マクロスF〜イツワリノウタノテイオウ(6.Bye Bye Sheryo)
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6.Bye Bye Sheryo

 

「9991、9992、9993……」

「ミシェル、何してるの?」

「え、ああ、アルト。星読み。もうちょっとで10000だったんだけど」

 

 階段を昇っていると何かを数えているミシェルの声が聞こえた。

 昇りきったところで声をかけると、夜空を見上げていた顔が私に向けられる。

 

「ふーん、そう。――って、そんなに見えてるの?!」

「まぁね。普段のメガネはそっちの矯正掛けてるの。スナイパーは目が命、ってね」

「すごい」

 

 信じられないような台詞に目を丸くする。

 ミシェルはくすりと笑ってウインクしてみせた。

 

「ふふふ。それより、アルト姫。相談って、一体、何? 宿舎では話せないような内容?」

「うん――」

 

 高台の公園にミシェルを呼び出したのは私の方だった。

 ――隊長からあの話を聞かされてから、ずっともやもやしている。

 どうしたらいいのか、自分で答えを出せないでいた。

 

 噴水の横にあるベンチに並んで腰を掛けて、シェリオに掛けられたスパイ容疑のことをミシェルに話す。

 

「シェリオにスパイ容疑。確かにあり得る話ね」

「あいつがそんなことするなんて……」

「マタ・ハリ、シュテファニー・フォン・ホーエンローエ、リ・コウラン、シャロン・アップル。

昔から有名著名人が諜報活動をしていたという例はたくさんあるわ。

今回の場合もシェリオの来訪とバジュラの襲来のタイミングが一致しているし、その可能性は十分ある」

 

 小さくため息をついて、すっと立ち上がったミシェルはさっきまで星を数えていたのと同じように指折り数えた。

 ミシェルが導き出した答えは隊長と同じだった。

 

 ――シェリオがフロンティアに来艦したこととバジュラの来襲のタイミングの一致。

 それは周到に準備されたシナリオなんだろうか。

 

「でも、まさか――」

「あなた本当に『銀河の帝王』の魅力にすっかりやられちゃったわけ?

その『まさか』に付込むのが諜報活動の基本でしょ。ちょっと冷静に考えなさい」

 

 私が言いよどむとミシェルは軽く肩を竦めて見せる。

 そう言って、人差し指を私の鼻先に突きつけた。

 

「そ、そんなわけじゃ……」

「全くホントに姫は初心で可愛いわねえ。バルキリー乗りにしておくのが勿体ないくらいだわ」

「ミシェル、何言って――!」

 

 くすりと笑って、ミシェルはいつものようにからかった。

 食って掛かろうとした私をミシェルはふわりと身を引いてかわす。

 そして、真面目な表情を浮かべると髪を掻き揚げて、薄く外宇宙が透けて見える夜空を見上げた。

 

「とにかく、現状で言えることは、シェリオがスパイである可能性はゼロではないということでしょうね。

そして、もしそうなら、リベンジライブを明日に控えた今夜あたり、何か仕掛けてくる可能性が高いかもしれない」

「今夜――」

 

 ――やっぱりシェリオはスパイなんだろうか。

 答えの出ない疑問を胸に抱いたまま、ミシェルと同じように夜空を見上げた。

 

 

 

「うーん、やっぱり見つからないか」

 

 あの後、そのまま隊舎に戻る気分になれなくて、ミシェルと別れてS.M.Sの機体格納庫に足を向けた。

 バジュラ来襲の日、搭乗した機体の周りにシェリオのイヤリングが落ちていないか探す。

 ……何をどうすればいいのか、その答えがイヤリングと一緒に見つかるんじゃないかって思ったのかもしれない。

 でも、あんな小さなものが簡単に見つかるはずもなくて。

 

「なくしたのって本当なんだよね」

 

 誰に言うともなく、ひとり呟く。

 シェリオに掛けられたスパイ容疑。

 何もかも、ランタに近づくための口実かもしれないなんて……。

 

 そう考えかけて、頭を振る。

 今、それを考えてもどうにもならないんだ。

 まずはシェリオのイヤリングを見つけて、それから考えるって決めたのに。 

 

「ん?」

 

 VF-25の足回りを見ていると、きらりと何か光って見えた気がした。

 膝をついて、光って見えた辺りを丹念に探す。

 

「あ……あった」

 

 車輪近くに落ちていたイヤリングを手に取った。

 見たことのあるイヤリングが、手の中で、シャラリと小さな音を立てる。

 間違いない、シェリオのイヤリングだった。

 

「こんなところにあったなんて。簡単には見つからないはずね」

 

 濃い紅色の縦長な石を照明にかざすときらりと光って綺麗な色が透けて見える。

 自然と唇に笑みが浮かぶ。

 ――本当にこれがあったことに少し驚いたけど、全部がウソじゃなかったことがわかって少しだけほっとした。 

 

「!」

 

 突然、ポケットの中で携帯の呼び出し音が鳴った。

 

「こんな遅くに誰?」

 

 首を傾げながら、携帯の液晶に目をやる。

 そこに映し出されている名前に少なからず動揺した。

 

『シェリオ・ノーム』

 

 ――シェリオからの電話だった。

 一体、このタイミングでどうして?

