フォーリンスター・チルドレン09
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 ちいさな崖の下に三人は来ていた。

 その崖の上は浦沢の言ったとおり視界を遮るものがなく、星がよく見えそうだ。そしてのぶくんは、やはりそこに居た。

 

 月明かりを受けるのぶくんを、アオイは見上げる。

 

 ちいさな女の子たちは「パパが居たころはパパともプラネタリウムに行った」と言った。

 

 のぶくんの両親は、2年ほど前に離婚した。

 家庭の事情というヤツで、踏み入れることの出来ない領域で、母親に引き取られたのぶくんは、仕事に追われる母親をいつも待ち焦がれていただろう。

 暗い部屋に、一人残されることもあっただろう。

 辛い時に、一人ですごさなければならなかったこともあっただろう。

「プラネタリウムはね、ママが迎えにきてくれるんだって」

「だからのぶくん、プラネタリウムが好きなんだって」

 みっちゃんが言って、ちぃちゃんが後を継いだ。幼いなりにのぶくんの様子を見て、感じるものがあったのだろうか?その声は、ごくごく静かだ。

 

 アオイはちいさな崖を上る。

 

 子供には辛い崖も、大人で、なおかつ体力に自信のあるアオイには、それほど苦にならない。

 からからと小さく小石の崩れる音に、のぶくんは見上げていた視線を落とし。

「帰ろっか、ね?」

 努めて優しく、アオイは声をかけた。

 のぶくんはぷいっと視線をそらし、また空に向ける。

 

 高い高い星空。

 

「ママを待ってるの?」

 アオイの問いかけに、のぶくんはどきりとした。

 そう、のぶくんはママを待っている。

 

 小さい時。

今よりもっと小さい時。

 のぶくんは家族でプラネタリウムに行った。

 

 プラネタリウムは、のぶくんの家族の定番だったのだ。

 

 パパがいなくなったあの日。

 あの日も、プラネタリウムに行っていた。

 

 九十分の上映時間。

 のぶくんを置いて、迎えに来るからと言って、パパとママはどこかに行ってしまった。プラネタリウムの上映開始と共に、別の場所に行ってしまった。

 

 上映終了時、迎えに来たのはママだけだった。

 それからは、パパは家に帰らない。

 

 子供心に家族が壊れたのはなんとなく分かったし、パパが帰らないことには、もうなれた。

 

 だけど、のぶくんは一人になるたび、プラネタリウムのことを思い出す。

 迎えに来てくれるママのことを思い出す。

 

 一人になってしまうのが怖いから、迎えに来てくれるのを思い出す。

 

 夜空があるなら、プラネタリウムがあるなら、ママは迎えに来てくれる。

 

 アオイはそっと手を差し伸べた。

「帰ろ。ママはね、待ってるんだよ、のぶくんを」

 優しくアオイは語りかけた。

 一人になった子供の心を、アオイはよく知っている。だから、優しくアオイは語りかけた。

 アオイの一人娘、サエも、小さい時は一人で過ごす日々が多く、じっと耐えていた。父親は単身赴任で、アオイもまた仕事をしているから、サエは一人で過ごすことが多かった。

 

 だからこそアオイには、のぶくんのことが、よくわかった。

「ね?」

 優しい手が、すぐそこにある。

 視線をおろせば仲のよい友達も居る。

「…ママ、待ってるの?」

 のぶくんの頬は、涙の乾いたあとがあった。

 きっと、ずっと待っていたのだ。

 長い時間を待っていたのだ。

 二時間か、三時間か。

 時間にすればそのくらいだったはずだけれど、のぶくんにはもっともっと長く感じたはずだ。

「そう。ママ、待ってるの」

 笑んで、アオイは頷いた。

「わかった」

 のぶくんもまた頷き、そして立ち上がる。

 

 その時……

 疲弊した子供は崖上で足を滑らせ……

 

 小さな体が崖下に落ちていく。

 アオイはすばやく手を伸ばすが間に合わず……。

 

 茂みの中から、何かが飛び出した。

 

説明
タイムトラベルSF小説

ノーテンキなママの第二話




今回も12分割だと思います(10/12)
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