「テラス・コード」 第十一話
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第十一話 ミナカヌシ

 

 

 

 

 頭が回転し始めるまでに、少し時間がかかった。

 数秒後、ようやく動き始めたあたしは、ぽつり、と呟いた。

 

「……破壊?」

 

 この人は――ミナカヌシは、自分を破壊しろ、と言わなかったか?

 

「貴方タチはワタシ達の選別を放棄したのデショウ? では、ワタシは貴方の敵デス」

 

「……?」

 

 いったいこの人は何を言っているんだろう?

 

「タカマハラはワタシ、ワタシはタカマハラそのもの。タカマハラを破壊するにはワタシを破壊するしかありマセン」

 

 理解不能。

 あたしはカノに回答を求めた。

 少し下がったところにいたカノは、険しい表情で真っ直ぐにナミを見つめていた。

 その瞳に映る感情は、あたしには分からない。あたしよりずっと先を見通す能力を持ったカノが、いったいどれほどの葛藤を経てここに立っているのかを理解する事なんて、不可能だから。

 カノは隣に立ったツヌミに向かって、静かに尋ねた。

 

「ツヌミ、貴方は『ミナカヌシの頭脳』と言いましたね」

 

「……はい」

 

「だとすれば、情報生命体タカミがタカマハラのシステム全体の制御を行う媒体は、生体コンピューターですか?」

 

「……」

 

 ツヌミの沈黙をイエスの返答と受け取り、カノはもう一度ナミに向き直った。

 

「カノ、もう少し分かりやすく説明してくれる?」

 

「……ええ、いいでしょう。今、ようやくすべてが繋がったところです」

 

 寝癖のついたぼさぼさ頭を苛立ったようにかきながら、カノは何とも言えない表情であたしを見た。

 それは、悲哀と絶望と憤怒の入り混じった不思議な瞳。しかし、見ている者はその激しさに胸の内を抉られるような感覚に襲われる。

 

「貴方たち始祖は――進化の最初の礎になるつもりだったのですね」

 

「……カノ?」

 

 カノは、挑むようにナミを睨みつけた。

 その迫力に、背筋がざわりと騒いだ。

 

「あれだけ『選別』と『進化』を主張したのも、私達に気付かせるためですか? タカマハラの成り立ちについてあれだけの資料を残したのも、私のような知りたがりの研究者に始祖の存在を示唆するためですか? タカミが3体の電子頭脳を作ったのも? ナギがコードを埋め込む3人を『創った』のも? まさかその後ナギが街へ出たことすらも――?」

 

 これほどまでに声を荒げて追及するカノを見たのは初めてだった。

 静かな怒りが浸透する。

 ナミの返答はない。まるで、カノの怒りをすべて受け流すかのようにただ、そこに立つだけだった。

 

「何て事を……!」

 

 怒りで全身を震わせたカノが両の拳を握りしめた。

 

「テラス、ヨミ、ミコト。よく聞きなさい」

 

 ツヌミは青い顔で俯いた。

 

「このタカマハラが創られた本当の理由を」

 

「タカマハラが創られた理由?」

 

 首を傾げたあたしに、カノはゆっくりと諭すように言った。

 

「ええ。ナミの選民思想は間違いではありません。確かにここは未来の世界への適応を目的とし、『進化』を促す為に創られた施設です。しかし、その解釈は本来の目的とは少し違う」

 

「どういう事?」

 

「彼らはおそらく、最初から自分達が生き残るつもりなどなかったのですよ」

 

「――?!」

 

 あたしは思わず眉を寄せた。

 どういう事?

