Sky Fantasia(スカイ・ファンタジア)五巻の1
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プロローグ

 

 

 八月三日

 今日も強い日差しが降り注いでいる世界《グラズヘイム》の主国《ミズガルズ》

 その国の南地区にある《セイント・エディケーション学園》は、北、東、西部に姉妹校を持つ一校で、兵士科と魔法科、通信科がある。

 だが、学園の図書室は、そんな暑さも感じさせない、とても快適な温度だ。

 現在、学園は、夏休み真最中なために、校舎内で、あまり生徒を見かけることはない。そのため、普段から少ない図書室も、今、部屋にいる生徒は、四人程度だ。

 係りで登校している、カウンターで読書をしている生徒。一緒に勉強しに来た二人組。その中、一際目立つほど、机の上に、本を山済みしている一人の女子生徒がいた。

 彼女の名は、リリ・マーベル

 《魔法科》の一年生だ。

 彼女の手元には、何やら文字が、ぎっしり書かれているメモが、いくつも散乱している。

 さあ、彼女はいったい何を調べているのだろうか……

 

 わたしは、朝から図書館に篭って、調べ物をしていた。

 

(材料と工程は、こんなものかな。やっぱり、最終的には、お金かー)

 調べていることの結論に、気持ちが、どっと落ち込むと、疲れが出てきて机に突っ伏した。

 すると、時間を告げるチャイムが鳴った。

 わたしは、顔だけ起こし、腕時計に目をやると、もうすぐお昼の時間だ。

 時間を確認すると、体を起こし、固まっている体を伸ばす。

 そして、机の上に広げていたメモを鞄にしまうと、積み上げていた参考書を、魔法で浮かすと、元あった場所に戻した。

(ホントはダメだけど)

片付けが終わり、図書室をあとにしたわたしは、靴を履き替えるために、下足置き場に向かう。

 (お昼ご飯、何にしようかなー。今日は、リョウ君、《魔連》休み、って言ってたから、お腹空かせてるだろうし……)

 ここに出てきたリョウ君、フルネーム、リョウ・カイザーは、同居人であり、この学園の兵士科の一年生、そして、同い年でもある男の子だ。なぜ、一緒に暮らしているかは、二年前のある事件が、きっかけなんだけど、今はあまり掘り下げないようにしとく。

 また、ここで出てきた《魔連》とは、正式名称《魔導連邦保護局》

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 魔連の主な活動は、魔法を悪用する者の取り締まり、犯罪者の逮捕、そして、戦争、犯罪で住処を失った者への保護、といったことをとり扱っている。

