堅城攻略戦 第三章 坑道の闇に潜む者 13 |
急に背中が軽くなった馬が何やら異常を察したか、怯えたように甲高く嘶きながら、ねぐらである宿場町に向けてであろう、街道を一散に駆けだして行く。
それには目もくれず、傷を癒す術を得意とする吉祥天とおゆきが主の元に駆け寄る。
その周囲で、敵を迎え撃とうとする一団と、主の身を守ろうと動く一団がばらばらと動き出す。
主の危機に狼狽したか、珍しく統制を失い、式姫たちが混乱した動きを見せる戦場の中で、彼女たちの主を射た一団が、妙に揃った動きで再度弓に矢を番える。
「旋風(つむじ)!」
常ならば美しい響きを崩さない天狗の声が、明白な怒気を帯びて呪を発した。
砂礫交じりの強風が、男女の一団を文字通りなぎ倒し、二射目を阻む。そこに、怒りに燃える悪鬼と狛犬が躍り込もうとする前に天女が立ち塞がった。
「なんの真似だ!」
「そこをどくッス!」
「落ち着いて、操られた人だったらどうするの!」
「その心配は無さそうじゃな」
操られた人、というのは間違いなさそうじゃが。
天女の背後で、天狗の突風になぎ倒された人々を警戒していた仙狸が、何の構えも見せていなかった所から、すっとさりげない動きで手にした槍を倒れた人の辺りに繰り出した。
「仙狸さん!」
「人を刺したわけではない、見よ」
手繰り寄せた槍の穂先で蠢くそれを、一同の目に付くように掲げる。
「こ奴の仕業か、それは狛犬殿の鼻にも違和感としか引っかからなかった訳じゃ……」
耳障りな甲高いキーキーという声を上げながら、八本の細い脚が虚空を掻きむしる。
そして、仙狸の槍に貫かれ、毒々しい緑の体液を流す背に白く浮かぶ、人の頭骨の模様。
「この野郎……髑髏蜘蛛か」
悪鬼の呻くような言葉に、ほう、と仙狸が感心したような表情を一瞬浮かべる。
「やり合ったことがあるのかの?」
その言葉に、悪鬼や狛犬、そして天女も何かを思い出したのか、珍しく苦々し気な怒気を帯びた顔で頷き、傍らの天狗が僅かにため息をついた。
「随分と手古摺らされましたわ」
二度と見たくない顔でしたのに。
髑髏蜘蛛、死人に憑り付き生者の如く操る土蜘蛛の眷属。
中でも年経た蜘蛛は無数の子蜘蛛、孫蜘蛛を使役し、一つの村を丸ごと滅ぼした挙句、長年に渡り被害者を増やし続けて最後には町のように成った物すらあったという話も伝わる、深く静かに死を世界に拡げていく恐るべき妖。
「動きを止めておれば死人そのもので人の気配はせぬし、奴らが憑いておる間は宿主は腐れもせぬ。骸骨兵団のように妖力で縛り、強化された存在の持つ半妖怪のような気配も無い。そして親蜘蛛なら兎も角、子蜘蛛程度の妖力は人の身の裡に隠れれば、表には殆ど出ぬ……か」
この状態で待ち伏せされては、余程に気を付けて慎重に進んでおらぬ限り気が付ける物ではないか。
そう呟きながら、仙狸は忌まわしいそれに、とどめというように槍先を更にえぐり込んで、柔らかい腹部を断ち割った。
それにしても、城を護る無数の骸骨兵団に始まり、仙人峠の全山埋め尽くす亡魂の炎に、今また髑髏蜘蛛に操られた死人か。
「死人の後ろに隠れてコソコソと……どこまで性根が腐っておるのじゃ」
その仙狸の冷たい視線が倒れた人に……いや、その身裡に潜む存在の方に向く。
その殺気を感じたか、体の影から、黒い何かがずるりと抜け出し、周囲の草むらをガサガサと揺らす。
それを追おうと、怒声を上げながら走りだそうとする悪鬼と狛犬の鼻先を、数条の矢が飛び抜けた。
「んな?」
「ッス?!」
矢の飛んできた方向を見た二人の目に、普段の明るく可憐な顔ではない、冷徹な狩人の表情を浮かべ、短弓を構えた白兎の姿があった。
「逃がさないよ」
白兎の愛用する小ぶりな弓は、大弓に比すと威力と射程は劣るが携帯性に優れ速射に長ける。そこから放たれた短めの矢が唸りを上げて、立て続けに草むらの中に打ち込まれる。
