水と炎 中編
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浦島ひなたから事の次第を聞きどんどん青ざめていく重悟。

 

 

「お前さんは先代よりもましだと思っとたが下の者が何をしとるかも知らんとはとんだ宗主じゃな」

 

 

ひなたの言葉に何も返すことが出来ない重悟である。

 

 

 

自分の留守に和麻の治療の指示を無視される。

 

和麻の危機を自分に知らせるものがなかった。

 

本家唯一の男子である和麻を宗主たる自分に相談もなく勘当した。

 

神凪との関係を否定しながらその身柄を渡せと言いがかり以外の何者でもない行動をとる。

 

その上それを行ったのが神凪を象徴する炎雷覇を所有ししかも抜き身で頭ごなしの命令口調で数をなして他家へと乗り込む。

 

 

 

神凪は浦島に戦争を仕掛けた。そう言われても反論など出来るはずがなかった。

 

 

「そうそう、襲撃犯はこちらで然るべき対応を取らせてもらったからね。ついでだが襲撃時調度神鳴流の剣姫と協会の嵯沙君も居合わせてね。呆れながら帰って行ったよ。」

 

 

終わった。重悟は真剣にそう思った。

 

神鳴流の剣姫青山鶴子は未だ17才とはいえ中学を卒業後進学せず家業たる退魔士になり関西ではすでに知らぬもの無い一級の剣士である。

 

まあ彼女は呆れても態々吹聴して回るような人では無いからほって置いても良かろう。

 

但し、協会つまりは自分が先日まで行っていた会合の主催である日本退魔協会。

 

その関東エリアでも幹部クラスの人間である嵯沙康煕、彼がその場にいたのは至極まずかった。

 

今回の会合でも退魔士が不遜な態度で依頼者に対し不要な軋轢を生み不信感を与えたり規定外の高額請求を行っているとの問題が提示されており、そのほとんどが神凪の術者だと注意を受けてきたばかりであった。

 

しかし、その事よりも重悟にとって聞き逃せなかった一言があった。

 

 

 

「ひなた殿、然るべき態度とは?!」

 

 

「なんだい?家よりもまず娘かい?まあ、分家どもに軽んじられるわけだね」

 

 

再び言葉に詰まる。

 

この年寄りの言葉は辛辣で突き刺さるが間違ったことを言わないことが更に性質が悪かった。

 

 

「そうそう、そちらが余りに好き勝手するものでね。ウチもそのままにしておくと名に係わると言う者がいるんでね。」

 

 

突然何を言い出すんだこの老人は?

 

いぶかしんだ重悟は次の言葉に何度目かになる硬直をその身に受ける。

 

 

「私の名代を一人そちらに使わしたよ。神凪がどういう対応をするのか楽しみにしているよ。」

 

 

それだけ言うと電話は一方的に切られてしまった。

 

重悟は考える。

 

今、自分は知らなかったが屋敷にいる人間はほとんど綾乃たちが浦島に向かい帰ってこない事を知っているだろう。

 

そこに浦島の名代を名乗る者がくれば驕り高ぶった神凪の術者はどういった態度を取るかは考えるまでも無かった。

 

 

「誰か!」

 

 

重悟が指示を出すために人を呼ぼうとした瞬間、館の門の方向で炎の精霊の活性化する気配を感じた。

 

 

「ちぃ、遅かったか!」

 

 

元々こうなると判っていてひなたは電話で時間を稼いだのであろう。

 

留守中に何が起こったかが神凪の人間から重悟の耳に入る前に、つまり浦島は怒っており神凪を叩き伏せる気なのだろう。

 

あのひなたの肝いりの使者であるならば半端な実力ではあるまい。

 

おそらく分家の連中では歯が立つわけが無い、自分か厳馬でなければ対応できまい。

 

杖を持ち、体を起こすと重悟は精霊のざわめく方へと歩き出した。

 

その先に待つのが自分の予想をはるかに超えていることを知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

 

重悟が現場にたどり着いたときそこには立っていたのは1人だけだった。

 

門から本邸までの間、数10メートルの間に転がる神凪術者の数は10や20ではきかなかった。

 

 

「神凪は弱い者苛めしか出来ないそうですがうわさ通りですね」

 

 

そういって微笑んでみせるのは学生服に身を包み眼鏡を掛けた少年だった。

 

 

「神凪重悟殿ですね?初めまして浦島景太郎といいます。」

 

 

20人以上の術者を僅かな時間に倒したにも係わらず息ひとつ乱さずにこやかに話しかけてくる少年。

 

