真・恋姫無双 〜美麗縦横、新説演義〜 蒼華繚乱の章 第六話
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新・恋姫無双 〜美麗縦横、新説演義〜 蒼華綾乱の章

 

*この物語は、黄巾の乱終決後から始まります。それまでの話は原作通りです。

*口調や言い回しなどが若干変です(茶々がヘボなのが原因です)。

 

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第六話 疑惑 ―遠雷、遥か彼方より来る―

 

 

 

虎牢関陥落より時は遡り。

場所は、呂布と太史慈の対決に戻る。

 

 

 

「ハァッ!!」

「―――ッ!」

 

一合ぶつかれば風が弾け飛び、二合ぶつかれば火花が飛び散る。

妙技も何もない、純粋な力と力のぶつかり合い。

 

呂布の方天画戟が太史慈の胴めがけて振り抜かれれば、十字戟『覇海』は地に突き立ってそれを防ぐ。

返す刃が呂布を襲えば、獣の様に跳躍した彼女は更に上空から襲い来る。

 

そうして、どれ程打ち合った事だろうか。

 

「ハァッ…ハァッ…」

「……」

 

滴る血も、僅かに零れる汗も、服に纏わりつく埃も気にせず両者は得物を構え、打ち続ける。

終わる事無き武の協奏曲は、更に速度を、激しさを増して再び奏でられる。

 

「―――呂布!!」

 

鍔迫り合いの様に切迫した状況で、太史慈が声を大にして叫んだ。

 

雨でも降り出しそうな空模様の中においても尚その色を失う事のない赤い瞳に呂布を映し、戟に更に力を込める。

 

「貴様が何のため、誰の為に戦っているかは知らん!聞くつもりもない!!」

 

ジリジリと、踏ん張りを利かせた呂布の両足が後ろに押されていく。

それに内心驚いた呂布は、しかし一瞬でも武器を離す事の出来ない状況を打開すべく正面からの力押しを選択する。

 

「―――だが!!」

 

しかし、それでも太史慈は更に呂布を押し込む。

 

「その武が雪蓮の道を妨げる障害となるというのなら、俺がそれを打ち破る!!」

 

押し込む武威は、正に猛虎。

その名に恥じぬ力は、あと僅か進めば飛将軍と謳われる呂布すら打ち破れたであろう。

 

 

 

だが―――

 

「ッ…!負け、ない……!!」

 

僅かに漏れたその声と共に、呂布の後退は止まった。

そこに込められた思いは、武人としての誇りでも、自らの勇名への縋りでもない。

 

「恋…はッ!絶対、負け…ない!!」

 

瞳に宿した炎は、怒りではなく。

 

「負けたく、ない…」

 

ただ、純粋に自らを待ってくれる―――

 

「負けら、れ…ない!!」

 

大切な、家族の為に。

 

「ッ……!?」

「―――ハアアアアァァァッ!!!」

 

鬼神は、目覚めた。

 

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「そう……罠は使われずに済んだという訳ね」

 

董卓軍と連合が激戦を繰り広げていた中、いち早く好機を見抜いた華琳の指示により虎牢関一番乗りは華琳の軍となった。

 

実はそれが『規定事項』だったという事は――協力した劉備、孫策両軍を除けば――連合において知る人間はいないのだが。

 

今上座で華琳の言った『罠』というのは、司馬懿が自身の武器である鋼鉄糸で編みこんだ『網』の事で、足を踏み込んだ相手を魚とりの要領で鹵獲するというものだ。

ちなみに後で知った事だが、この鋼鉄糸は特別製らしく、司馬懿曰く「春蘭が引っ張っても千切れない」程頑丈だったらしい。

 

今回はこれの張ってある場所に呂布や張遼を誘い出して捕え、虎牢関の戦力を激減させて自壊させようという考えだったのだが……

 

「申し訳ありません、華琳様」

 

張遼は罠にかかる前に華琳の説得――というか彼女の堂々とした自論――を聞いて降る事を良しとし、一般兵を相手取った劉備軍は能率よく罠を活用して捕えて降伏させたらしい。

ただ、孫策軍は呂布の逃亡を許してしまい、結果的に虎牢関は落とせたものの最大の武を誇る呂布が逃げた事でまだ不安が残る様だ。

 

「まぁ、今回は構わないわ。貴重な逸材も手に入った事だし」

「いやー、そない面と向かって褒められると照れるわー」

 

