不思議的乙女少女と現実的乙女少女の日常 『白い心の女の子5 終』
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「おーい、女。遊んでくれると嬉しかったり嬉しくなかったりするぞ」

 コタツテーブルの横で、驚きの白さを誇る少女が飛び跳ねていた。かなり鬱陶しい。

その少女とはもちろん、先ほどリコと使い魔の契約を果たした人物で有る。眠ると言っていたにも関わらず、今は元気に跳びまわっている。どういう事だ。

しかも、口調がまた元に戻っている。仮想空間を作り出したり、何やら難しい事を言っている時は、恐ろしいまでに邪悪な気配を伴った言葉を飛ばしてきたのだが。いや、そもそもどちらの人格が少女の本当なのか、それは判らない。

(……………………解離性同一性障害とかいうのかしら?)

 しかし、果たして人間でも無いこの少女に対して、そんなカテゴリーを当てはめることが出来るだろうか。そもそも、解離性障害に分類される神経症は心的外傷が原因で有る事がほとんどらしい。精神病とオカルト。両方に詳しくないリコは、その2つが交じり合いそうに無いと考えた。しかし、あるいは相応しいのかもしれないが。

少女が本質的にどんな存在であるのかは判らないが、オカルト的で有るというのは間違いが無い。そうした存在は、むしろ精神的な傷害や影響を受けやすいのかもしれない。心的外傷を負っていなくとも、その性格がコロコロと変化したり、無尽蔵に増えていくかもしれない、という事だ。正直、これ以上のパーソナリティの増加は対応が面倒臭いことこの上ないので止めていただきたいのであった。

 結果、生まれた人格がどちらなのかは判らない。しかし、テーブルに手を付いて飛び跳ねている少女の方が主人格だとはいうのはちょっと考えづらかった。

「今、勉強してるから後にしてよ」

 言いながら、リコは少女の額を軽く押した。少しよろめいて、何故かその場でゆっくりと一回転した。縦に。物理法則を完全に無視した動きだった。

「? 知ってるよん?」

 リコの呟きに、ヤカが反応した。小声のつもりだったが、思ったよりも声量が大きかったか、それともヤカの耳が良いためか。たぶん後者だろう。

「アンタに言ったんじゃ無いの、よっと」

 言いながら、リコは一回転して戻ってきた少女の額を再度押した。今度は2回押してみた。

「リコってさぁ、たまに猫みたいだよねぇ」

「どういう事よ」

「何も無い所、見てる時があるよん。親友として心配だねぇ」

「……………………」

 縦にゆっくりと回転している少女を視ながら、リコは嘆息した。猫だって何も無い空間を無意味に見上げているという事は無いのだ。しかし、それをヤカに説明するのは些か障害が多過ぎたため、特に何も答えなかった。

「…………それより、アンタはちゃんと勉強してるの?」

変わりに、話を逸らした。といういりも、対面に座るヤカは、どう見ても勉強しているようには見えなかった。一応は教科書とノートを広げてはいるものの、広げているそれらは、先ほどから一ミリも動いては居ない。チョコがコーティングされた棒状のお菓子の屑が、ポロポロと落ちていた。

「してるよーん。やってるよーん。そして出来てるよーん」

「うぁ凄い棒読みだよこの子」

 絶対にやっていない。こいつは今、勉強という領域から限りなく遠い場所に安息の場所を設けている。

「…………知らないよ。明日どうなっても」

「今から頑張る」

 シャキンという効果音が聞こえそうな気合と共に、シャーペンを手に取ったヤカ。次の瞬間には体中の空気が抜けたかのように脱力してテーブルに突っ伏した。

「私に勉強は向いていないのよぅ」

「じゃあ、何に向いているのよ・・・っと」

 2回転して宙に止まっていた少女の額を再度プッシュ。今度は3回押してみた。

「んー…………政略結婚とか」

「それってさせる方? させられる方?」

「その発想は無かったよぅ」

どうでも良い会話をしながら、リコは教科書の字を追っていた。とはいえ、内容が頭に入ってきているわけでは無い。

これでも普通人を自負しているリコだ。最近、色々あり過ぎて勉強など手が付かないのが本当のところだ。だが、それでも勉強をしているのは、少しでも自分の現実に触れていたいからか。勉強というのは、最も端的に表現された日常の1つである。本来は嫌なものであるはずなのだが、今のリコが最も触れていたいものは、どうしてだか、これだった。正直言うと、明日のテストなどどうでも良い。

くるりくるりと縦に3回転し終わった少女を視ると、嫌でも自分が置かれている現状を認識せざるを得ないのだが。少女は足をパタパタさせて宙に浮いている。バランスを取ろうとしているのだろうか。物理法則を完全に無視しているくせに、どうして慣性に従っている様な動作をするのだろうか。回転時には、着用しているヒラヒラのワンピースは微動だにしなかったくせに。

「…………………………」

リコは考えた。額を1度押したら1回転。2回押したら2回転。3回目も押した数だけ回転した。これまでは押した数だけ回転している。そして、実は、2回目と3回目では、額を押す間隔も変えてみた。速度はどうだろうかと思ったからだ。その結果、微妙な差異を感じた。2回目よりも、3回目の方がより速く回転した様に感じたのだ。

…………凄い勢いで額を押しまくったらどうなるだろうか。物凄い勢いで訳の分からないくらいに回転するのだろうか。

「……………………」

ちょっとした期待を込めつつ、少女の額に指を伸ばしかけて…………。

少女の口角がやや上がっているのが見えた。それは本当に些細な角度ではあったが、確かに上がっている。何かを期待しているかのような、見事嵌めることに成功したかのような、そんな表情。眼もやや細められている。

(し、しまった…………っ。何時の間にか…………遊んでいる!)