 研究者たちだけを生き残らせようと画策し、反抗したナギを死に追いやり、あたしたちをカグヤに封じ込めた張本人だというのに――

 

「ここは、『進化を促すために創られた』と言ったでしょう? 私達は始祖の意志によって進化を促されたのですよ。ナミの行動も言動も、すべてがこの進化への布石。まあ、必要以上にミコトを傷つけたことといい、ナギを殺してしまった事といい、ナミは少しやり過ぎたと言っていいでしょうが」

 

 カノの言葉の一言一言を噛み砕く。

 ゆっくりとでいい、理解しなくては。

 

「私が残された資料から始祖を見抜いた事、始祖の使いである『ヤタガラス』でありながら始祖タカミムスビを超えたツヌミ、そしてヒノヤギを倒したスサノオ、監視のムスヒを退けたツクヨミ。そして『導く者』アマテラス――始祖は原初から、そうなる事を待っていたのですね。100年以上前にこの場所を作り上げた時から」

 

「……?」

 

 カノの言葉は難しすぎる。

 

「貴方たちは、私達がコードを持つに相応しいか否かを試した。そしてそれは、成功したというわけです。私達はここに揃い、次世代への交代を望んでいる。まさに、貴方たちが望んだ通りというわけだ」

 

 やはり、ナミの表情は変わらなかった。

 それは肯定を意味しているのか、それとも否定を意味するのか。

 

「私達は始祖の遺伝子から生み出され、始祖に創られたこのタカマハラで育ち、最後は始祖の思惑で始祖を倒すのです。そして、始祖が望んだ進化の先にある新たな世界を構築しようとしている」

 

 

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 始祖が、あたしたちを生みだす為に『タカハマラ』が創られた?

 すべて、始祖に仕組まれていた?

 始祖を倒すところまで?

 ナギが死んだのも全部そのため?

 あたしはまた混乱してきた。

 

「私達は、こうやって新たなコードでもって太陽を取り戻すためだけに創られた命。100年以上前に放射能に包まれてしまった世界で、人類を存続させるための第一段階の生存者。それは、私達が進化の第二段階の礎(いしずえ)となる事を意味します」

 

 カノの言葉は震えていた。

 それが憤怒だけでなく、絶望と恐怖、そして一欠片の畏怖からくるものであるという事にあたしは気づいた。

 畏れている? カノが、始祖を?

 なぜ?

 彼らが、すべてを掌握していたから。カノでさえも読めなかった、未来の先の先まで、すべて始祖に定められたものだったから。

 それは、人類が太陽を取り戻す為の『進化』。

 あたしたちは、同じ人類である始祖に創りだされた、次世代の『人類』。

 放射能に犯された世界で生き残るために始祖が創りだしたシナリオが結実したのが、あたしたち。タカマハラを始祖から解放する事の出来る力を持つまでになった直子たち。

 あたしたちは、人類存続のために生み出されたのだ。

 カノやツヌミのように賢くないあたしに分かるのはこれくらいだった。

 だから、彼らがなぜあれほどまでに衝撃を受け、世界の終りのような顔をしているのかは分からない。

 しかし、その瞬間、あたしには唐突に理解できた。

 ミナカヌシが意味したところを。

 

「要するに、あたしたちにタカマハラを譲るという事ね」

 

「――要約すれば、そう言う事です。ただし、ここまでやってきた事すべてが彼らの計算であっという事実を除けば」

 

「じゃあ、ナミはあたしたちに協力してくれるの?」

 

「しないでしょうね。謀らずも私達は始祖を越えてしまった――ここからは私達、第2世代の仕事です」

 

 謀られた、という意味は分からなかったが、何をしてもナミが説得に応じない事は最初から分かっていた。

 だとすれば、あたしにとって何も変わらない。

 確かにカノの言うようにあたしたちが始祖の意のままに動いていたとしても、それが知れたからと言ってどうだというのだろう?

