Sky Fantasia(スカイ・ファンタジア)五巻の2
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二章 夏祭り

 

 

 八月十六日、昼間

 夏休みも、半分が消化されたころ。

 今日も、わたしは、アルバイトに励んでいた。

 でも、それも、今日で終わりである。

 それは、このアルバイトの契約した日数を消化したからである。

 昼のラッシュが終わり、私とリニア、あと数人のスタッフが休憩室で休んでいた。

 わたしたちは、遅めの昼食を食べ終えると、お話ししたり、内職したりと、各々色々なことをして休んでいる。

 そんな中、リニアは、机に足を乗せて、椅子を揺らしながら、器用にバランスをとって座っていた。耳にはイヤホンを付けて、携帯の動画を眺めている。携帯のディスプレイには、今度、わたしたちが文化祭で演奏する曲を、サブ君が、ドラムを叩いている様子だ。

 なんでも、動きを覚えれるように、サブ君自ら撮影したらしい。

「できるかぁ!」

しばらく黙っていた、リニアが、急にイヤホンを外すと、持っていた携帯を机の上に投げた。そして、机から足を下ろし、机の上に突っ伏した。その様子に、もらった楽譜を見ていたわたしは、苦笑いが漏れた。

「そんなに難しいの?」

リニアの体が、ゆっくりと上がる。

「難しいってもんじゃねぇよ。あの野郎は、簡単に叩いてやがぁるが、こっちは、叩く箇所を覚えるのに精いっぱいだぜ」

そう言うと、リニアは、溜息を漏らした。

「サブ君ってホントにすごいんだ、ね」

「『すごい』じゃなくて、アイツの場合は『異常』だ」

そう言うと、リニアは、体を後ろに反って伸ばす。椅子に座りなおすと、机に肘を突いて、わたしの方を見てくる。

「それで、リリの方はどうなんだ?」

「う〜ん。少し難しいかな。こういったアップテンポの曲は、あまり聴かないから、リズム覚えるが大変だよ」

「…そんな風には見えねぇな。楽しくて仕方がねぇって面してるぜ」

「へぇ?」

リニアは、悪戯っぽい笑みを浮かべてくる。わたしは、思わぬ指摘に、驚いた。

 その通り、わたしは、楽しくて仕方がないがない。

 わたしは、今より小さかったころ、アイドルになりたいと思っていたことがある。

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 そして今、そこまで大それたことじゃないけど、夢が叶おうとしているのだ。

 だから、楽譜を見るなり心が高揚するばかりだ。

「まあ、喜んでくれるなら、それにこしたこたぁねーけど、な。あんまりニヤニヤしてると、客が引くぜ」

「そ、そんなことしないよ!」

そう抗議すると、楽しそうに笑っているリニアから視線を外した。

 それは、一瞬、もしかしてしてた? と考えてしまい、耳が熱くなるのを感じたから。

「そういやー……」

一通り楽しんだのか、リニアは話題を変えてくる。

「今日でバイト終わりだけ? この前、一人やめたのに、リリまで抜けるのは、少しいてぇな」

「ごめんね」

この瞬間、わたしは申し訳ない気持ちが込み上げてきた。

 しかし、

「まあ、余り戦力ダウンにはなんねぇけど」

「それ、どういう意味?」

リニアの言葉に、わたしは、抗議の視線を向ける。すると、リニアは、悪戯っぽく笑い返してきた。

 そう、わたしが、このアルバイトを始めたのには、少し訳があった。

 