頬を掻きながら言ったのは張遼。

既に得物も返してもらったらしく、端の方とはいえ軍議への参加も許されている。

 

ちなみに桂花や春蘭はその厚遇が微妙に気に入らないらしく、結構殺意っぽいものを向けているのだが、当の本人はと言えばどこ吹く風とばかりにさらりと受け流している。

 

大物だ、この人。

 

「ほな、改めまして…張遼、字は文遠や。よろしゅう頼むで」

 

真桜と同じ関西弁で喋る張遼。

何となく、現代が懐かしく思えた。

 

 

 

周泰、字を幼平は真面目な気質である。

元は庶民であったが、その才能を見込まれて雪蓮に召抱えられ、今では甘寧、凌統に次いで蓮華――雪蓮の妹の孫権の真名――の近従となった。

 

得意とするのは、その身軽さを生かした諜報を中心とした隠密。

武一辺倒ではなく知にも冴えた良将である。

 

そんな彼女は現在、先の虎牢関での戦いにおいて自分より早く虎牢関を制圧した――情報面では自分達が多少劣っていたにしろ、である――司馬懿、そしてその指示を出した曹操について纏めた竹簡を二束抱えて雪蓮の寝所がある天幕へと向かっていた。

 

始めは本陣へと向かったのだが雪蓮もその妹の蓮華も、果ては大軍師である冥琳も不在だった為、そこにいた凌統に雪蓮の居場所を聞いて来たのである。

 

別段急ぎの用でもないのに自ら足を運ぶ辺り、真面目という言葉の上に『生』がつきそうである。

 

兎に角、真面目な彼女は一刻でも早く求められた情報を渡すべく早足に進み―――

 

「雪蓮様、おられます―――」

『…ッ、ウ』

 

口を開いた直後に聞こえた、苦悶に震えた男性の声。

開いた口もそのままに、周泰は硬直した。

 

『しぇ、れん…』

『ふふっ、子義ったらそんな声出して……』

 

艶やかな女性の声は、紛れもない自分の主君のもので。

子義という名の人物で、雪蓮の寝所に招かれる様な男性は一人しかいなくて。

更に言えば、その人物と雪蓮の関係は周泰も小耳に挟んでいて。

 

(わっ!…わっ!!)

 

中で『ナニ』が起きているか想像して、周泰はその場で一気に赤面した。

 

幾ら武官とはいえ、年頃の少女。

主君の妹にも同じ頃の少女がおり、以前彼女に騙されて見てしまった艶本は僅か数枚もめくらずして真っ赤になった周泰にとってしてみれば、これ程艶やかな声音はそれだけでも十二分に刺激的だろう。

 

これは一度出直した方がいいだろう。

言われるまでもなく真っ先にそう思った周泰はその場でまわれ右をして―――

 

「明命、チョイ待った」

 

目の前に突如現れた人影とかけられた声に、声を上げずに絶叫した。

 

声を出さなかったのは、主君の艶事を想像しての配慮である。

こんな時までクソ真面目な……とは、その声の主である凌統の弁だ。

 

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「ま、とりあえず座れや」

「は、はい……」

 

天幕から大分離れた、人もあまり少ない場所。

積んであった荷に腰をおろして、凌統は明命――周泰の真名――の顔を窺った。

 

(あっちゃぁ……こりゃ相当イっちまってるな)

 

彼の予想通りというか何というか、ともかく明命は首から耳に至るまで真っ赤っ赤。どこか胡乱とした瞳は宙を行ったり来たりで指も忙しなく動き落ち着きがない。

何より、普段であれば人の気配に人一倍敏感な彼女が、今はマジマジと自分を見る視線に気づきもしない。

 

重傷だな、と凌統は感じて取った。

 

「なぁ、明め―――」

「だ、大丈夫ですッ!」

 

突如立ち上がり、そうのたまう明命。

 

「しぇ、雪蓮様と太史慈様のご関係は何度か小耳に挟んでおりますしッ!お二方はとてもお似合い…じゃ、じゃなくて!信頼関係も深いですし!わ、わわ、私も元は庶民でしたからそういうのよく分からないんですけどッ!身分とか立場なんてきっと障害に成り得ないと―――」

 

早口というか饒舌というか、ともかく開いた口から思った事を全て吐き出す様にして明命は――本人は意識していないだろうが――割と大きな声で続けた。

 

「だ、だから!この事は絶対に口外しませ―――」

「…何言ってんのお前?」

 

心底呆れた様な、そんな声。

 