その侮蔑と嘲笑の篭った目線は普段分家の者たちが他者に向けられている目線であるが重悟はそのようなことは知らずただ不快に思った。

 

 

「これを君が一人でやったのかね?」

 

 

周りに他の人の気配が無い以上それしかないのだがいくらなんでも神凪の分家20人以上がどう見ても中学生位の少年一人にしかも10分と掛からずに叩き伏せられるとは信じられなかった。

 

 

「ええ、僕はあなたか神凪厳馬殿に合わせてくれるように門前できちんと浦島の名でお願いしたんですが、まあ世間で評判の通りの不遜さでしたね」

 

 

景太郎の言葉遣いは丁寧だが嫌悪を隠そうともしない態度に重悟は戸惑う。

 

今まで彼に対しこんな態度をとった人間は一人もいなかったため当然と言えば当然だが。

 

 

「うちの者たちは一体なんと言ったのかね?」

 

 

「『浦島の小倅如きが神凪の宗主に面会を求めるなど分を弁えないにも程がある。宗主にお会いしたければ浦島の宗主が自ら礼を持って挨拶に来るべきだろう。』と。まあ、うちに乗り込んできた連中も『神凪宗家の者がわざわざ来てやったんだからとっとと出来損ないを差し出しなさい。』などと言っていたのでまあ予想の範囲内でしたが」

 

前半の言葉に軽い頭痛を覚え後半の言葉には絶句するしかなかった。

 

 

「それで神凪宗家と名乗ったものを貴様らはどのように扱ったのだ。」

 

重悟の後ろに静かに現れる影。

 

その瞬間、景太郎の気に『怒り』と『殺気』が混じる。

 

 

「出たな、下衆。」

 

重悟に対していたのとは明らかに口調も態度も違う。

 

知り合いかといぶかしむ重悟を他所に現れた男、神凪厳馬は前へと出る。

 

 

「浦島では初対面の目上の者に対する言葉遣いも教えぬようだな」

 

 

「は、そういうのが必要な相手ならば幾らでも使うさ。だがな、僕は神凪に対しては気を使う気も無い。まして神凪厳馬という、外道に関しては人として扱う気にもならない。」

 

 

すでに臨戦態勢な景太郎に重悟はいぶかしむ。

 

先ほどまで態度こそ不遜であったが一応礼儀をもって受け答えをしていた景太郎が厳馬が来たとたん豹変している。

 

しかも厳馬の言葉が正しければ二人は初対面である。

 

 

「待ちたまえ、景太郎君。厳馬はうちでは一番の使い手だし、礼儀を重んじる男だ。下衆だ外道だとなにか勘違いをしていないか?」

 

 

重悟の一言は景太郎から完全に表情を消させた。

 

 

「神凪の宗主が開き目暗というのはほんとうらしい。だから分家の馬鹿共やその男に好き勝手されるんだ。」

 

侮蔑や嘲笑をも通り越し、ただただ呆れたと言う態度の景太郎。

 

 

「知らないなら言いますがね。ここ数年神凪は他の退魔士との合同の仕事の8割を失敗しています。理由は神凪の術者が状況も相手も考えずにただ燃やせばいいなどと短絡して行動するからです。それでも仕事があるのは他の退魔士たちが風牙衆の情報や能力を当てにしているからですが、その失敗を隠蔽し、風牙衆の成功をも自分たちの手柄として報告してるからです。」

 

ここで一息つくとチラっと厳馬を見ると警戒を解かぬまま言葉を繋ぐ。

 

「そして、それを宗主の耳に入らないようにしているのがそこの下衆です。」

 

「風牙は神凪の奴隷だ。奴隷の成功は主の成功として報告する事に何の問題がある。失敗などは些細なことだそのようなことで宗主の耳を煩わせる必要など無い。」

 

「は、奴隷ね。一体何様の心算なんだか。だから改善もされず神凪の術者は他の退魔士から敬遠されその心は精霊より遠のく……」

 

二人は睨み合ったままだが重悟はすでにそれ所では無かった。

 

自分は宗主になってから色々とやってきたつもりだった。

 

片足を失うまでは自ら前線に赴き他の退魔士とも出来うる限り友好的にやってきたつもりだった。

 

が景太郎の言葉は頼通の頃の神凪に逆戻りしていることを指しており、厳馬はそれを否定しなかった。

 

厳馬は自分が思っていた以上に古い神凪にとらわれた人間だったこと重悟は思い知らされた。

 

説明
旧作の中篇です。

一応、3話構成で……
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風の聖痕 ラブひな 浦島景太郎 八神和麻 

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