視界も通っておらず、挙句、相手は地を素早く這う生き物だが、彼女の鋭敏な耳から逃れる術はない、その矢は子蜘蛛を的確に捉えていき、濁った絶鳴がそこかしこで上がる。
「終わり」
「相変わらずすげーな」
悪鬼が手近な矢を持ち上げると、そこに綺麗に頭部を貫かれた髑髏蜘蛛がぶら下がっていた。
「見事な速射の技ですわね」
そう呟きながら、白兎の仕留めた髑髏蜘蛛と倒れ伏したまま動かなくなった襲撃者の人数が一致する事を確認した天狗が、視線を周囲に転じた。
「正面切って私たちにぶつけられる戦力ではないけど、不意打ちで一撃加える為だけの捨て駒として考えれば、ある意味理想的ではありますわね……」
式姫に対抗しうる程に強大な妖の気はそうそう隠せる物ではなく、伏兵に使うのは難しい。
この敵配置は、相手が、術や妖の特性まで熟知した存在である、一つの証左。
そこまで考えた、天狗の顔が強張った。
この状況は、まずい。
主の周囲に集まって治療を施している式姫たちの一団から悲痛な声が上がる。
「駄目!血が止まんない!どうしてよ……」
「頑張んなさいよ!ちょっと!」
吉祥天とおゆきが、傷を癒す慈愛の光の術を何度か用いているが、どうも状況は思わしくないようだ。
そこから一歩引いた所で、鞍馬は主から抜かれた矢の一筋を懐紙で包んで眼前に翳していた。
「出血が止まらないのはこれだな、傷口を腐らせる毒が塗られていたようだ……当たり所も悪い、傷の治療は頭と胴体を優先しよう、手足は後回しだ」
「……それしか無いね」
短くそう返答した吉祥天が、再び主に慈愛の光を注ぎ始める。それを見てから、鞍馬は傍らの烏天狗に目を転じた。
「君は少し上空に上がって周囲の動きを警戒してくれ」
「了解」
彼女に似合わぬ、重く短い返答を残し、羽ばたいた体が空に舞う。
それを見上げ、ふぅ、と小さく息をついた鞍馬の傍らに、周囲を警戒しながら紅葉御前が駆け寄ってきた。
「大将の具合は?」
「良くないな、出血が止まらず、とても動かせる状態ではない。とりあえず治癒の術で状態を落ち着かせてから移動させる」
「そうかい」
返す紅葉の表情が硬い。
「敵が大将だけを狙い撃ちにしたってのは……偶然だと思うかい?」
「いや、偶然はあり得ないな」
軍師の即答を聞いた紅葉が鋭く舌打ちをする。
「虫の癖に、こっちの泣き所を、良く知ってやがる……」
「大方あちらの軍師の知恵ではあろうがね。式姫を阻む事など最初から考えず、潜伏にだけ向いた捨て駒で最大の戦果を狙い……そして相手は、それを成功させた」
つまり、それは。
「鞍馬、やばいよ!妖の一群っぽいのが、こっちに迫ってきてる、結構な数だよ!」
「後方は骸骨兵団が三の丸外周部まで展開、堀と櫓に拠って隙のない陣を敷いてますわ!」
烏天狗の声に、こちらも偵察に上空に上がっていた天狗からの声が重なる。
「退路を断ち、そして我らを動けなくした上で、待機していた妖がこちらを襲撃する、か」
髑髏蜘蛛の配下は、恐らく我らが逃走に使える道全てに配置されていたのだろう。
そして子蜘蛛の動きや状態は親蜘蛛が逐一察知できる、その情報を以て待機していた妖が我らを襲撃する。
主を不意打ちの一撃で殺せれば最上、毒矢で怪我を負わせれば足止めになる、最悪逃がしたとて、我らがどの道を通って逃走中かは把握できる。後は、逃走する我らを襲えば良いし、その際の戦場を設定する自由は相手の手中となる。
広く網を張りつつ、選択肢を広く持ち、効率的に戦力を集中できる包囲網。
「まさに蜘蛛の網だな……烏天狗君、会敵までどの程度余裕がありそうだ?」
「余裕なんて無いよ! もう地上からでも見えるでしょ!」
「烏天狗殿の言う通り、それ、あちらに砂塵が見えるわ」
迎え撃とうと槍を構えながら、仙狸が忌々しそうに呻る。
「小物が多そうではありますけど、二百は下りませんわ」
上空から鞍馬の傍らに降りてきた天狗の声にも焦りが滲む。
