真・恋姫無双『日天の御遣い』 第五章
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【第五章 合縁】

 

 

 防戦一方。

 今の自分たちの状況は、まさにそれだった。

 

「秋蘭さまっ! 西側の大通り、三つ目の防柵まで破られました!」

「……ふむ、防柵はあと二つか。どのくらい保ちそうだ? 李典」

 

 じりじりと胸を焼く焦りを微塵も表情も出さずに、秋蘭は髪を二つにまとめた少女、李典に問いかける。

 

「せやなぁ……。応急で作ったもんやし、あと一刻保つかどうかって所やないかな?」

「……微妙なところだな。姉者達が間に合えば良いのだが……」

「しかし、夏侯淵さまがいなければ、我々だけではここまで耐えることはできませんでした。ありがとうございます」

 

 そう言って堅く頭を下げるのは、長い灰色の髪を三つ編みにした少女、楽進。傷の残るその顔には隠しきれてない疲れが見えたが……無理もない。彼女の疲弊にあえて気付かない振りをし、秋蘭も礼を口にする。

 

「それは我々も同じ事。貴公ら義勇軍がいなければ、連中の数に押されて敗走していたところだ」

 

 彼女たち義勇軍のおかげで最悪の結末だけはなんとか回避できたが、それでも最悪な状態であることに変わりはない。

 黄色い布を巻いた暴徒の集団――黄巾党の討伐の為にこの街へとやってきたのに、まるであべこべだ。こちらの兵は少なく、対するあちらは三千もの圧倒的な数を有している。

 防戦、一方。

 その防戦すら満足にできなくなりつつある現状はもう、討伐しているとは言えないだろう。

 口にする気はないものの、まず間違いなく、自分たちこそが討伐されている。

 

「(姉者達の援軍が来るまで、どうにかして持ち堪えなければな……)」

 

 しかし、慌てた様子で駆け寄ってきたおさげの髪の少女、于禁が状況悪化の報を告げる。

 

「夏侯淵さまー! 東側の防壁が破られたのー。向こうの防壁は、あと一つしかないの!」

「……あかん。東側の最後の防壁って、材料が足りひんかったからかなり脆いで。すぐ破られてまう!」

 

 ぎしりと歯噛みする秋蘭。

 どうやら、持ち堪える時間も与えてくれないらしい。

 疲れ切った兵士たち。

 圧倒的な戦力差。

 破られていく防壁。

 あまりにも無慈悲な今の状況。

 だが、それでも持ち堪えなければならない。

 民の為に。

 共に戦ってくれている彼女たちの為に。

 愛する主と――愛しい姉の為に。

 

「仕方ない。西側は防御部隊に任せ、残る全員で東の――」

「――いたぞぉぉおおおおっ!」

 

 背後からの野太い怒号。

 ばっと振り返れば、おそらくは防壁を抜けてきたのだろう、黄色い布を頭に巻いた五人の男が目を血走らせてこちらに猛進してきていた。

 

「ちぃっ……貴様等に構ってる暇などないというに!」

 

 舌打ちして愛用の弓『餓狼爪』に矢を番える、が――それよりも早く、速く。

 

「すーぱーいなずま、きぃ――――――――――――――――――――っく!」

 

 突如として天より現れた、黄昏を身に纏う乱入者の強烈な蹴りが、先頭を走っていた黄巾党の胴に炸裂する。そしてそのまま、乱入者はばきぼきと蹴り砕いた者を土台に全身を捻って回転させ、右腰に差した剣を抜き放ち――日色の一太刀で、残り四人全てを斬り伏せた。

 

「貴様は……っ!?」

「ん? おう、一体どこの美人かと思えば……久しぶりじゃねえか、夏侯淵」

 

 見間違えるはずもない。

 この乱入者は。

 この者は。

 

「なっ……何者だ!?」

「……ていうか今、どっから降ってきたん?」

「お日様みたいな人なのー……」

「秋蘭さま、あの兄ちゃんのこと知ってるんですか!?」

「…………ああ。あやつは」

 

