ヤム
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 夜の8時を廻った頃。

 俺は自宅で一人、TVを見ていた。

 

 その時、携帯に電話がかかってくる。

 

「おう、ディー! ちょっと町のほう出て来ないか?」

 

 かけて来たのは高校の同級生にして、悪友の一人でもあるユウだった。

 ちなみにディーというのは俺のあだ名だ。

 

「ヒマだったらちょっとツルもうぜ。エスとケイも一緒にいるからさ」

 

 ユウの言う通り、期末も終わって今はヒマだった。

 俺はユウの提案に乗ることにした。

 

 

 

 

 俺が集合場所である路地裏に到着した時、ユウ達三人は何かを囲んでいたぶっていた。

 猫だか犬だか知らないが、弱いものイジメはあんまり好みじゃない。

 

「おい、おまえら何やってんだ! やめろよ!」

「あっ、ディー!」

 

 俺が一喝すると、ユウ達は驚いて対象から距離を取った。

 奴らが囲んでいたのは、謎の赤い物体だった。

 俺は近づいてみようとすると、赤い物体がぬるりと立ち上がる。

 

「私を助けようとしてくれたんですか。あなた、いい人ですね」

 

 赤い物体は、ニッコリと笑った。

 その笑顔はあまりにも邪気が無く、俺は少し寒気を覚えた。

 

 赤い物体は、細身の少女だった。

 ひらひらしたフリルとレースがふんだんに使われた真っ赤なドレス。

 同じく、頭のてっぺんに蝶々結びにされている大きな真っ赤なリボン。

 それらは人形が着るような、何とも現実味に欠けたファッションだ。

 嫌でも目立つその特異な格好の中で、不健康なほどに白い肌と、艶めく長い黒髪の存在が、逆に異彩を放っていた。

 

 少女は土をパンパン払うと、ぐるっと自分を囲むユウ達を見渡した。

 一人ずつ、顔を確認するかのように丁寧に。

 

 それが終わった後、少女は再び口を開いた。

 

「あなた達、悪い人ですね」

「なんだとぉっ!?」

「やめろって言ってるだろ!」

 

 悪人認定されていきり立つエスを、俺は身体を張って抑える。

 

「また今度、愛と正義を伝えに来ます。それまで待っていてくださいね」

 

 少女はペコリを頭を下げると、そのままテクテクと歩き去っていった。

 

 

 

「……なぁ、何アレ?」

 

 俺はユウ達に事の顛末を尋ねてみる。

 

「いや……ディーを待っていたら、あのガキが突然やってきて……。アイがどうの、セイギがどうのって、訳分からんことをぎゃあぎゃあ抜かすんで、

あんまりしつこいもんだから、ここはシメとくべきかなって……」

「でもあのガキ、いくら殴ろうが蹴ろうが、ケロっとして表情すら変えねぇでやんの。気味悪いったら無かったよ」

「まぁ何でもいいけど、弱いものイジメはやめろよ。先公やポリ公に見つかったりしたらコトだろ」

「そうだな。じゃあみんな揃ったし、どっか行くか」

 

 少女の話を切り上げ、俺達は夜の町を徘徊し始める。

 華やかな夜の町はいつも通りの輝きを放っていたが、どうしてもさっきの気味の悪い少女のことが頭から離れなかった俺は、心おきなく夜遊びを楽しむことはできなかった。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 あれから数日後。

 俺があの少女のことを忘れかけた頃。

 

 突然、ユウが高校を休んだ。

 奴はちょい悪のくせして皆勤賞を狙ってる変わり者で、風邪を引いてても無理して登校してくる性質だったんだが……。

 まぁ、たまにはそんなこともあるだろうと、その時の俺はそこまで気に留めなかった。

 

 だが更にその数日後、今度はエスが来なくなった。

 ちなみにユウも未だに顔を見せていない。

 仲間内の二人まで急に居なくなっては、

 流石に不安を感じてくる。

 