それが脳に届いたからか、明命は――まだ顔は紅潮したままだが――動きをピタリと止めて、首と目線だけ凌統に向けた。

 

「へっ?で、ですから…先程の雪蓮様の艶事の」

「……あぁ、やっぱりそっちに考えが行ったか」

 

頭を抑え蹲る様にして凌統はぼやいた。

 

何を呆れているのか理解出来なかった明命は、とりあえず彼が続けるであろう言葉を待った。

 

「なぁ明命。ウチの大将の『癖』、知ってるか?」

「雪蓮様の…癖、ですか?」

 

言われ、明命は顎に指を当てて考える。

 

「ええと……親しい人に抱きつく、冥琳様の胸を揉む、政務をサボってお酒を飲む、城を抜け出す、あと……」

「……なんつうか、大将のだらしない所以外殆ど知らないのなお前」

 

というか、それを癖と表現する辺りどうなのだろうか。

第三者の思うであろう意見は、二人の思考には浮かばなかった。

 

それが雪蓮の雪蓮たる所以である。

 

 

 

その頃の二人。

 

「……なぁ、雪蓮」

「ん…な〜に?子義」

「もしかしてさっき急に強く噛んだのって、明命が来てたのに気づいたからか?」

「ふふっ…今頃妄想が膨らんで、あの子の頭の中で私と子義が凄い事になってるんじゃないかしら」

(……確信犯か)

 

 

 

「血の滾り…ですか?」

「正確に何ていうかは忘れたけど、まぁ大体それであってるな」

 

凌統の話を聞いていくうちに、明命は徐々に平常心を取り戻していった。

その起因となったのが、雪蓮の困った癖の事である。

 

「俺らの中でも知ってるのはごく少数なんだがな……」

 

曰く、幼少期から戦場で連れまわされた影響でかなり戦好きになってしまった雪蓮は、敵の返り血を浴びたり、長時間戦闘で気分が異常に高揚していると、戦闘が終わっても尚暫くはその昂りが抑えられず、狂気に近い闘争心がむき出しになったままになるという。

そしてその昂りを抑えるには『代替』による欲求の充足が必要。一番手軽な方法というのが……

 

「満足するまで敵味方関係なく殺しまわる…ってのが手っ取り早いんだが、流石に一個人の都合の為に兵士百人も千人も殺させるわけにはいかないだろ?」

「そ、それではさっきのは…」

「平時からその昂りに耐えられるように、精神状態をある程度高めに保つ為らしいぜ?大将が兄さんを『傷つける』のは」

 

明命は、息を呑んだ。

 

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「普段から昂りや返り血で気分を満足させておけば、いざその癖が出てもある程度抑えられるらしくてな……事実本人がそう言ってるんだから、そうなんじゃねえの?」

 

つまりは、個人的欲求の為に部下の身体を日夜、文字通り『刻む』主。

 

「そんな癖が余所に知られたら面倒極まりないって事で、知ってるのは当事者を除けば姐さんと蓮華様と小父貴と祭さんと…あと誰かいたっけか?」

 

軍の上層部が隠蔽する、重大な秘密。

 

「ま、そんな訳で……知られた以上、ただで済ます訳にもいかなくて、ね」

 

飄々とした凌統の気が、一瞬にして場を凍りつかせる。

普段からは想像も出来ない程に鋭いそれに当てられた明命は、背筋を震わせた。

 

本能が告げる。

逃げなければ、でなければ―――

 

「…運が悪かったと思って、諦めてくれよ」

 

殺される。

 

 

 

 

 

「え?先鋒って袁紹の軍なの?」

「当人が是が非でもそうだと言って譲らなかったらしくてな……まぁ、一番厄介な呂布と真っ先にぶつかってくれるのなら、これ程有難い事はないのだが」

 

洛陽への進撃を明日に控え、各軍の配列が決定した。

決定、というよりは総大将の独断で、これまで全くいいところなしの袁紹が先頭を譲らず、華琳や劉備、孫策の軍はそれに続き、半分以上逃げた諸侯の軍はその後ろについた。

 

「ただ…問題が無いというわけでもなくて、な……」

「問題?」

「洛陽の様子よ」

 

言って、司馬懿が居を構える天幕に入ってきたのは華琳だった。

手近な所にあった椅子に腰かけ、優雅な仕草で足を組む。

 

ああもう、そんな格好したら下の裾から中が……

 

「北郷、鼻の下が伸びているぞ」

「で、その問題って?」

 