 場にそぐわぬほど、明るい笑みを浮かべるこの乱入者は。

 夕焼け色の衣服を身に纏い、朝焼け色の髪を風になびかせるこの者は。

 

「俺は素敵に無敵な請負人――九曜旭日だ」

 

 

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 それは遡ること三時間前。

 舗装のされていない森の中の小道を、旭日はてくてくと進んでいく。

 琴里たちの村を出た後、旭日は立ち寄った街や村で様々なこと(それは盗賊の撃退だったり商人の護衛だったり農作業の手伝いだったりと本当に様々だ)を請け負いながら、旅を続けていた。

 今もまた、南西にある街へと向かっている途中だ。

 

「もう見えてもいいはずなんだが……土地勘がないってのはやっぱ不便だな」

 

 何せ全部が手探りの旅路だ、迷子になることは何度もあった。

 いつまで経っても見えてこない目的地に、もしかしたら今回も……という不安が頭をよぎる。ここは誰かに道を尋ねるのが得策だろうけれど、残念なことに周辺には旭日以外の人影はない。妙なところでは存分に幸運を発揮するくせ、基本的に旭日は不幸体質なのだ。

 

「……まあ、日が暮れる前には着くだろ」

 

 あっけらかんとそう言い、軽い調子で歩を進める旭日。この楽観ぶりのせいで五日もの断食に苦しんだことは、どうやらもう忘れているらしい。

 そして次第に森の小道が獣道へと姿を変えていき、「……また迷子か」と思い始めたところで――

 

「れんほーちゃぁん……お姉ちゃん疲れたよぉ……」

「もうっ! なんでちぃ達がこんな目に遭わなきゃいけないの!?」

「……仕方ないでしょ。私達がまだあの近くにいたら、被害が大きくなるもの」

 

 ――女三人寄れば姦しいという諺を具現したかのような、実に騒々しい三人組の少女たちが前から現れた。

 最初に自分を襲った賊も三人組。

 それを助けてくれたのも三人組。

 三国志だからかやたら三人組に縁のある旅だな、と意味不明なことを思う旭日だったが、これが道を尋ねる機会であることに気付く。

 

「楽しいお喋りの邪魔はしたくねえけど……言ってる状況じゃねえ、か。おーい、嬢ちゃんたち!」

「「「………………っ!?」」」

 

 声をかけた途端、少女たちはこちらを向いて――びくりと、顔を強張らせた。

 過剰なまでに警戒を露わにする少女たちの様子に、いきなりで驚かせてしまったのだろうかと旭日は困惑する。

 

「あーっと……見た目は確かに怪しいかもだが、中身はそこまで怪しくねえぞ? ちょっと、道を訊きたくてさ」

「…………追っかけの人じゃないの?」

「追っかけ? どっかで鬼ごっこでもやってんのか?」

「……なんでもない。それで、どこまでの道が知りたいの?」

「おう、南西にあるらしい街に行きたいんだ」

 

 その問いにまたもや顔を強張らせる少女三人。しかし今度は警戒とはまるで違う、後ろめたさ、のようなものが表情に滲んでいた。

 そんな彼女たちの様子に首を傾げながらも返答を待ち――やがて、眼鏡をかけた少女が重く口を開いた。

 

「そこにはこのまま真っ直ぐ行けば着く、けど……行かないほうがいい」

「は? なんでだよ」

「だって、あそこにはわたし達の追っか――もごっ!?」

「こっこここ黄巾党に襲われてるのよ!」

 

 何か言おうとした桃色の髪の少女の口を慌てて塞ぎ、代わりに気の強そうな少女が答える。

 ざわり。

 血の冷めていく感覚。

 心が燃えていく感覚。

 

「……へえ、ふうん。黄巾党がね」

「そう。だから大人しく引き返したほうが」

「道はこのまま真っ直ぐだったよな」

「いい――って、え?」

「教えてくれてありがとうな、嬢ちゃんたち」

 

 片手を上げて少女たちに礼を告げ、旭日は足を進める。

 