 

「カノ」

 

 あたしは、絶望の只中にいるカノを叱咤した。

 

「何を落ち込んでいるの? あたしたちのやる事は、何も変わらないでしょう? あたしたちの目的は全員で生き残る事よ」

 

 それだけは変わらない。

 ナミが何て言おうと、ミナカヌシがなんと言おうと、タカマハラの歴史がどうだろうと、あたしたちが創られていようと、始祖の思惑通りだとしても。

 あたしがここにいて、『全員で生き残る』という目的を持ってこうして生きていることだけが真実。

 大切な事だけは絶対に見失っちゃいけない――これは、仲間を手にしたあたしが学んだ事。

 カノはあたしの言葉を聞き、大きく目を見開いた。

 隣で俯いていたツヌミも顔を上げた。

 

「負けないで、カノ。あなたの意志はそんな簡単に折れるものじゃないでしょう?」

 

 あの時、あたしたち全員の命を背負ってくれたカノが、こんな事で挫けるはずはない。

 ツヌミもそうだ。何もかもを失う事が分かっていてあたしたちに力を貸してくれた彼の心は、こんな事で折れたりしない。

 

「ナミ」

 

 あたしはもう一度ナミを睨みつけた。

 

「手を貸さないのなら、タカマハラの全権をあたしたちに渡しなさい。コードの継承はあたしたち自身の手でやるわ――あなたとミナカヌシを拘束します」

 

 

 

 あたしが宣言した途端、ずっと無表情だったナミがようやく笑った。

 恐ろしく整った笑みで。

 

「『導く者』アマテラス――それは間違っていなかったようだね、カノ。悦ばしい限りだろう?」

 

 ナミの声は悲哀に満ちていた。

 あれほど自信にあふれていた声が嘘のようだった。

 

「カノ、君がいるならこの先は大丈夫だろう。おそらく君にはすべて分かったと思うが……タカマハラ計画のすべては、ヤマトの最奥にすべて置いてある。好きに見るといい」

 

「……ナミ。本当に貴方は」

 

「ヒノヤギ」

 

 ナミの鋭い声がカノの台詞を分断した。

 その瞬間にはっと全員が振り向いた。

 其処に立っていたのは、朱金の髪の青年。

 

「すべて、聞きましたね? 私は、計画の一部として君を利用しました。ナギに捨てられた君を拾ったのは、君に利用価値があったからです」

 

 ナミのボディガードとして、助手として働いていた彼は、今、あたしたちと共に真実を知った。

 知識の少ないあたしには分からない葛藤が、彼にとっても例外ではないのだろう。

 まるで、ナミの選民思想を知ったあの時のツヌミのように絶望した表情で佇んでいた。

 

「我を育てたのも、傍に置いたのもその目的のためだと仰いますか」

 

「そうだよ。絶望したかい?」

 

 ナミはからかうような口調で問う。

 

「……」

 

 ヒノヤギは答えなかった。

 だが、朱金の髪は血に染まり、その瞳は絶望を如実に表していた。

 動かない左手をだらりと体の横に下げ、動く右手には抜き身の刃を手にしていた。掌からはぽたりぽたりと血が滴り落ちていた。

 あれは、折れたヤツカの先だ。

 

「……ヒノヤギ」

 

 振り向いたミコトが闘気を向けようとしたが、ヒノヤギのあまりに悲壮な様相にそれ以上言葉をかけられなかったようだ。

 ぐっと黙り込んだ。

 その場に沈黙が降りる。

 破ったのはヒノヤギだった。

 

「最初から何もかもが創られていたと言うのか……我の存在も、コードを与えられぬ末路も」

 

 ふらり、と刃を手にしたヒノヤギがこちらに向かってくる。

 その瞳に映っているのはナミだった。

 ナギに捨てられた、と言ったヒノヤギ。ナミはそんなヒノヤギを必要なものとして、こうやって育ててきたんだろう。

 それなのに、ナミは『すべて計画のためだ』と言い切った。

 もしあたしがナギの口から直接そんな事を言われたら――?