 リョウ君は、夏休み頭から、急に、魔連に勤めているお母さんのお手伝いを始めた。同じく、お母さんの部下でもあるお姉ちゃん曰く、ほしいものが出来た、と言う理由らしい。

 まあ、このことは、今度、リョウ君に訊いてみることにして、今は、お昼のメニューだ。

 そんなことを考えながら、廊下を歩いていると、不意に、下駄箱のすぐ近くにある掲示板に目が留まった。

 掲示されていたのは、学園祭の宣伝ポスターだ。

 通信科が作ったと思うそれは、鮮やかな色彩を使っていて、プロ顔負けの作品だ。

 ポスターには、日程や出し物の内容などが、書かれているけど、その中で、わたしが特に惹かれたのは、

「なになに……。響かせ! 我らの魂(うた)を!″Z庭特設ステージにて、一日だけのライブを開催」

「きゃ!」

いきなり聞こえてきた真横からの声に驚き、体が引いてしまった。

 その声の主を、すぐに確認すると、張り詰めていたものが一気に緩んだ。

「……いきなり出てこないでよ。サブ君」

「わりわり。ずいぶん真剣に見てるみたから」

そこに居る無邪気な笑みを浮かべた、髪を後ろに束ねた男の子は、リョウ君の同じクラスのサブ・アシュラ君だった。

 サブ君は、リョウ君が通っている道場《鳳凰流》の同門生でもある。

 一見、耳にたくさんのピアスを付けて軽いイメージがあるけど、兵士科の学園トップである。

 そして今、彼の格好は、制服ではなく、私服だ。

「今日はどうしたの? 勉強しに来たようには見えないけど」

「ん? ああ、近くまで来たから、誰か可愛い子、誘ってメシに行こうと思ってな」

サラッと言ってきたサブ君の言葉に、わたしは、呆れ、溜息が漏れた。

「……程々にしないといつか痛い目見るよ」

そんな助言も、彼にとっては、

「大丈夫、俺の愛は無尽蔵だ」

無意味だった。

 サブ君は、親指を立てて、満面の笑みを浮かぶ。

「……もういい」

わたしはもう一度、溜息が漏れた。

「ところで、これ」

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そんなわたしの心情もサブ君には、届かず、サブ君はその親指で掲示板を指した。

 その指されている箇所は、わたしが、さっきまで眺めていた場所である。

「興味あるのか?」

「うん。楽しそうだなぁ、って」

「そうか……」

サブ君は、意味ありげにそう呟くと、いきなり、携帯を取り出して、どこかに電話を掛け始めた。

「……ああ、俺だけど学園祭のライブの件なんだけど、まだ大丈夫か?」

いきなりのことで、訳が判らないわたしは、ただじっと、サブ君の電話の様子を眺める。

「……じゃあ、登録頼むわ……判ってるって、この埋め合わせは、また」

電話が終わったのか、サブ君は携帯をしまうと、わたしの方に向き直ると、

「よし。行こうぜ」

と笑いかけてきた。そして、そのまま、外に歩いて行ってしまった。

 わたしは、訳が判らないまま、ポカーンとしていると、

「おーい! 早くしろよ」

と、サブ君は、再度、わたしを呼んでくる。

 えーと、どういうこと?

 話が見えないわたしは、ただついていく。

 

 学園から出たわたしたちは、よくみんなで使っている喫茶店《ヒマツブシ》を訪れた。

 

 そこに向かう道中、サブ君は、色んなところに電話していた。わたしは、少し気になりながら、サブ君の後をついていった。

 お店に入ると、一番に、コーヒー豆の香ばしい臭いが鼻に入り、気持ちを落ち着かせてくれた。お店の内装は、板張りの床に、レンガの柱が建っているレトロな作りである。

 今は、お昼時などで、お客さんもたくさん居る。

「いらしゃい。おや、今日は何かの話し合いかい?」

カウンター向こう側で、コーヒーを淹れている優しそうなおじ様が、わたしたちに気付くと笑い掛けてくれた。

 わたしもすぐに

「こんにちは」

と挨拶を返す。

 サブ君はすぐに、マスターに話しかけた。

「マスター。あいつら来てるか?」

すると、マスターは、視線で一つの席を指しながら、

「もう来てるよ。あとで、注文取りに行くからね」

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それだけ言うと、コーヒーをお客さまのテーブルへ持っていった。

 わたしは、マスターが教えてくれた席に視線を向けると、そこには男女三人が、座っていた。

わたしとサブ君は、すぐに、そちらに足を向けた。

 

 サブ君は、先ほどの文化祭のイベントのことを、三人に話した。

 

「―――て、ことだ」

「……ことだ、じゃねぇよ。てめぇ、勝手に決めんじゃねぇ」

その中で、メイド服を着ている女の子が、機嫌が悪そうな表情で、サブ君を睨みつけた。

 その女の子の名前は、リニア・ガーベル。兵士科の同級生である。ちなみに、なんでメイド服なのか、は、わたしもアルバイトで通っているお店から、途中から抜けてきたからである。