 

『今夜あたり、何か仕掛けてくる可能性が高いかもしれない』

 

 さっきのミシェルの台詞が頭を過ぎる。

 まさか、でも……。

 

 鳴り続ける呼び出し音。

 どうしていいか決められないでいる間に留守電に切り替わってしまった。

 

『ただいま、電話に出ることが出来ません。メッセージのある方は発信音の後にお願いします』

『ちょっとアルトどういうつもり? アタシから電話するなんて滅多にないんだから』

 

 お決まりの文句の後にシェリオの声が聞こえてくる。

 ちょっと苛立たしげな声は、いつも通り偉そうな上から目線な『銀河の帝王』だった。

 

『もしもし、アルト。話があるから、この電話聞いたら、この前会ったグリフィスパークまで来てチョウダイ。早く来なさいよ』

 

 そうメッセージを残して、通話が切れる。

 このタイミングで突然の呼び出し。

 いろいろな符号が合致して、一つの答えを導き出そうとしているかのようだった。

 ……信じたくない答えなのに。

 

「シェリオ……一体、どういうつもりなの?」

 

 深紅色に光るイヤリングに問いかけても答えはなかった……。

 

 

 

「――どこにいるんだろう?」

 

 悩んだけれど、結局、シェリオに呼び出されたグリフィスパークに来てしまった。

 けれど、こんな真夜中にシェリオを見つけることができるんだろうか?

 照明も常夜灯くらいしか灯っていない公園を見渡してみるけれど、それらしい人影もない。

 

「ん? ……声がする?」

 

 耳を澄ませてみると、遠くから何か言い争っているような声が聞こえてきた。

 

(――まさか)

 

 イヤな予感が頭を過ぎる。

 ――でも、そんなはずはあるわけない。

 

 こんな時間にこんな場所で二人で言い争っていることなんてありえない。 

 自分自身にそう言い聞かせて、声の方に急いだ。

 

「――ちょっと待ちなさい!」

「シェリオ――それに、ランタ!」

 

 ――当たって欲しくなかった。

 最初にそう思ってしまった。

 ランタ、そして、ランタを追い掛けるシェリオの姿なんて見たくなかった。 

 目の前の光景は隊長とミシェルの言葉が現実味を帯びさせるのに十分なものだった。

 

『シェリオがランタに近づき、危害を加えようとしたなら、それを阻止するように』

 

 隊長の台詞が蘇ってくる。

 唇を噛み締めて、心を決める。

 ――私がランタを守らなくちゃいけない。

 

「ランタに近づかないで!」

「アルト――?」

 

 ランタの目の前にかばうように立ちはだかる。

 そして、護身用に持っていた電子銃をシェリオに向けた。

 

「信じたくなかったのに。あなたがスパイだなんて……」

「スパイ?」

 

 シェリオは眉を顰めてそう繰り返す。

 私だって、そんなこと思ってもみなかった。

 ――シェリオがギャラクシーから送り込まれた密偵だなんて。

 でも、今、ランタを襲おうとしていたことで証明されてしまった。

 

「私に近づいたのって、11年前の生き残りのランタに近づくためだったんでしょう?」

「――一体、何の話をしてる?」

 

 目の前で訝しむような表情を浮かべるシェリオ。

 ここまで来て、まだ白を切るつもりなんだろうか?

 ――でも、それにしてはあまりにその表情は自然で……。

 

「そんな物騒なモノを人に向けて、何訳の分からないこと言ってるんだ?」

「――そうだよ、アルト」

「え――?」

 

 後ろから袖を引っ張られて、振り返る。

 ランタが小首を傾げて、不思議そうに頷いてみせた。

 

「シェリオさんは僕と一緒に逃げ出したあい君を捕まえるのを手伝ってくれただけだよ」

「……」

 

 その台詞に言葉を失う。

 ランタが「あれがあい君だよ」と指差す方向を見れば、緑色した小さな生き物がちょこんと座ってこっちを見ていた。

 ……それじゃあ、私の完全な勘違いだったの?

