どっきりハンバーガー
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 学園祭の準備のために自主登校していた、夏休みのある日のこと。今日は朝から集まっていて、そろそろお昼なので解散しようかというちょうどそんなとき、((祥子|さちこ))さまが突然とんでもないことを切り出した。

「そういえば((祐巳|ゆみ))、私に嘘を教えてたわね」

「はあっ?」

 祐巳はまず自分の耳を疑った。聞き違えというのは良くあることだから。でも「うそ」と間違えるような単語はいくら探してもみつからない。

 そもそも祐巳が祥子さまに教えたことなんて全く見当がつかなかった。お姉さまに教えられたことなら沢山あるのだけれど、私が教えたことなんてあるだろうか。

 それにしても「嘘を教えた」とはいくらお姉さまの言葉とはいえ聞き捨てならない。何があったとしても祐巳がお姉さまにそんなことをするわけがないじゃないか。

「それはいったい何のことでしょうか」

 祥子さまを見ると、なぜだか楽しそうな顔をしている。妹を責めていじめるのがそんなに楽しいのだろうか。ひょっとすると薔薇さまになるとみんなサドになってしまうのかもしれない。前薔薇さまたちは例外なくそうだったし。

 だとすると祐巳も来年にはいじめっ子になってしまうのだろうか。自分が薔薇さまになるなんて、未だに実感がないのだけれど。

「分からない?」

 相変わらず祥子さまは口元に笑みをたたえている。その表情はなんとなく祥子さまを見る((蓉子|ようこ))さまを思い出させた。だとすれば、別にいじめているのではないのかもしれない。いじめているというよりは意地悪してる、というべきか。似たようなものかもしれないけど、それらは全く違うことのように思われた。

 そういえば最初の言葉も、他人を非難している時のような厳しい調子ではなかった気がする。

「それじゃあ教えてあげるわ。前にハンバーガーショップに入ったとき、買った商品は自分で席まで持っていくものだ、と言ってたわよね」

 ハンバーガーショップということは、バレンタインのあとのデートの時のことだ。確かにそんな話をした記憶はあるけれど、それがどうしたというのだろうか。

「ええ、そう言いましたけれど……?」

「でもハンバーガーショップでそんなことをする必要はないみたいよ。それどころか自分で後片付けをする必要もなかったわ」

「へっ?」

 祐巳は一瞬、祥子さまが何を言っているのか理解できなかった。ああいうお店はセルフサービスにすることによって価格を下げている、という話をどこかで聞いたことがある。少なくとも祐巳が行ったことのあるお店はみんなそうだった。

「それは……もしかしてお姉さまはレストランに行ってハンバーガーを召し上がられたのでは?」

「いいえ、普通のハンバーガーショップよ」

 ますます訳がわからない。ひょっとして店員さんが祥子さまのオーラに負けて席まで運んでしまったのではないだろうか。

「それじゃあこれから一緒に行ってみる?」

「えっ」

 祥子さまの意外な一言に祐巳は目を丸くした。

 嬉しそうに微笑む祥子さま。なるほど、今までのことはハンバーガーショップに誘うための前振りだった、ということか。

「あ、それじゃあみんなで一緒に行きましょう」

 そう言って((志摩子|しまこ))さんと((乃梨子|のりこ))ちゃんを見ると「せっかくだけど、用事もあるし」と断られた。そういえば今日は白薔薇姉妹が午後からお出かけするからって、朝から集まったんだった。

 それではと((令|れい))さまと((由乃|よしの))さんを見たが、こちらも「帰ればお昼が用意されてるし」とあまり乗り気ではなかった。確かに自宅がこんなに近いのに、わざわざ自分の小遣いを使ってお昼を食べに出かけるなんて、特別なことでもないかぎりはしないだろう。

「それに、ふたりっきりのお邪魔はしないわよ」

 由乃さんが祐巳の耳元でささやいた。((姉妹|スール))になって一年近くになるというのに未だに心配をかけてしまっている。相変わらず二人きりになることが特別だったりする進歩のない姉妹ですまない。

