ミレニアム・アンデットデビル上2 |
第二章『過小評価』 〜柳 双葉 編 1
「・・・・・・ん。」
ベットの上で寝返りをうちながら、頭はだんだん覚醒していく。
幼い顔立ちの可愛い寝顔から、双葉の目はゆっくりと開き、そしてすぐに閉じる。
覚醒しかけた意識は再び深海の闇の中へと落ちていく。
「ぅんん〜・・・・・・」
双葉は、朝がかなり弱い。
現在16歳になる双葉は、去年まで1000m狙撃成功率100%の佐津間俊と、全ての電子を使う機械を操作できる須藤欄と同じ暗殺組織『ハプネス』にいたのだ。
そこは優秀な人材を集めると同時に、生まれながら身元の持たない、いわゆる孤児も一緒にそこで教育を受け、殺人術を覚えていく。
双葉と俊は、後者である。
当然、そういった施設に自由も甘えも許されない。立派な殺人者・・・・・・と言えば言葉はおかしいが、とにかく幼年期以下の場合、個々の欲求も満たされずに機械の様に感情を持たない人間が育つのである。
だが、何事にも例外が存在する。
双葉は、生まれながらに作りが人間とは違っていた。超能力とか奇怪現象とか、そういう類より、地球外生命体と言った方が近いだろう。
心臓が二個あるとか、指が無いとか、そういった問題ではない。
双葉は、死なないのだ。
新型MRIXスキャンで見ても、とりあえず外見は普通の人間と同じである。
だが、細かな細胞が違う。
人間は動物の種類であるという理論をそのままひっくり返す生物、それが柳双葉である。
核という物がある。
それは、命の中心部であり、外部のダメージの他に、その核を失えば生物は死に至る。
大雑把な表現だと、動物は心臓と脳であり植物は根っこである。
だが、柳双葉は髪の毛から爪の先まで、全てが核である。つまり、核爆弾で全身放射能を浴びようと、髪の毛一本残れば無事なのである。
この理論でいくと、柳双葉という人間は複製が可能のように思われるが、それは出来なかった。掟破りで、なおかつ法則崩れである。
そんな身体の双葉がハプネスで特別扱いされるのは、さほど不思議ではない。よって・・・・・・「ん・・・・・」
幼い頃から唯一甘やかされてきた双葉は人に起こされるということを知らず、加えて朝が弱いのである。
コンコン、
ドアを叩く音に、寝返りで答える。
双葉を起こす者は、緊急事態以外ではまずありえない。よって今回も緊急事態だという予測はできるのだが、そんなこと今は意識が2%も覚醒していない双葉が判断できるはずもない。
コンコン、
ドアはしつこく、そして定期的に叩かれる。
コンコン、
「・・・・・・っ?」
ようやく意識が戻ったら、自分を起こしに来るという事態の重さを知る。
「どうした!」
ベットから跳ね上がり、ドアに飛びつくと、
「朝なので、起こせと言われたんで。」
「・・・・・・。」
声が、聞き覚えのない女性の声。
俊さんはそんなこと言わないし、欄はオレの部屋に近づこうともしない。俊さんと蘭の3人で暮らしているこの屋敷に、他の人間が来ることはありえない。
(いや・・・・・・)
クライアントか。
依頼の形は、3種類ある。
一つ目は、個人にではなく、ミレニアム・アンデットデビルへのチームへの依頼。だが、これは俊さんが説明するので、こうやってわざわざオレの所には来ない。それに、チーム自体に依頼があるとすれば、それは去年起きた韓国軍完全崩壊事件という歴史に残るレベルの事件になる。よって、これは無いだろう。
二つ目は蘭から知らされる小さなテロの任務だが・・・・・・これも無いだろう。欄とは、どんなに喧嘩しても、仕事まで私情を挟むことは今までで一度も無い。お互いプロだという点はもちろんだが、互いに仕事にはプライドがかかっているからである。
となると・・・・・・。
「報酬は?」
このオレ、柳双葉のもう一つの名前の仕事。
アンデット・ファラオとしての仕事。