「ちょ、ちょっとあんた! ちぃ達の話、聞いてなかったの!?」

「もごっ……ち、ちぃちゃん、苦しい……」

「……貴方、行って何をする気なの?」

「何を? そんなの決まってる。請け負うんだよ」

 

 目的地に変更はない。

 旭日は行く。

 黄巾党に襲われている街へ。

 誰かの何かを――請け負う為に。

 

 

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 そして三時間後。

 

「俺は素敵に無敵な請負人――九曜旭日だ」

 

 街に辿り着いた旭日は、防壁の穴を見つけて中へと入り――今に至る。

 

「くよう、あさひ?」

「どこかで耳にした名だが……」

「凪もなん? ウチもどっかで聞いたことあるんやけど……どこやったっけなぁ」

「あーっ! そういえば最近噂になってる、ふらふらーって現れてどんな問題も解決しちゃうなんでも屋さんが、そんな名前だったと思うの!」

「……さっき会った三人組といい、今日は賑やかな嬢ちゃんたちばっかだな」

 

 ちゃきんと刀を鞘に納め、自分を見て騒ぐ夏侯淵以外の少女たちにシニカルな笑みを向ける。

 

「賑やかなのは嫌いじゃねえが、俺はちゃんと名乗ったぜ? そっちは返してくれねえのか?」

「えっ、あ……ごっごめんなさい! ボクは許楮、姓が許で名が緒だよ!」

「……楽進、と申します」

「ウチの名は李典や」

「于禁って言うの。よろしくなのー」

「許緒に楽進に李典と于禁、更には夏侯淵……ね」

 

 三国志で名を馳せた魏の将を順に見回し、最後に夏侯淵へと視線を留める旭日。敵意こそないものの、彼女は以前として弓に矢を番えたままだ。どうやら信用も信頼もされていないらしい。

 当然だなと旭日は思い。

 優秀だなと旭日は笑う。

 

「初見の挨拶は済んだようだな。ならば今度はこちらの質問に答えてもらおう――何をしにここへ来た、九曜」

「ったく、わかりきったことを訊くなよ。請負人の俺がすることなんざ、一つしかねえだろう?」

「……請け負いか」

「そういうこった。……うんざりなんだよ、もう。誰かのせいで誰かが泣いて、苦しんで、悲しんで、大切な人をなくして。そんなの、くだらねえんだよ、うんざりなんだよ。だから――夏侯淵、俺に手伝わせろ。俺に請け負わせろ。報酬はこの、馬鹿げた戦を即座に終わらせることでいい」

 

 強い覚悟を目に灯して、旭日は言った。

 シニカルな笑みを消し去り、ただただ真摯に、ただただ真剣に。

 

「ふむ。季衣よ、どうする?」

「えっ? えぇっと、そんなこと聞かれても、ボクには……」

「ここの指揮官はお前だ。季衣の好きなように決めればいいさ」

「……ボクの、好きなように」

 

 夏侯淵に是非を委ねられた許緒はしばらく悩んだ後、ばっと旭日に顔を向けて。目に強い――旭日に負けないくらい、強い覚悟を灯して。

 頭を――下げた。

 

「請負人がなんなのか、兄ちゃんがどんな人なのか、ボクにはわかんないけど……このままじゃ明日の何万人の民も今日の百人の民も助けられないもん! だから、だから兄ちゃん、お願いっ! ボク達に力を貸して!」

「………………っ」

「に、兄ちゃん……?」

「……………………まあ、いい。いちいち反応するのも馬鹿らしいし、何より、俺たちは兄弟じゃねえ。単に歳が近かったから兄や弟や妹になっただけだ。ならこういうのも、悪くはねえ、か」

 

 それは、誰を想っての独白だったのだろう。

 誰に想われての――独白だったのだろう。

 答える代わりに、旭日は応える。

 

「許緒ちゃん……だったな? その願い、確かに《兄ちゃん》が請け負った」

「っじゃあ!」

「決まったな。では――季衣、楽進、九曜は兵を連れて東の援護に! 李典、于禁は私と共に西の敵を抑えるぞ! 皆、姉者達がくるまで持ち堪えてくれ!」

「はっ!」

「了解や」

「わかったのー」

 