「ひょっとして祐巳も自宅でお昼を食べることにしてるの? だったら無理しなくてもいいのよ」

 祥子さまに言われて、お母さんが用意するであろうお昼ご飯を思い出した。

「あ。ちょっとうちに電話してきますね」

 ビスケット扉を開けると、公衆電話へと駆け出した。

「そんなに慌てなくてもいいのに」

 祥子さまのあきれたような声が聞こえたが、実は急がなくてはいけない理由があるのだ。なぜなら、うちのお母さんは帰りが遅くなることには何も言わないけれど、ご飯が無駄になったりするとおへそを曲げちゃうのだ。これは急いでお昼をキャンセルしなければいけない。

 公衆電話から家に電話をかけると((祐麒|ゆうき))がでた。

「お昼ごはん食べてから帰るって、お母さんに伝えてくれる?」

「いいけど、もう作っちゃってるみたいだよ」

「えーっ」

 どうしようか悩んでいると、祐麒が電話の向こうで笑っていた。

「じゃ、祐巳の分は俺が食べとくから」

 さすがは男の子。いくら似ていると言われても、祐巳ではこうはいかない。

 とにかくこれで心おきなく祥子さまとハンバーガーショップに行ける。祐麒にお礼を言うと、祐巳はお姉さまの元へ急いで帰った。

 

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 バスをいつものようにM駅で降りると、((祥子|さちこ))さまは駅には向かわずにいま来た道を引き返す形で歩き出した。

 一体どこへ行くんだろうと思ったが、話の流れからするとハンバーガーショップ以外には考えられなかった。いや、ひょっとすると祥子さまは否定したが本当はレストランなのかもしれない。

 レストランで祥子さまと一緒にお食事をする自分を想像して、はたと気が付いた。テーブルマナーには、はっきり言って自信がない。家庭科の時間に基本的なことは学んだとはいえ、実際にそれが活かされる状況になったことは今のところない。

 それに祥子さまが行くようなレストランではハンバーガーと一緒にナイフとフォークが付いてくるに違いない。そもそもハンバーガーをナイフとフォークで食べるなんて考えたこともなかった。サンドウィッチを食べるのですらあんなに苦戦したのだ。きっと祥子さまに恥をかかせてしまうに違いない。そんなことでお姉さまが怒ったりはしないだろうけど、自分がいたたまれない気分になるのは間違いない。

 残念だけどハンバーガーを食べるのは中止にしてもらおうと思った((祐巳|ゆみ))は、意を決して祥子さまに声をかけた。

「お姉さま、私やっぱり……」

 急に立ち止まった祥子さまにぶつかりそうになるのを、寸前でかわした。

「ここよ。――祐巳、どうかしたの?」

「いえ」

 断る前に着いてしまった。さすがにいまさら断るわけにはいかないだろう。ドキドキしながらお店を見ると、それはレストランではなく本当にハンバーガーショップに見えた。

「ここ、ですか」

「ええ」

 祥子さまに続いて中に入ると、お店の中を見渡した。そのお店はびっくりするくらい小さくて、駅の反対側にあるハンバーガーショップとはずいぶん対照的だった。

 メニューを見ると、見たことのないようなハンバーガーがいくつも並んでいた。中にはハンバーガーとは言えないようなものもある。気になったのでお値段を確認したが、ちょっと高めではあったものの確かに「普通のハンバーガー」の範疇ではあった。

 祐巳がどれにしようか迷っている間に、祥子さまはお店の名前のついたハンバーガーと、レモンティーを注文した。

「祐巳はどれにする?」

「お姉さまと同じものを」

「いいの?」

「だって、お店の名前がついてるってことは、それが一番の自信作だと思うから。あ、でも、飲み物はウーロン茶のアイスがいいです」

「そう」

 祥子さまは優しく微笑むと、祐巳の分の注文をしてくれた。もう少し何か食べたいかなと思っていたら、「もうすこし食べられるわよね」と言って祥子さまがポテトを頼んでくれた。

「出来上がりましたら席までお持ちいたしますので、しばらくお待ちください」

 おつりを手渡してから店員さんがそう言った。なるほど、本当に自分で席まで持っていく必要はないらしい。

 お店の一番奥のテーブルに座って改めてお姉さまの顔を見た。祥子さまがこういうお店を知っているなんて。まだまだ計り知れないところがあるらしい。

「私がこういうお店を知っていて、意外?」

 驚いて思わず変なポーズをとってしまった。さっきのポテトのことといい、いつの間にやらお姉さまもエスパーになっていたようだ。

 勢いよく首を縦に振ると、祥子さまは「実は」と言って種明かしを始めた。

「このまえ((蓉子|ようこ))さまと会ったときに、連れてきてもらったの」

 なんでもお祖母さまが亡くなったときのことについてお礼を言いたくて、先日蓉子さまに会ったのだという。その時にこのハンバーガーショップのチェーン店に入ったのだそうだ。

