ビューティフル 3 |
帰宅途中。
地下鉄の電車の中は、すし詰めとまではいかないものの、そこそこに混んでいる。
真っ黒の外を眺めながら、初音はある懸念に取りつかれていた。
あのチビ侍が世を儚んで切腹していたらどうしよう。
あり得る。大いにあり得る。
お侍さんとは訳の分からん美意識を持つ人たちじゃなかったのか。
冗談じゃない、死体を処理するのは自分なのだ。ゴキブリ以上に嫌だ。
それとも、もしゴキブリに食べられていたら…。ひぃぃ!!
電車の中で真っ青になったり、ムンクになったりしている初音を、くたびれたサラリーマンのおっさんが興味深そうに眺めていた。
心配は杞憂だった。それよりも。
「ぎゃああああ!あたしのブラビ○がぁあああ!!」
昨年の夏、ボーナスはたいて買った液晶テレビにざっくりと傷がいっている(ご丁寧に十文字)。
「あまりにも無礼なので切ってやった」
「無礼なのはお前じゃああ!返せ、ブラビ○を返せ!!返せ戻せ産めぇええ!!」
炬燵の上で得意げに顎を上げる直隆を引っ掴み、暴れるキングコングさながら前後左右に振り回す初音。
「何をする、不届き者が!目が、目が回る!!」
「このまま空に放り投げてやろうか!?遠いお空へ飛んで行け!!」
遠いお空ではなく、ベッドの蒲団に叩きつけられた直隆は、すぐさま体勢を立て直し、剣を抜いて睨みつけてきた。
「お?やろうっての?このチビが」
足下の蒲団を引っ掴んで勢いよくめくると、チビは悲鳴をあげて転がった。
「ご主人さまに逆らうんじゃねーよ」
「お主などが主人であるものか!わしの主は浅井長政さま唯一人ぞ」
浅井長政。
聞いたことがある。
確か、織田信長の妹、お市が嫁いだ先だ。その三人娘の一人、茶々は豊臣秀吉の側室になって、徳川家康に滅ぼされた。
「取りあえず、ゆっくり話を聞くからさ。ちょっと待って」
言いながらコートを脱ぎ、制服の白ブラウスのボタンをはずす。
帰ってからすぐに家着に着替えるのが初音の習慣だった。
「な…な…なにをしておるんじゃ、お前は!!」
「え?着替え」
「男の前で女が堂々と着替えるな!この恥知らずが!」
身長20cmのチビが一丁前に男というか。真っ赤な顔してギャンギャンわめいている直隆がおかしくて、つい笑ってしまう。
「見るのが嫌なら、あっち向いてなよ」
挑発するようにブラも外す。大きくはないが小さくもない、年の割にはまだハリもある自慢の胸だ。
直隆は目をそらさない。魂を抜かれたように呆け、じっと初音を凝視している。
初音も直隆から目をそらさなかった。濃厚な時間が止まったように、時計の針の音だけが流れる。
沈黙を破ったのは初音だった。
「さぶぅ」
鳥肌の立った腕をさすって、くたびれたタンクトップを被り、パーカーを羽織る。
「着るなら脱ぐな!脱ぐなら着るな!!」
「どないやねん」
思わず関西弁で突っ込みながら、夕食とビールを用意した。
「さ、聞こうか」
浅井長政の一臣である松本直隆は、城から帰る途中に白い光に包まれ、気が付いたらここにいたという。
タイムトラベルの概念が、初音にはよく分からない。
ドラえも○や映画じゃあるまいし、「じゃあ未来に行こう!」「過去に行こう!」とお気軽に行けるほど科学は進んでいない。
だから帰り方を教えろと言われても、何とも答えられない。
「お主はわしを遠い過去からきたというたな。ではここは未来の日本であるというか」
「うん。あんたがいた時代から500年後の東京」
「とうきょう?」
ああ、そうか。戦国時代には東京なんて、まだない。
「えーと、江戸…?」
「なんとも辺鄙な土地に住んでおるのう」
初音はため息をついた。
自分の常識と直隆の常識が摺り合わない。時代が違いすぎるのだ。
これは、あれだ。異文化交流だ。
一々を最初から説明してやるのは面倒なことこの上なかったが、それでも初音は辛抱強く教えてやった。
浅井長政の行く末に関しては、黙っていた。どこまで話していいものか分からなかった。
日本の歴史にさほど詳しくない初音も有名だからこそ知っている。
直隆の主は織田信長を裏切り、戦いに敗れ、自害した。
浅井家は滅亡する。その家臣たちはどうなったのだろうか。
「帰り方は分からないけど」
脳味噌を絞るように考えていた初音が口を開いた。
「調べてみれば、何か分かるかも」
「調べる?乱破(らっぱ。忍者のこと)でも使うのか?」
「ラッパ?ラッパなんて吹いたら近所迷惑じゃない」
噛み合わない会話は、壁にぶつかったり、目まぐるしく回転したりの挙句、一つの結論にたどり着いた。
「直隆がいつ死んだと分かればいいんじゃないだろうか」
「不吉なことを大真面目で言うな」
「例えば、どこかの戦で死んだとか、畳の上で大往生とか、側室の上で腹上死とか」
「なんなのだ、最後のは!」
「とにかく、現代じゃなくて、その時代で死んだ、という事実があれば、間違いなくあんたは帰ったことになるんだからさ」
「あんた呼ばわりするな、そして呼び捨てにするな!この名を呼んでいいものは、長政さまと父上だけじゃ!」
どんだけご主人大好きっ子なんだよ。
「じゃ、チビ」
「…」
「そーら、チビ、おいでー。ビールをあげよう、飲めるかな〜?」
「いつか殺す。絶対、殺してやるからな!」
「あたしを殺したら、チビはどうやって生きてゆくのかな〜。そのちっちゃい体で」
「うッ…」
まあ、飲め。と初音は湯呑にビールを注いでやる。
「適当に作ったものだけど食べな。チビ、今日一日何も食べてないんでしょう」
コタツの上に置いていった菓子パンは手つかずのままで放置されている。
不貞腐れたように箸(割り箸を切って作ってやった)を動かし、鮭をほおばっている直隆を鑑賞しながらビールを一口。
顔のつくりは端正と言っていい。ミニチュアな着物も脇のちょこんと差している刀も、上等であることが分かる。
きっといい所のおぼっちゃんなんだろう。調べ物は案外簡単にいくかもしれない。
明日は休みだし、図書館にでも行ってみようか。
気持ちよく酔いが回ってきだした。
カバンに直隆を入れて、そうだ、チビ専用の食器も買おう。ドールハウス用ならば丁度いいに違いない。リカちゃん用は可愛すぎるかな。ああ、愛しのブラビ○も修理に出さなくちゃ…。
眠気がやってきてもそもそとコタツに潜り込む。
お風呂は明日でいいや。
とにかく疲れた。
遠くで誰かが呼ぶ声がしたが、初音は構うことなく眠りに落ちて行った。
説明 | ||
なぜかエロ方面に転がろうとする二人を必死に連れ戻す。先が思いやられます。 18禁じゃなかったらなあ…。 電波の赴くまま更新。 |
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コメント | ||
天ヶ森雀さま:コメントありがとうございます。調子に乗って泣きを見る予定。ふふふ。(まめご) 確かに挑発しても○される心配はないか(おっと失礼)。何だか楽しそうですよ♪(天ヶ森雀) |
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