 夏侯淵の号令を合図に、全員が一斉に動き出す。

 

「……期待させてもらうぞ、《日天の御遣い》よ」

 

 

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 でたらめだ。

 滅茶苦茶だ。

 眼前で繰り広げられる光景に、楽進――凪はひゅっと息を呑んだ。

 

「やるじゃねえか、嬢ちゃん!」

「そういう、兄ちゃんこそっ!」

 

 人が断ち裂かれる。

 人が吹き飛ばされる。

 敵の数はおよそ千五百、対するこちらの兵は二百と少し。

 数も士気もあちらが圧倒的に上回っている。

 なのに……どうしてだろう。

 どうしてこんなにも、負ける気がしないのだろう。

 

「あっ、それからボクのことは許緒――ううん、季衣って呼んでよ!」

「……いいのか? それ、真名なんだろ?」

「いいよ。兄ちゃん、悪い人じゃなさそうだし、会ったばかりのボク達のこと助けてくれてるもん!」

「助けてるんじゃなくて請け負ってるんだが……まあ、どっちだって変わらねえか。わかった、大切に預からせてもらうぜ――季衣!」

「うんっ!」

 

 でたらめにもほどがある。

 滅茶苦茶にもほどがある。

 巨大な鉄球を軽々と扱っている季衣の怪力は勿論だが、何より、九曜旭日と名乗った請負人の男。

 あれは――なんだ?

 あれは一体、どういうことだ?

 雲霞のような敵兵に臆することも怯むこともなく立ち向かい、触れれば折れてしまいそうな細い剣で敵の攻撃も敵そのものもまとめて断ち、日色の刃を舞わせ、緋色の血を踊らせるあの様は。農民くずれの烏合の衆といえど、圧倒的な数を誇る黄巾党を圧倒するあの様は。

 

「………………綺麗だ」

 

 その呟きは果たして誰か発したのか。

 自分かもしれないし、味方かもしれないし、もしかしたら敵かもしれない。おそらくはその内のどれかで、その内の全員だろう。

 動きは粗く、荒い。

 型も構えもあったものじゃない。

 全てが素人同然。

 なのに。

 敵の攻撃をひらりひらりと避ける様は、乱戦の中をひゅるりひゅるりと駆け抜ける様は、何もかもを一太刀に斬り裂く様はまるで――まるで日が舞い踊ってるかのよう。

 相手がろくに剣も振れない雑兵な為に判断は難しい。が、それでもわかる。

 彼は強い。

 少なくとも、自分よりは。

 

「戦の真っ最中にぼけっとしてんじゃねえぞ、楽進!」

「えっ? ……あっ、す、すみません!」

 

 旭日の声にはっと我に返り、凪も再び乱戦の中へと突っ込んでいく。

 

「はああぁぁぁぁああああああ―――――っ!」

 

 撃ち放った氣弾が前方の敵を吹き飛ばす。

 敵の士気も陣形も最早ボロボロだ。所詮は弱者を相手にしか強がれない連中、攻められることは慣れておらず、加えてこちらには常識外れが自分を含め三人もいる。後はもう、砂山を崩すのとなんら変わらないほど容易い。

 これなら、と凪は勝利を確信した。季衣もきっとそうだろう。

 しかし旭日は怯え始めた敵兵を見て――

 

「……どうした、笑えよ」

 

 ――さも不愉快とばかりに、言う。

 

「望んでそこにいるんだろう? 望んで黄色い布を巻いたんだろう? だったら笑えよ、笑ってみせろよ」

 

 旭日は言う。

 

「なんだ、笑えないか。……そりゃそうだよな。誰だって死ぬのは怖いし殺されるのは嫌だよな。お前たちが踏み躙ってきた連中も、死ぬのは怖かったし殺されるのは嫌だったはずだよな」

 

 うんざりだと旭日は言う。

 