 七月二十二日 昼間

 それは、梅雨も明け、太陽の光が強い晴れの日

 わたしは、喫茶店《ヒマツブシ》に来ていた。

 そこにはもう一人、テーブルを挟んだわたしの向こう側に、とても軽装なリニアが座っている。

 今日、リニアを呼んだのは、相談があったからである。

「―――バイト?」

炎天下の中、歩いて来たリニアは、冷たいジュースを片手に、不思議なものを見るような目で、わたしを見てくる。

「う、うん。どこか良い所ないかな?」

「そりゃあ、色々あるけど、急にどうした? …それより、体はもういいのか?」

その言葉に、わたしは、笑みで答えた。

「一応お医者さんには、『しばらくの間は魔法を使うのを控えなさい』って言われただけで、それ以外は、快調」

まあ、退院のとき、おもいっきり使っちゃたけど……

 なぜ、リニアがそんなことを訊くのかは、わたしが、つい昨日まで入院したからだ。

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 それは、リョウ君たちの試験の手伝いをしたときに起きた事故が原因である。事故で怪我も負ったんだけど、それは対したことはなかった。入院した主な原因は、魔力回路のダメージだった。

 病院の先生である、エイルさんが言うには、体の容量を超える魔法を使ったから、って言っていたけど、わたしは全然身に覚えがないのが、今でも気になっている。

「体が、大丈夫なのは判った。っで、何で急にバイトなんだ? そんなに金に困ってんのか?」

「う、うん。誕生日……」

リニアの問いに、答えようとするけど、少し、恥ずかしい気持ちが、込み上げてきた。

「誕生日がどうかしたか?」

「だから、リョウ君の誕生日プレゼントを…」

そこまで言うと、リニアは、言いたいことが判ったのか、いつものような悪戯っぽい笑みを浮かばせてくる。

「へー、リョウに、なー。いやー、今日もあちぃなー。冷房、強くしてもらうかぁ?」

「もう! マジメに聞いてよ!」

わたしは、両耳に暑さを感じながら、怒鳴りつける。でも、リニアは、楽しそうに笑うばかりだ。 わたしは、あまりに笑うので、そっぽを向いた。

「わりわり、そんなに怒んなよ」

リニアは、反省してないだろう、笑いながら言ってくる。

 その姿を見たわたしは、全然思ってない、とジト目で抗議する。

 リニアは、一通り楽しんだのか、急に席を立つ。

「じゃあ、行くぞ」

「へぇ? どこに?」

不意な言葉に、わたしは、驚いて訊き返した。

 すると、リニアは伝票を持って、レジの方へ向かいながら、

「バイト先」

とだけ応えた。

 

 リニアについて行くと、とあるファミレスについた。

 ファミレスに入ると、そのまま、事務所へ通された。

 事務所の扉を開けると、大柄なおと……女性が、デスクに座って事務作業をしていた。

「店長、連れてきたぜ」

リニアは、部屋に入るなり、その女性に声をかけた。

 店長と呼ばれた女性は、その声に反応すると、わたしと目が合った。そして、席を立つと、そのまま、わたしの前まで歩いてくる。

「コイツが、さっき電話で話した、オレのダチだ」

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リニアは、簡単にわたしをその女性に紹介した。すると、女性の目が急に輝きだす。

「あーら、可愛い子。お嬢ちゃん、お名前は?」

「あ、はい。リリ・マーベルです」

「マーベル?…もしかして、ルナちゃんの親戚?」

女性の口から出てきた、思いがけない名前に、わたしは驚いた。

「はい。ルナ・マーベルは、わたしの姉ですが」

そう答えると、急に女性は、わたしの顔を覗き込んできた。

「ホントに? あの子は、あたしの後輩なのよ」

「マジ! 店長、局の人間だったのか?」

リニアも知らなかったのか、女性の言葉に驚いた表情を浮かべる。

「そうよ。これでも、バリバリ働いてたのよ。なるほど、ルナのね……」

すると、女性は、わたしを頭の先から足の先まで、じっくりと眺め始める。

 その目が、とても鋭い。

 そして、すぐにさっきまでの優しい目に戻ると、

「合格」

と言ってきた。

「……へぇ?」

不意を突かれ、わたしは変な声をあげてしまった。

「見た目も可愛いし、なによりオーラが凄いわ」

「オーラ、ですか?」

突拍子のない言葉に、わたしは首を傾げる。そんなことも気にせず、女性はどんどん決めていった。

「じゃあ、明日から来れるかしら?」

こんな感じで、わたしはこのアルバイトを始めたのだった。

 