「見舞いに行ってやろうぜ。俺、あいつ等の住所しってるからさ」

 

 ケイがそう提案するので、俺達はユウとエスの見舞いに行くことにした。

 

 

 

 

 

 

 俺達はユウの家に行き、出迎えてくれたユウのオカンに無理を言って、ユウの部屋まで案内してもらった。

 

 暗い部屋の中にいたユウは、部屋の隅っこでブルブル震えていた。

 その身体には木刀、エアガン、フライパンなど、およそ武器に使えそうな物はなんでも括りつけられていた。

 

「お、おいユウ!」

 

 尋常ならざる様子のユウに、慌てて近づこうとする俺達だが……。

 

「く、来るなァっ!! 化け物、あっちに行けェっっっ!!! お、俺なんか食べても美味しくねぇぞォっっっ!!!」

 

 ユウは訳の分からないことを言いながら、手に持ったフライパンをぶんぶん振り、俺達を近づけまいとする。

 

「ちょ、どうしたんだよユウ!? 俺だよ、ディーだよ!!」

「出てけ、出てけ出てけ出てけェっっっ!!!」

「うわったっ!?」

 

 木製の椅子まで投げつけてきたので、俺達は慌てて部屋から逃げ去る。

 

「ごめんねぇ……優一ったら、この前から様子がおかしくて……」

「何かあったんですか?」

「それが、分からないの……」

 

 申し訳なさそうにそう言うユウのオカン。

 

「おい、ディー、今はユウはそっとしておこうぜ」

「……そうだな。じゃあ次はエスのとこに行くか」

 

 ユウが元に戻ることを祈りつつ、俺たちはエスの家に向かった。

 

 

 

 

 エスの家は一人暮らしのアパートだ。

 いくらチャイムを鳴らしてみても反応が無かったため、鍵が開いてることに気付いた俺達は中に踏み込むことにした。

 そうして発見したエスは、耳を塞いで布団の中に包まっていた。

 何事かをブツブツとつぶやいている。

 

「ご、ごめんなさい、ごめんなさいィ……」

「お、おいどうしたエス! しっかりしろ!」

「……ディー……それにケイ……」

 

 俺達の姿を認めると、少し安心したような顔をするエス。

 ユウと違って、ちゃんと話をすることが出来そうだ。

 ……などと思ったのも束の間、

 エスの表情はあっという間に青ざめ、俺達から距離をとる。

 

「おい、エス?」

「お、おまえらもか…………おまえらも、俺に謝れって…………!」

「なんだぁ? 何を言って……」

「わ、悪かった、この通りィっっっ!!」

 

 エスは震えながら、何度も頭を地面に打ち付ける。

 

「す、すまなかったァ、謝るから、許してくれェ、たのむゥ……。ゲーセンでディーの100円かすめとったのはァ、出来心だったんだよォ……!」

 

 そういや、ゲーセンで置いといた100円が消えて、コンティニューが間に合わなかった時があったような……。

 

「ごめんごめんごめん許してくれよォ!!」

 

 俺達の言葉が耳に入らないのか、何を言ってもただひたすら謝り続けるばかりのエス。

 

「……悪いエス、俺達もう帰るわ」

 

 気味が悪くなった俺達は、そう言ってそそくさとエスの家を後にする。

 玄関を出てからも、エスが謝る声は聞こえ続けていたが、俺もケイも聞こえないフリを決め込んだ。

 

 

 

 

 

 

「……なぁディー、どう思う?」

 

 何とも気まずい帰り道、ケイは不意にこんなことを聞いてくる。

 

「ユウとエスのことか?」

「あぁ。同じ時期にいっぺんにおかしくなるなんて、本当に偶然か?」

「偶然じゃなかったらなんだって言うんだよ」

「わかんねぇけど……」

 