呆れた様な視線と咎める様な視線に晒され、慌てて話を戻した。

 

「……そもそも、この連合の大義名分は『都で暴政を敷く逆賊・董卓を討つべし』というものだった」

 

やや間があって、仕方ないという風に口を開く司馬懿。

咎めようかどうしようか迷ったけど言っても無駄だから止めました、みたいな感じの声音で、けれども一旦始めた以上は最後まで話すのが司馬懿らしい。

 

「だが、これが何とも『妙』な事にだ。都はおろか彼の支配する領地のどこにも、そういった兆候は見られないんだ」

「暴政を敷く者は、大抵自分の領地であれば必ず何処かでそういった風評が立つものなの。けれども董卓に関しては全くそういった話がないわ」

「……つまり、董卓が暴君っていうのは嘘?」

「『董卓』は、な。ただし『董卓軍』という括りで見ると、視点は変わってくる」

 

一拍置いて、司馬懿が続ける。

 

「董卓が実権を握ったのは、十常侍と大将軍何進の争いに巻き込まれた現在の帝、献帝を保護した所に始まる」

 

そこから彼の軍は都へと上り、献帝に位を継がせ、自らはその後ろ盾として相国の地位についた。

 

「問題はここからだ。その折に董卓は朝廷の臣に『一切手を出さず』、そのまま形式上は自軍へと組み込む事になった」

「つまり……」

 

組み込んだ連中のそれまでの悪事が明るみになれば、そいつらはそれをそのまま董卓に押し付けるという事なのか。

だから今回連合がふれ回った檄文も、そういった連中のした事の罪を擦り付けられたと。

 

「……察しがいいわね。そういう事よ」

 

少し驚いた様な華琳の表情。見れば司馬懿も若干だが目を見開いている。

 

「けど、それがどうして問題なんだ?」

「ああ。実はな―――」

 

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「呂将軍、ご無事ですか!?」

 

帝都、洛陽の一角に構えられた豪奢な屋敷。

眩いばかりの天井や壁の装飾と、必要最低限の物しかなく置物などの余計な物が一切ないという対比が何とも奇妙なその屋敷の大食堂に、やや幼い女性の声音が響いた。

 

「ん…はむっ、んぐっ……」

「にょわっ!?お、驚かすなですっ!!」

 

食事に夢中になっている呂布の隣で、素っ頓狂な声を上げて怒鳴る陳宮。だが呼びかけた少女は腰まで伸びた金髪を揺らしながら呂布に駆け寄り―――突進した。

 

「ああっ、もうっ!こんなに汚れてしまって…すぐに湯を沸かさせますから、お食事を切り上げて下さいっ!」

「ってこらー!無視するなですーっ!」

 

自分を無視された事か。自分が敬愛する主に飛びついた勢いで抱きついた事か。

いずれにしろ怒るに達した陳宮は両手を振り上げて怒りを必死に表現するが、眼前の少女はまるで相手にしない。

 

「煩いですよ音々音、呂将軍のお食事の邪魔になるじゃないですか。あっちいって下さい」

「あっち行くのはお前です紅爛!!お前がひっついていたら恋殿がご飯を食べづらいじゃないですかっ!!」

「あら?何で屋敷の主であるこのわ・た・し・が、貴女如きに遠慮しなければならないのですか?」

 

雅な笑みを浮かべながら鋭い言葉の矢を飛ばすのは、自称したように屋敷の主である鍾会、字を士季。その真名を紅爛。

そしてそれに対抗しているのは恋――呂布の真名――の軍師であり、虎牢関の留守を託されていた音々音――陳宮の真名――である。

 

紅爛は後漢王朝屈指の名家の子女で、その一族は現在洛陽を治めている董卓とも懇意にしている。

一方の音々音は恋に拾われた少女で、発展途上とはいえ――破られてはしまったが――砦一つを任される程の秀才である。

 

まぁ、そういった家柄だの才能だのは彼女には関係なく―――

 

「二人とも…煩い」

 

軽い打撃音と共に、仲良く拳骨を食らった。

 

 

 

「ハァッ!?それってマジ!?」

「馬鹿っ!声がでかい!」

 

咄嗟に出てしまった大声に、慌てて両手で口を塞いだ。

 

「んぐっ!?ぐっ……けほっ、けほっ」

 

声を出した直後だったから軽く窒息しそうだった。

一度呼吸を整えてから、努めて音量を絞ってもう一度問う。

 