 二度と立ち直れないかもしれない。心に深い傷を負って、今度こそ死んでしまうかもしれない。

 ああ、そうだ。ナミが計画のためだって言ったのなら、ナギだってあたしを育てたのもコードを植え付けたのも計画のためなのだ。

 胸がざくりと抉られる。

 カノに折れないでって言ったくせに、あたしは少し遅れてようやく真実の痛みに気付いている。

 なんて、遅いの。自分でも嫌になるくらい。

 

「我の与り知らぬうち、それもすべて終わったと言うのか……何もかも」

 

 ヒノヤギの刃を握る手に力が籠る。

 彼の心の痛みがあたしの中にも共鳴して、胸が痛い。

 

「そうだよ、ヒノヤギ。私が、憎いかい?」

 

「――憎い」

 

 ナミの笑顔とヒノヤギの絶望。

 相対する二人が向かい合って立った。

 刃を握る掌から雫が滴り落ちる。

 

「アマテラスよりも、スサノオよりも、ツクヨミよりも――」

 

 血走った朱金の瞳。

 しまった、と思った時には遅かった。

 

「殺したいほどに」

 

 ナミの笑顔。

 ヒノヤギが手にした刃が、ナミの胸を貫いていた。

 

 

 

 

 なぜだろう、その瞬間、ナミはひどく満足そうな顔をした気がした。

 

 

 

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 あたしは、考えるより先に動いていた。

 ヒルメを握りしめ、強く地を蹴る。

 その眼前でナミの胸から引き抜かれた刃が次の獲物を目指して空を切っていく。

 

「させない!」

 

 驚くほどに集中していたあたしは、寸分の狂いもなくヒノヤギの右手甲を射抜いた。

 きぃん、と金属音がして床にヤツカの先が転がった。

 

「貴様っ……!」

 

 手にしていた刃をとり落とし、両手をだらりと下げて憎悪の籠った目であたしを貫いた。

 

「テラス!」

 

 慌てたヨミがあたしの前に立ち、ミコトはヒノヤギを羽交い絞めにして拘束した。

 黒塗りのハクマユミが、あたしを留めるようにクロスした。

 

「ナミを殺してお前も死ぬ気か、ヒノヤギ!」

 

「放せ、スサノオ」

 

 抑揚のないヒノヤギの声が彼の本気を反映していた。

 その間にカノとツヌミがナミに駆け寄る。

 が、素人目にも明らかだ――あれは、致命傷。どくりどくりと脈に合わせて血を吐きだす傷は、明らかに動脈を傷つけている。彼がながらえる事は不可能だ。

 

「すぐに処置します」

 

 カノの切羽詰まった声がナミの傷の深刻さをあらわしていた。

 騒然となった空間に、天からの声が降ってくる。

 

「後はワタシだけデス。早くワタシも破壊するのデス」

 

「バカ野郎! 始祖かなんだか知らないが、少し黙れ!」

 

 ミコトが一喝した。

 びりびりと空気が震える。

 

「カノ、ナミを外へ! ツヌミ、ヒノヤギの怪我も頼む!」

 

 ミコトの指示ですぐに二人が動く。

 ヨミはくるりとハクマユミをおさめ、ミコトとアイコンタクトをとる。

 

「ハクマユミ、あと一回だけ……頑張ってくれないかな」

 

「開放系第2段階ならあと2度、可能です。後、強制シャットダウンします」

 

「ごめんね、ハクマユミ」

 

 ハクマユミが喋ったことにあたしは驚いた。これまではほとんど喋ろうとしなかったのに、ヨミとハクマユミの間に何かあったんだろうか?

 ハクマユミを翳したヨミは、銀色の瞳で周囲を見渡した。

 

「ミコト、下がって。ミナカヌシを炙あぶり出す」

 

「頼む、ヨミ」

 

 ミコトはあたしの手を引いてその場に座らせた。床には多くの血の跡が残っている。その中には、ミコト自身のものもあるだろう。

 真っ暗な部屋の中には、ハクマユミを手にしたヨミだけがすっくと立つ。

 橙色の髪が風もないのにふわりと浮き、闇夜に導く淡い光を想起させた。

 

「じゃあ、行くよ」

 

 こつり、とハクマユミの柄に額を預け、ヨミは呟いた。

 そして、空を切る音がするほどハクマユミを振り回し、ヨミは声高らかに叫ぶ。

 

