真・恋姫†無双 〜祭の日々〜9
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――その双眸は鋭く、ただ声だけは穏やかで。

その女性は強くなにかを求めていた。

 

「…はじめまして、周瑜さん」

 

沈黙が痛い。それを破らんと挨拶をしてみる。

「おや、私なぞの名を知っておられましたか」

「そりゃあもちろん」

この女性は美しい。雪蓮のように触れれば切れそうな美しさではなく、身に宿る聡明さがにじみ出ているような、すべてに品が感じられるような美しさだ。

なのになぜだろうか。

なぜ、俺はこの女性に恐怖を感じているのだろうか。

「どうして、と聞いても?」

手に杯を持ちながら、周瑜さんは俺の横に。

彼女はゆっくりと歩んできたというのに、俺はなぜか“もう逃げられない”と思わずにいられなかった。

自然と唾を飲み込む。

ごくり、と予想外に大きい音が漏れた。

「周瑜さんは有名だからね。呉の軍師といえば、誰でも最初にあなたが浮かぶくらいだろう」

「なるほど。私はそんなに有名でしょうか。では蜀の軍師といえば誰が浮かびますかな」

「それは諸葛亮さんじゃないかな」

この世界じゃ鳳統さんも活躍しているらしいが、やはり蜀といえば諸葛亮孔明だ。その名は時に劉備玄徳すら霞ませる。

「なるほど、なるほど。では…」

その瞳はよりいっそう鋭さをまして。ずたずたに切り裂かれてしまうのではと思うほど。

 

「蜀と呉で一番の軍師でさえ知りえぬ策を、あっさりと見抜いてしまわれるあなたは、何者なのでしょうか」

「……」

 

さあ、と涼やかな風が俺たちの間を通り抜けた気がした。

「天の御使いであると人は言う。乱世を救う光だと。……あなたはそのとおりである、と?」

「…周瑜、さん」

「天はあなたを魏に遣わした。ならば…魏が正しかったのか?呉の理想は間違っていたのか?

私達の願いは、天を動かすほどではなく……華琳殿の願いこそが、天をも動かすほどのものであったと?」

かたかたと杯が揺れる。

それを持つ周瑜さんの手が、なにかを堪えるかのように震えているから。

「負けたことを認めよう。自分の力が及ばなかったことを認めよう。

何が足りなかったのか、これから何をするべきかを考えよう。

そして自分にできるすべてのことを私はするだろう。すべては愛しき故郷の為に。

……そのために、あなたにどうしても聴いてみたかった。あなたはどうしてすべてを見抜けたのか」

その目はひどく真摯で。わからないのだ、と訴えていた。

「赤壁の折での策、あれの全貌を知っていた者など存在しない。祭殿はおろか、私や諸葛亮たちでさえ、自分がやったことまでしか確かな情報はなかった。自らの知恵と戦場の空気を読む術、そしてお味方を信じることであの策は成った……そのはずだったのだ、北郷殿」

今にも泣きそうで、今にもおかしくなってしまいそうなその形相。

自分の力に誇りを持っていたのだろう。

時の運さえあった……魏という巨大な国を御することはかなわなくとも、せめてこの戦いだけは勝利できるものと確信していた。

少なくとも史実ではそのとおりだった。

すべてを飲み込まんとする魏を止める、唯一の戦。

三国鼎立を促すためには欠かせないもの。

魏に対等な権威を示すためには、なくてはならないもの。

「華琳殿が、我らを生かすといったときの気持ちが、わかるか?

呉の民として、呉が滅びないことを喜んだ。

呉の為政者として、呉のためにまだ働けるのだと喜んだ。

……軍師として、死ぬこともできないのかと、悔しかった…」

呉のために全てを捧げるといったあのひとに。

師であり友であり、同志であり姉であった、言葉どおりすべてを捧げてくれたあのひとに、顔向けできないのではないか…?

「……大切な人を傷つけて、ようやく成った策だったのだ…。なぜ見抜けた、天の御使いよ」

 