「……さっきの話って、マジ?」

「ああ。都で『も』この連合は『董卓の出世を妬んだ私欲に塗れた者達の暴挙』と認識されている」

「朝廷内であれば後でいくらでも口封じが出来るけど、民衆が相手となるとそうもいかないのよ……」

 

華琳も司馬懿も、大分参った様子だった。

 

董卓は洛陽で暴政なんてしてなかった。ただその栄達に嫉妬した袁紹が、自分が権力を握る為に諸侯に呼びかけただけの連合だという事は、この連合に参加した諸侯の中にも何人か気づいている人はいるだろう。

 

だが、それが民衆になると話は大分変ってくる。

 

民衆の多くは、袁紹が流した風聞――董卓は洛陽で悪逆の限りを尽くしているという話――を信じているだろうし、だからこそそれに参加する事で名声を得られる。

華琳だってそこに目をつけたからこの連合に参加したんだ。

 

しかし洛陽にしてみれば、俺達は自分勝手な都合で攻め込み平穏を荒らす『侵略者』としか映らないだろう。

そしてその『真実』は洛陽から天下へと広がり、やがては連合に参加した諸侯は揃って悪名だけを高める事になる……というのが司馬懿の弁だ。

 

人の口に戸は立てられない。

七十五日でなくなる様な噂でもない以上、悪名は避けられないかもしれない。

 

「悪名を背負う覚悟はあるわ。けど、必要以上に背負うつもりはないの」

 

と華琳は言うが……

 

「…………」

 

司馬懿は司馬懿で何か考えているっぽいし、軍師主席の桂花はこの場にいないし、二人に劣る俺に何かしら名案が浮かぶ訳でも……ん?

 

「なあ、司馬懿」

「…ん?何だ」

「連合が始まってから、洛陽って事実上封鎖されてたんだよな?」

「ああ…その筈だが」

 

おかしい。

何か、頭の片隅に引っかかっている気がする。

 

砂丘に埋まったコンタクトレンズくらいの小さな違和感だが、どうにもこうムズ痒くて―――

 

「―――ん?ちょっと待ちなさい」

 

華琳も何か引っかかった様だ。

 

「仲達、董卓の支配地に放った斥候が集めた情報の出所は?」

「確か…天水、長安、後は―――」

 

言いかけて、司馬懿が目を見開いた。

 

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「洛陽から出た情報が……ない?」

「「それだ!!」」

 

期せずして、俺と華琳の声が揃った。

顔を一瞬見合わせて、華琳はすぐにそっぽを向いてしまった。

 

微妙に顔が赤かったのは気のせいだろうか。俺も若干恥ずかしかったけど。

 

「ン、ン!…つまり、洛陽は内外で完全に遮断されている筈。なら、外から情報が入る事も内側の情報が出る事もないわ」

 

軽く咳払いして、腕を組みながら華琳が言った。

得心がいったのか司馬懿もやや晴れた表情になり、さっきより晴れた顔になっているだろう俺もそれに頷いた。

 

「洛陽周辺は厳戒態勢を敷いている。董卓が支配しているとはいえ、天水や長安から来た人間すら連合結成の前後に洛陽に入るのは不可能―――つまり、檄文の内容も大義名分も、洛陽内の民衆が知る筈がないんだ」

「だというのに洛陽の民衆の殆どは檄文の内容を知り、怒った。名文家の陳琳が書いたあの内容を完全に訳せる人間など洛陽周辺には蔡?先生以外まずいないし、その先生も連合結成前に長安に出かけられている。とすれば……」

「意図的な情報の操作、あるいは水関か虎牢関のどちらかに加わっていた軍人から得た情報―――いずれにしても、相当な智者でなければあんな言い回しを理解出来る筈がないわ」

 

檄文を理解し、それを態々民衆に伝えて煽る。

その有効性にまで頭の回る人間が、敵方にはいる。

 

偽りの情報で民衆を扇動したという考えも浮かんだが、それにしたって民衆を納得させられるだけの智者が必要になる。

 

「妥当なのは李儒か……水関で華雄の軍師として指揮を執っていた奴なら、檄文を理解するにも、偽報で民衆を煽るにも足る頭の持ち主だ」

「でも、水関ってすぐ破れたしその李儒って奴は逃げたんだろ?」

「斥候を放っていたとしても、情報を得てからふれ回るまでの日数を考えれば張尻が合わないわ。それより、賈駆という線はないかしら?あれも中々有能と聞くわ」

 