「誰かのせいで誰かが泣いて、苦しんで、悲しんで、大切な人をなくして。そんなの、くだらねえんだよ、うんざりなんだよ! 俺はそんなものを請け負う為に請負人やってんじゃねえんだよ! お前たちの望みがそれを生むのなら、お前たちの望みのせいでそれが生まれるのなら――俺は、お前たちの望みを絶対に認めねえ! お前たちの望む黄天の世なんざ、俺が全て壊し尽くしてやる!」

 

 強く、強く旭日は言う。

 

「……こいよ、かかってこいよ、黄巾党。覚悟してそこにいるんだろう? 覚悟して黄色い布を巻いたんだろう? お前たちの望みの終端は俺が請け負う。だからこいよ、最期の最後を笑顔で飾ってかかってきやがれ!」

 

 ああ――そうなのだ。

 表現できない感情の波に押され、涙を一つ零した凪は、理解する。

 流言などではなかった。

 噂は正しく真実だった。

 彼がきっと、そうなのだ。

 

「天の……御遣い…………」

 

 やがて、援軍が銅鑼を盛大に鳴らしながら到着し。

 戦いは凪たちの勝利で幕を――閉じた。

 

 

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「義勇軍が私の指揮下に入る、ね……まあ、良いでしょう。貴女達の名は?」

「楽進と申します。真名は凪……曹操さまにこの命、お預けいたします」

「李典や。真名の真桜で呼んでくれてもええで。以後よろしゅう」

「于禁なのー。真名は沙和っていうの。よろしくおねがいしますなのー♪」

「貴女達の真名、確かに預かったわ。さて……」

 

 街を襲っていた黄巾党との戦いを終え、義勇軍の少女三人を新たに指揮下へと加えた華琳は、我関せずといった感じで壊れかけた壁に寄りかかっている男に目をやった。

 

「……久しいわね、旭日。まずは礼を言わせてもらうわ。秋蘭と季衣を助けてくれてありがとう」

「別に感謝される筋合いなんざねえよ。俺は請け負ったことを、最後まで請け負っただけだ」

 

 返す旭日の態度は素っ気なく、目もこちらに向けようとしない。

 

「用件はお終いか? だったらいい加減に解放してほしいんだが」

「あら、この私が礼を言う為だけに、貴方を引き留めたとでも思うの?」

「……まさか、な」

 

 相変わらず食えない嬢ちゃんだ。

 小さな呟きと共に大きな溜め息を吐き出し、ようやく旭日はこちらに目を向けた。

 強い意志の宿る強い眼差し。

 やはり、と華琳は思う。

 やはりこの男は正確に理解している。

 己の持つ価値も、どうして引き留められているのかも、そして自分が告げようとしている内容も――何もかも。理解して、理解しているからこそ大人しくこの場に留まっているのだ。さっきの素っ気ない態度もおそらく、理解していることを悟られないようとしてのものだろう。

 

「(食えないのはどっちよ、全く……)」

「曹操?」

「なんでもないわ。まどろっこしいのは嫌いみたいだから単刀直入に言いましょう――私に力を貸しなさい、九曜旭日」

「………………」

「前は見逃してあげたけれど、今回は逃がさない。貴方だって、そろそろ目的地なき旅を終わりにしたいのではなくて?」

「……優秀すぎるのも困りもんだな。だが俺は――」

「――お待ちください、華琳さまっ!」

 

 旭日の言葉を遮ったのは猫耳のついた帽子を被った少女――桂花だ。

 

「こんな得体の知れない、それも男なんかを華琳さまの下に置くなんていけません! 汚されてしまいますっ!」

「あーっと……曹操? この初対面で失礼爆発な嬢ちゃんは?」

「……彼女は私の軍師の荀文若。ちょっと男が嫌いなのよ」

「ちょっとのレベルじゃなさそうだが……って、荀文若? あの王佐の才の荀ケ文若か?」

「なっ、なんで会ったばかりのあんたが私の名を知ってるのよ!? ま、まさかっ、ここここの変態!」

「………………」

 