双葉はドアに耳を付け、相手の声を確実に聞きにいく。もう仕事は始まっているからだ。
「・・・・・・。」
だが、ドアの向こうにいる女性は喋らない。普通、ドアを一枚開けて問い出せばいいかと思うかもしれないが、客のプライバシーに関わるので、それはこの仕事では絶対にタブーである。
(なるほど、欄の盗聴のスキルまで見破っているか。)
久しぶりの大きな仕事に、冷や汗が垂れた時だった。
ガチャ。
「・・・・・・っ!」
今まで、こういう場面は何度かあった。とは言ってもそれは数えられる程度で、ドアを開けられたのは今回が初めてである。
双葉をあまり知らない人間は、双葉達を殺して金と名誉を奪い取ろうと道端で平気に闇討ちをしてくるが、本当に自分のことを知っている人間はそんな真似はしない。
素手の小学生が、拳銃を持った大人に真っ向から戦いを挑む。
そのくらいの実力差があると分かっているからである。つまり、この家に入ったことで、自分がどれだけ危険な人物を相手にしているか分かっているはずである。それなのにドアを開けると言う事は自殺志望者以外は考えられない。
だが、とっさのことなので反応が遅れた双葉の目の前に、奇襲を仕掛けに来たのかただのクライアントか分からない人物が双葉前に姿を現す―――!
「朝食です。」
「・・・・・・。」
どこかで見た、冷めた女の顔。
昔のハプネスの元上司か、それとも自分が殺した人がお化けとなって出てきたか。
「だから、報酬は朝食です。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
全て、合点がいった。
「パンとご飯、両方ありますので好きな方を頂いてください。」
そして、扉が閉まる。
ガチャン、と。
「・・・・・・。」
あの、死んだ魚の様な目つきをした、欄が連れてきた新メンバーである。
「・・・・・・っく!」
バアアアン!
思いっきりドアを殴るが、派手なのは音だけで、傷の一つもつかない。だがそれは仕方が無い。この屋敷は例え核爆弾や原始爆弾、粒子爆弾の類でも中に居る生物は決して命に影響を受ない程高価な作りになっているのだから。
だが今は、それが余計にむかつく。
バアアアアン!
とりあえずもう一度叩いてみる。
(あの、女の眼・・・・・・っ!)
双葉が早とちりをして、恥ずかしいのを誤魔化しているという点は確かにある。だが、それ以上に、双葉の心を動かすものがあった。
(オレを、・・・・・・この職業をっ!)
それは、妃子の軽蔑の眼差しであった。
「見下しやがった!!」
バアアアアアアアアアン!
コンクリートの壁なら軽く穴が開きそうなパンチも、この壁には傷一つ与えられない。
だが、それはこのアンデット・ファラオも同じ。
「教えてやる・・・・・・!」
今まで生きてきた中、欄を除いて人生で始めて殺意を抱いた。
肩で息をする姿は、薬物依存症に見えなくもない。
「オレの、名前を―――――」
最後に不敵な笑みを漏らすと、すぐにいつもの幼くて美形な、それでいて冷たいいつもの顔立ちに戻る。
こういう職業は、ポーカーフェイスが必須条件だからである。
双葉の場合は、それが人一倍得意だが―――――――
第二章『過小評価』 〜柳 双葉 編 2
ザッ
「・・・・・・。」
地元から町を3つ離れた場所にある警察署。今の世の中ではアニューズポリスとか言うらしいが、15才にして小学生並みの知識しかない双葉はその意味も分からない。
パトカーはほぼ待機しているということは、ここには警察官がうようよいるのだろう。
最近では警察は力をつけ、レベルの高い殺し屋でも捕まえられられる。だが、そんなものはこの柳双葉には関係ない。アンデットファラオにとってみれば、ここにどんな人間いようと支障は起きない。仮に、ハプネスのトップクラスのハンターでも、双葉の殺害は当然として、捕獲も不可能である。
ザッ、ザッ、ザッ、