華琳の言葉に、しかし司馬懿は首を横に振った。

 

「李儒には劣ります。それに賈駆は董卓に従って洛陽を出ていない筈、ましてや奴が采配を執っていればこれ程早く進む事は叶わなかった筈です」

 

結局、その日の議論は後で戻ってきた桂花や秋蘭も交えて夜遅くまで続いた。

 

 

 

 

 

ポン、と音を立てて肩に手が置かれた。

ギュッと目を閉じていた明命は、しかしその後何ら訪れない衝撃に心中で首を傾げ、薄く目を開けた。

 

「やっほ♪」

 

軽い声音と共に視界に飛び込んできたのは、満面の笑みを浮かべた褐色の肌の女性。

理解に数瞬を要し、そして眼前に現れた女性――自身の主、雪蓮――がにこやかな笑みを浮かべて再び声をかけた。

 

「ふ…ふぇ?」

 

全く反応できず、何とも情けない声を出す明命。

何がどうなっているのか、全く理解できないまま視線を向ければ――笑いを堪えているつもりなのだろうか――腹を抱えて肩を震わせる凌統があり、苦笑を浮かべている太史慈がいた。

 

「こら凌統、そんなに笑ってやるな」

「けどよ兄さん……ぷっ、だ、ダメだ…」

 

堪えていたのが耐えきれなくなったのか、声をあげて大笑いする凌統。理解が追いつかない明命は、口をポカンと開けたまま立ち呆けていた。

 

「明命」

 

流石に少々可哀そうに思えたのか――必死に笑いを噛み殺しているが――太史慈が声をかける。

やや反応が遅れた明命は、しかし無意識下でも出来る程に染みついた敬礼を慌てて取る。

 

「は、はいっ!」

「…あぁ、そんなに構えなくていいから。楽にして」

 

こんな時まで律儀な子だな、と太史慈は感心半分の呆れ半分に思った。

 

「話は大体聞いたな?」

 

スッと、太史慈の目つきが鋭くなった。

それに伴い、周囲の空気が意思を持った様に明命に纏わりつく―――様に明命は感じた。

 

言い知れぬ威圧感。

眼前から迫る覇気。

 

戦場で対してしまえば、片腕とて動かせなくなってしまうだろうそれを全身で感じる明命の頬を、一筋の冷や汗が伝った。

 

「は…はい」

「ん……ならこの事は誰にも喋らないでくれるな?」

「は、はい」

「結構。じゃあ、そろそろ戻るか」

「はい……へ?」

 

決しておざなりではなかった筈の返答は、しかしあまりにもあっさりとした会話の終了に思わず聞き間違いかと錯覚に陥ってしまった。

 

「あ、あの!」

「ん?」

「そ、それだけなんでしょうか…?」

 

本来であれば、機密を知った末端の人間は『消す』のが通例。

自身もその例に漏れないと思っていた明命にしてみれば、口約束だけで放免というのはあまりにも信じ難いだろう。

 

「な〜に言ってんの?明命」

 

だが、明命はまだ『孫伯符』という人物を甘く見ていた。

 

「明命は私達の仲間なんだから、『信頼』するのは当然でしょ?」

 

そこに浮かべられた笑顔に、陰りや含む所など一分もない。

紛れもない『信頼』の証に、明命は胸が熱くなるのを感じた。

 

「ほ〜ら、蓮華も待ってるし、早く帰りましょ?」

「―――はいっ!!」

 

生涯を賭して、この人を、この人たちを守る。

後、孫呉第一の忠臣と謳われる少女は、その胸中に揺るがぬ決意を固めた。

 

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「―――よし、行け」

 

漆黒の夜闇に包まれた中、努めて小さく絞った声音でその男性は告げる。

すると彼の前に跪いていた影は直ぐに姿を消し、その部屋には男性だけが残った。

 

(ふん……もう董卓如きに用はない)

 

彼にとって、董卓という存在は自身の栄達の為の布石に過ぎなかった。

彼女についていけば、自らの才能が優れているという驕りに気づきもしない彼は行く行くは栄華を極められると信じて疑わなかった。

 

だが、無能な者の失敗に当初の目論見は崩れ、今では進退すら危機迫る状況。

 

(滅ぶ連中に態々つき従ってやる必要はない…我が才能は、この様な所で埋もれる筈もない!)