「この間、堅城から出撃してきて私らを追っかけてきた連中が十体ちょいだったのから見ると、骨じゃない連中も随分と増えやがったね」
どこから湧いて出たやら。 とぼやく紅葉に、仙狸が渋い顔を向けた。
「小物が多そうという事は、大方脅し上げたり、わっちらを食う機会があるなどと唆して、近在の小妖を糾合しよったのだろうよ」
「それなら、統率してるアタマ潰せば逃げ出すか……とはいえねぇ」
紅葉御前が斧の柄を握りなおしながら、忌々しそうに迫る敵軍を見やる。
さしもの彼女たちにしても、一度に相手するには数が多すぎる。
その上、退路を断たれ、主が動かせない状態では。
「展開が早いな、足止めから間髪入れずに動いたか」
敵ながら見事な手配と指揮だ……忌々しい。
「おゆき君、主君の容体は?何とか動かせないか?」
「解毒と止血はなんとかなったけど、まだ動かそうなんて無理よ!」
次出血したら、恐らく……。
「……そうか」
彼を動かせさえすれば、何とか逃げるか、突破する算段も立つが。
「軍師殿、最悪の選択ではあるが、ここで迎撃するしかあるまいよ」
「仙狸君の言うとおりだな、紅葉御前、前列を頼む、ただしこちらから仕掛けるのではなく、相手の攻撃を防ぐことを主眼に、時間を稼いでくれ」
軍師の指示を聞いた紅葉が、今にも駆けだしそうな顔で敵を睨む悪鬼と狛犬をちらりと見てから、小さくため息をついた。
「どう考えても、それが得意なメンツは一人も居ない前列だけどねぇ……まぁいいや、やるだけやってみるよ」
若干の距離を置き、妖達が足を止めた。
式姫たちの鋭い目なら、相手の表情が何とか判別できそうな程度の距離を置いて、両軍が対峙する形。
「数を頼みに、一息に掛かってくるかと思うたが……む?」
不審そうに相手の陣中を睨んでいた仙狸だけではない、相手がぎこちなく手にし出した物を見て取った式姫たちの間から、低い呻きや怒声が上がる。
「らしくもねぇ、それが得手でも無い連中まで使って弓矢の応酬で戦を始めるなんぞ、人間の戦の真似事かい」
「確かにこれは人の知恵じゃろうな、とはいえ、能動的に動けぬわっちらを削るには有効じゃ、あの骨共もそうじゃが、これを見る限り、相手方のかなり上の方で知恵を付けておる人間がいるのは間違いなさそうじゃな」
組織だった動きをする妖の一群となると、自分たち式姫の集団に匹敵、あるいは凌駕する戦闘集団となりかねない。
仙狸の言葉に頷いた鞍馬が羽扇で口元を隠しながら呟いた。
「それは確かに脅威だが、妖の本然と人の知恵や考え方はやはり相容れない、その乖離に付け込む手もあろうが」
ふ、とため息を吐きながら、敵を見やった。
「何にせよ、今はここを切り抜ける必要があるな」
弓や石を手にした妖がぎこちなく列を作り、統制の取れていない様子で、てんでばらばらに矢を放ち、石を投げつけだす。
技術も何もない物だが、それでも妖の力で放たれた矢や礫の威力は人のそれを凌駕する。
飛来するそれを睨んだ鞍馬が羽扇を構えた。
「風を起こせ!」
鞍馬が短く呪を唱えながら、手にした羽扇を鋭く打ち振った。
その傍らで、天狗と烏天狗も鞍馬に倣い風を放つ。
三人の天狗が巻き起こした颶風が、飛来する矢や石を押し戻す。
「そんなへろへろ矢、全部跳ね返して……っ?!」
敵陣に哄笑を放とうとした天狗の笑い声が、驚愕に止まる。
「な、何よあれ?!」
「いかん!皆よけろ!」
三人の天狗が放った暴風をすら貫き、何かが凄まじい速度で飛来し大地を抉った。
轟音と共に土埃が上がり、砂礫が周囲に飛び散る。
最前まで平坦だった道が浅くだがすり鉢状になっている、その中央に突き立つ丸太の如き矢を見て、仙狸が絶句した。
「何じゃこれは、奴ら城攻めの道具でも持ち出してきよったか」
さしも彼女たち式姫であっても、こんな代物の直撃を受けてはひとたまりもない。
「そうじゃないみたいだよ」