堂々と正面から双葉は警察署に入った。周りにいた警察官も、人が入ってくること自体珍しくないので、誰も双葉に特別な意識は持たない。
「さて・・・・・・と。」
カウンターの前でキョロキョロと首を振っている双葉の姿は、大人の目には社会見学にきた中学生に見えなくもないだろう。
だがしばらくすると目的の場所が見つかり、そこに足を運ぶ。そこは・・・・・・
『民間データルーム』
一区域の人間が全て番号化され、資料によって簡単な人間関係が描かれている。何年か前に役所を襲う事件が頻繁に発生し、そこにある金と保険書等の強奪事件が頻繁に起きたらしい。そこで、こういう貴重な個人情報外に漏洩しない様に警察が管理しているというわけだ。今の警察は、かなりの力を持っていて、テロが存在しない警察は日本の頂点に君臨しているので管理のシステムが移ってからはデータの漏洩は完全に無くなった。未来においても日本が戦争でも始めない限り警察は自衛隊以上の権力を振舞うことが出来るであろう。
・・・・・・だが、
「きみ。」
声を呼びかけられ、双葉は声の方向に視線を流す。歳の若い、勉強だけで生き抜いてきた印象を受ける警察官。
「・・・・・・・・。」
どんなに厳重に管理しても、世の中には常に例外が存在する。
「ここは立ち入り禁止だから離れなさい。これ以上近づくと刑務所に連行されるぞ。」
中高生をからかうノリで新人警察官は言うが、それはタブーであった。
「・・・・・・・へえ、」
双葉の眉が動き、目の前の男の首を―――
ガッ、
「・・・・・・。」
横から割り込んできた男は双葉の手を掴んでいた。手を掴んでいるのは歳老いた50代後半の男で、その表情は真っ青になっており、明らかな恐怖が浮かんでいた。
「しょ、署長・・・・・・?」
「は、はは、はははは、ぶ・・・・・・部下が、失礼なことを。」
署長と呼ばれた歳を老いた男性は、双葉を掴んでいた右手を恐る恐る離した。この署長と呼ばれた男は、双葉の逆鱗に触れたら命が無いということを身を持って知っているようだ。
「・・・・・・まさかこんな一般市民がオレを知っているとはな。」
吐き捨てるかのように乱暴に言い放つが、署長は苦笑いで答える。
「この少年と知り合いなんですか?」
「・・・・・・おい、この馬鹿に口の利き方を教えてやれ。」
双葉の眉毛がピクリと傾く。
「は、ははははは!最近の若い者は口の聞き方がなっていませんねえ!」
「・・・・・・・?」
自分の上司が頭を下げる態度なので、見張りをしていた警察官も対応に困る。
「全くだ。」
双葉はあくまで自分のスタイルを貫き通す。
「それで、今回はどういった用件で・・・・・・?」
署長が双葉と話ながら、手で新人警察官に向こうに行けとジェスチャーしている。
「その前に、何でてめえは俺のことを知ってんだ?名前や噂は耳に入るかも知れねえが、顔と名前が一致するというのはおかしい。」
別の角度から見ればアンデットファラオというブランドを自慢しているように聞こえなくもないが、そんなに状況は穏やかではない。署長にとってみれば、返答を間違えれば命に関わる問題である。
「韓国軍完全崩壊の事件で、柳様の顔は世界規模で有名になりました。隠しカメラが仕掛けてあったらしく、それに柳様が映し出され次々と兵器や軍人を圧倒されてい・・・・・・」
話は途中から耳に入らなくなっていた。
・・・・・・カメラ?欄がいれば、全ての電子機器は操作できるはずだ。それなのに何で・・・・・
「おい。」
「は、はい!」
50年も生き抜いてきて、それなりに地位も高い人間が中学生に頭をへこへこ下げるのは滑稽だ。
「そのカメラに映っていたのは俺だけか?」
しばし考えてから、
「はい!一人で韓国軍を制圧した事実は、世界中に広まっていまして・・・・・」
「・・・・・・。」
何が一人で制圧だ。ただの嫌がらせじゃねえか。あの整形ブスめ、俺だけ顔割らせやがって・・・・・・・!