「なんか、格好と性格にすげぇーギャップがあるけど、それで売ってんのか?」

「んなわけねぇだろ。客の前じゃ、隠してるよ」

わたしも同じところに通っているから判るけど、その隠しようは、まるで別人のようなものである。

「そうなの? これはこれで、俺はいいけどなー」

「じろじろ観てんじゃねぇ!」

リニアは、少し頬を赤くして、ニヤニヤしているサブ君を睨み付けた。

 そんなやり取りを、机に頬杖をしていた銀髪の少年、リョウ君が、メンドくさそうに口を開いた。

「まあ、リニアのメイド姿については、どうでもいいとして、《ライブ》に出るってどういうことだ?」

「言葉通りだけど」

リョウ君の質問をサブ君は、邪気のない笑みで答えた。

 すると、リョウ君は、溜息を一つ吐くと、

「パス」

と切り捨てるように答える。だが、サブ君は、表情を変えない。

「つれねぇな〜。一緒に青春を謳歌しようぜ」

「どの口が。言ってんだ? 俺はやらねぇぞ」

そう言うと、リョウ君は、ゆっくりと立ち上がった。

 すると、不意に、サブ君は、携帯取出し、そこからSDカードを逝き取ると、リョウ君の席の方へ弾いた。

「まあ待てって、実は昨日、用事があって、マリアさんと、会ったんだけど……」

その瞬間、リョウ君の動きが止まった。そして、なぜか表情に、焦りの色がどんどん濃くなっていく。サブ君は、口元に笑みが浮かぶ。

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 すると、リョウ君は、その表情のまま、サブ君を睨みつけた。

「それに何が入ってる?」

「写真、って言えば、何か心当たりあるのか?」

その瞬間、リョウ君は、席に座り直し、目の前のSDカードを乱暴に掴んだ。

 そして、明らかに、不機嫌そうな表情になる

「コピーは?」

「安心しろ。もらったデータは、見えるだけで、コピーできないように、ガチガチにロック掛かってたから」

「……何の写真なの?」

わたしは、隣のリョウ君に、訊いてみた。リョウ君は、めずらしく困った表情を浮かべると、一瞬固まってしまった。

「気にするな」

そう答えると、持っていたSDカードをテーブルにある灰皿に投げ入れた。

 その瞬間、SDカードは、銀色に燃え上がり、ドロドロに溶けてしまった。リョウ君が、あそこまで困った顔をするほどのものって、いったいなんだったんだろう?

(気になるなー)

「オレはやら―――」

「ちなみに、今回ライブに出たい、って言ったの、リリなんだよな?」

サクヤが何か言いかけると、サブ君は、言葉を遮るように、わたしに振ってきた。

 わたしは、いきなりのことで、驚いたけど、下を向いて、少し間を空けてから、

「……うん」

と、少し恥ずかしくなったけど、答えた。

 もちろん、言った≠ニ言うのは嘘だけど出てみたい≠ニいう気持ちは、本当である。

 その気持ちを持ってわたしは、リニアの方へ少し視線を上げる。

すると、リニアは、困った顔で、うっ、と唸り声を上げた。

 そのあと、諦めたような溜息を吐いた。

「……わーたよ。やりゃー良いんだろ」

 その瞬間、うれしい気持ちが、抑えれないほど込み上げてきた。しかし、次の二人の言葉に、そんな気持ちは、一瞬で収まった。

「でもよぉ。オレ、楽器なんができねぇぞ」

「俺も」

そういえば、リョウ君が、オカリナ以外の楽器をしているところなんて、想像できない。リニアにいたっても、同じである。

 だけど、サブ君は、そんなことお構いなしであるようだ。

「もちろん。これから特訓するに決まってるだろ」

これが、わたしたちの長い思い出の始まりだった……

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一章 ミーティング

 

 

 八月九日 夜。

 アルバイトが終わったわたしは、サブ君が住んでいるサクヤさんの家に向かっていた。

 サクヤ・シグムンドさんとは、わたしたちの学園へ魔連から派遣された教官で、兵士科受け持っている方である。また、《鳳凰流》という剣術の継承者でもあり、リョウ君やサブ君の師匠でもある。

 それはさておき、わたしは今、猛烈に疲れている。

 それは、バイト中のあるトラブルが原因だ……

 

 昼間、休憩が終わったわたしは、テーブルを拭いていた。すると、いきなり覆面をした三人組の強盗が、押し掛けてきたのである。

 そのとき、入口の近くにいたわたしは、恥ずかしいことに、真先に人質になってしまった。

 でも、リニアの活躍(単に、キレただけかも知れないけど)により解決したのだ。そのあと、魔連の南支部で事情聴取を受ける羽目になり、解放されたころは、空には真っ赤な夕日が沈んでいた。

 