「あのとき、日数まで決まったから、本当にびっくりしたよ」

そう、契約のとき、『どのくらいの日数で、目標金額までいくでしょうか?』と訊いてみた。

 すると、店長は、『あなたなら、八月の十六には溜まるわよ』と答えてくれ、そんなに早く、と驚いたのを今でも覚えている。

 今でも、本当にもらえるのか、半信半疑だ。

「まあ、帰るときにわかんだから、今考えたってしょうがねぇな」

わたしの気持ちを察してか、リニアはそう言ってくれる。

「ありがとう」

そんなリニアに、わたしは、お礼の笑みで答えた。

「さてと、そろそろ交代だ」

そう言うと、リニアは、席を立ち上がる。わたしも同じように立った。

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 わたしとリニアは、休憩室から出ると、フロアに出ている二人に声をかけた。

 その二人は、わたしたちに、お願いね、と言い、奥の休憩室に入って行った。

「すごい速かったなー。あれって、魔導師だよね。魔導師ってあんなに速く飛べるの?」

「どうみても、あれはイレギラーっしょ。私も飛べるけど、あれは速すぎるよ」

そんな、二人は、気になることを話していた。

 ……なんのことだろう?

(ダメダメ、今は、仕事に集中しなきゃ)

わたしは、少し気になったけど、すぐに気持ちを切り替える。

 フロアに戻ったわたしは、お客様のお相手や、席の手入れなど、仕事をこなしていく。

 その仕事中、何と無くフロアに備え付けられているテレビに目がいった。

 テレビには、昼ごろ起きたニュースが流れている。

 すると、スタジオから事件現場の中継に切り替わる。

「え? リョウ君?」

そのとき、知っている顔が、そこに映し出されていた。

 わたしは、ニュースキャスターの説明に耳を傾ける。

 事件内容は、魔連が何かを輸送中、いきなり魔連の輸送車が襲われたそうだ。その際、二人の局員が、高速道路の上で、戦闘を行なったらしい。

幸い、犯人の一人は捕まえられ、取られた荷物は取り返せたらしい。

「へー。アイツ、犯人の一人、捕まえたのかー」

「きゃ!」

集中してテレビを見入っていたので、リニアがすぐ横に、来ていたのに気付かなかった。横を振り向くと、リニアが、サボってると怒られるぜ、と言うかのように、笑みを浮かべている。

「いきなり現れないで」

そんなリニアに、抗議の視線を向けた。

「はい、はい、ちゅうもくぅー」

リニアとやり取りをしていると、急に、店長が手を叩きながら店の奥から現れた。

 わたしは、リニアから店長の方へ視線を向ける。

「今日は、毎年どおり、六時に店を閉めるわよ。みんな、それまで頑張って働いてちょうだい」

「なん……どうして、六時までなんですか?」

リニアは、すぐにつたない敬語で質問した。すると、店長は、笑みを浮かべつつ、リニアの方へ向く。

「それは、お祭りだから、よ。こんな日は、みんなも大事な予定が入ってるでしょ?」

「いや、べつ―――」

「さすが、店長!」「よかった! 今日はもう諦めてたの」「店長、ちょっと彼に連絡してもいいですか?」

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リニアが、何か言いかけたけど、周りの人たちに遮られる。

 ちなみに、お祭りとは、毎年今頃に南地区の首都、わたしが住んでいる都市で行なわれている、都市を上げたイベントである。この祭りでは、大通りを使い、多くの店が屋台を開いている。そして目玉は、打ち上げ花火を何千発も撃つ、とても大掛かりなものである。

 わたしも、毎年、お姉ちゃんやお友達と一緒に回っている。

(でも、今年誰とも約束してないんだよ、なー)

周りの人たちを見ながら、わたしは、少し寂しい気持ちが湧き上がった。

 