機嫌が悪くなるのを自分自身で感じていた。それを署長も察したのか、言葉が戸惑っていた。
「・・・・・・・あ、あの、」
っち。
不機嫌さを外に漏らすかのように、舌打ちをしてから自分の気持ちを強引に切り替えた。
「川越妃子の経歴と人間関係を調べろ。」
棒読みの声は怒りを殺している象徴だ。
「・・・・・・え?」
その間抜けな態度に、今度こそ腹を立てた。
「てめえどこの無能だ!川越妃子っていう死んだ魚の目をした女の素性を隅から隅まで徹底的に調べろって言ったんだ!」
「は、・・・・・はいぃぃぃ!」
周りの警察官は、大声で叫ぶ双葉に視線集める。署長も部下が見ているというのに、いじめっ子にパシリされるぐらいの勢いで民間データルームに入っていった。
「・・・・・・っち。」
あの整形ブスのせいで、調子が狂う。あのオヤジは別に俺の機嫌を損ねていない。だが、あの冷血女のせいで、ペースが乱されている。
冷静に自分を観察することのできる双葉は、その戦闘能力だけではなく人間的にもかなりレベルが高い。
・・・・・・まあ、いっか。
開き直ったのか、双葉の顔には小さな笑みが浮かんでいた。
今度は、俺がお前のペースを奪い取るんだからな。
目の前にある部屋で、署長が用紙をプリントアウトしている。
とりあえず、情報は手に入れた。
後は、ターゲットを選ぶだけである。
第二章『過小評価』 〜柳 双葉 編 3
双葉は1時間程前にアニューズポリスで手に入れた紙を広げた。
CL番号69・0039204991。
名―――川越妃子。
3月18日生まれ、現在16才。職業は学生。
早生まれだが、欄と同級生か。・・・・・・俺の一つ上の女はろくな奴がいないらしいな。
ちなみに双葉は誕生日が4月なので、年だけ見れば一つしか変わらないが、実際は二つ離れえいる。
思考を中断し、再び紙に目を通す。
私立羽嶋小学校を卒業。私立羽嶋中学校を卒業。県立奏課高校に入学。現在は奏課高校2年。 家族構成。
裕子(母)のみ。
2056年、川越妃子の姉にあたる川越姫子(きこ)が失踪。家出という線で警察は捜索したが、結果的に誘拐事件に発展し、死体で帰宅。(右腕、両足のみ。他の部分は巫子であると断定できない。)犯人はそれから二週間後に射殺され死亡。恐らくハイツ・プロトネルクス(ハプネス)だが、この組織は警察の力では近づけない。
父、川越箔(はく)は会社先で転落死。表ではそうなっているが、この事件は早川稔という人物が死に追い詰めたという説もある。だが証拠不十分のため、逮捕状は出ていない。現在も調査中。
羽嶋中学第14期卒業生。赤名浩太、有馬宋・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・川越妃子・・・・・・・・・・・・・・・・・・・楠間ゆいみ・・・・・・・
「・・・・・・・・・。」
事務的に、なんの感情も混ざらずにその紙を眺めていた。そして、その裏にメモをとった名前、『楠間(くすま) ゆいみ』とかいう女に目を留めた。
妃子と同じクラスに一度だけなり、しかし会話を事務的に交わすだけで特に深い仲というわけでもないらしい。加えて、楠間ゆいみは交通事故で今は病院で入院しているらしい。その病院は・・・・・・