 ケイは何か気になることでもあるようだった。

 ともあれ、互いの帰路が分かれる所まで来たので、

 俺とケイは別れてそれぞれの家に帰った。

 ……言い知れぬ不安をその胸に抱きながら。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 翌日、高校の昼休み。

 俺は内心で頭を抱えていた。

 とうとう、ケイまで様子がおかしくなったのだ。

 

 ただ、ケイの場合はちゃんと登校して来た上、会話もちゃんと通じていたのが他二人との大きな違いだろう。

 問題があるとすれば、会話の内容に全く現実味が無いということだろうか。

 

「お、俺……殺される……あん時のガキに……!」

「あん時のガキ?」

「忘れたのかよ!? あん時のガキったらあん時のガキだろ!!」

 

 ケイは興奮して机をバンと叩く。

 

「おい、落ち着いて話せよ。トンカツ食うか?」

「え……」

 

 俺が差し出したトンカツを見て、ケイがジュルリを涎を吸い込んだ。

 なんだ、腹減ってるのか?

 

 しかし、ケイはハッと我に帰ると、首をぶんぶん振る。

 

「……い、いや、いらねぇ! それより話の続きだ!」

 

 ケイが言うには、昨晩、あの時の赤い少女が現れ、訳の分からないことを言って帰っていったのだと言う。

 

「ユウやエスも、きっとあいつに追い詰められたんだ……間違いねぇよ!!」

「おい、待てよ。本当にその時のガキだとしても、所詮はただのガキなんだから別に大したことはできないだろ?」

「ふふふ、ふざけんなよ!? あいつがただのガキなもんか!!」

 

 ケイは再び机を叩く。

 

「あ、あいつはきっと魔界デビルの一種だ……。俺の魂を恐怖で染め上げて後で美味しく頂く気だ、間違いねぇ……」

 

 さっきからケイの話を聞いてやってるが……。

 言いたいことは分からなくもないが、現実味の無い突飛なことを並べ立てるばかりで、具体的な話が全く見えない。

 

「……ケイ、きっとお前の妄想か幻覚だよ。多分、良心の呵責があるんじゃないか? あのガキをボコったことに対して」

「ち、ち、ち、ちげーよ!! そんなワケあってたまるか!!」

 

 ケイは三度、机を叩こうとするが……。

 

「……そ、そうだ、イイこと思いついたぜ! ディー、今日からおまえん家に泊めてくれ!」

「……はぁ?」

「明日から連休だし、ちょうどいいだろ!? あのガキから逃げるにはそれがいい、いやそれしかねぇ!!」

「……………………」

 

 あまりにしつこいケイに、俺はちょっと呆れてきた。

 そんな俺を見て、ケイは両手を前に組んで懇願する。

 

「な、なぁ、頼むよディー……。俺一人の時にまたあのガキが来たら、俺、どうすればいいか……」

 

 ケイは、真剣に怯えていた。

 俺には理解できないモノに対して。

 

「……分かったよ、けど一度家に帰って荷物まとめてから来いよ」

「ほ、本当か!?」

 

 俺はまだ納得したわけでは無かったが、ケイが追い詰められてるのは間違いない。

 例えそれがケイの思い込みだったとしても、俺はケイの気の済むようにしてやろうと思った。

 

 

 

 

 

 

 放課後、俺はケイの家で荷物をまとめる手伝いをすると、ケイを連れて帰宅した。

 ついでに途中のスーパーで買出しをして、晩飯の準備も万端だ。

 

「どうしたケイ、食べないのか?」

「い、いや……その……」

 

 せっかく俺が自慢のシチューを振舞ってやってるというのに、ケイは目を泳がせて食べようともしない。

 

「なんだよ、ビビって食欲湧かねぇのか? 本当に例のガキが来るっていうなら、今の内に食って力つけとけよ」

「……じゃ、じゃあ、ちょっとだけ……」

 