 銃口を下げて、呆然と立ち尽くす。

 

「まあ、そういうこと。勘違いも甚だしい。――全く最低な話だ」

 

 盛大にため息をついて、シェリオは肩を竦める。

 

「『あい君』も捕まえられたみたいだし、もう十分だな。――それじゃ」

「……」

 

 踵を返して、そこから立ち去っていく背中に掛ける言葉を見つけることが出来なかった。

 

 ――ぽつぽつと雨粒が頬に当たる。

 突然、降り出した雨が、まるで自分の気持ちを表しているような気がした……。

 

 

 

「今回は何事もなかったからいいけれど、ちゃんと注意して頂戴」

 

 ため息をついたオズマ隊長がランタと私に釘をさす。

 

 シェリオがいなくなった後、本格的に雨が降り出して、隊長に迎えに来て貰うことになった。

 その車中でランタにシェリオに掛けられたスパイ容疑のことが知らされる。

 

「あなたたち二人とも、今後一切、シェリオやその周辺人物に接触しないこと。わかった?」

「え、そんな! 明日、シェリオのライヴなんだよ」

 

 隊長の言葉にランタが反論する。

 シェリオからランタに渡された二枚のチケット。

 ――明日はフロンティアで最後になるライヴがある。

 

「歌と命、どっちが大切だって言うの!」

「それは……」

 

 きっぱりと言い切る隊長と返す言葉を見つけられないランタ。

 ……可哀相だけど、ここは隊長の言葉が正しい。

 シェリオがスパイかどうかはわからないけれど、明日のシェリオのライヴで何があるかわからない今、行かない方が賢明だと思う。

 

「アルト、あなたは明日一日謹慎処分とします」

「え……」

 

 隊舎の前で車を降りた私に隊長がそう言った。

 謹慎処分――つまり、私にも『動くな』ということなんだろう。

 

「あなたみたいな青二才には今回の件は荷が重過ぎるわ。少し休みなさい」

「はい――」

 

 隊長の言葉に頷くことしかできなかった。

 私にできることは、ないんだろうか……。

 

 

 

「……シェリオ」

 

 照明を消した部屋で膝を抱えて、小さなキャンドルに照らされるイヤリングを見つめていた。

 スタンドで深紅色の貴石がゆらゆらと小さく揺れる。

 

「――『思いを伝える石』って言ってたっけ」

 

 イヤリングを探して、私のところに来たシェリオが確かそんなことを言っていた。

 大切な形見なんだって――。

 

(今頃、どうしてるだろう……)

 

 窓の外は相変わらず雨が降っているみたいだった。

 時折、こつこつ窓を叩く雨粒の音が聞こえてくる。

 

 酷いことをしてしまったと思う。

 いきなりスパイ呼ばわりして、銃まで向けて。

 

(この石をつけたら、シェリオの気持ちが少しでもわかる――?)

 

 躊躇いながら、イヤリングに手を伸ばす。

 『思いを伝える石』――深紅色のイヤリングが何かを教えてくれそうな気がした。

 

 シェリオのイヤリングを手に取ると、冷やりとした感触が伝わってきた。

 それを手にしたまま、結い上げていた髪を解く。

 

『思わざれば花なり、思えば花ならざりき』

 

 ――頭で演じようとすれば、必ず何処かに嘘が残る。

 考えずただひたすらに感じて、その役になりきれ。

 

 いつも舞台に立つ前に心の中で諳んじていた言葉を思い出す。

 

 もう一度、誰かを『演じる』ことになるなんて思っていなかった。 

 でも、もし、それで何かがわかるなら、『演じたい』と思った。

 

 鏡の前に立ち、イヤリングを耳につける。

 頭を動かすと、シャラリと軽やかな音を立てる。

 耳元で翻る深い紅色が目に焼きつく。

 

「!」

 

 鮮烈なイメージが頭を過ぎる。

 どこか遠くで何かが共鳴する音が起こり、辺り一面に反響し始める。

 脳髄から揺さぶられるような音の洪水に耐え切れず、瞼を閉じて膝をついた。

 

 幼い子供が独り。

 見知らぬ街角――スラム街を彷徨う。

 振り返る人も、声をかけてくれる人もいない。

 誰もが無関心。一人ぼっち。

 

 ――ここには、だれもいない。

 とうさまも、かあさまも、おばあちゃんも。

 どうして、ひとりぼっちなの?

 ここは、さみしい……ひとりにしないで……。

 

 心を占めるのは深い孤独と絶望。

 暖かい温もりをただひたすらに求めていた。

 

 切なさに胸が痛んだ。

 何という孤独、何という絶望。

 追い詰められた幼い心があまりに哀し過ぎる。

 

「――これがシェリオの気持ちなの?」

 

 これが、シェリオの原点だというなら、私に何が出来るだろう? どうすればいい?

 痛む胸を押さえながら、そう思った――。

 

説明
マクロスFの二次創作小説です(シェリ♂×アル♀)。劇場版イツワリノウタヒメをベースにした性転換二次小説になります。
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マクロスF シェリル アルト シェリ男 シェリオ 性転換 劇場版 

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