントさん、ありがとう」
由香里達は、赤マントにお礼を言った。
「キイイ、イイイイ、イイイイイ……」
赤マントは由香里達に語りかける。
琴葉はそれを通役した。
「『私は、人間がとても弱い存在だと思った。だからこそ守ってあげなくてはいけないと感じた。
だけど、君達は強い。家族や仲間がいれば、君達はきっと幸せになれる』」
その言葉に、由香里達は、小さく、しかしはっきりと頷いた。
「さあ、帰ろう」
光一郎は、右手を強く握り締めた。
「鑰!」
次の瞬間、光一郎の右手の甲が光り輝く。
そして、その甲に鍵のような紋章が現れた。
光一郎は、そのまま開けた空間を見つめ、右手を突き出した。
「人は人の世に。怪は怪の世に。安住の地へ、今帰らん!」
瞬間……。
―ゴオオオオ……
大きな音が響き、地面から光の扉が現れた。
光一郎は光の扉に近づくと、鍵の紋章が浮かび上がった右手で光の扉のノブを掴んだ。
ドアがゆっくりと開く。
その向こうに眩い光が広がった。
「さあ、赤マント、自分の世界に帰るんだ」
光一郎は赤マントにそう言う。
赤マントは頷くと、ドアの前に立ち、一同を見た。
その表情は、どこか安心しているように見える。
ドアの中の光が、赤マントを優しく包み込む。
赤マントは、光の中に消えて行った。
ドアがゆっくりと閉まる。
光の扉はまるで線香花火のように四方に光を散らすと、そのまま消滅した。
「昨日は大変だったねえ」
翌朝、琴葉は光一郎と共に学校へ向かっていた。
ユズはというと、とっくにどこかに帰っていた。
「赤マントが凶悪な怪じゃなくてよかったわね」
「ああ。父さんから、人間の生き血を吸う怪だって聞いてたけど、どうやら間違った情報だったみたいだね」
光一郎は、琴葉の方を見た。
「今回も琴葉さん、君に助けられたよ」
光一郎はニッコリと微笑む。
その笑顔を見て、琴葉はドキリとする。
(やっぱりカッコいい)
琴葉はこれからも光一郎をもっと笑顔にさせたくなった。
「だけど」
ふと、琴葉はある事を思った。
「怪を帰すとみんなの記憶から、その怪の事はもちろん、怪が起こした騒動も、全て消えちゃうんだよね?」
由香里達は、前向きになり、元の生活に戻る決心をした。
けれども、赤マントが帰った事により、それはリセットされてしまったのだ。
「そうだね。そこだけは少し残念だね」
二人は、溜息を吐きながら、教室にやってきた。
「わあ、由香里ちゃん、すご〜い!」
見ると、由香里の周りに夏純達が集まっていた。
「どうしたんだろう?」
琴葉達が近づくと、夏純が画用紙に描かれたイラストを見ていた。
「それって!」
「あ〜、琴葉ちゃん、おはよう。凄くない? 由香里ちゃんが描いたんだよ」
「えっ!?」
由香里は、恥ずかしそうにしながらも笑みを浮かべていた。
「私、イラストを描くのが好きなの。それで昨日ママに、勉強も頑張るからイラストもいっぱい描きたいって言ったんだ」
母親は驚いたものの、由香里が真剣に言っている事に気づき、イラストを描く事を認めてくれたのだという。
「私、ずっと悩んでたんだけど、悩んでるだけじゃだめだって思ったの」
「そうなんだ」
由香里に赤マントの記憶はない。
しかし、彼女は前向きになっていた。
「橋本さんや他の人も、もしかしたら変わっているかもしれないね」
光一郎の言葉に、琴葉は頷く。
「もし変わってなかったら、私達が応援して、前向きになってもらえるようにすればいいもんね」
騒動を経験した琴葉達なら、彼らの力になれるはずだ。
怪帰師と通役の仕事は、怪を帰す事だけではないのかもしれない。
困っていたり、悩んでいたりする人を助ける。
(それも、私達にしかできない立派な仕事だよね)
「よおし、これからも頑張らなきゃ!」
琴葉はそう言うと、笑顔になるのだった。
「……怪は憎めない奴ばかりだった。でも、これから……戦うべき奴が来るかもしれない。
その時は……わたしが、みんなを守る。わたしはそのために生まれたから」
ユズは改めて、怪と戦おうという決意を固めるのだった。
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皆の思いを知るために、彼らは「戦い」ます。 | ||
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