いや、そうでは無い。

(違う…………遊ばされていた! なんて事…………この子、ただの女の子じゃない!)

 当たり前だった。

故意か、あるいは偶然か。リコは何時の間にか、少女の術中に有った。1度額を押せば1回転。2度ならば2回転。単純にして明快な法則に基づいた現象は実に好奇心をそそられる。簡単に言えば、何となく手を伸ばしてしまう。映画館でのポップコーンの様な存在だった。

「何してくれてんのよアンタ!」

 スパーンと小気味の良い音が立って、少女が凄い勢いで1回転した。リコが少女の額を叩いたのだった。

「いぇう! ゲー…………いえ、勉強しておりますがぁ!?」

 大きなリアクションで驚くヤカ。何故か両手を上げている。そのポーズはアンタの大きな胸が必要以上に強調されるから止めて下さいと言いたくなった。切なくなる。

「い、いやぁ。しかし、リコがそんな高度なツッコミをマスターしてたなんてぇ」

「は?」

「何も無い空中で、あたかも何かを殴ったような軌道の修正と…………直後の筋肉硬直と手首の微振動は見事だったよぃ」

「……………………」

ああ、そうだよね。そう視得るよね。本当に殴ったものね、とリコは嘆息した。

そして、勉強が全く進んでいないことに、内心で愕然とした…………フリをした。そんな事、始めから分かりきった事だ。元より、それ程の進捗など望んでは居ないし…………明日、学校に行くかどうかも分からない。

「なー女。もう遊んでくれないのか? くれないのか?」

首を傾げながら問いかけてくる少女に、若干の愛らしさを感じつつ、リコは、

「ちょっと黙ってなさい」

 その額に、今度はデコピンをした。

 すると、何故か今度はゆっくりと後ろに倒れ、大の字になった後、高速で元の位置に戻った。

もうリアクションは取らないぞ、と固く心に誓ったリコだった。

そして。

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 次の瞬間には、再び真白の空間に居た。

「…………は?」

 突然の事にやはり驚き、リコは大いに戸惑った。

「…………五月蝿いのぉ」

 酷く気だるげな声が、後ろから聞こえてきた。

振り返ると、そこに居たのは当然の如く、純白の少女だった。だが、額を押すと縦回転する方の人格(酷い誤解を生みそうな表現だが)では無く、邪悪な気配を身に纏った方の人格だった。

「五月蝿くて、眠れやせんわ。主様よ」

「い、いきなりこんな場所に連れて来て、大丈夫なの!?」

 突然、眼の前からリコが消失したとなれば、ヤカが騒ぎ出さないはずが無い。

「安心せい。連れて来たのは精神だけ…………アチラに戻っても、1秒と経ってはおらんよ」

 …………最早、そんな事で大げさなリアクションを取る事はしないが、時間の感覚がおかしくなりそうだった。不意に、昔見たオカルト番組の特集を思い出した。確か、ヤカと一緒に視ていたはずだ。内容を詳しく思い出すことは出来ないが、オカルト的な要素で時間の経過がおかしくなる事は多々ある様だった。それと同じ様な事だろうか。

気を取り直して、リコは言った。

「五月蝿いって…………アンタも積極的に話しかけて来てたじゃないの」

「その事では無いわ。そもそも、主様はアレと我が同一の存在で有ると思うのか?」

「違うの? 別人格だとは思ったけど」

「違うわい。我は我。人格など最初から持っておらんわ」

 リコは思い出した。エリーの家に存在していたあの男も、そんな事を言っていたような気がする。『自分はただの記憶だ』と。その様な感じなのだろうか。

だが、眼前の少女はそれを否定した。パーソナリティに左右されない本質が存在しているのだとか何とか、そんな事を言われた。全く意味が分からなかったが、とりあえず棚に置いておく事にした。

