The way it is 第七章ー婚儀
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遠くに見える扉が開き、真っ直ぐに引かれている赤い絨毯の上をシラギが歩き出した。

一切の静寂の中、ただ籠った足音だけが聞こえる。絶対笑ってしまうに違いないと身構えていたリウヒは、その白い衣を纏う男に釘付けになった。あまりにも堂々と歩くその姿に。

 

わたしの。

目線をシラギから離さずにリウヒは思った。

わたしの腹の中には、兄の子が宿っている。この胸の中には、未だにキジが住んでいる。

それでもシラギは言った。わたしの想いを見くびるなと。

今はこちらに向かって歩いてくる男を愛しているとは思わない。ただトモキや仲間のように、大切な人であるだけに過ぎない。

だが、いつかわたしはあの男を愛するだろう。その存在が消えてしまえば、気がふれてしまうほど、愛するに違いない。それは理屈ではなく、確信に近かった。

儀式が終わって、シラギが立ちあがる。リウヒは僅かに笑った。

男は黙って目を閉じた。

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男の籠った足音と衣ずれの音が横を通り過ぎていった。

モクレンは下を向いてそれを聞いているだけである。

 

手の届かない人になっても、小娘陛下のものになってしまっても、わたしは黒将軍の傍にいる。今の地位がある限り、いることができる。

こんなに人を好きになることはもうないだろう。これから先、どうなるかは分からない。もし、己が死んで新しく生まれ変わるとしても、ただ傍にいるだけでいい、またあの男と巡り合いたいとひっそりと思った。

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変わったわね。

マイムは感心しながらシラギを見ている。あの男が、こんな儀式を真面目くさってやっているなんて。愛の力は偉大だわー。

が、マイムは呑気にそんなことを考えている場合ではなかった。国王陛下と夫君の民への顔見せ後、婚礼の宴が待っている。段取りを頭の中で確認しながら、頼りない踊り子たちを不安に思った。

大丈夫かしら、あの子たち。失敗なんかして自信喪失しなきゃいいけど。もっと簡単な演目に変えた方がよかったかしら。

そこまで考えて、マイムは苦笑した。なんだかんだ言って、結局は部下たちが可愛いのだ。

ほら、馬鹿な子ほど可愛いっていうし。心の中で言い訳をしながら、御前に出る前に一丁、励ましてやろうかと思った。

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やっぱりリウヒは国王だなあと、改めて思いながらキャラは末端に畏まっている。横にはトモキの母、ユキノがいた。感激しているのか、ずっと泣いている。

「ティエンランの主リウヒは、此度宮廷軍右将軍シラギを生涯の伴侶に迎え入れることを、天と地と民に誓う」

低く湿った声が天井の高い室内に響いた。

あたしたちはこれから幸せに生きていくだろう。少なくともリウヒには、誰よりも幸せになってもらいたい。

そして、みんなに子供が生まれて孫が出来て、お爺さんお婆さんになって、思い出話をして呑気に茶を啜るのだ。

今日の日も、いつか自分の口から遠い昔の追憶として語られるのだろうか。

きっとそうに違いないとキャラは広い部屋の隅で思った。

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思いもよらぬ民衆の数と声に、二人は彼らの勢いに飲まれて、尻ごみしていた。

婚礼の儀式が終われば、次は顔見せだ、城下には愛する国王陛下の艶姿とその夫君を見ようと、全国から大勢の民が押し寄せている。

「取って食われそうだな」

「わたしはリウヒの夫になったのであって、人見せ猿になったのではない」

「ごちゃごちゃ言ってないでさっさと行きなさい!」

突き飛ばすように宰相に背を押された国王と黒将軍は、ペイと正門下に登場した。

歓声は衝撃となって二人を襲う。ふっ切ったようにリウヒが笑顔で手を上げた。声は一段と大きくなる。

「シラギも突っ立ってないで、ほら笑え笑え」

「笑えと言われて笑えるほど器用な人間ではない」

「ならば今すぐその不器用を返上しろ」

門横では、袖で宰相が笑えの手をあげろの、身ぶり手ぶりで焚きつけている。その隣では、三老がそれいけ、やれいけ、とばかりに拳を振り回していた。

「全く、人ごとだと思って」

リウヒが笑った。シラギは余裕が全くないらしく、仏頂面で突っ立っている。

仕方のない人だ。悪戯心の湧いたリウヒは、背伸びしてその襟を引っ張り、黒将軍の唇に口づけをした。

民衆は宮廷を吹っ飛ばすのではないかと言うほどの勢いで声を上げた。

冬の透き通った蒼い空の下で。

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冬の終わりに、キャラはトモキの部屋へと居を移した。

そして、そこで仲間や同僚と共にささやかな式を挙げた。トモキの母も、リンたちも参加してくれた。

完全に儀式であるリウヒの婚儀の礼とは違い、小さいなりに温かい式だった。

で、一生の汚点を残した。

「わたしは、キャラを生涯の…うわああ!キャラ!」

誓いの言葉を放り出し、トモキが悲鳴を上げた。自分の鼻から生暖かいものが垂れている。

鼻血だった。

「きゃああああ!」

幸せの余り、純白の婚礼の衣を血に染めた花嫁は、動転して泣き出してしまい、大騒ぎになった。

「は、恥ずかしくてもうお嫁に行けない…」

「今、行っているじゃないか」

同僚たちは、陛下や将軍たちやトモキに最初、怖れおののいていたが、酒が回る内に気にならなくなったらしい。若さ故だとマイムが微笑んだ。

「こんな人たちと知り合いだなんて、キャラはすごい」

すごくない、とキャラは首を振った。すごいのは仲間たちの地位であって、あたしは一介の侍女だ。だからもっと上へ行きたい。

 

「行けるよ、キャラなら」

夫となったトモキはそう言ってくれる。

「ぼくも負けていられないな」

クスクス笑って優しく抱きしめた。その腕の中でキャラは静かに目を閉じた。

なんて、幸福なことなんだろう。

あたしは、大好きで堪らない人と、これから一緒に時を過ごしていくんだ。

 

説明
ティエンランシリーズ第四巻。
新米女王リウヒと黒将軍シラギが結婚するまでの物語。

「ならば今すぐその不器用を返上しろ」

視点:リウヒ→モクレン→マイム→キャラ→リウヒ→キャラ

*今回は短いです。えへ。
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コメント
天ヶ森雀さま:コメントありがとうございます。へえ〜初めて知りました!(まめご)
『未必の恋』と言うやつですね。「今はまだ恋じゃない。けれどきっといつか恋になる」。某イラストレーターの絵にありました。(天ヶ森雀)
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