「開放系第2段階、雷(いかずち)……『建御雷神(たけみかずちのかみ)』!」

 

 刹那、部屋全体に電撃が走り、ぱっと部屋全体を照らし出した。

 雷の光に照らし出されたここは、真っ暗なドームだった。黒い素材でできた丸い天井に縦横無尽にコードが走っている。

 雷撃は一度のスパークに収まらず、壁の溝を走り、そのまま部屋全体を照らし出した。

 バチン、と大きな音と共に、何かが弾けた。

 部屋の中央でヨミががくりと膝をつく。

 

「ヨミ!」

 

 思わず駆け寄ったあたしは、ヨミの目の前に一本だけ、あの青い液体に満たされたガラスチューブが天井へと伸びているのを見た。

 はっとそれを見ると、そこに浮いているのは人間ではなかった。

 

「これが……ミナカヌシの本体だというのか?」

 

 ごぼりごぼりと泡を立てる青い液体に浮いていたのは、半球状の物体。

 

「ツヌミが、ミナカヌシの頭脳と言ってたね」

 

「まさか本当に脳だなんて……!」

 

 そこには……人間の脳が浮いていた。

 蠢くコードが脳から何本も伸びている。

 

「人間の脳がどんな機械よりも優れているって、聞いたことあるけど……まさか、それを実践してるとは思わなかったよ。自らの脳神経を差し出すなんてね」

 

 ヨミの静かな声。

 

「その神経を使ってタカマハラの管理をしてたのがタカミ、化学生命体となって全体の監視をしていたのがムスヒ。そしてイザナギとイザナミは表立った支配で秩序の維持を……よく考えてみれば、すごいよね。僕ら、気づかぬうちにずっと始祖の手のうちにあったんだから」

 

「そうだな」

 

 ミコトも穏やかに同意した。

 

「異形(オズ)狩りを含め、街もすべて、タカマハラの息がかかった者たちが治めていたわけだからな」

 

「……そうね」

 

 ナギもカノも、ウズメでさえもここタカマハラで生まれ、街に出た。あたしも、ヨミもそうだった。

 異形狩りをしながらずっと恐れていたタカマハラは、遠い場所になどなかった。防御壁で覆われたこの街全体が人類存亡を賭けた一つの大きな組織であったのだ。しかも、100年以上に及ぶそれを指揮したのはたった5人の始祖。

 

「……少し昔話をしマショウか」

 

 ふいにミナカヌシの声がした。

 

 

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「ワタシたちがまだ、研究者と呼ばれてイタ頃の話デス」

 

 声は、部屋全体の空気を震わせていた。何処からとも知れない、男性とも女性ともつかぬ美しい

声――ああ、この声はヨミの持つハクマユミと同じ。

 トツカ風に言うならば、聖槍ハクマユミは始祖ミナカヌシモデルというわけだろう。

 

「ワタシたちにとって、太陽がアルのは当たり前デシた。ところが、突如ワタシたちを放射能が襲ったのデス。あれはまさに……地獄デシた」

 

 外に蔓延する放射能がなく、太陽が皆に等しく与えられていた時代を知り――そんなこと想像もつかないが――その後に訪れた地獄を見て、それでも生きる事を諦めなかった。

 

「ワタシたちは、地獄で生き延びるためにタカマハラを創りマシた。しかし、その時はまだ適わなかったのデス。コードはなく、国家は崩壊シ……頼れるモノはワタシたち自身だけ」

 

 感情の無い、パルスのような音声が過去を語る。

 一度カノに聞いた話だったけれど、始祖本人の口から語られる事になるとは思ってもみなかった。

 

「ワタシたちは考えマシた。人類は、進化するシカないのではないカ、と」

 

「僕の記憶が正しければさ、『進化』って言葉は人間が促すようなものじゃなかったと思うんだけど?」

 