 

自らに酔い、才能に溺れる彼はいっそ哀れにも思える。

しかしそんな憐憫など、彼は切って捨てるだろう。

 

「ふぁ、はぁ……そろそろ閨に戻るとするか」

 

いそいそと李儒は服を整え、寝所に戻るべく歩を進めた。

 

 

 

黒闇の中、猫のようにしなやかにその体躯は舞う。

 

部屋の中を――怪しまれぬ様注意を配りながら――荒らし、目的の『モノ』を探す。

 

(あった…!)

 

それは、一枚の書状。

しかしそこに書かれているのは、知る者が知り出る所へ出れば間違いなく大事になるであろう内容。

 

(後は―――)

 

俊敏な動きで、影は部屋の隅の方に隠れた。

手に持つは、夜闇に隠れた鋭い牙。

 

ジッと獲物がかかるのを待つその姿は、紛れもない『狩人』のそれだった。

 

 

 

「ふふふ…寝ておるかのう?」

 

先日、洛陽の路地裏で見つけた中々の上玉を存分に愛でるべく、鼻息も荒く彼は早足に進んでいった。

 

「寝込みを襲ってやるのも楽しい、起こして声を出させるのも愉快……クックック、待ち遠しいのぉ……」

 

切り揃えられた黒髪と、そこから覗く淡い青色の瞳が何とも言えぬ艶やかさを感じさせるその女人をどう啼かせるか。

妄想の膨らみを止めない李儒はそうして閨へと入り―――

 

「ぐぁ…ッ!?」

 

一瞬で意識を刈り取られた。

 

 

 

 

 

(漸く、終わった……)

 

雲間から月が覗き、部屋に光を差し込ませる。それに伴って、部屋の様子が明らかになっていった。

 

手に剣を携えたのは、女性。

帯も締めぬ服は前を肌蹴させ、薄布から覗く白い肌とそこに奔る幾筋もの傷を露わにしていた。

 

そして倒れ伏すのは――洛陽に撤退した――李儒。

 

(こんな下衆、その気になればいつでも殺せたのに……)

 

主人の下した命は『ある書状を見つけ出し、それを白日の元に晒させる』事。

その為に態々捨て子を装い、こんな男を誘わなければならなかったのだろうか。

 

肌を許さずとも、幾らでも誘惑する事は出来た。

しかし用心深いというのだろうか。彼は『それ』を閨という――この男の主君すら手を拱く――場所に置いていた。

 

だからこそ、彼女は確信が得られる程の情報を集めてから、閨に入る事を決めた。

 

―――そう、彼女が閨に入るのは、生涯を通してこれが初めてだった。

 

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最悪だ、と思う。

だが彼女にとって大事なのは、『自分の主に必要とされる』事。

 

主が必要としてくれるなら、この身などどうなろうと知った事ではない。

純潔も何もかも、くれてやったって構わない。

 

それが主君の策に必要だというのなら―――

 

(さぁ、早く戻らなくては)

 

李儒から与えられた服を脱ぎ捨てた。

髪飾りもその辺に投げ捨てる。壊れる様な甲高い音が聞こえたが、大して気にも留めなかった。

 

纏う為に取りだしたのは、主に与えられた衣服。

久しぶりに目にするそれに、彼女は迷わず顔を埋めた。

 

「ん、ふぅ……」

 

この部屋の匂い――貴重な香炉をふんだんに使った芳しいもの――などまるで比にならないくらいに愛おしい仄かな香り。

ずっと閉じ込めておきたいその香りを七分程満喫してから、彼女はそれを着た。

 

脱出の手筈も整っている。

いや、既に整えさせている。

 

先程李儒が放った男――外の連合に内通する為の、彼の権力を用いてこの状況下においても尚外に出させられる唯一の存在――は、連絡役に抜擢された日から誘惑して虜にしておいた。

そして洛陽を脱出した暁には、そのまま二人で戦禍の及ばぬ地に逃げようという約束もしてある。

 

あの男は本気で信じているだろう。利用されているとも知らずに。

 

あとは彼に成り変わり――最後にもう一つ利用してから『始末』して――脱出するだけ。

 

(今参ります、―――様)

 

夜風にかき消えたその言葉は、再び雲間に隠れた月と共に消え、二度と現れる事はなかった。

 

 

 

翌朝、洛陽の城壁にでかでかと文書が落書きされていた。

ただそれだけなら周囲の目を引く事もなかっただろう。

 

問題だったのは、それが赤々とした『血』で書かれていた事。

その落書きのすぐ傍に、書いたと思しき人物が絶命しているのが発見された事だった。

 

