「無関心の災厄」 シラネアオイ (2)
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            「無関心の災厄」 -- 第一章 シラネアオイ

 

第2話 奈落と終焉の序章

 

 

 

 

 

 コトのハジマリは簡単だ。

 校舎の角を曲がった。

 そしたら、ヒトが死んでいた。

 ただ、それだけらしい。

 言葉にしてしまえばたったそれだけの事なのだ。

 偶然にも……いや、教室で雑談していた夙夜が騒ぎに勘づいたのだから必然だろう。オレと夙夜は、のこのこと騒ぎの中心へ出掛けて行き、凄惨な現場を直視するという愚行を犯してしまった。

 

 

 

 どうやら人間、驚き過ぎると思考が停止するらしい。

 

「……萩原」

 

 校舎裏に集まった生徒たちの悲鳴が飛び交う中、オレがかろうじて呟いたのはそんな言葉だった。

 なにしろ、そこに血塗れで倒れていたのはオレのクラスメイトだったから。

 素人目にも分かる、致命傷は喉の傷だ。

 目にするのも憚られるほどにぱっくりと開いた傷口は、もはや傷口とは呼べないだろう。血が流れ切って気道や血管の断面が見えるほどのアレは、首を切断したと言った方が正しい。ほとんど皮と肉一枚でつながっているだけの、絶対的切断面。

 オレは自分の視力のよさを呪った。

 隣で佇む夙夜ほどじゃないが、オレはこれでもメガネ・コンタクトの類とは無縁の生活を送っている。別にそれは勉強しなかったから、とかそう言うわけじゃないんだが。

 一発目で直視してしまったオレは、全身の血が頭からつま先までざぁっとひき、体温が下がるのを感じた。すぐに目を逸らしたのに、くっきりと脳裏に焼き付いてしまったのは仕方がないかもしれない。

 周囲には悲鳴と泣き声が散乱し、それがさらに傍観者を呼び寄せる。

 が、瞬間、人ごみの中からこちらを睨む美人転校生とばっちり目が合った。流した黒髪は今日も美しいぜ、『無表情美人』白根葵。

 もう出血していないところから見て、血が流れ始めてからずいぶん経ったのだろう、赤黒い絨毯が敷かれた裏庭の芝生の上に、見知った顔がごろりと転がっているのは、残念だがオレにとっては衝撃的過ぎた。

 体は伏せっているのに顔だけは上を向いている。絶対的切断面をオレの方に向けて。

 昼休みになると、生徒達が弁当を広げる事が多い芝生のこの場所が、普段と全く違う場所のようだった。

 慌てて走ってきた教師が大きな白い布をかけたがもう遅い。

 上の階の窓から乗り出して携帯端末で撮影しているヤツさえいたのだ、その神経は全く理解できないが、これだけの生徒が集まってしまっては隠蔽など不可能だろう。

 クラスメイトの萩原が、ここで首を切られて死んでいた。

 アア、気持チ悪イ。

 脳髄と胸中がぐるぐると渦巻いている。

 なんだこれ、気持ち悪いってこんな酷い感覚だったか?

 クラスメイトのあの姿を目撃したという現実を拒否した思考は、麻痺したように動かない。

 何だよ、いったい何なんだよ。

 何が、どうして、どうなって、ああして、彼女は、萩原は、昨日まで、教室で、笑って、よかったねって、笑って、教室で、芝生が濡れて、今は、朝は、斬られて、血が、流れて、止まって、広がって、笑って、笑って、あの目で、アノ目で、アノ顔、デ、アノ目アノ顔アノアノアノ……

 音が遠ざかっていった。喧騒は、フィルター挟んだ向こう側。

 

「マモ……さ……」

 

 隣にいる筈の夙夜の言葉も聞こえないほどオレは完全に理性を吹っ飛ばしていた。

 複数名の女子生徒のように、貧血でぶっ倒れるってことだけは免れたが、オレはあの瞬間、完全に世界を拒絶していたと思う。

 やけに心臓の音が耳元で響いていたのだけ覚えている。

 

 

 

 

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 オレの意識がようやく正常に回転し始めた時、目の前にはいつものようにノーテンキな男の顔があった。

 

「……夙夜」

 

「あ、おかえり、マモルさん」

 

 にこり、と笑う夙夜。

 小さな丸いテーブル挟んだ向こう側、目の前には冷めてしまったコーヒー、右手には大量の花――花?

 はっとして周囲を見渡すと、そこは花の王国だった。

 ああ、ちょっと言い方が陳腐だったな。

 美術の苦手なオレが知っている色の名前をすべて並べても足りないだろう、見た事もないほどの種類の花が天井まで届くガラスケースを埋めていた。

 それだけではない、鉢植え、バケツ、棚の上まで、至る所が花、花、花。

 花の名前に明るくないオレがこの光景を言葉にするのは非常に難しいが、重そうな頭をもたげたユリや大きく広がったカスミソウくらいは認識できた。あと、小さなヒマワリと、赤いバラ。

 天井や壁・床は木目を基調にしたシンプルなもので、時折手描きと思われる花のネームプレートが飾ってあるのが微笑ましい。

 さて、こういった類の光景を過去見た記憶がないのだが。

 

「……どこだ、ここ?」

 

「あっ、マモルちゃん、やっとお目覚めなのですねっ」

 