「我が五月蝿いと言ったのはの、主様の心についてだ」

「心?」

「まあの、主様に分かりやすい様に考えてもらうためにの、あの馬鹿を曝しだした阿呆が別人格であるとしてだ」

「…………」

なんだかとても馬鹿にされているように感じた。あれ? 私ってこいつの主人じゃ無かったっけ? との疑問を呈してしまう。

「アレが出ている間、我は引っ込んでいる。主様の心の中に、の」

「…………じゃあ、全部引っ込めばいいじゃ無いのよ」

 あの可愛らしい人格の少女もまた引っ込ませればいいのだ。というより、存在自体が精神体の様なものなのだから、その全てを引っ込ませることくらいは出来るはずだろう。

「それは出来ん。まだ、主様の精神にそれほどの負荷をかける事は望ましくないからの」

「あ、そうなんだ」

 良く分からないが、使い魔である彼女が言うからには、そうなのだろう

「それでの。主様よ」

「……………………っ」

 今までよりもさらに張り詰めた空気を演出して、少女は眼を細めた。

「荒れておるわ、心が。不安なのは分かるがの、もう少し気を抜いてはどうかの」

「そ…………んな事、言われても」

「まだ我を信用できんのは分かるがの。焦っても仕様が無いぞ? 先んずれば人を制すとは言うがの、これはそういう闘いでは無い」

「…………闘い」

 闘い、という単語を聞いて、リコは、

「また乱れとるわ。実感が湧かぬか? しかしの、これは紛れも無い闘いじゃのぉ。だから、我が主様を助けると言うておるのじゃ」

「うん…………そうなん…………だけど」

だが、悩むな。という方が無理な話では無いか? 怯えるな、というのはさらに無理な話では無いか? 闘え、というのは無理を超えたレベルの、恐ろしい話では無いか?

「安心せい」

気が付けば、少女はリコの胸に額を押し付けていた。背中に回された腕はとても華奢で、だが確かな力を感じさせた。

「急いては事を仕損じる。しばらくは我に任せておけ。だから、我が眠れるように、平静を保つが良い。勉強とやらにも集中せよ」

言葉どおりに、安心が得られるような響きの言葉だった。

リコ、だから笑ってしまった。

「ぬ…………何がおかしいのだ、主様よ」

「いや…………」

 リコと少女、背丈で考えれば、立場は逆のはずだ。

 リコは少女の頭を撫でた。そして、その髪に顔を埋めた。何故だろう。こんなに安心できるのは。

どうしてだろうか。

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気が付くと、リコは部屋に戻っていた。いや、少女の言葉を借りるなら、意識が戻ったと言う方が正しいのか。そして、時間の経過に関しても、言われた通りだった。

ヤカは教科書に眼を落としていた。勉強をする気になったのだろうか? いや、

「あぁー。私、やっぱり勉強に向いて無いわぁ」

「…………じゃあ、何なら向いてるのよ」

「う、うーん…………権謀術数とか?」

「それって勉強に向いてるんじゃ無いの?」

「その発想は無かったよぅ」

 何時もどおりの会話。先ほども似たような会話を交わした。だが、どうしてだろうか。少しだけ、さっきよりも楽しかった。

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「ねーねー、聞いてよー。そこの女ー。私とあーそんでーよー」

 だが、その後も、リコは様々な妨害にあった。

少女が髪の毛を弄ってきたり、ヤカが足裏でこちらの太股をくすぐってきたり、少女が突然頭の上に座ってきたり(重さは感じなかった)、ヤカがコタツテーブルを無駄に揺らしたり、少女が妙なリズムで歌を歌いだしたと思ったら、聞こえていないはずなのにそのリズムにピタリと合わせた踊りを踊っていたり。

互いに視得ていないはずなのに、どうしてこうまでシンクロ率が高いのだろうか。共同で妨害してきているとしか思えない。

これでは勉強に全く集中出来ない。

「アンタ達…………いや、アンタら良い加減にしなさいよ! もう全然集中出来ないじゃないのよ!!」

 そしてこの日、リコ最大の怒りが2人に向けられた。

「あ、ご、御免なさいよぅ」

「五月蝿い女ー! 私の話を聞かないからだー!」

 ヤカは長年の経験から、リコの怒りが本物であると知ったのだろうが、少女の方は全くそうでも無かった様だ。

取りあえず少女は置いて、ヤカの方に怒りを向けることにした。

「大体ね、アンタが勉強見てくれって言うから私は…………!」

 と、テーブル越しに詰め寄った所で、

「あぅん…………」

ヤカの膝の上から何かが落ちた。

床に転がったそれはどう見ても有名携帯ゲーム機である。しかも起動している。シュワンシュワンとディスクの微妙な音が聞こえた。

「ヤカ…………これはどういう事なの」

「ごめんなさい、なんというかごめんなさい。悪いと思ってるしその百倍くらい許して欲しいと思ったりしてま…………」

 リコは嘆息した。

………………結局のところ、自分の感じている不安など、現在発散中の怒りと対して変わらないのでは無いか。

そう願う。

こんな感じで、全てが終われば良いと、そう思う。

だが、そういかないだろう事は重々承知している。

だが、あの少女は言った。自分の中に存在する、あの少女は言った。安心しろと、そう言った。

すっと口を閉じて、台風の様な怒りが去った事に安堵した2人が、それぞれ弁解の言葉を口にしようとしたタイミングで、再びリコは怒りを顕わにする。

そんな日常の中で、真白き心の少女が投影する非日常をそれに取り込み、どんな事態でもこの様に乗り切って見せる。

闘う覚悟は出来た。

後は、行動に移すだけだ。

説明
不安が心に広がるリコだった。
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