雨の日が来ればわからない
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 ――人形は何のために作られたのか。

 メディスン・メランコリーの頭を悩ませる己の存在への疑問は、いつも最後はそこに行きつく。

 それは「人間は何のために生まれるのか」よりも難解で深遠な問いかけに違いないのだ。

 

 無名の丘という矛盾した名前で呼ばれる人の寄り付かない草原。

 真冬であるにも関わらず至る所に鈴蘭が咲いている。

 自分でもよくわからないが、メディスンの能力がそうさせているらしい。

 メディスンはここに捨てられ、ここで生まれた。

 そして、これからもこの鈴蘭畑を出ることはないだろう。

 自分に残酷な仕打ちをした人間という生き物に会わないようにするために。

 だから、今日もひとりで物思いにふけるしかすることがなかった。

 

 頭に細かいものが触れるのを感じた。雨が降ってきたのだ。

 メディスンは堂々巡りの思考を中断する。

 冬の冷雨が鈴蘭の白い花弁を揺すった。

 メディスンの体もしだいに濡れていくが、雨宿りをしようという気は起こらない。

 雨粒を吸う柔らかい金髪も、雨粒を弾く滑らかな肌も全て作りもの。だだ雨に打たれるのに身を任せる。

 

 背後に気配を感じた。反射的に振り向く。

 

「うらめしや〜」

 

 少女がひとり立っていた。すぐ目の前に顔があった。

 少し驚いたが(少女にとって)幸いなことに毒を撒き散らさずにすんだ。

 少女のぺろんと舌を出したふざけた表情を見たせいで、驚きや恐怖心といったものはすぐに鎮まったからである。

 それにしても顔が近い。彼女の瞳の色が左右で異なっていることに気づく。

 ぱっちりとした赤と青の瞳。見ていると吸いこまれそうになる。

 

「誰?」

 

 メディスンは尋ねた。するとなぜか少女の瞳にみるみる涙が溜まっていく。

 

「なんて冷静なリアクション! やっぱり私はもうダメなんだわ」

 

 手にしていた傘を放り投げ、地面に突っ伏してしまう。どうやら泣いているらしい。

 状況が掴めないが、どうやら彼女の悲しむ原因を作ったのはメディスンのようだ。

 多少の罪悪感を覚えるが理由が分からないのでどうすることもできない。

 おろおろしていると転がった彼女の傘に目が行った。

 メディスンの知り合いにもいつも傘を差している者がいる。

 メディスンが知らないだけで世間では流行っているのかもしれない。

 

「傘、良いわね。わたしも持とうかしら」

「え?」

 

 少女のすすり泣きがぴたりと止んだ。素早く起き上がるとメディスンの手を取る。

 

「素敵でしょ、あの傘! やっぱりわかる人にはわかるのね」

 

 ついさっきまで「もうダメ」なんて言っていたのが嘘みたいに明るい。

 

「う、うん」

 

 本当はあの傘を褒めたわけではなくて、傘全般を指して言ったつもりだったのだが、それは黙っておく。

 小傘は転がっていた傘を拾い上げて肩にかけた。嬉しそうにくるりと一回転する。

 

「私は多々良小傘。あなたは?」

「……メディスン・メランコリー」

 

 こうして自分の名前を口にするのはいつ以来だったか。

 生まれてからずっと付き合っているはずの名前が何だか新鮮に聞こえる。

 気付けば辺りは薄暗かった。雨は静かに降り続ける。

 

 濃厚な闇に包まれた無名の丘。その片隅にメディスンと小傘は寄り添って座っていた。

 小傘の傘はなかなか大きく、小柄な二人をすっぽりと収めることができた。

 雨がでたらめなリズムで傘を叩いている。その中でメディスンは小傘の話を聞いていた。

 小傘の生い立ちから始まって、やがて話は愚痴へと変わる。

 

「最近の人間はろくなのがいないわ。妖怪が出たら、驚き、恐れるのがマナーというものでしょう」

 

 小傘の愚痴は止まることがなかった。

 世の中を知らないメディスンにはわからないところも多かったが、とりあえず頷いておく。

 

「昨日の子供なんてさ。驚かないどころか、可哀そうなものを見るような目を向けるのよ。酷いと思わない?」

 

 聞く一方だったメディスンに、突然小傘が話を振った。

 

「……思う。人間は酷いよ」

 

 そうだ。人間は酷い。

 いつも頭の中で考えていることだったが、口にしてみると気持ちが高ぶって抑えられなくなった。

 

「私を捨てた、私なんていらなかった! いらないなら作るな、ばかぁ!」

 

 気づくと子供みたいに喚いていた。

 小傘に引かれてしまったかもしれない。そう思ったが、

 

「そうだそうだ! 熱いねぇ、メディスン。もっと言ってやれ」

 

 小傘が喜んでいたので安心した。

 

 その後は、大いに盛り上がった。

 

「いつか博麗の巫女を泣かせてやるわ。てゆうか、近いうちに泣かす」

「えー、すごい。でも、どうやるの?」

「本当は秘密なんだけど、特別に教えてあげよう。こうして、こうして……、こうよ!」

 

 小傘はそう言いながらバタバタ動いていたが、暗くてよくわからない。

 明るい時に見てもわからないような気もする。

 

「わたしはね、いつか人形だけの国を作りたいんだ。人間は入れないの」

「おおー。でも、それなら唐傘お化けも入れないよね」

「唐傘お化けは……特別ゲスト!」

「やったぁ」

 