 ゴクリを唾を飲み込んで、俺からシチューをよそった皿とスプーンを受け取る。

 そして雀の涙ほどのシチューをすくうと、震える手で恐る恐る口に運ぶが……。

 

「う…………うええええええええぇぇぇぇっっっ!!!」

「お、おい!? 大丈夫か!?」

 

 ケイは台所にダッシュすると、ゲホゲホとシチューを吐き出す。

 ……いや、吐き出した物のほとんどがケイの唾液だったが……。

 

「……わ、わりぃ、ディー……やっぱり今は食いたくねぇんだ……。せっかく作ってくれたのに、本当にすまねぇ……」

「あ、ああ……しょうがねぇよ、そういう時もあるって」

「すまねぇ……本当に……」

 

 本当に申し訳無さそうにそう言うケイ。

 俺は何とも言えない息詰まりを感じた。

 

 

 

 

 

 

「おいケイ、寝ないのか?」

「い、いや……もしあのガキがここまでやって来たらと思うと……」

 

 布団に入ってからも、ケイは目をギンギンに血走らせて臨戦態勢だった。

 既に時計の針は12時を回っている。

 

「……まぁいいけど、無理はすんなよ」

 

 付き合ってやりたいのは山々だったが、いい加減に眠かった俺は、先に寝ることにした。

 

 

『ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……』

 

 

(……なんだぁ?)

 

 うとうとしていた俺は、ケイが何かぶつぶつ言ってるのを聞いて目を覚ます。

 

『あの時、暴力ふるってごめんなさい、反省してます……』

 

(……懺悔でもしてんのか?)

 

 一瞬、本当に例の少女がやってきたのかと思ったが、そういうわけでも無いようだ。

 

「おいケイ……うるさくて寝れねぇよ」

「あ……悪い、ディー……」

「……ケイも早く寝ろよ」

「あ、あぁ……」

 

 ケイが黙ったので、俺は再び目を瞑る。

 しばらくすると、先ほどより音量を落としたケイの懺悔が聞こえてきたが、うんざりする気力も湧かなかった俺は、そのまま寝てしまった。

 

 

 

 

 

 

 結局、昨夜は何事も起きずに夜が明けた。

 

「あァ……美味そう……すげェいいニオイだよォ……。でも、ダメだダメだダメだ…………これを食ったりしたら…………」

 

 一睡もしてなかったらしく、目を充血させたケイは、

 俺の作ったベーコンエッグを前に何やら葛藤していた。

 

「ケイ、結局昨日は何も食ってないんだろ? だったら朝飯ぐらいはちゃんと食っておけよ」

「うぅ……すまん、やっぱやめとく……」

 

 ケイはそう言うと、寝室に向かう。

 

「悪い、俺ちょっと寝てくる……夜まで俺のことはほっといてくれ……」

 

 あまりにぶっきらぼうな物言いに俺がムッとする間もなく、ケイは部屋に篭ってしまった。

 

「……まぁいいか、今日バイトだし」

 

『ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……』

 

 俺が出かける準備を始めると、寝室から何かが聞こえてくる。

 ケイが何かぶつぶつ独り言を言っているのだ。

 

『あの時、暴力ふるってごめんなさい、反省してます……』

 

(また懺悔してんのか……よく飽きねぇな)

 

 ケイの様子は気になったが、俺はバイトに行くことにした。

 

 

 

 

 

 

 夜、バイトが終わって帰って来た俺の前に現れたのは、すっかりやつれ果てたケイの姿だった。

 結局、あれから何も食べていないし、寝てすらいないようだ。

 

「ケイ、ちょっとでいいから食えよ……。このままじゃ、身体壊しちまうぞ」

「い……いやだぁ…………食べたくない…………何にも…………」

 

 俺が鮭粥を作ってやってもこの有様だ。

 

「……ちっ、119だ!」

 

 救急車を呼ぶしかない。

 俺がそう確信できるほど、今のケイは衰弱していた。

 俺は備え付けの電話に手をかける。

 