 ところが前に祐巳と入ったお店とは全然違っていて、驚いた祥子さまはあの時のことを蓉子さまに話したのだという。

「そうしたらお姉さま、今度は祐巳ちゃんを誘ってみたらって言うのよ。確かM駅の北側にもあるわよ、って」

 相変わらず蓉子さまはいたずらが好きなんだから、と笑っていたが、それを実行する祥子さまも祥子さまだ。

「だから、そのお財布しまってちょうだい。あなたにもお礼、まだだったでしょう」

「え、でも……」

 当時はお姉さまと喧嘩をしている真っ最中だったから。あの時はただお姉さまに謝りたかっただけなのだ。だからお礼だなんて言われても、正直言って困ってしまう。

「それに、たまにはお姉さまらしいことをさせてよ、ね」

 ちょっと((拗|す))ねた祥子さまは、とても可愛らしかった。だから今日は、お姉さまに甘えてご馳走になることにした。

 

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 そんなお喋りをしているうちに、ハンバーガーが届けられた。ハンバーガーとポテトはプラスチックの篭に入っていて、アイスウーロン茶はガラスのコップに入っていた。紅茶も陶製のマグカップに入れられて、レモンが添えられて出てきた。ティーバッグも普段みかけるものとはちょっと違ってる。

 届けてくれた店員さんは「お帰りの際はトレーは置いたままでどうぞ」と言って去っていった。本当に最後までセルフサービスではないらしい。

 ここまでくるとハンバーガーショップというより、普通の喫茶店に似てるような気がした。そもそもお客さんが注文してから調理しているみたいだったから「ファストフード」ではないのかもしれない。

「それでは、いただきましょうか」

 祥子さまと一緒に手をあわせてお祈りを捧げてから、ハンバーガーを手に取った。思っていたよりも、ちょっと大きい。ハンバーガーの間のソースが包み紙に溢れていて、食べるときにこれが頬に付いてしまいそうである。そんなことを考えながら、さあいよいよ食べようとしたその時に、目の前で信じられない光景が繰り広げられていた。

「どうしたの?」

 祥子さまがちょっと不快そうな、ちょっと困ったような表情を見せていた。

 驚いたような顔をしたのは失礼だったかもしれない、と思った。でも、しかし、これを見て驚かずに一体何に驚けばいいのだろう。だって、あの祥子さまがハンバーガーにそのままかじりついているんだから。まったく今日のお姉さまには驚かされてばかりいる。

「ひょっとして、食べ方が間違っているのかしら? こうやって食べるのって初めてだから」

「間違ってません、けど」

「じゃあどうしてじっと見てるの」

「えっと……」

 うまくはぐらかす方法も思いつかなかったので正直に答えると「別に驚かそうと思った訳じゃないんだけど」と言いながら、蓉子さまと会ったときの話の続きをし始めた。

 なんでも、ハンバーガーをちぎりながら食べているのを見て蓉子さまは「その食べ方じゃだめよ」と言ったのだそうだ。曰く「ハンバーガーっていうのは、まるごとかじったときに美味しく感じる比率でパンを切ってあるのよ。せっかく工夫が台無しじゃない」とのことである。そんなことはもちろん祐巳も知らなかった。さすがは蓉子さま、博学である。

「へえ、そうだったんですか」

「たまたま何かの本で読んだのだそうよ。それでもちぎって食べてたら、なんて言ったと思う? 『あなただって、おにぎりをちぎって食べたりはしないでしょう? ハンバーガーなんておにぎりみたいなものじゃない』ですって」