 二人で好きなことを好きなだけ話した。こんなにたくさん話をしたのは初めてだった。

 暗闇の中にうっすら浮かぶ小傘の輪郭と、肩越しに伝わってくる体温が嬉しかった。

 気づくと雨が止んでいた。辺りも明るくなり始めている。

 

「じゃあ、そろそろ行くね」

 

 そう言って小傘が立ちあがった。

 

「また来る?」

「うーん。来たいのはやまやまなんだけど、私は忙しいからねぇ」

 

 傘をくるくる回しながら考え込んでいる。

 

「そうだ。また雨が降った時に遊びに来るよ」

 

 そう言って小傘は笑った。そして、メディスンに背を向ける。

 その時、メディスンは小傘について根本的な疑問が浮かんだ。

 

「待って。小傘はどうして人を驚かそうとするの?」

 

 小傘がもう一度こちらを向く。

 

「どうしてって言われても……」

 

 小傘は再び考え込んでしまった。メディスンは邪魔をしないようにじっと待った。

 小傘は「うーん」と唸って目を瞑っていたが、やっと口を開いた。

 

「そこに人がいるから……かな。あれ、これって答えになってる? なってないか」

 

 どうやら小傘自身にもよくわからないらしい。

 

「次に会う時までに考えておくよ。じゃあね」

 

 小傘はメディスンに手を振った。

 深紫の傘に引かれるようにして空へと舞い上がり、やがて見えなくなった。

 

 

* * *

 

 

 朝方はまだ曇っていたが、昼過ぎには透き通るような冬の青空へと変わっていた。

 鈴蘭がまとう水滴が日の光を浴びて輝く。メディスンは今日も変わらず鈴蘭畑に立っている。

 

 無名の丘の小道を、ゆっくりとこちらへ向かってくる人影があった。

 丸く開いた日傘が見えたので、遠くからでも誰なのかわかった。

 花を操る程度の能力を持つ妖怪――風見幽香である。

 こうして、幽香がここを訪れるのは珍しいことではない。

 たまにふらりとやってきては、メディスンと話をして帰っていく。

 その習慣はメディスンが生まれた頃からずっと続いている。

 

「こんにちは。冬の鈴蘭も悪くはないわね」

 

 幽香はにこやかな笑顔で挨拶をした。

 

「何しにきたの?」

 

 以前にもしたことのある質問だった。それでも、今もう一度訊いてみたかった。

 

「さぁ? 理由なんてないわ」

 

 これも前に聞いたことのある答え。幽香の笑みは絶えない。

 

 ――何も考えていなさそうな馬鹿。

 

 昔、幽香とこのやり取りをした時にメディスンはそう思った。

 でも、今は違う。幽香の笑顔が素直な感情を表すものではないことを知っている。

 圧倒的な強さで他者を打ちのめしながらも、決して大怪我を負わせないことを知っている。

 それに、幽香がこうして定期的にやってくるのはメディスンを心配しているからだということも。

 だから、メディスンは話した。雨傘を背負った少女に出会った話を、幽香は黙って聞いてくれた。

 

「小傘は何のために人を驚かそうとするんだろうね」

 

 最後まで話したところで口をついて出たのは、本人にすらわからない未解決の疑問。

 尋ねたところで答えは出ないと思っていたが、

 

「構ってほしいからでしょ」

 

 幽香はぴしゃりと言った。

 構ってほしいとはどういうことだ。ひとりでいられないということだろうか。

 

「それって、なんだか格好悪いね」

「そうでもないわ。素直で可愛いじゃない」

 

 幽香は小傘のことを悪くは思わなかったらしい。

 メディスンはそのことが少し嬉しかった。

 幽香は小傘の気持ちが分かるのかもしれないと思った。

 

「幽香も構ってほしい? わたしで良ければ構うよ」

 

 メディスンは真剣に言ったつもりだったが、

 

「私は可愛くないのよ」

 

 幽香にはぐらかされてしまった。でも、そう言った幽香の表情は、作りものではない可愛らしい照れ笑いだった。

 

 

* * *

 

 

 数日が経った。あの日以降、雨は降っていない。

 メディスンはまた物思いにふけっている。

 

 ――人形は何のために作られたのか。

 その難解な問いかけから逃れることはできない。

 雨の夜に小傘と話したこと、その翌日に幽香と話したこと。そして、自分がずっと悩んできたこと。

 重ねれば答えが見えてくるように思えた。気付くとひとつの答えが目の前にあった。

 

 人形は――人間が友達を欲しがったから作られたのかもしれない。

 

 それは確信ではなかった。証明しようのない感覚的なものだった。

 でも、もしもそれが本当なら、やっぱりわたしは人間を許さない。

 弱くて愚かな人間のちっぽけな願望のために、わたしが生まれたなんて! 許せるはずがないのだ。

 

 だが、憤りの中でメディスンは不吉な可能性に思い当たる。

 もしかしたら、そのちっぽけな願望はメディスンにもあるのかもしれない。

 そうなれば、私は人間を許さなければいけないのだろうか。

 やはり思考は堂々巡り。答えに近づいたと思えば、また遠ざかっている。

 いつまで経っても結論には辿りつけそうになかった。

 

 小傘に会えばわかるのだろうか。早く会いたかった。

 メディスンは引き寄せられるように空を見上げる。

 幻想郷はいまだ穏やかな空模様だった。

説明
メディスン&小傘のちょっとシリアスなお話。
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タグ
東方 メディスン・メランコリー 多々良小傘 風見幽香 

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