 そして、今、わたしは、目的地への道を一人歩いている。

 なぜ、隣にリニアが居ないかというと、事情聴取が終わったとき、帰ろうとするまた氏たちの前に、突如、リニアのお父さんと名乗る方が、現れたからである。

 その方は、わたしに、

「リニアと話がしたいのだが、借りてもいいかな?」

と訊ねてきた。答える前に、リニアの顔を盗み見ると、今にでも襲いかからん、と睨みつけていた。

 すぐ仲が悪いということが判ったので、

「はい。どうぞ」

「ちょっ! てめぇ! なに勝手に―――」

「それじゃあ、リニア、親子水入らずで」

と笑顔で、リニアを残して、部屋を出てきた。

 だって、ここでリニアが、帰ったら、二度と会おうとしないだろうから。

でも、

(凄い怒りようだったなー)

あんなリニアは、見たことのない。今になって不安になってきた。

(大丈夫かなー)

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今は、リニアを信じるしかない。

 

 オレは、目の前に座っている男の部屋のソファーに腰を掛けている。

 

 事情聴取のあと、オレは、父親と八年ぶりに再会してしまった。

 というより、一方的に、向こうから会いに来やがっただけだが。

(リリの野郎、勝手に決めやがって)

そんな愚痴を胸に呟きながら、何となく部屋を眺めていた。至るところに、賞状や楯が、飾られているだけで、他には、必要以上の物がない、殺風景な部屋だった。

(そういやー、昔からゴチャゴチャした部屋、嫌いだったなー)

「……元気だったか?」

そんな感想を、胸の中で述べていると、目の前の男が、声をかけてきやがった。

 元気だった、か、開口一番のベタベタのセリフに、オレは、自然と笑いが込み上げてきた。

「ああ、元気になったぜ。すこぶる絶好調だぜ、この体は。人から外れたおかげでな」

「……」

男は、オレに言い返すことなく、また黙り込みやがった。

 そのとき、不意に、扉がノックされた。男は、そのノックの主に軽い、返事を返す。

「失礼します」

扉が開くと、そこから現れたのは、オレの良く知る奴だった。

 オレは、そいつに抗議の視線を向ける。

「タク兄(にい)。これはどういうことだぁ?」

 タクマ二等尉。オレの今の保護者であり、同じ人造魔導師だ。

 そして、今回のファミレス襲撃事件の現場監督だった。

「こうでもしないとお前、ガーベル中将と会おうとしないだろ? それに、中将は、俺の知らせから飛んできてくれたんだぞ」

「……余計なことを」

タク兄(にい)はそう告げると、オレの座っているソファーに歩み寄ってきた。

 そして、前にいる男が、座るように言うと、タク兄(にい)は、オレの横に座った。

 すると、すぐにタク兄(にい)は、オレに向かって話しかけてくる。

「リニア、そろそろ戻ってもいいんじゃないか?」

その瞬間、オレは、怒りが耐え切れなくなり、キレる前に席を立ち、扉の方へ移動した。

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 そのとき、タク兄(にい)は、待つように、言ってきやがったが、オレは無視する。

 扉が開いた瞬間、背中から中将どのが、声を掛けてきやがった。

「ピアス、まだ付けてくれてんだな」

その言葉で、オレは、振り返ると、右耳に付けている《アサガオ》の形をしたピアスを右手で触れながら、

「ほしいならやるぜ。もともと、お母さんの形見なんだからよー」

と挑発混じりに言ってやった。

 だが、野郎は、口元に微笑みを浮かべやがった。

「いや、それはお前が付けてくれている方があいつも喜ぶだろう」

オレは、その笑みが気に食わず、舌打ちをすると扉の方へ向き直る。

 だが、野郎は、話を辞めない。

「俺のことはいい。せめて、《セルマ》には会ってくれねぇか?」

「会ってどうすんだ? てめぇの姉ちゃんは、機械の体になってでも、生にしがみ付いてるぜ≠ニでも言うのかよ?」

オレは、そう言い残すと、そのまま部屋を後にした。

 

 サクヤさんの家に着くと、わたしは、門にある呼び鈴を押した。

 