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「…知っていたから」

正直に話すことしかできなかった。

誰よりも真摯で、誰よりも真面目なこのひとに…嘘なんかつけやしない。

なんとなじられようと、言わねばならなかった。

「知っていた?…だから、なぜ」

「あなたたちが天の国と呼ぶ場所は、なんというか…ここよりずっと未来のことなんだ。まあちょっと違うんだけど、そういうものだと思ってほしい」

なんといったって男性として伝えられている英雄が、女性になっているんだ。

ものすごい違いだけど、話を進めるためには少し割愛させてもらう。

「君たちが項羽と劉邦の勝敗がわかるように、俺も赤壁の戦いで誰が勝ち誰が負けるのかを知っていた。

……華琳が負けると、俺は知っていたんだ」

「……!」

「負けてほしくなかった。そのために自分に何ができるのかも知っていた」

「…本当に、すべてを知っていたと。見抜いたわけではなく、ただ、知識として…?」

「そうだ」

しん、と沈黙が降りる。

きこえるのは未だに漏れ聞こえてくる宴の喧騒だけ。

周瑜さんはただ目を見開いて、俺を見つめていた。

その目は驚くほど透明で、きっと俺にはわからないなにかまで見えているのだろうと思えた。

「…くっ」

「へ?」

不意に周瑜さんが下を向いたと思ったら、彼女の喉から妙な音がきこえた。

「…く、くく…ふふ……あっはははは!」

「え?え?え?」

なんで爆笑?

腹まで抱えてるよこの人ッ!?

「ちょ、ちょっと…」

「知っていたって!そうか、それなら仕方がない!どうしようもないではないか!」

「周瑜さーん…」

「北郷殿!」

「は、はい?」

「しばし失礼しても?すぐ戻ってまいります。あなたとはまだ話したいことが山のようにありますからな」

「いいけど…」

「……お恥ずかしい話ですがね。まだ顔を見に行っていないのですよ。合わす顔がないと思っていましたので」

その視線を追うと、その先には宴の主役がいた。

「今なら…なにもかも、笑い話にさえできるような気がするのです」

その顔は先ほどまでとはまるで違う。

晴れ晴れとした――優しい、顔。

「行っておいで」

「ええ、ありがとうございます」

歩き出しかけた彼女に、ひとつだけ言いたくて、声をかけた。

「周瑜さん」

「はい?」

「そのほうがいいよ――その、笑っていたほうが。最初に見たときより、ずっときれいだから」

「……」

周瑜さんは目をぱちくりさせて、しばらくの間、俺を見つめていた。

…なんだかさっきから見つめられてばかりで慣れかけていたけど、やっぱりこの人、破格の美人だよな。

「北郷殿」

「ん?」

「…私のことは、冥琳と。あなたにはそう呼んでもらいたい」

「…えっと、でも」

「聞いておりますぞ?すでに雪蓮にも明命にも亞莎にも預けられておるのでしょう?

……よもや私のだけ要らないなどとは申されますまいな」

その目は意地悪く細められ、口元にはにやりと笑っている。

「…耳が早いね」

「軍師ですからな」

「それに、意外といじわるだ」

「おや、それは随分と早計ではないかな。あなたはまだ私のことなど少しも知らないというのに」

「…それはそうだけどさ」

「ですから」

「ん?」

すっ、と反対に向けていた足を戻し、こちらに一歩踏み出す。

と思ったら、びっくりするくらい早足で二歩三歩と歩みよってきた。

「…んん?」

もう顔が近い。吐息が感じられるくらいだ。

「私のことを知ってほしい。…呼んで下さいますか、北郷殿」

「…ああ。俺も君のことが知りたい、冥琳」

冥琳は思わず見とれてしまうほどの笑みをこぼすと、その場を立ち去ってしまった。

 