事態を重く見た董卓軍軍師、賈駆、字を文和はすぐさま近衛兵を率いて現場へと向かい、然る後落書きの内容を見て絶句した。

 

『董卓軍の軍師・李儒は連合総帥の袁紹に内通し、袁紹は洛陽を手にした暁にはその支配一切の権限を李儒に与える事を確約した。李儒は朝廷に通じて、袁紹に相国の地位を与える様働きかけていた…』

 

そして男は、自分は李儒の屋敷の下男である事、家族を人質に取られ仕方なく従っていた事、李儒の脱走の手筈を整えていた事等を書いた遺書を握りしめており、最後は罪の意識に耐えきれなかったのでここに全てを記して自決すると結んであった。

 

賈駆は遺体に布を被せると、静かに黙祷した。

 

「ゴメンね……辛かったんだよね」

 

悲しみに耐えきれず、僅かに泣き声を洩らす賈駆。

その痛ましい姿を見た兵士達は、自分たちの誇りを汚した李儒に対して、そしてそれを手引きした袁紹に対して、怒りを露わにした。

 

「皆!李儒は、袁紹は我らが誇りを、信念を汚した逆賊!!最早遠慮など要らぬ、これを許すな!」

 

口々に兵士達は叫び、それはやがて民衆にも波及した。

 

「李儒を討て!!袁紹を許すな!!」

 

董卓の徳治によって、洛陽は嘗ての威勢を取り戻していた。税は軽くなり、兵は無暗に暴力を振るわず、民衆はこれを平和の到来と喜び、深く董卓に感謝していた。

賈駆も当初はそれを受け、いくら連合が何を謳おうと民衆は決して袁紹を認めない、例え自分たちに成り変わったとしても、遠からず自滅する…そう思っていた。

 

だが、今回のこれはあまりにも予想外。

暴徒寸前の彼らは最早止まる筈もなく、ここにきて董卓の『良すぎる』統治は裏目に出た。

 

「ちょ、ちょっと待って!みんな、止まって!!」

 

今更賈駆が何を言おうとも、民衆が止まる事はなかった。

 

彼らはそのまま李儒の屋敷へと向かい――元から民衆に対して不評だった事もあってか――屋敷を血の海に変え、返す刃で連合が迫る正面の大門へと向かっていった。

 

「来たれ、袁紹!我ら洛陽の民、盛大に貴様を持て成してやろう!!」

 

その言葉に応える様に、ゆっくりと開いていく城門。

賈駆の悲痛な叫びは、しかし怒りに我を忘れた彼らに届く事はなかった。

 

「―――かかれぇ!!!」

 

破滅への扉は、開いた。

 

-10ページ-

 

後記

茶々です。

いかがでしたでしょうか第六話……とうとうブラックな方面で展開が開始してしまいました。いや、月だったら多分いい統治やってただろうなーなんて独自解釈その一に思い、そしたらその他の役回りを考えた結果こんな事に……。

 

太史慈と雪蓮の辺りのくだりは、若干オリ×原作キャラ要素を匂わせておきながらこの始末。

……ま、まぁ誰もオリキャラと原作キャラがアレやコレやしてるとこなんて見たく……ないですよね?というわけで一刀がナニで欲求を満たさせた代わりに文字通り『血』で欲求を満たさせてみようかと独自解釈その二。雪蓮の「最近ご無沙汰」ってのは実はこっちの意味でした。

…まぁ、ナニよりはよっぽど繋がりが強くなっていそうですが。

 

そして洛陽の完全封鎖については、ベルリンの壁で封鎖された方(殆ど「陸の孤島」だった状態)をモチーフに交通・物資が完全に遮断された状態にしてみました。当時完全封鎖とか無理あるだろうとかいうツッコミは出来ればご遠慮ください。独自解釈その三。

 

 

 

さて、次回はいよいよ帝都での戦い。反董卓連合編もクライマックスに迫り、次回は『あの男』が登場&大暴れ…予定です。

それでは、また。

 

説明
茶々です。
一刀×華琳が上手く書けなくてヨヨヨ…と泣きたくなる茶々ですどうもです。

独自解釈満天でお送りする今回第六話ですが、実は第五話の閲覧数が第四話を上回っておりびっくりしました。
というかこれ程(茶々にとって)多くの方に読んでいただいて感謝ですハイ。

まだまだ稚拙でありますが、これからもよろしくお願いします。
前述の通り独自解釈ありです。どうぞ。
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