「巾音(はばね)病院、と。」
双葉はその病院の名を確認すると、ゆっくりと病院の敷地内に足を踏み込んだ。
面会手続きをとるわけでもなくずかずかと、まるで自分の家の様に目的の場所に向かう。
そして4分。
双葉は目的の楠間ゆいみの部屋を目の前にして、何の躊躇もなくドアを開けた。
右手に、小型ビデオカメラを持ちながら――――
がちゃ。
ノックをするわけでもなく、無造作にドアを開ける双葉。
ゆいみと思われる少女は両足を包帯でぐるぐるに巻かれてからぶら下げ、両腕しか自由の利かない体勢で読書をしていた。
「・・・・・・?」
自分ひとりしかいない病室に現れた双葉を不思議そうに眺めている。ゆいみからすれば双葉の年齢が自分に近く、高齢者と部屋が同じのゆいみにとって同世代の双葉には外見がいいからか何か変な期待をしてしまう。
「てめえが楠間ゆいみか?」
「は、はい。」
まるで幼馴染が入院していたのを心配して駆けつけた場面に見えなくもないが、中身は最悪だった。
「じゃ、死ね。」
「・・・・・・え?」
ゆいみが困惑の言葉を発すると同時に、ぶら下がっていた両足がゆいみも身体から離れた。
「・・・・・・っ!」
悲鳴をあげる間もなく、喉には双葉の指が食い込んでいる。ゆいみの叫びは口ではなく、喉からでる空気の音に変わっていた。
最後に目玉の横を軽くデコピンする。すると、目玉が神経の繋がったまま垂れた。だが、もうゆいみには今、自分がどういう状況なのかもわからないだろう。
その間、3秒フラット。
一般人だろうと軍人だろうと、双葉は3秒で人間を再起不能まで壊し、そしてとどめを指すことができる。
だが、今回はおかしな点が一つあった。
そこまで残虐性の高い殺人なのに、ゆいみの身体からはそれに見合う出血が出ていない。完全に血が流れていないというわけではないが、両足をちぎったにも関わらず、出血はベットから漏れなかった。
「それじゃ・・・・・・」
双葉は珍しく独り言を喋った。
「あとは、よろしく。」
しかし、その言葉に答えるように、双葉はドアから出て帰宅しようとすると、一人の人物がすれ違い様に楠間ゆいみの病室に入っ?トいった。
その日の夜、双葉はそのビデオカメラを妃子に渡すと、自室で休んだ。
第二章『過小評価』 〜柳 双葉 編4
「ん・・・・・・、」
今日は、中々寝起きがよかった。双葉は上半身を起こすと、首を回してから冴えた目でリビングへと向かう。別に朝の朝会といった堅苦しい規則はないのだが、これだけの資金があるミレニアムアンデットデビルにはリビングにしか冷蔵庫が存在しない。双葉の朝は常にコップ一杯の牛乳で成り立っているため、この行動は既に日課となっている。
距離の長い廊下を歩き、リビングを目指す。ようやく目的地に到着したが、
そこには先客がいた。
「おはよう。」
「あ・・・・・・おはようございます。」
リビングには俊さん、欄、それと使用人として雇ったはずの妃子の3人が腰掛けていた。
「・・・・・・・。」
「っ・・・・・・・!」
・・・・・・・あ?