 ヨミの言葉を聞いて、ミナカヌシは一度音声を止めた。

 しかし、幾許もなく空気が震える。

 

「例え太陽を忘れようトモ、遺伝子に何かを組み込んだとシテも、ワタシたちどころか次の世代を犠牲にシテまでも、人類の存続を願ったのデス」

 

「次の世代って、僕らの事?」

 

「ええ、そうデス」

 

「犠牲……犠牲、ね」

 

 ヨミは口元に怪しげな笑みを湛えた。

 完全に被ってたネコが一枚はがれおちちゃってるけど、それはいいんだろうか。

 

「それは、太陽を取り戻すって大仕事を僕たちに引き継ぐって意味でいいよね?」

 

 挑発的な口調で、笑みを口元に湛えていても、ヨミの銀の瞳は真剣だった。

 そう、これはこの先を決める大事な局面なのだ。

 

「そうデス。ツクヨミ、アナタは呑みこみが早いデスね」

 

「破壊しろ、って言ったのもそう言う事?」

 

「ええ、タカミが消滅した以上、ワタシがここにとどまる理由はありマセン。もし新たな体制を築きたケレば、ワタシを破壊して新しい機器を設置するシかないのデス。そうでなケレば、制御を失った生命維持装置はすぐ支障をきたシ、タカマハラは壊滅するデショウ」

 

 それを聞いて、ヨミは笑みを収めた。

 

「だからツヌミ、か――コードはカノに託し、僕らの事は、太陽を取り戻した街の象徴とするつもりだね?」

 

 ヨミはそこまでミナカヌシと会話を交わしてから、あたしとミコトの方に向き直った。

 

「だってさ。このミナカヌシを破壊して早く代わりを見つけないとタカマハラは崩壊する、って僕らは脅されているんだよ?」

 

「代わり?」

 

「ツヌミの事か?」

 

「そうだよ……って、ミコト! 君は僕と同じ教育課程を受けてるんだから、ちょっとは自分で考えてよ!」

 

「す、すまん……」

 

 ヨミの剣幕にミコトは困ったように頭をかいた。

 

「ツヌミがタカミを消滅させただろう? だから、タカマハラの制御システムが凍結しかけてるんだ。即刻ミナカヌシを取り払って、新たなシステムを構築しなくちゃ、水も、電気も、何もかもが停止する!」

 

「!」

 

 ようやくあたしとミコトが事態を理解した時、高らかにミナカヌシの声が響き渡った。

 

「ワタシを破壊しナサイ」

 

 

 あたしは、返答できなかった。

 破壊する? ミナカヌシを破壊する?

 破壊って、何?

 

「このチューブを割るだけでいいのデス」

 

「えっ、でも、それって……」

 

 破壊じゃなく、それは殺――

 あたしの心を読み取ったかのように、ヨミは悲しげに笑う。

 

「できない、って? 破壊しないと、街の人たち全員が死ぬと分かっていても?」

 

「!」

 

 ヨミの言葉は、あたしの中の何もかもをクリアにした。

 そう言う事だったんだ。

 カノが、ヨミが『始祖の思惑通り』って言ってたのはそのためだったんだ。

 この人は、始祖のトップであるミナカヌシは、最初から自分を殺させる気だったんだ。

 

「どうして……そんな事」

 

 思わず声が震えた。

 このほんの少しの間に、喉の奥がからからに乾いていた。

 

「全部、全部、こうなるために……? ミナカヌシ、あなたは『生きたい』と思う事なんてないのっ?」

 

 自分を殺させるために100年以上の時をこの姿で過ごしてきたというの?

 でも、ナミは言っていた。

 

――私は、『生きたい』などと願った事はないよ?

 

 もしかすると、この人も同じなの? 生きたいなんて、願った事なかったって言うの?