 ハンバーガーをおにぎり扱いするとは、蓉子さまもなかなか凄い。確かにパンも主食だし、間に具が入っている所も同じ、ではあるけれど。

「――きっと蓉子さまは、ご自分が食べてらしたものがお米でできたハンバーガーだからそんなことを言ったのよ」

 そういえばメニューの中にはそんなものもあった。もっともあれをハンバーガーと言っていいものかどうかは怪しいけれど。

「それでちぎらずに食べる事にしたんですか」

 祐巳の問いに祥子さまは首を振った。

「その時は全部つまんで食べてたわ。でもここのハンバーガーってソースが多いから、ちぎって食べるのは大変だったのよ」

 だからこれを機会におにぎりだと思ってかじりつくことにしたのだそうだ。それに祐巳と一緒なら、間違った食べ方をしてたらそっと教えてくれるでしょう、だなんて。

 祐巳はうれしさと一緒にハンバーガーをかみしめた。

 トマトソースたっぷりのハンバーガーは、包みからソースをこぼしてしまいそうでちょっと食べにくかったけれど、とても美味しかった。

 食べてから分かったんだけど、このハンバーガーにはお約束であるはずのピクルスが入っていなかった。これも祥子さまがかじりつく気になった理由のひとつかもしれない。苦手なものが入っているかもしれないのに、それにかじりつくのはとても勇気のいることだ。かといって食べる前に取り除くなんてことも出来ないし。

 障害がないことが分かっているからこそ、今まで出来なかったことに挑戦する気になったのかもしれない。男の人のことだって、障害がないことが分かればきっと克服してしまうだろう。

 ハンバーガーにかじりつく祥子さまを見ると、そんな風に思えた。

 

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「((妹|プティスール))のことなんだけど……」

 祥子さまが不意に話しかけてきた。「妹」という言葉を聞くと、ついに来るべきときが来たような気がして、ごくりと唾を飲み込んだ。

 ((紅薔薇のつぼみ|ロサキネンシス・アンブゥトン))と呼ばれる身としては、そろそろ妹を作るべきなのではないかとぼんやりと考えることはあった。でもそれはまだ、ずっと先のことだと思っていた――お姉さまの言葉を聞くまでは。

 ((紅薔薇さま|ロサキネンシス))である祥子さまは、山百合会を盤石なものにするためにもつぼみには早く妹を作って欲しかったに違いない。今までは祐巳の自主性にまかせていたが、全く行動を起こさない妹を見かねて、ついに直接命じるつもりになったのだろう。

 お姉さまの命令は絶対だ。「妹を作りなさい」と言われたなら、祐巳は即座に従うつもりだった。

 だが続く祥子さまの言葉は、祐巳の予想とは違っていた。

「怖がらなくてもいいわよ」

「怖がる、ですか」

 いまだ候補すらいない妹を怖いと思ったことはなかった。そもそも姿形も分からない人物を怖がるなんて出来るわけがない――いや、お化けなんかは姿形が分からないから怖いのか。それはそれとして、いくら抜けている祐巳でも自分が怖いと思うような人を妹にすることはないだろう。

 ひょっとすると妹というのは本当は怖い存在なのだろうか。祥子さまも本当は私のことを怖がっているのかもしれない。

「お姉さまは私のことが怖いんですか」

「そういうことじゃないわよ」

 くすくすと笑う祥子さま。

「いったい何が怖いんですか」

「そう。やっぱりあなたには無用の心配だったのね。……私は少し、怖かったのよ」

 今度は何が怖いかを聞かなかった。祐巳にも思い当たることがあったから。

 祥子さまはレモンティーで口を湿らすと、何かを探すように少し遠くを見つめた。

「思えば志摩子を妹にしようとしたのも、それまでの関係を維持しようとしたからかもしれないわ。でもそんな理由で妹にしようとしたって、うまくいかないのよ」

 その頃の志摩子さんは、誰の妹でもなかったけれど薔薇の館へ来ていたから。祥子さまが妹にすれば、薔薇の館の構成メンバーは変わらないはずだった。

 しかし志摩子さんは祥子さまの申し出を断って、聖さまの妹になって。

「そこへあなたが現れて、妹になった。それからは私もまわりもどんどん変わっていって――」

「お嫌でしたか」

 そんなことはないと信じていたが、それでも聞かずにはいられなかった。祥子さまは小さく頭を振ると、目を細めて祐巳を見た。

「逆よ。祐巳が妹になってからは新しい発見が沢山あって、本当に楽しかったわ。だからもし妹を作ることを怖がっているのなら、そんな心配はしないで欲しかったの」

 妹を作るのが怖いと感じたことはなかったけど、このままの関係が変わらなければいいのにと思ったことがあるのも事実だった。だから祥子さまの心配は、当たらずとも遠からず。