 夕方、店が早めに終わると、わたしは、自宅であるマンションへ一人、歩いていた。

 そんな中、浴衣を着た人と何回もすれ違い、いつも住んでいる町とは違う顔が見えて、新鮮さがあった。なので、見ているだけで、こちらも楽しい気持ちにさせてもらえる。

 その半分、羨ましい気持ちも出てくる。

 そんなことを考えていると、楽しそうに歩いている男女とすれ違った。

 そのとき、あることが心に湧いてきた。

(そういえば…リョウ君とは、一度も回ったことないなー)

去年の今頃、リョウ君は、あまり家に帰ってこなかった。それが、どうしてだったのか、今でも判らない。判ることは、ある事件がきっかけだったんだけど……。

「!」

そのとき、急に、携帯から着信音が流れ出した。わたしは、発信者を確認する為に、ディスプレイを見る。

 だけど、表示された名前に、私は目を疑った。

 すぐに、通話ボタンを押す。

「もしもし、リョウ君?」

そう、発信者はリョウ君だ。

 タイミングがタイミングだったので、テンパって疑問系で応えてしまった。

『今、会話できるか?』

「うん、今バイトが終わったところだけど」

『ちょうどよかった。お前、これから予定あるか?』

! …そんな訳ないよね。

「ううん、ないけど……」

『じゃあ、このあと、祭りに付き合ってくれよ』

へぇ? …えええええ!!!

 わたしは、手元の携帯を凝視する。

 

 わたしは、リョウ君との会話の後、文字通り自宅へ飛んで帰った。

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 家に着くと運が良く、お姉ちゃんが帰っていた。わたしは、お姉ちゃんにお願いし、浴衣を着せてもらった。

 去年買った浴衣だけど、なんなく着ることができた。

 袖を通したとき、ぴったりだったのが、少しショックだったけど、今は気にしないことにしよう。

 そして、リョウ君との待ち合わせ場所まで急いで向かった。

 わたしの気持ちは、わくわくするばかりだ。

 

 俺は、リリと合流すると、祭りが行なわれている大通りに向かった。

 

 だが、少し後ろから、訳が判らないプレッシャーを掛けられている。

 俺は、そのプレッシャーに耐え切れず、その主、リリの方へ振り返る。

「なあ、さっきからなんで怒ってんだ?」

すると、リリは、明らかに不機嫌な表情を向けてきた。

「別に、怒ってないよ」

いや、絶対怒ってるだろ、とは突っ込めず。俺は困り、溜息が漏れた。

 そんなとき、俺は、前に居る男女二人に目がいった。

 すると、その中の女の方と目が合うと、

「お、リョウとリリじゃねぇか」

と、リニアが呼びかけてきた。俺たちは、二人と合流することにした。

「めずらしい組だなー。デートか?」

「なっ! んなわけねぇだろ!」

明らかに慌てながら、リニアは否定してきた。

「僕がリニアに無理言って、頼んだんだよ」

すると、ジークがすぐに説明してきた。

 どうやら、祭りの見回りで、一人だと目立つからリニアを誘ったらしい。

「暇だったからな。それより、てめぇの後ろで、剥れてんのはなんだ? てめぇ、なんかしたんだろ?」

そう言うと、リニアは俺に迫ってきた。

「そんなことは、ねぇと思うが…」

俺はそう答えると、検討のために、リリが怒る直前までを、二人に話した。

 

 …数時間前

 俺は、待ち合わせ場所に着くと、リリもすぐに現れた。

「ごめん…ま……た?」

「いや、俺も今着いたところだ」

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急いできたせいか、リリは肩で息をしている。

 俺は、整うまで待つと、

「じゃあ、行くか」

と言って、祭りが行なわれている大通りに向かって歩き出した。リリも、すぐ俺の横についてくる。

「でも、リョウ君がお祭りに誘ってくれるなんて、驚いたよ」

「俺も来る気なんてなかたんだけど、な」

「…へぇ?」

「仕事で、祭りの見回りを命令されたんだ。それも、『男女二人で回れ』ってな」

俺は、マリアさんの言われたことを、リリに話した。

 すると急に、リリの足を止まる。

「もしかして、わたしを誘ったのって…」

「俺の見回りの付き添いだけど。でもよかったぜ。お前が空いていて」

そのときから、リリが不機嫌になった。

 