 ……突然、手にした電話の電源が切れる。

 耳に当ててみてもプープーとすら鳴らない。

 いや、電話だけではない。

 TVからPC、照明に至るまで、完全に動作を停止したのだ。

 

「な、なんだぁ? 停電か?」

 

 俺はあわてて携帯を取り出すが……。

 何故か、電源が独立しているはずの携帯までもが動かない。

 

 

 ……その時。

 

 

 暗闇から、ゆらりと何かが現れる。

 

「こんばんは……二日ぶりですね」

「! おまえは!?」

 

 あの時、ケイ達がリンチした少女だった。

 少女の服装はあの時と寸分たがわず、真っ赤なドレスとリボンが闇に浮き上がっていた。

 

「おまえは、あの時の……」

「お約束した通り、再審判にやってきましたよ。家を変えたみたいだから、探し出すのにちょっと時間がかかってしまいましたが」

 

 少女は俺に目もくれず、うずくまるケイへと視線を注ぐ。

 ケイは身を隠そうとしていたが、それも無駄だと悟り、慌てて少女に向かって頭を下げる。

 

「お、おまえがしたいのはあの時の復讐だろ……? 謝るから、許してくれ……!」

「復讐? 違うわ、私は正義と愛を説きに来たの」

「い、意味わかんねぇよ……。路地裏でボコにした恨みでやってきたんじゃねぇのか……?」

「そう、私はアナタのところへやってきたのは、その時の件」

 

 少女はつかつかとケイの下へ歩み寄ると、少し残念そうな目でケイを見つめる。

 

「あんな風によってたかって無抵抗の人に暴力を振るうなんて……。残念だけど、正義の道から外れた行いと言わざるを得ないわ」

「あ、あれは……おまえが悪いんだろ!

『正義と愛のため、私に協力して』とかしつこかったから……!」

「え、何を言ってるの?」

 

 少女は、キョトンとした表情だった。

 

「私は正義と愛の使者。だから、私のお願いは聞いてくれて当然でしょう?」

「……………………」

 

 真顔でそう言い切る少女に対し、ケイは何も言い返すことが出来なかった。

 

「……わ、分かったからもう許してくれよぉ……こんだけ苦しめりゃ十分だろ……?」

「許すも何も、人をぶったら謝らなきゃいけない。当然のことでしょ?」

「いやだから謝ってるじゃねぇか……」

「ダメ」

 

 赤い少女は、痩せこけた身体で必死に許しを請うケイを、一言で切って捨てた。

 そして、両手を自身の眼前で組み、何事かをぶつぶつ述べ始める。

 

「アナタは私に、蹴り28回、平手4回、しめて32回暴力を振るいました。今、その数に見合っただけの数の懺悔を行ってください。そうすれば、アナタの罪は天に赦されるでしょう」

 

 言い終わると少女は両手をほどき、ケイに憐憫の瞳を向ける。

 

「……これが、二日前に貴方に下した宣告。にも関わらず、あなたは十分な懺悔を行わなかった」

「い……言われた通りに何度も何度も謝ったんだぜ……? 暴力ふるって悪かった……すまなかった……。ほ、ほら……これでいいだろ……?」

「ダメ」

 

 分かってないわね、と言いたげに少女は首を振る。

 

「百聞は一見にしかずってコトワザがあるわよね。それと同じで、百謝りは一暴力の価値しか無いと、私は思うの」

「な、なんだって……?」

「先ほども言ったように、アナタは私に32回もの暴力を振るいました。つまり、3200回謝ってもらわないと、釣り合わないってことになるわ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

「アナタ、178回謝ってくれたから、あと3022回だね」

 

 どこで見ていたというのか、どうやらケイが一人でぶつぶつ言っていた分もカウント済みのようだった。

 

「……ふ、ふざけんなぁッ!!」

「お、おい、やめろケイっ!!」

 