 

「『生きたい』……『生きたい』デスか。懐かしい言葉デスね」

 

 ミナカヌシの声が無情に響く。

 

「ワタシはもう十分に生きマシた」

 

 体を失い、『人類の存続』という目的のためだけに100年以上もここに縛り付けられて。

 その言葉はとても重い。

 

「もし、ワタシの願いを聞いていただけるとシタら……もう疲れたのデスよ、ワタシは」

 

「……無理よ」

 

 無理だよ、そんな事言われたって、あたしには出来やしない。

 

「だってあたし、みんなで生き残るって決めたもの。みんな、って言ったからにはナミも、ヒノヤギも、ミナカヌシ、あなたも……全員なのよ。誰も死なせないって、そう言ったのに、ここであなたを破壊なんて出来ないっ!」

 

「ワタシの願いだとしても?」

 

「……それでも」

 

「ソノ行動一つにタカマハラ全員の命がかかっているとシテも?」

 

 あたしは口を噤んだ。

 ここでミナカヌシを破壊しないと、すぐにタカマハラのシステムがダウンする。

 

 

――なんて、残酷な選択肢。

 

 

「……他に方法はないの?」

 

「ワタシはタカマハラであり、タカマハラはワタシ。タカミがいなくなった今、ワタシをタカマハラから切り離さない限りシステムダウンは避けられマセン」

 

「どうしても?」

 

 必死で食い下がるあたしの問いに答えたのは、ヨミだった。

 

「……おそらく、無理だよ。カノもきっと分かってた。だから、僕らを残してナミとヒノヤギを連れ出したんだ。ツヌミもきっと、タカマハラのシステムを一人で管理するだけの覚悟があるんだ。全部分かってて、この場を僕ら3人に任せたんだ……!」

 

 ヨミの握りしめた拳が震えている。

 あたしって、やっぱりバカだな。

 理解するの遅くて、ショック受けるのも遅くて。ようやく事の重大性を理解して選択を迫られてうろたえて。

 もう、ほんとにバカ。

 

「……テラス」

 

 ミコトがあたしの名を呼んだだけで、涙が零れ落ちそうになる。

 どうしてもそうしなくちゃいけないの? 異形(オズ)を葬った時のように?

 相手が人間だったものだと分かっていて殺すの?

 でも、そうしないとみんなが危険なの。

 いつ間違えたの? どこまで戻ったら、あたしはこの選択をせずにすんだの?

 いくら問答しても、目の前にある選択肢は変わらない。そして、そのリミットが迫っているという事も分かっている。

 でも、嫌なんだ。

 本当に嫌なんだ。どうしても、どうしても……!

 

「アマテラス、返答をしてクダサイ」

 

 無情な声が響き渡る。

 ヨミはハクマユミを収めた。

 あんなにナミが怖くて仕方なかったのに、始祖の選民思想を知って怒ったのに、今さら始祖を前にして躊躇するなんておかしいって分かってる。

 でも、嫌なものは――

 

 

 

 嫌って言えたら、どんなによかっただろう。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい」

 

 あたしは、ヒルメを握りしめた。

 開放系第3段階で消費したヒルメのエネルギーは回復している。うまくいけば、もう一度くらいレベル2を解放できるかもしれない。

 

「ヒルメ、もう一回だけだいじょうぶ?」

 

「大丈夫。もう一度、第3段階を射出することは可能」

 

「……そう」

 

 あたしは、ヒルメを構えた。

 迷いは断ち切れていないけれど。

 

「ミナカヌシ」

 

 堪えていた涙が、とうとう頬を涙が伝った。

 

「あなたを、破壊します――」

 

 

説明
――生きなさい――

 それは、少女に残された唯一の言葉だった。
 太陽を忘れた街で一人生きる少女が、自らに刻まれたコードを知る。

 古事記をモチーフにした、ファンタジックSFです。



最終話→http://www.tinami.com/view/117082

第十話→http://www.tinami.com/view/117001

第一話から読む→http://www.tinami.com/view/111938




キャラ紹介→http://www.tinami.com/view/153554
いただきもの4コマ漫画→http://www.tinami.com/view/153551

※ イラストはすべて拓平さまからいただきました。

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