妃子は双葉の顔を見た途端俯(うつむ)き顔を、テーブルに伏せ、欄はいつも以上に鋭い眼つきを双葉に向ける。
「そこ、座ってくれるかな?」
俊さんはそう言うと、冷蔵庫から牛乳を取り出し、それをコップと一緒に目の前に出してくれる。
「ああ、すみません、ありがとうございます。」
双葉は、俊にだけは頭が上がらない。
昔、世界でNO2の殺人養育組織に所属していた双葉は、幾度も俊の世話になった。加えて普通の人間ではない双葉は周りに仕事以外で会話を交わす人間がいなかったが、俊だけは何度も向こうからコンタクトをとってきてくれたのだ。
人を拒絶する柳双葉が唯一心を開き、尊敬している人物。それがこのチームのリーダー、佐津間俊である。
「ありがとうございます・・・・・・・じゃないでしょ!」
バン!と、思い切りテーブルを欄が叩く。一瞬妃子が身体をビクつかせたが、あとの二人の反応は至って普通だった。
「生理か?」
「っ!」
ッパス。
欄は瞬間的に太ももに装備してあるDeringer(デリンジャー)を抜き、一瞬で双葉の脳天を射る。小型のDerinderの威力では貫通は不可能だが、テーブル越しの距離ならば十分殺傷能力があることも確かだ。
「こん・・・・・・・・のっ!」
欄が椅子から崩れ落ちた双葉に向け乱射しようとした時、
「欄。」
ビクッ、と、蘭の身体が硬直する。
「室内の銃器の扱いは特例を除いて前面禁止だ。」
「・・・・・・・。」
申し訳なさそうに銃を腰に戻す欄。それはまるで親に叱られておとなしくなる子供の様な姿であった。
「それに、妃子が怖がっている。」
「・・・・・・え?」
見ると、妃子は椅子から滑り落ち、膝を震わせながら蘭との距離を開けていた。
「あ・・・ああ・・・・・・・・・・・、」
本来ならここで叫んだり、気がおかしくなってるが、それはこの男の声でかき消された。
「てめえ、」
怖がる妃子に向けられていた視線が、大の字で横になっている男に向けられる。
「暗殺できるだろ?何がクラッキングとスパイだけだよ。ふざけんなよ。」
言いながら確かに頭を打ちぬかれたはずの双葉は額を抑えながら起き上がった。そこにはもはや先ほどの撃たれた後は残っていない。
「で、結局なんだ?本当に生理でしたとかいう下らねえオチだったら殺すぞ。」
「昨日のことさ。」
双葉の問いに答えたのは欄ではなく、俊だった。
「・・・・・・ああ。」
今思い出したいう感じで双葉は納得した。
「だから今日はやけに寝起きがいいのか。」
本当に、清清しい朝だった。だが、この言葉を聞いて妃子の顔が急激に青ざめていくのが分かる。その反対で、欄の表情には怒気が満ち溢れている。
「あなたねえ!」
「何だ?てめえには関係ねえだろ。」
一触即発の二人。
「ストップ。」
言葉通り、二人は俊の一言で止まる。いつものやりとりに俊はため息を一つ漏らした。
「川越さん。腰掛けてよ。」
「・・・・・・・・。」
がたがたと震えながらも、こちらも俊の言葉通りに着席する。
・・・・・・・うぜえ。
それを口に出せばまた欄が騒ぎだすので、心の中に閉まっておく。
「さて、本題に入ろう。」
俊はこういう会議、仕事の場面になると声と口調を変える。本人曰く、威圧感を出すためらしいが、双葉にとっては常に頭の上がらない存在なので今までと対応は変わらない。
「双葉、昨日は川越さんの知り合いを殺して、その光景をビデオカメラで撮影し、それを川越さんに渡した・・・・・・・当たっているか?」
覚悟をしていたこととはいえ、やはり自分が尊敬する人に厳しく言われるのは流石の双葉も辛かった。
「・・・・・・はい。」
返事を噛み切ると、俊は再び小さなため息を漏らす。
「わかった。双葉、お前にチーム・ミレニアムアンデットデビルの規則を破った罰を与える。」 いつもとは違う事務的な態度が自分に向けられたことで、少し怯(ひる)んだ。
・・・・・・・まさか解雇は・・・・・・ないよな?