 とうとう我慢の限界に達した様子のケイは、俺の制止も聞かず、目を血走らせて少女にバットで殴りかかる。

 だが……。

 

「私……非暴力主義者だから反撃したりはしないけど……。でも、私に暴力を振るうって事は、罰が増えるってことだよ。分からないの?」

 

 少女は、金属バットのフルスイングを顔面に受けても、全く怯んでいなかった。

 

「ひ、ひいいぃぃぃっ!!!」

 

 ケイは半狂乱になってバットを振り回すが、少女は身体に当たるバットを全く意に介さず、そのままノシノシと歩んでくる。

 

「15……16……17回。懺悔ノルマ1700回追加になったわ。合わせて4722回だね」

「そ、そんなぁ……」

 

 ケイは恐怖と絶望のあまり手が震え、バットを落としてしまう。

 

「……4722回……もう5000回に近いのね……」

 

 少女はあごに手をあて、何事かを考え込む。

 

「あまりに罪が重いから、更に別の魔法を重ねるという選択肢もあるけど……」

「ゆ、許してくださいィィィ……!! ……俺、悔い改めてあなたを……正義を信じますからァァァ……!!!」

「なら、私の正義のための活動に協力してくれる?」

「は、はいィィィ!! この魔法を解いていただけるならなんでもしますゥゥゥ!!!」

「良かったぁ……この人にも私の愛と正義が伝わったみたい!」

 

 少女の顔がパァッと明るくなり、両手を組んで天を仰ぐ。

 神に感謝の意でも伝えているのだろうか。

 

「でも……」

「ヒィッ!!?」

 

 ぐるん、と少女は気味の悪い動きでケイに向き直った。

 

「懺悔ノルマ終わらなかったから、ダァメ。残念だけど、一生そのままでいてね」

 

 そう言うと、少女はポケットから取り出した飴玉をケイの口に押し込んだ。

 

「う…………ウワォァァゥゥワゥアアアワァァァェーーーッッッ!!!」

 

 ケイは、魂の底から搾り出されるような奇声をあげ、泡を噴いて気絶した。

 

 

 

 

「正義と愛のためとはいえ、ちょっと心苦しいわ……。……ん……?」

 

 少女はケイに制裁を終えると、ようやっと俺の存在に気付く。

 

「あら……あなた、あの時のいい人……」

「お、おまえ……一体何者なんだ!?」

「私……?」

 

 少女は不思議そうな顔で小首を傾げる。

 可愛らしいそのポーズも、この異常な状況の中では恐怖を煽るだけだ。

 

「私はヤム……魔法少女ヤム……。この世界に愛と正義を伝えるため、頑張ってるのよ」

 

少女……ヤムは、そう言って小首を傾げたまま、ニッコリと笑った。

 

「ま、魔法少女……」

 

 変な話だが、俺はそれを聞いて少しほっとしてしまった。

 正体が全く分からなかったこの不気味な少女が、TVや漫画でおなじみの魔法少女だと分かったからだ。

 

 魔法少女なんて実在するのか?

 なんて疑問は、この超常的な少女を前にしては湧きようがなかった。

 この少女の所業を目の当たりにした今ならば、ケイの言っていたことも納得できる。

 奴がおかしくなったのは、確かにこの少女が原因だったのだ。

 

 だが、ケイに何が起こったかまでは理解できたわけではない。

 俺は思い切って少女に尋ねてみることにした。

 

「ヤムって言ったな……おまえ、こいつに何をしたんだ!?」

「別に大したことじゃないわ……。この人の口にするモノ全てが腐敗した味になるよう魔法をかけただけ……」

「口にする物全て……お、おい、それって食事ができないってことか!?」

「ううん、別に食事はしようと思えばできるわよ。腐った味に感じてしまうだけで、匂いとか栄養は全部そのままだもの。ただ、何を食べても美味しくないだけ。だって、腐った味だから……」

 