 この声。

 振り返るまでもなかったが、とりあえず振り返る。

 すると、そこには――

 

「先輩、何ですか、その格好」

 

「これですか? これはアルバイトのユニフォームなのですっ。マモルちゃん、かわいいと思ったら褒めていいのですよ?」

 

 そうだな、あえて言うなら『花の国のアリス』とでもいったところか。

 ふわふわと広がるのは、確かエプロンドレスとか呼ばれる類のものだ。淡い桃色をしたそれは、掛け値なしに小柄な先輩にとてもよく似合っていた。くるりと回るたびにレースがふわりと広がり、髪をまとめたスミレ色のリボンが風に踊る。

 髪に差した紫の花は、もしかするとスミレなのかもしれない。

 何より、レースをふんだんにあしらった白いニーソがモロ、オレの好みだ。

 よし、認めよう。かわいい。

 

「ええ、可愛いです」

 

 不本意な気もするが、心の底からの本音だ。

 それを聞いた先輩は嬉しそうに笑った。

 

「ここは桜崎通りからひとつ路地に入ったところにある花屋さんなのです。きっとマモルちゃんは覚えてないと思うのですが、ワタシは今日からここで働くのですっ」

 

 ああ、それでアルバイトの制服。先輩は、高校卒業して花嫁修業なのです、とか言ってたから――要するに体のいいフリーターなのだが――このアルバイトもその一環なのかもしれない。

 が、それにしても、本当に可愛い。見た目だけならオレの好みの粋を極めたと言ってもいい……そこ、ロリコンとか言うな。

 よし、とりあえずよくやった、まだ見ぬ花屋の店長!

 ひそかにガッツポーズ。

 

「だが、何でオレがこんな所に……」

 

 と、自分で言いながら思い出してしまった。

 フラッシュバック。

 脳裏に焼きついた光景が目の前に蘇る。

 クラスメイト。教室。赤黒い絨毯。切断面。悲鳴。笑顔。顔。死体。顔。『才女』萩原加奈子。

 うっ、と口元を押さえたオレの背を、先輩がさすってくれた。

 

「マモルちゃんが大変な事になってたから、シュクヤくんがここに連れてきたのです。ここは小さな喫茶にもなっていますですから、休むといいのです」

 

「……ありがとうございます」

 

 いったいどれほどの時間、放心したオレの向かいに夙夜が座っていたのかは知れないが、目の前にあったカップの中のコーヒーは完全に冷え切っていた。

 気を落ちつけるように一口ずつ胃に流し込んで、一息つく。

 目の前の惨殺死体は消えなかったが、それでもようやくオレの理性が手元に戻ってきた。

 

「いったい、何だってんだ」

 

 どうして萩原があんな事に。

 特に誰かに向かって呟いたつもりはないのだが、新しくコーヒーを淹れに行ってしまった先輩を除けば、オレの独り言を聞くのは一人しか残っていなかった。

 マイペースな同級生は、のんびりとした口調でオレに告げた。

 

「んと、警察の人と先生の話だと、生徒が登校する前、鋭利な刃物でばっさり。失血死だけど、もしかすると直接はショック死かもしれない。物理的に自殺の線はないから、犯人捜索中。あ、授業は中止になったよ」

 

 オレの疑問に答えたつもりであろう夙夜は、満足げに自分のコーヒーを口にした。

 が、冷たっ、苦っ、と言ってすぐに止めた。なら飲むな。

 それより、今の情報はあからさまに一生徒が持っていていい情報じゃないと思うのだが。のちのち噂としてそういう話を聞く事はあるだろうが、現時点では極秘事項のはずだ。

 

「……それ、どこで聞いた?」

 

「教室」

 

「教室でそんな事をべらべらしゃべる教師と警察がいるか。また校舎の反対側の会話を盗み聞きしたのか?」

 

「盗み聞きじゃないよ。聞こえたんだから」

 

 ああ、そうでした。コイツはそんなヤツでした。

 忘れてるわけじゃないのだが、あまりにオレとの感覚が違い過ぎて時々ついていけなくなる。コイツが見た目どおりではおさまらないことは知っているのだが、あまりに見た目とのギャップがでかすぎるのだ。

 この同級生が持つ並はずれた視力は、聴力は、空間を超越してしまう。それはとても便利で、とても厄介だ。オレがその能力に気づいたのは偶然で、また誰に話す気もないが、おそらくその能力は人間を逸脱している――並はずれた能力故の無関心、マイペース。

 いまここでオレと会話をしている事が奇跡に近いだろう。

 再度現実を突きつけられ、頭を抱えたオレと対照的に、夙夜は淡々と続ける。

 

「あとね、すごく気になる情報が」

 

「おお、お前が気にするとは珍しいな。とりあえず話してみろ」

 

 いったんコイツの事を再認識すれば、もううろたえる事はない。そう思ったのだが。

 

「あの切り口、たぶん、やったの、珪素生命体《シリカ》だよ」

 

 オレは夙夜の言葉で再び理性とサヨナラせざるを得なかった。

 

説明
 オレにはちょっと変わった同級生がいる。
 ソイツは、ちょっとぼーっとしている、一見無邪気な17歳男。
――きっとソイツはオレを非日常と災厄に導く張本人。


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※ 表紙・キャライラストは流離いのhiRoさまから頂きました。
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