だがそんな態度は微塵にも見せず、常に何を考えているのか分からない無情な自分を演じる。
「アンデット・ファラオこと柳双葉。お前に一日の外出禁止を命ずる。」
「ちょっと待って!」
その判決に欄は激怒した。テーブルを思いっきり叩くと、勢いで椅子から立ち上がる。
「何でそんなに双葉に甘いのよ!いい?人が死んでるのよ!それも雇われたばかりの妃子の友達が!それでなんで・・・・・・・」
「・・・・・・座れ。」
小声で言う一言には、決して読み取ることの出来ない様々な感情が混ざっている。俊に逆らえるものは、この世界には存在しない。
行き場のなくなった蘭は、言葉が出ずに着席する。
「双葉は規則であるプライベートでの殺人を実行した。それだけだ。川越さんの知り合いだろうとなんだろうと関係ない。それに今回は川越さんと特に仲の良い友人が殺されたわけではなく、ただの元クラスメイト。心を開いている母親だったら解雇かも知れないが、今回はそれほど追求する程の問題ではない。・・・・・・意義のある者。」
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・。」
女達は俊の考えに口を挟めない。
「なら話は終わり。あ〜あ、みんな、もうあがっていいよ。」
俊さんがいつもの状態に戻ったが、そのことに触れる者は誰もいない。
居心地の悪い双葉はその場を立ち去ろうとして踵(きびす)返すと、
「え〜っと、双葉。」
俊さんに呼び止められる。
欄や妃子なら無視して部屋に行くが、この人の場合そうはいくまい。
「・・・・・・はい?」
振り返り、俊さんの顔を見る。
「後で個人的に話があるから、オレの部屋に来て。」
(あ・・・・・・)
怒っている。それも、もの凄く。この人は目が狐の様に細く、加えて喜怒哀楽が薄いので表情が読み取れないのだが、それでも普段より目元が鋭いのでは流石にそれは読み取れてしまう。
「・・・・・はい。」
心の中でやるせない気持ちを残したまま、双葉は一旦部屋へと向かった。
第二章『過小評価』 〜柳 双葉 編 5
コンコン、
30分後、双葉はこの屋敷で一番狭い部屋をノックする。そこは4畳しかない俊の部屋である。
「入っていいよ。」
恐る恐るドアを開けると、ドアを開けるスペースの他にベットとテーブルしかない殺風景な部屋に足を踏み込む。俊はベットの上で座りながらスナイパーライフル、H&K・PSG1を磨いていた。
「座ってちょうだい。」
どこに座ればいいのか分からなかったが、とりあえず俊の隣、ベットの上に腰掛ける。
ガン!
「うが・・・・・・・!」
ライフルの銃口で鼻をぶつけられる。この人は双葉の数少ない痛点を知っている。
「馬鹿。」
話の内容は、馬鹿から始まった。
「何でお前はいつでも悪者になりたがるんだ?」
「・・・・・・え?」
俊は首を横に振ってから、
「え?・・・・・・じゃないだろう?妃子みたいな一般人が俺たちみたいな異端に始めから馴染めるはずがないだろ?」
「・・・・・・・。」
「とりあえず武器を見せて、それから作戦会議に入れる。そこまででも最低4ヶ月はかけようとしているのに、いきなり人を殺す姿を見せるなよ。それもわざわざ同級生。あの子にとってはショックがおっきすぎ。」
反論が出来ない。
「・・・・・・すいません。」
「あああ!だから!」
俊は怒ったように叫ぶと、ライフルを床に放り投げた。これでこの部屋のスペースは0になった。
「何でお前はいつも悪者になるんだ?いずれオレがお前の役をやろうとしたのに。」
「・・・・・・え?」
「え?じゃない。ただでさえお前は欄と仲が悪いのに、何で自分から悪化させる。」
「・・・・・・・すいません。」
本当に申し訳ないと思い、心から頭を下げる。だが・・・・・・、
「なめるな。」
俊の目の色は違っていた。
「全部悪いことはお前が背負って、お前が尊敬しているオレがおいしいところを全て持っていく?はあ?いい加減にしろ。」
「・・・・・・。」
「悪役を美化するなんて御免だし、一人で悪役を演じるなんて一番気に食わない。」
そういうつもりではないんです。・・・・・・という言葉は喉までしか出なかった。