何やら罵る仙狸の隣で、紅葉がまじろぎもせず敵陣を睨み据える。
その視線の先で、小妖の一団を割るように巨体がぬぅと姿を現す。
「ふん、久しぶりじゃで腕が鈍っておるな……まぁ良しとするか」
その姿を見た天狗が覚えず絶句した。
「まさか」
「久しいのう、天狗の娘」
会いたかったぞ。
「てめぇ、赤入道!」
「生きてたッスか?!」
悪鬼と狛犬の声に、巨大な顔の中央でぎょろりと不気味に光る単眼が、憎悪と喜悦を滲ませて式姫の一団を睨む。
「そうそう簡単に儂らは滅びぬわ、だが貴様らより受けた傷と敗北の痛みは忘れておらぬ。輪入道殿に頂いたこの好機、逃しはせぬ」
若木を一本丸ごと弓に削ったかのような、無骨で巨大な弓を構え、赤入道は天狗の方を睨み据えた。
「それはそうと、小娘、先程の風、あの惨めな代物は一体何だ?」
声も無くこちらを睨む天狗の姿を心地よさそうに見ながら、赤入道は言葉を続けた。
「そこらの有象無象は騙せようが、儂は知っておるぞ、貴様があの男と共に儂に向かってきた折には、あれ以上の暴風を一人で巻き起こしたではないか。それが三人がかりであの程度……つまり」
言葉を切った赤入道がニタリと笑う。
「貴様らの主の命、もはや旦夕に迫っておるな」
それとも、もう、死んだか。
ゆっくりと、毒を傷口に擦り込むような言葉に、天狗の秀麗な顔がゆがむ。
「……く」
「まぁ良いわ、最前の一撃で貴様らの主の居場所は大体読めた、そこにあるのが死体だろうが半死人だろうが、我が恨みの一念込めたこの一矢を叩き込んでくれる、そのそよ風で防げるものなら防いでみよ!」
者ども、儂に続き弓引けい!
野太い咆哮の如き声と共に、その弓に相応しい巨大な矢を、絡新婦(じょろうぐも)の作り出した妖気に満ちた丈夫な糸を幾重にも撚った弦に番え、赤入道が弓を引き始める。
単眼を細め、狙いを定める、その袖を強い風がはためかせた。
強い追い風を背に感じ、赤入道が地鳴りのような高笑いを上げた。
「天にも見放されたようだな、主とともにここで滅ぶが天意のようじゃぞ、式姫共」
無数の矢羽根の唸りが、ごう、と空を満たした。
■入道s
左:赤入道 右:輪入道
入道繋がりで知り合いだったら嬉しいなぁという絵です……暑苦しい。
ついでに言うと、これ描いてたので小説の方のアップが遅れてました、本末転倒も良い所だ。
赤入道君、こんななりでビジュアル的には棍棒持って登場ですが、ユニットの種類としては
弓使い扱いという面白い存在だったので、弊小説ではこんな形で登場して頂きました。
特定の場所で討伐繰り返してると登場するレイドボスで、割と庭をやってた人からは親しまれた存在でした、愛称は「村長」。
説明 | ||
「堅城攻略戦」でタグを付けていきますので、今後シリーズの過去作に関してはタグにて辿って下さい 赤入道君、本来でしたら前の作品で登場予定だったのですが、そちらを再構成中なので、こちらで先に登場となってしまいました……ごめんて |
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コメント | ||
OPAMさん ありがとうございます、入道s、悪そうに描こうかと思ったんですが、何かそれも違うなぁと思い、面白いおっさん二人みたいな感じにしましたw ゲームのシステムを小説の中に生かしたいというのは常々ありますね、その辺は多分ベニー松山氏のウィザードリィ小説の影響が強い気がします……(野良) 入道sのイラスト、味があって良いですね。本編が大変な状況すぎて、そこで「次回へ続く」なのか・・・と読み終えたところでの入道sの落差にやられました。元ネタのゲームの設定や特徴を生かすところに元の作品への愛を感じます。(OPAM) |
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