「てめぇが悪い」

「君が悪い」

二人同時だった。

 二人とも、なぜか呆れた顔をしている。そんな二人に訳が判らず、俺は、途方にくれるしかなかった。

 すると、ジークが、溜息をつくと、

「リニアさん、リリちゃんをお願いできる?」

と言いだした。

 ジークの言葉に、リニアは、イライラした感じで、右手で髪の毛をぐしゃぐしゃかく。

「しゃあねぇなー。何でオレが、コイツの尻拭いなんか……」

そういうと、リリの方へ歩み寄っていった。そして、リリと何かの会話を始めた。

 それを見送ると、ジークは、もう一度溜息をついた。

「さてと、リョウは、何が悪かったか判ってる?」

「いや、それが全然」

「…だろうね」

俺の答えに、ジークが苦笑いを浮かべてきた。

「まあ、こういうのは、口で言ってもあまり理解できないことだからね。本人は、気付かないもしれないね」

「じゃあ、どうすればいいんだ?」

「サブのように、いい答えかどうか判らないけど。一つだけ、謝ることだね」

「…何に?」

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俺は、ジークの言っている意味が、全然判らない。

 それに気付いたのか、ジークは微笑みかけてきた。

「こういうのは、『理屈』じゃないんだと思うよ。…それと、プラスアルファーで、なにか言う、とかね」

「なにを言えば?」

「たとえば…」

すると、ジークは、俺にだけ聴こえるように接近してくると、一言だけ教えてくれた。

 それだけ言うと、すぐに、俺から離れ、

「リニアさん。そろそろ行こうか」

と、リニアに向かって声をかけた。リニアの方も、なにか言い終わると、リリをその場に置いて、ジークに駆け寄った。

 すると、リニアは、すれ違いざまに、

「あとは、てめぇでなんとかしろ」

と言い残して、ジークといっしょに行ってしまった。

 二人を目で見送ると、リリの方を向き直る。すると、リリは下を向いていた。だが、頬が少し赤らめていた。たぶん、リニアにからかわれたせいたろう。

 けど、さっきより表情が柔らかい。

 あいつも結構お節介なんだな、と思うと、可笑しくなり、自然と笑みが浮かんだ。

(さてと、それじゃあ)

「リリ」

「ん?」

俺の言葉に、リリは、こっちを向いて応えてくれた。

 まず第一段階、クリア。

「さっきは悪かったな。その…浴衣、似合ってるぜ」

「へぇ?」

俺は、さっきジークにもらったカード(セリフ)を使った。

 これで大丈夫か?

 

 わたしは、一瞬、リョウ君の言葉に耳を疑った。

 

 言葉が出ない、それほど、わたしは今驚いている。

 すると、少し遅れてから、じわじわ、うれしさと恥ずかしさが混ざった感情が湧き上がってきた。そのせいで、リョウ君を直視できなくなり、顔を逸らす。

 顔が、とても熱い。

「どうしたー? 俺、また何か変なこと言ったか?」

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すると、リョウ君は、なぜか、わたしの方へ近づいてきた。

 待った! 今は無理!

「だぁ、大丈夫! 少し心の準備、じゃなくて、気持ちの整理をさせて!」

「…なに言ってんだ? お前」

わたしは、慌てて自分でも訳判らないことを言って、リョウ君に制止を求めた。すると、わたしの気持ちが通じたのか、リョウ君は、少し間を空けたところで、止まってくれる。

 胸の鼓動が、尋常じゃないほど大きい。

 この距離じゃあ、聴こえてしまうんじゃないかと、思うほどに。

「まあ、大丈夫ならいいけど。機嫌が直ったなら、何か食いに行こうぜ。俺、昼飯抜きだったから腹減ってんだ」

そう言うと、リョウ君は、わたしの方へ手を差し出してきた。

 わたしは、まだ心の整理ができていなかったけど、自然にその手を取ろうと手を伸ばした。

 すると、

 

 いきなり、俺とリリの間に、男が強引に割り込んできた。

 