「一般人が俺たちみたいな人を殺して飯を食っている人間を嫌悪するのは分かる。だが、その偏見をお前一人で背負うのは許せない。」
「・・・・・・・。」
尤(もっとも)もすぎることを言われては、例え俊さんでなくとも反論できるはずがない。
「なあ、俺たち、昔はただ組織が同じだけの関係だが、お前は今もそう思っているのか?」
先ほどの堅い言葉ではなく、いきなり砕けた感じに俊の声が切り替わる。
「・・・・・・え?」
顔を上げると、弟の面倒を見る兄の様な仕草で、双葉の頭の上に、手が置かれた。
「俺たち、今は家族なんだ。」
「―――――。」
今度は、本当に言葉を失う。
産まれたときからハプネスに所属している双葉は孤児と同じなので、家族というものが分からなかった。
「一人で全部背負うなよ。何か思いついたら、まずオレに相談しろ。分かったなら・・・・・・行ってよし。」
「家族・・・・・・」
「困った時に助け合うのが、家族だ。血縁なんて関係ない。なら、俺たちはもう立派な家族だろ?」
胸が、熱い気持ちになる。俊さんは、時々オレをそういう感情にする。
「はい!」
無意識に強く返事をすると、今度こそ満足そうな表情を見せ、ドアを指差した。
「行ってよし。」
親指で扉を指差す俊さんは、間違いなく双葉の憧れだった。
「ありがとうございます。」
そういい、扉をくぐらないうちに、
「金、振り込んどいたよ。」
後ろから意味深な言葉をぶつけられる。
「・・・・・・?」
何がなんだか分からず振り返ると、俊はため息をついた。
「なんだよ、まだ家族は遠いか・・・・・・、」
遠い目で双葉を見るが、全く思い当たるふしは無かった。
「あの、金って・・・・・・?」
「何言ってんだ?昨日の楠間ゆいみの治療費だよ。」
「――――――!!」
顔から、火がるということわざを身を持って体験した。
「わざわざ川越さんに立場を教えるために、自分のポケットマネーで楠間ゆいみをいためつけた後に治療費まで出したんだ。安心しろ。その金は全額オレが払ってあげるよ。」
「・・・・・・・・・・・あ・・・・・・、」
言葉も喋れず、声を漏らす双葉。
「お前が眠っている時に通帳を拝借してちゃんと使った分の3億は振り込んでおいたから。」「・・・・・・・。」
俊はライフルの磨きに力入れながら、呟いた。
「お前は、オレを舐めてたようだな。」
得意げにフフンと鼻をならしていたが、その顔を見ることはできなかった。
「・・・・・・・失礼します。」
部屋から出てドアを閉め、しかしその場からは離れずにいた。
(なんでも・・・・・・お見通しか。)
それにしても、俊さんといると自分のペースが全く保てない。
(全く・・・・・・・敵わないなあ。でも、)
オレもこの無意識にできた警戒心を、ここでなら薄めてもいいかもな・・・・・・・・
そう思いながら音一つ発てずにドアから離ようと足を一歩前に出す。瞬間、
「ちなみに、この情報をくれたのは蘭だからね。」
ドア越しに、そんな声が聞こえてきた。
「・・・・・・・・。」
須藤欄。クラッキングのエキスパート。パスワードを何十に重ねようとそれをいとも簡単に破り、それどころか基本的に電気が7V以上ある電子機器は無条件で潜入し、データの表示に変換ができる史上最凶のクラッカー、通称、
――――デビルウイルス。
そこまではハプネスの頃から話では聞いていたが、ここまでとは思わない。完全に双葉の想定を上回っていた。だが、それより―――
自称、スパイ―――。
つまり、先ほど怒っていたあの表情さえも全て演技だということだろう。
「・・・・・・・・。」
文字通り、ぐぅの音も出ない。
俊さんといい、蘭といい、過小評価しすぎたことを認めよう。双葉の能力が人間離れしているという点もあるが、これはどう転んでも覆らない事実だった。
だが、
柳 双葉はこれから今まで以上に警戒心を抱くだろう―――――
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ミレニアム・アンデットデビルの続きです。 当時の書いたときは17歳だったか... |
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