 サクヤさんの家は、南地区の首都から少し離れた隣町にある小さな山、一つ丸々が土地である。また、町道から門までは、竹やぶを切り開いた石段を通るように作られている。なので、忘れがちだが、サクヤさんは、超が付くほどのお嬢様なのだ。実際、あの人は、そんなこと気にしては、いないだろうけど……

 インターホンの応答に答えると、すぐに門が開かれる。

 すると、そこから現れたのは、水色のショートカットの女の子だった。

「今晩は、ミサネちゃん」

「はい。今晩は、リリさん。リョウさんは、もう来ていますよ」

ミサネちゃんは、とても可愛い笑顔で、挨拶をくれた。

 この女の子、ミサネ・シグムンドちゃんは、サクヤさんの実の妹さんで、歳は私より一つ下である。背が小さくて可愛いのが特徴で、リョウ君の様子を見に道場を訪れた際、知り合えた。それまでは、話の中だけで知っていたけど、こんなに可愛い子だとは思わず、会えたとき、わたしから彼女に声を掛け、すぐに仲良くなることができた。

 ミサネちゃんの案内で、みんなが集まっている場所まで連れて行ってもらう。

 門を潜ると、一番に、目の前の大きな母屋に入った。母屋の中の通路を通り、そこから伸びている離れに案内してもらう。

 離れと言っても、人一人住めるぐらいの大きさがあるこの部屋の扉の前に立つ。

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でも、人がいるはずの部屋からは、話し声が聞こえてこない。

 そんなことを思っていると、ミサネちゃんが、部屋の扉を開けてくれた。

部屋の中には、リョウ君とサブ君、ジーク君と楽器一色が置かれてあった。

 わたしは、ミサネちゃんにお礼を言うと、開けてくれた扉を潜る。部屋に入ると、わたしは、壁にスポンジのようなものが貼り付けられているのに気付いた。わたしは、不思議に思い、部屋を見渡たす。それは、そこら中に張られており、部屋に全然溶け込めていない。

「壁、どうしたの?」

わたしは、その疑問を、サブ君にぶつけてみた。すると、サブ君は、自慢そうな笑みを浮かべる。

「防音材を打ちつけたんだ。これでも、少しは、音が和らぐから、騒音対策になってんだ、ぜ」

「へー」

わたしは、サブ君の説明を聞いて、自然に驚きの声が漏れた。

「でも、さすがに、一週間で作るのは疲れたぜ。ジークが居なかったら、出来なかったぜ」

「ジーク君も手伝ったんだ。ありがとう」

わたしは、ジーク君に、素直にお礼を言う。すると、ジーク君は、少し照れくさそうに微笑を浮かべる。

「僕は、学園祭に出れないから、ね。これくらいのことをしないと、みんなに悪いからね」

そう、ジーク君は、学園祭に出ることが出来ない。

 その話は、バンド結成のときだ……

 

「ごめん。僕は、できない」

メンバーが決まったと思った瞬間、ジーク君は、申し訳なさそう表情で、応えた。その瞬間、サブ君の表情が少し暗くなった。わたしは、サブ君とジーク君の意図がつかめず、答えを求めるように、リョウ君を見た。しかし、リョウ君も次の言葉を待つように、ジーク君をじっと見ていた。

「……どうしてなの?」

ジーク君が、次の言葉を言いにくそうだったので、わたしは、少し躊躇しながら、先に訊いてみた。

「実は、僕、転校するんだ」

「…どこにだ?」

それまで黙っていたリニアが、暗いトーンで話に入ってきた。

「西地区にある姉妹校《ヴィラ・アーシラト学園》だよ。この世界から出る訳じゃないから、遠くはないんだけどね」

と言うと、ジーク君は、リニアに微笑みかけた。

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「べ、別にそこまで訊いてねぇよ」

すると、リニアは、恥ずかしそうに顔を逸らした。

 そして、ジーク君は、転校の理由を話してくれた。

 聞く話では、姉妹校同士のパワーバランスの問題らしい。

 これは、姉妹校同士の相乗効果のために、一つの学園に、力が固まらないようにするためだ。前期の成績を学園で合計し、その結果から学園同士が、生徒を交換するシステムである。