「きゃ!」

リリは、そのとき、男とぶつかったのか、後ろによろけた。俺はすぐに、リリとの距離を潰し、リリの体を支える。

「誰かー! 捕まえて! ひったくりです!」

すると、俺の後ろの人ごみから、女性の叫び声が聞こえてきた。

 それを聞き、俺は去っていく男の姿を確認する。

 確かに、男の右手には、バックが握られている。

「リリ! そこで待ってろ!」

俺は、リリから離れると、すぐに男を追いかけた。だが、祭りのせいで、大通りは人が多く。また、みんな多方向に動いているため、それをかわしながら追いかけるのは、厄介だった。もし、全速力で人にぶつかったら、シャレにならないことになる。

(誰もいないなら一瞬なんだけど、な)

そんなことを胸の中で愚痴り、舌打ちをする。それでも、追うがスピードがでず、距離が縮まらない。

 すると、いきなり

 

 リョウ君が、ひったくり犯を捕まえに飛び出すと、わたしは、すぐに場の状況を分析した。

 

(人の動きがありすぎる。これじゃあ、リョウ君が思うように走れない!)

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自分でも驚くほど、すぐに気持ちを切り替えることができた。

 わたしは、対応策を考えると、一つの行動をとる。

 まず、左手に火の玉を作り、それを頭上高くに打ち上げた。打ち上げられた火の玉は、ある程度高く上がると、音を立てて弾けた。

 

 俺の後ろで、何かが弾ける音が聞こえた。

 

「何? 今の」「花火か?」「えー、でも、花火は早くない?」「空でなにか―――」

すると、さっきまで歩いていた人たちの足が止まった。俺は、このチャンスを逃さないように、一気にひったくり犯との距離を詰める。そして、すぐ後ろまで近付くと、そのまま飛び込んで取り押さえた。

 ひったくり犯は、カエルの潰れたような声をあげると、そのまま、俺の下で抵抗なく、ぐったりしている。俺はすぐに、無線で応援を呼んだ。

 

 …数分後

 俺の通報で駆け付けた局員に、犯人を引き渡すと、そのまま局の方へ連れて行った。

取り返したバックは、被害者に返す。すると、

「ありがとうございました」

とお礼を言われた。

 それは、少しこそばゆかった。

 そして、被害者とその連れの女性が去っていく後ろ姿を、俺は目で見送った。

 

 横にいるリョウ君の顔を見ると、うれしそうだった。

 

「ん? どうかしたか?」

わたしの視線に気づくと、リョウ君は振り向いてきた。

「ううん、なんでもないよ」

そう答えると、わたしは、笑みを浮かべた。

 それを見たリョウ君は、訳が判らないのか、訝しげな表情を浮かべている。

 その理由が、久しぶりにやわらかい素顔が見ることができた、とは言わないでおこう。

「…それより、さっきぶつかったけど、大丈夫か?」

「うん。何処も痛くないし、汚れも―――ッ!」

汚れを確認しようと、体を捻ったとき、急にバランスが取れなくなった。

「おっと」

すると、すぐにリョウ君が、わたしの手を掴み、抱き寄せてくれた。そのおかげで、なんとか転ばずに済んだけど、急だったためか、加減ができておらず、密着する形になっている。

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(これじゃあ、傍から見ると、抱き合ってるように見えるじゃ…)