「それにあなたがどんな妹を選ぶのか、そしてどうなっていくのか、気になるのよ。もっとも私はこんな風だから、あなたの妹に嫌われてしまうかもしれないけれど」

 祥子さまは笑っていたが、それを聞いた祐巳はちょっと不安な気持ちになった。祥子さまを嫌う人がいるなんて夢にも思わなかったけれど、乃梨子ちゃんだって最初は紅薔薇さまである祥子さまのことを良く思ってはいなかったみたいだし。

 自分の妹に限って祥子さまを嫌っているとは思えなかったが、確かにあり得ない話ではないだろう。

「でも、祥子さまを嫌う人を妹になんて……」

「妹を選ぶのはあなたなのだから。私のことは気にしないで、祐巳が一番大切に思える人を妹に選びなさい」

 祐巳は真剣にうなずいた。お姉さまがそう言うのなら、きっと間違いないだろう。

「たとえ何があっても、私はあなたのことを信じてるから」

 それはとても力強い言葉だったけれど、できればそんな「何か」は起こらないで欲しい、とも思った。

 

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 そんな話をしてるうちに、ハンバーガーは食べ終わってしまった。包み紙の中にはおいしいソースがまだたっぷりと残っている。もったいないのでペロリと舐めると、「祐巳」と呼ぶ声がひとつ。

 意地汚い妹でごめんなさい――そう思って祥子さまを見ると、鼻の頭に指をあてていた。

(祥子さま?)

 なんだろうと思い小首をかしげると、今度は頬と顎に指をあてる。

(ジェスチャーゲーム?)

 祥子さまがそんなことをするとは思えなかったが、今日のお姉さまはいつもとちょっと違う。だから全くありえないとは言えなかった。さすがにパントマイムを始めたりはしないだろうけれど。

 頭をひねっていると、祥子さまは立ち上がって祐巳に顔を近づけてきた。

(えっ?)

 美しいアップにみとれていると、お姉さまは祐巳の顎をそっと押さえる。

(まさか!?)

 このあとのことを想像してドキドキしながら目をつぶった。お姉さまが望むのなら、構わない――

「ふあっ」

 いきなり鼻の頭に何かを押しつけられた。見るとそれは祥子さまのハンカチだった。

「大人しくしててよ。ソースとってあげるから」

「じ、自分で拭きます」

 慌てて祥子さまのハンカチを奪うように取ると、そのままお手洗いへ駆け込んだ。

 鏡をみると、鼻や口元についたソースに負けないくらい、顔が真っ赤になっていた。

 私ったら、一体何を考えていたんだろう。

 顔を拭いて手を洗っているうちに、ようやく冷静になってきた。もしかすると、妹ができて自分たちが変わってしまわないうちに、祥子さまとの思い出が欲しい――そんな願望がよからぬ想像をさせてしまったのかもしれない。

 お手洗いから戻ってくると、祥子さまは「余ったソースはこうやって食べるのよ」とポテトをハンバーガーのソースにつけて見せた。

 なるほど、あのポテトはこのために注文したのか。

 ポテトをつまみながら、お姉さまとまだ見ぬ妹のことを考えた。

 妹ができると、何が変わるのだろう。

 今まで考えたことはなかったけれど、これからは少しずつ考えていこうと思った。

 例えば。

 自分がお姉さまと呼ばれる立場になったなら、今までのように甘えてばかりはいられなくなるかもしれない。さっき祥子さまは「嫌われてしまうかも」なんて言ってたけど、「おばあちゃん」の立場になったら、祐巳の妹を思いっ切り甘やかすのではなかろうか。

 それなら妹ができるまでのしばらく間は、このまま祥子さまに甘えていたい。

「お姉さま」

 ハンバーガーショップを出るとすぐに、祥子さまの腕にぎゅっとしがみついた。

 お店の外は暑かったけれど、お姉さまは腕を振りほどいたりはしなかった。だから今はまだこうしてていいんだと、しっかりと抱き締めた。

 

 

―了―

説明
『マリア様がみてる』の紅薔薇姉妹(祥子・祐巳)ネタです。
(ルビも付けました)
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マリア様がみてる マリみて 小笠原祥子 福沢祐巳 

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