 その一人に、ジーク君が選ばれてしまったのだった……

 

「ありがとう。ジーク君」

わたしは心から感謝の気持ちで、ジーク君にお礼を言う。

 ジーク君も、

「どういたしまして」

と言うと、微笑みを返してくれた。

 話し終えると、わたしは、リョウ君の隣に腰を下ろす。

「遅かったな」

すると、リョウ君は、すぐに声をかけてきた。

「え? う、うん……」

わたしは、条件反射で遅れた理由を濁してしまった。だけど、リョウ君は今、魔連のお手伝いをしていることを思い出し、理由を話すことにした。

「……実は、今日、バイト先に強盗が入ったの」

理由はないんだけど、わたしは、リョウ君の顔を見ないように、下を向いて、今日の出来事を話し始めた。

 リニアの活躍、事情聴取のこと、でも、リニアのお父さんに会ったことは、伏せておく。

 すべて話し終え、わたしは、顔を少しだけ上げる。

 すると、なぜか、リョウ君の顔が、困った表情になっていた。

「そ、そうか。それは大変だったな」

その反応が、不自然を感じると、リョウ君の顔をジーと見つめた。

「な、なんだ?」

「……リョウ君、何か隠してる?」

すると、リョウ君は、わたしから顔を逸らした。

「…別に、なにもない」

あやしすぎる、そう思うと、わたしは、リョウ君から視線を外さず、見つめることにした。

 そのとき、不意に扉が開いた。

「わりー、遅れた。…って、てめぇら、何やってんだ?」

「え? なんでもないよ!」

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変なタイミングで、そこに現れたのは、わたしより遅くまで魔連に残っていたリニアである。

 リニアは、横にいるらしい誰かに、お礼を言うと、部屋に入ってきた。すると、部屋の異変に、気付いたのか、周りをキョロキョロ見渡し始めた。

「なんだ? この壁に付いてんのは?」

「防音材。即席にしては、いい効果なんだぜ」

「だからか、部屋から声が、洩れてねぇのは」

リニアは、なにかを納得したのか、サブ君の答えを訊くと、わたしの目の前に座った。

 わたしは、さっきのことが気になり、すぐに声を掛けた。

「お父さんとはどうだった?」

その瞬間、リニアの顔が、不機嫌になった。

「あんな奴、親だなんて思ってねぇよ。すぐに別れてきた」

「そ、そうなんだ……」

リニアは、さっきのことを思い出したのか、怒りを露わにする。

 わたしは、これ以上、触れないことにしようと思い、聞くのをやめた。

 そう思った矢先、サブ君が立ち上がり、手を叩いた。

「んじゃ、みんな揃ったところでミーティングを始めるか。まず、頭に入れとかないといけないのは文化祭の日にち、これは《九月二十日》だ。これまでに俺たちは、二曲できるようにならないといけない」