 そんなことを考えてしまい、一気に顔が熱くなった。

 でも、すぐに、リョウ君は離れてしまった。

「おい、大丈夫か?」

「…へぇ?」

リョウ君は、心配している声色で訊いてきたけど、わたしは、放心状態だったので、変な声が出てしまった。

 不意に、リョウ君の視線が下に向いた。

 すると、何かに気付いたのか、その場にしゃがみ込んでしまった。わたしも、リョウ君を目で追う。

「下駄の布が切れたのか。リリ、直せるか?」

「ううん、できないよ。どうしよう?」

本当に困った、浴衣を一人で着れないのに、『鼻緒を直す』なんて、できるはずがない。

 わたしは、どうしようか、と悩んでいると、不意に、

「お前ら、なにをしている?」

「リョウさん、そんなところに座っていると危ないですよ」

と声を掛けられた。

 わたしは、その声のする方へ視線を上げた。

 そこに居たのは、浴衣を着た、サクヤさんとお姉ちゃんだった。

 リョウ君も、すぐに二人の方へ振り返った。

「下駄の布が切れたんだ。…というより、ルナ姉、先客ってサクヤさんのことだったのかよ」

そう言うと、リョウ君は、訝しげな表情をお姉ちゃんに向けた。

「だって、サクヤが、『いっしょに来てくれる男性がいないから、一緒に来てほしい』と言うものですから」

「『いっしょに来てくれ』とは頼んだが、そんな理由を言った覚えはないぞ」

お姉ちゃんは、ハンカチを取り出して泣きまねをする。すると、サクヤさんの方は、それを睨みつけた。

 もしかして、お姉ちゃん楽しんでる?

 わたしは、お姉ちゃんの意外な姿に少し驚く。

 サクヤさんは、溜息をつき、お姉ちゃんから視線を外すと、

「まあいい、少し見せてみろ」

と言って、リョウ君と入れ替わった。

 そして、サクヤさんは、下駄の状態を見始める。

「鼻緒が痛んでいたんだな。これならすぐに直る。リョウ、少しの間、リリを支えていろ」

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「了解(ヤー)」

リョウ君は、素直に返事をすると、すぐに、わたしを支えてくれた。

 すると、サクヤさんは、袖からハンカチを取り出すと、それを使って応急処置を施してくれた。

「へー、以外に手先が器用なんですね」

それを覗いていたお姉ちゃんは、素直に感想をもらした。

「昔から、こういったのを履いていたからな、慣れているだけだ。……ほら、もう大丈夫だ」

サクヤさんは、あっという間に切れた鼻緒を繋いでくれた。

 わたしは、差し出された下駄を履いた。少し歩いて確認しても、しっかり直っている。

「応急処置だから、走ったりはするんじゃないぞ」

「はい、ありがとうございます!」

わたしは、心からお礼を言った。

「ところで、二人も見回りか?」

リョウ君が二人に質問した。

「ああ、こういった祭りは羽目を外す奴が出るからな。一応、学園関係者だから、そういった奴の指導だ」

「私は、その付き添いです」

「なるほどな」

そう言われ、リョウ君は、すぐに納得したようだ。すると、サクヤさんは、怒ったようにも呆れたようにも見える表情を浮かばせた。

「さっきも、一人指導してきたところだ。お前らも楽しむのはいいが、あまり羽目を外すなよ」

「誰かは、なんとなく判るけど、訊かないことにしとく」

サクヤさんの言っている人が、判ったのか、リョウ君は、呆れたような溜息をつく。

 かくいう、わたしも、すぐに判ったので苦笑いを浮かべる。

「じゃあな、くれぐれも、子供らしく楽しむんだぞ」

「余り無駄遣いしては駄目ですよ。それと、食べ過ぎはいけませんよ。あと、あまり―――」

「ああ、判ったから、次行くぞ」

何かを言いかけたお姉ちゃんを、サクヤさんは、手を引いて行ってしまった。

「相変わらず、ルナ姉は過保護だな」

リョウ君はそれを見送りながら、苦笑いを浮かべた。

 わたしも同じように浮かべる。

「じゃあ、なんか食おうぜ。本格的に腹減ってきたぜ」

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そう言うと、リョウ君は、近くの《牛串屋》に歩き始めた。

 わたしも、その背中を追いかける。

 その瞬間、夜空には綺麗な花が咲いた。

説明
間が空きましたがやっと新作を書き終えました。今回の話は「夏休リリ編」と「学園祭」です。夏休、病院から退院したリリは、私用で学園の図書室に居た。お昼に気付き帰ろうと、下駄箱に移動したとき、掲示板に一枚のポスターを見つけた・・・。スカイシリーズ第五段。よかったら読んでください。
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