そのあまりの美しさに、俺はしばらく呆然としていた。

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喉が渇く暇もないほど散々に酒を飲んでいた。

以前部下であったやつや、世話をしたことのあるやつが寄って来ては目の前で泣くのを見て、儂は嬉しいと思いながらも叱り飛ばす。

「泣くな、泣くな!男じゃろうが」

誰も儂を責めはしなかった。

生き恥を晒してなにをやっているのかときかれれば、儂はすぐにでも頭を下げて謝る覚悟があったというのに。

でも、そんなことを言わないやつらだからこそ……儂はどうしようもなくこやつらが愛しいのかもしれなかった。

「んむ?」

不意に誰も来なくなった、と思ったら、目の前には見慣れたやつがいた。

その姿に、いつもと変わらぬ泰然っぷりに、思わず苦笑が漏れた。

「来ないのかと思っていたぞ、冥琳」

「仕事が忙しくて、なかなか来れなかったのですよ」

「……こんなときくらい仕事なぞ放ってしまえ」

「そうはいきません。というか、我らの主がそういう考えの人だからこそ、私の仕事が増えるのでしょう」

視線をちらりと向ける。そこにいるのは、部下たちの前だからか多少は抑えているものの、酒を飲む量はまったく減らない策殿だ。

「あの方はあれでよろしい。あの方が先陣切って飲むからこそ、他のやつらも飲めるというものじゃ」

「……それはそうですが、ね」

手元にあった酒を手繰る。

「ええい、今はそんな話はいらん。飲め、飲め」

「あ、いえ・・・私は」

「飲めんというのか?」

「…いただきます」

ほぼ無理やりながら、彼女の杯になみなみと酒を注いだ。すると今度は冥琳が返杯してくれる。

ふたり同時に酒に口をつけた。

……今でこそ大都督様だ美周郎だともてはやされておるが、昔はほんによう泣く弱い子じゃったのになあ。

「なにか?」

じっと見ていることに気づいたのだろう、彼女は不思議そうに尋ねてくる。

「なに、昔のおぬしを思い出しておった。あのころはかわいかったのじゃがなー」

「む、昔のことは言わないでいただきたい……」

顔を赤くして抗議する冥琳。

「嫌じゃな。覚えておるか?おぬし、暗いのが怖いなどと言って、夜になると儂を起こさないと厠にも行けんかった」

「子どもだったのですから、しかたないでしょう・・・」

苦りきった顔だ。こやつが成長してからは怒られてばかりだったから、その仕返し。

「あの、祭殿」

「なんじゃ?文句はきかんぞー」

「いえ・・・あなたに詫びねばならないことがあります」

ひどく真面目な顔をしている冥琳。

「・・・なんじゃ?」

冥琳は儂の顔が見れないでいた。杯に注がれた酒の、揺れる様をじっと見つめている。

「あなたが必死で請けてくれたのに、あの戦で・・・負けてしまったことです」

「・・・・・・お前は阿呆か」

「え?」

まったく…・・・何事かと思ったではないか。

儂は乾した杯に、手酌する。

「勝つも負けるも兵家の常。絶対の勝ちもなければ絶対の負けもありはしない・・・まったく、周家のご令嬢は昔から妙に頭が回りすぎるせいで、余計なことまで考え込んでおる」

「・・・はあ」

「おぬし、さっき一刀のところに行っておったろう?まさかあやつを責めたりしておらんじゃろうな」

「・・・いえ、少し、話をきいただけですが・・・」

「あやつも阿呆じゃったよ。誰のせいじゃとかなんとか・・・・・そんなことまで背負わんでいいというのに」

「・・・ふふ」

妙におかしそうな顔で、冥琳は笑みを零した。

「なんじゃ?」

「いえ・・・さっき、北郷殿と話をしたときにね。彼にどうして策を見抜けたのかをきいて、それを知ったとき、思ったのですよ。

・・・祭殿が生きていてくれたおかげで、これはもう・・・笑い話にできるんじゃないか、と」

「ほう?」

「だってそうでしょう?彼は、知っていたから策を見抜けたらしいですよ?そんなのどうしようもないではないですか」

「はっは、それは確かに、どうしようもないのう」

ふたりでしばし、笑いあう。

不意に途切れた静寂の中、冥琳は、今度こそ儂の目をみてはっきりといった。

 

「おかえりなさい、祭殿」

 

儂は答えなかった。

だけど、冥琳にはきっと儂が言いたい言葉が伝わっているだろう。

 

――ああ、ただいま、と。

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冥琳が立ち去った後、俺はしばらくその場で夜風を楽しんでいた。

酔いも醒めてきて、さてそろそろ用意してもらった部屋にでも戻ろうかと思ったとき、辺りが急に騒々しくなった。

いや、今までも十分騒々しかったのだが、騒ぎの気配が変わったとでも言うのだろうか…。

「お兄さん!」

風が駆けてきた。あの風が、叫んでいる。

「どうした、風!」

「大変なのです、とにかくこちらへ!」

手を強く引かれて、逆らわずについていく。

俺の手を握る風のそれは、ひどく汗ばんでいた。

 

 

連れてこられた場所には、呉の主要がそろっていた。

「…なにがあったっていうんだ」

勧められるままに席に座ると、右隣に風が座った。

俺が座るのと同時に、祭さんと冥琳も部屋に駆け込んできた。

今まで宴会だったというのに、その顔には酒気など見受けられない。

彼女たちで最後だったのか、雪蓮がみなに聞こえるような声で話を始めた。

 

「みんな、大変なことが起きたわ。実は――」

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――洛陽。

 