「一ヶ月と少ししかねぇじゃねぇか。できんのか?」

リニアは、サブ君に根本的な疑問をぶつけた。すると、サブ君は、楽しそうな笑みを浮かべる。

「できる≠カゃねぇ、やる≠だよ。これからな」

「……理屈が、根性論じゃねぇか」

その答えを聞いたリニアは、呆れた溜息を漏らした。リョウ君も同じように呆れている。そして、わたしも、苦笑いが浮かんだ。ジーク君も同じ。

 そんな、わたしたちのリアクションもお構いなしに、サブ君は、話を続ける。

「次に、誰がどの楽器をするか、だけど…もう決めてるから。まず《ギター》をリョウ、《ベース》俺、《ドラム》リニア、そして《ボーカル》をリリ、な」

「……決めた理由は?」

リョウ君は、答えを予想できるのか、半分あきらめた感じで訊く。

「もちろん、俺の独断と偏見だ」

その瞬間、二つのため息が同時に、部屋に漏れた。

 わたしは、そんな気持ちを切り替えるように、サブ君に質問することにした。

「もう一つ、キーボードが残ってるけど……」

「ああ、本当は、ジークにやらすつもりだったんだけど…まあ、任せろ。もう一人当てがあるから大丈夫だ」

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そう応えると、サブ君は、自信満々の笑みを浮かべた。

 その笑みに、わたしは、ほどほどにね、と言っておいた。

「じゃあ、解散。次は、再来週に集まろうぜ。それまで、各自、楽器の扱いを覚えろよ」

サブ君の話が終わった直後、リニアとリョウ君が、各々呆れながら抗議した。

「覚えろ、つーても、どうすりゃあいいんだ? オレ、ドラムなんか触ったことねぇぞ」

「俺も、だ」

そんなリョウ君に、サブ君は、一冊の本と、立てていたギターを手渡した。

 本を見てみると、表紙のタイトルは《サルでもすぐにできる! ギター入門》だ

「これで大丈夫だろ。あと、リニアは、毎日、ここで俺が特訓してやるから心配するな」

「……」

リョウ君は、諦めたのか、ただ、もらった本を眺めている。

「特訓って、てめぇは、できんのかよ?」

リニアは、訝しげな表情で、サブ君を訊く。その質問に、サブ君は、当たり前だろ、と言うかのように、自信満々な笑顔を作った。

「この一週間で、ここにある楽器は、マスターしたぜ」

「…無駄なところで、才能使うなよ」

そんなサブ君に、リニアは、呆れた、とため息を漏らした。

 

 ミーティングが終わり、わたしとリョウ君は、駅へと延びる町道を歩いている。

 そんな中、わたしは、部屋を出る前に、サブ君からもらった曲を聴きながら、楽譜を眺めている。

 わたしたちの演奏する曲は、サブ君の知り合い(どんな人か判らないけど)が作った曲らしい。プロではないらしいけど、インターネットの世界では、有名な人だそうだ。

 携帯で聴いているけど、とても素人が作った曲とは、思えないほど、完成度が高く、そして、心に響くメロディーである。

 なにより、ライブに出れる、という、うれしさが大きすぎる。

 わたしは、メロディーに乗せて、鼻歌でリズムをとりながら、楽譜を眺める。

「まえ……あ…な…」

すると、イヤホンの隙間から何か聞こえてきた。わたしは、それが人の声だと気付き、片方のイヤ ホンを外して振り返る。

「なに?」

「前!」

「へぇ? ―――っ!」

前に向き直った瞬間、標識の鉄柱におでこを、ぶつけてしまった。ぶつけたときに、すごい音が聞こえた気がする。わたしは、あまりの痛さにうずくまって動くことができなくなった。

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 すると、心配してくれたのか、リョウ君が、駆け寄ってくれた。

「おい、大丈夫か?」

リョウ君は、呆れている声で訊いてきた。だけど、わたしは、痛さで応えることができない。

「見せてみろ」

そう言うと、リョウ君は、わたしの顔を覗き込んでくる。わたしは、少し視線を上げた。

 気づけば、リョウ君の顔が、すぐ近くまであった。

 その瞬間、耳が、焼けるように熱くなるのを感じた。

 しかし、すぐに、リョウ君は、立ち上がる。

「赤くはなっているが、まあ、大丈夫だな」

そう言うと、リョウ君は、わたしに、手を差し出してくれた。

「へぇ? あ、う、うん」

わたしは、どぎまぎしながら、その手を掴む。リョウ君は、わたしの手を握ると、引き寄せて、立たせてくれた。

「うれしいのは判るけど、気を付けろよ。次は、溝にはまるぜ」

「もう! そんなことないよー」

わたしは、抗議の視線を向けるが、リョウ君は、そんなわたしを笑うと、そのまま歩き出した。

 わたしも、慌てて後を追う。

 まだ、心臓のドキドキが止まらない。

 前を歩いているリョウ君に聴こえてしまうんじゃないか、と思い、わたしは、その音を隠すように、持っていた楽譜を胸に押し付けた。

 

説明
間が空きましたがやっと新作を書き終えました。
今回の話は「夏休リリ編」と「学園祭」です。夏休、病院から退院したリリは、私用で学園の図書室に居た。お昼に気付き帰ろうと、下駄箱に移動したとき、掲示板に一枚のポスターを見つけた・・・。
スカイシリーズ第五段。よかったら読んでください。
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