 それを聞いて、今までケイが食事を拒んでいた理由が納得できた。

 

「じゃあさっきケイが気絶したのも……?」

「うん。飴玉はね、特に辛いのよ。口の中にジュワーっといっぱい味が広がるから」

「…………うぇぇ…………」

 

 俺はその感触を想像して思わず身震いした。

 

「生きるためには食べなきゃいけないけど、その食べ物がみんな酷い味だったら、みんな生きるの嫌になっちゃうわ。でも……悲しいけど、これはしょうがない……悪いことをしたこの人が悪いんだもの」

 

 ヤムは、そう言って心の底から悲しそうな顔をした。

 

「……ま、魔法を解いてやってくれ!! 俺がケイの代わりに謝るから、頼む!!」

「こんな悪人にまで慈悲を差し上げるなんて……。あなた、本当にいい人なんですね。もしや……あなたはブッダかキリストの生まれ変わりなのでは……?」

 

 そう言うと、ヤムは俺に向かって跪いて、両手を合わせて拝み始める。

 

「な、なんでもいいけど、早く解いてやってくれよ! 一生あのままなんて酷すぎる!」

「あら、あれはちょっとした言葉のアヤですわ。私には元々そこまで長続きする魔法は使えません」

「そうなのか!? なら早く解いてやってくれ!!」

「本当は反省したらすぐに解いてあげたい所だけど……。私は未熟だから、一度かけた魔法を自力で解くことはできないの」

「ええっ!?」

「大丈夫、時間が経てば自然に魔法が解けるわ。それがいつかは分からないけどね」

 

 そう言って悪意の無い顔でニッコリ笑うヤム。

 

(こいつ悪魔だ……しかも天然の……)

 

 

『ユウやエスも、きっとあいつに追い詰められたんだ……間違いねぇよ!!』

 

 

 ……ふと、俺はケイの言葉を思い出す。

 

「そういえば……やっぱり、ユウやエスもおまえが!?」

「ユウとエス? ……ああ、あの時に一緒に居た人達? 前の人には常に『謝れェ……謝れェ……』って幻聴が聞こえる魔法をかけたわ。その前の人には他人が化け物にしか見えなくなる魔法をかけたんだったかな……」

 

 やっぱりか……あいつらの反応も合点がいった。

 

「私、いつも考えてるのよ。どんな魔法をどんな風にかけたら、より悪人をいっぱいいーっぱい苦しませて、更正する気が起こるようにできるのかって」

 

 そう言うヤムが少し楽しそうに見えたのは、俺の勘繰りすぎだろうか。

 

「……ふふふ、何だか今日はいっぱいお喋りしちゃったわね。私には他にも使命がいっぱいあるから、名残惜しいけどそろそろ行かなくちゃ」

 

 ヤムはそう言ってテクテクと歩き去り、闇の中に姿を溶け込ませていく。

 ……が、何かを思いついたかのように、ふと立ち止まり、振り返る。

 

「ディーさん……あなたとは、また会いたいわ……」

「え、ええっ!? 何でだよ!?」

「だってあなた……いい人だもの……」

 

 ヤムはそう言って……多分、微笑んだんだと思う。

 だが俺には、暗闇に浮かび上がる歪んだ口元だけしか見えなかった。

 

 

 

 ヤムが立ち去った後、思い出したかのように電力が復活し、部屋は明るくなる。

 まるで今あったことが夢であったかのように、いつも通りの俺の部屋だった。

 

 ……泡を噴いて倒れているケイの存在を除けば。

 

 

 

 それ以来、俺はあの謎の少女・ヤムの姿を見ることは無かった。

 

 だが……俺が正義と愛に反する行いをしないかどうか、

 いつ何時もあの少女に監視されている……そんな気がしてならなかった。

 

 

説明
これで見習い卒業かな?
まだ色々あるけどとりあえずこんなもんで。
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ホラー 魔法少女 

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