ひとりの王が、目にも留まらぬ速さで仕事を片っ端から片付けているときに、その知らせはやってきた。

「ほ、報告しますッ!」

「桂花、何事だというの?私が今忙しいのがわからない?」

その眼光に一度びくりと怯むが、それでも桂花と呼ばれた少女は気を取り直して言葉を続けた。

「申し訳ありません、華琳さま。ですがどうしてもお伝えしなければ」

そのあまりに切迫した声色に何事かを感じたのか、覇王は一秒でも早く進めたいはずの案件をすべて横にずらした。

「…ききましょう。何があったというの」

「蜀が兵を挙げました。」

その一言は、華琳を驚愕させるには十分すぎた。

「兵を…蜀が、ですって?」

「はい。理由は未だ不明。しかし蜀領内の各地で劉備の声明が配られています。これがその入手したものです」

渡されたのは竹簡。迷う暇もなく彼女はそれを開いた。

「…これは」

 

そこに書かれていたのは、奸雄曹操の治世ではすぐに平和は乱されるということと、だからこそ自分たちが起つのだということ。

そして、自分たちに協力してほしいとのことが、劉備玄徳――すなわち桃香の名とともに記してあった。

 

「配られた各地では大半が未だ混乱状態で、すぐに挙兵に参加しようという民は多くありません。民もこれには疑問を抱いているのです。

ですが劉備の人徳では時間の問題かと――そもそも蜀の民は、三国の中で一番疲弊しています。

戦が終わったからとって、現状に満足しているかといえば…」

「最終決戦の戦地でもあったし…三国の中では一番つらかったのは確かね。でも、その戦の爪痕を癒すのが今のはずよ。

せっかく訪れた……私たちが切り開いた平和を、自ら壊すというの…?」

「正直言って、あの甘々の劉備がそれをするとは考えにくいです。しかし、実際に事は起こっている。

華琳さま、指示を」

「…そうね。おそらく情報は呉にも行っているでしょうが、一応連絡を。同時にあちらがどこまで知っているのかを探りなさい。

今どれだけ被害があるのかを確認し、それから蜀の民の動向も逐一調べて。

おそらく近日中に蜀から正式な声明が我々に発表されるわ……それまでにできる限りのことを」

「御意」

桂花は走り去り、部屋には覇王がひとり、残った。

 

「…なにが起こっているというの、この大陸に」

 

――めまぐるしく切り替わる思考の中。

彼女は、どうか今こそ傍にいてほしいと、彼を想うのだった。

 

説明
今回はめちゃくちゃいっぱい書いたぞ!と思っていたのに、ページにすると五ページ。あれぇ?
十ページとか十五ページとか、どうやったら一度にそんなにかけるのか、教えてほしいものです。
今回から今まで空気だった蜀に動きが!?
楽しんでいただけたら嬉しいです。ではでは。
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コメント
なんという予想外の展開!!!どうなるのでしょうか・・・(零壱式軽対選手誘導弾)
ショートメール読みました。この件についてもう言うことはありません。お目汚し失礼。今後も応援してます(ジョン五郎)
ジョン五郎さん>是非、この後の展開も見てもらえると嬉しいです。私なりの「恋姫」が書けたらと思っています。(Rocket)
蜀に何があった・・・・(森番長)
またスゲー予想外な形で話を進めましたね。しかも裏があります!って言ってるような…続き待ってます(MiTi)
蜀の挙兵ですか…ドタバタな呉の和やかさが一変、事態はどう動くのか次回更新が気になります!(自由人)
ううむ。こんな事は言いたくないのですが、一友人として黙っている訳にはいきません。この展開、冥琳と一刀のやり取りは某所の作品と似通い過ぎではありませんか? ええ、rocketさんも好きなあの作品です。見る人によっては盗作と断じられる可能性がありますよ(ジョン五郎)
冥琳が素晴らしい!! 加えて急展開来ましたね、管理者なのでしょうか?それとも他の誰かでしょうか?どちらにせよ、今後の三国のそれぞれの動きが楽しみです(tomasu)
怪しすぎる挙兵、陰謀の匂いがプンプンしてきますね。(ブックマン)
”否定派管理者”が暗躍しはじめたか?”術”で操ったのかも?耐性は低そうだし桃香(−−;(nayuki78)
何が起きた? 桃香が誑かされたか・・・・いや、性格からいってそれはないか。 裏に誰かいるな、間違いなく(峠崎丈二)
桃香署名での挙兵・・・限りなく胡散臭いというか陰謀の匂いがw魏・呉の対応や如何に、ですなw(村主7)
前回の引きから大体の予想はしていましたが、冥琳さんの葛藤はごもっともですね。本来起こり得る歴史を知っている…それだけでも原作での一刀君は反則級チート能力だったんだなぁ…それにやっぱり冥琳さんにもフラグを立てるし、ほのぼのと…って蜀が挙兵!?一体全体どうなってるんだ?嫌な予感は拭えないのですが…(レイン)
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