 桂花のあんまりな言い草に、らしくもなく茫然とする旭日。

 まあ……仕方ない。

 彼女の男性嫌いは周知の事実だが、正直、ここまでひどいとは華琳も思っていなかった。

 

「……落ち着け、桂花」

「秋蘭! あんたはなんでそう平然としているのよ!?」

「こやつがただの男であれば私とて異を唱えるさ。だが楽進達が耳にしていた噂、先の戦での活躍ぶり……態度の悪さを除けば有能な将になることは明白だろう。何よりこやつは――《日天の御遣い》だ」

 

 日天の御遣い。

 秋蘭が放ったその単語に、場にいる全ての者が驚愕する。

 

「こんな頭の悪そうな男があの……嘘、でしょ?」

「に、兄ちゃんが乱世を救う《天の御遣い》さま……なの?」

「あ? ……あー、まあ。この世界の人間じゃないってことがそうなら、俺は《天の御遣い》になるんだろうな」

 

 興奮した様子の季衣へ返す旭日の答えは、至極どうでもよさそうなものだ。天の御遣いが持つ威光をまるで意に介してない――いや、意に介していても尚、重く扱っていない。事実、彼についての噂のどこにも「天の御遣い」という単語はなかった。上手く扱いさえすれば楽に生きれるのにも関わらず、それを好しとしなかったのだ。

 やはり、と華琳は思う。

 やはりこの男を手に入れたい、と。

 

「これでわかったわね、桂花。この男の価値も、この男を欲する、私の心も」

「ですがっ……」

「貴女との話は終わりよ。さて……まだ答えを聞いていなかったわね」

 

 改めて旭日に問う。

 覇王の笑みを――浮かべながら。

 

「《日天の御遣い》九曜旭日。貴方の力、この曹孟徳に貸してくれないかしら?」

 

 

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 曹操に問われた旭日は一瞬だけ目を瞑り――

 

「…………ひどい有様だ」

 

 ――街を見回して、ポツリと呟いた。

 

「色んな村や街に立ち寄って、請け負って、俺はここまできた。どこもかしこも、ここと似たようなもんだった」

 

 壊れ果てた景色。

 焼け焦げた光景。

 家屋はずたずたに崩れ、炎の吐き出した黒煙は今もまだ空に漂っている。

 

「…………ひどい有様、だった」

 

 色んな村で、色んな街で、色んな人に旭日は出会った。

 親をなくした者、子をなくした者、妻をなくした者、夫をなくした者、恋人をなくした者、友人をなくした者、大事な人を――永遠に失った者。

 誰も彼もが泣いていて、誰も彼もが笑えずにいて。

 笑えていてもどこか悲しさがあって。

 それがたまらなく――たまらなく哀しかった。

 

「なあ、曹操。お前にこのくだらねえ景色を、このつまらねえ光景を終わらせることができるか?」

「……誰に言っているの? できるできないではないわ、終わらせるのよ」

 

 当然のように発されたその言葉に、旭日は笑う。

 壊れ果てた景色の中で、焼け焦げた光景の中でその笑顔はとても、とても不似合いなほど――温かかった。

 

「終わらせる、か。いい答えだな……って、なんだ、風邪か? 顔が真っ赤になってんぞ?」

「なっなんでもないわよっ! そ、それで私の問いに対する返事は?」

「あ、ああ」

 

 曹操(よくよく見れば顔を赤くしているのは彼女だけではなかったが)の様子に首を傾げつつ、コホンと旭日は咳払いして。

 

「誰かに頭を垂れる気なんざ俺にはない。だが、このくだらねえ景色を、このつまらねえ光景をぶち壊す為には、俺一人の力じゃ不可能だってことは流石にわかる。……とりあえず、黄巾党討伐が終わるまでは協力してやるよ。俺も《天の御遣い》の名も好きなように扱いな。そこから先は曹操――お前次第だ」

「……それはこの曹孟徳を試す、ということ?」

「試す? いいや違う。俺がお前を試すんじゃねえ、お前を俺に認めさせるんだ」

「………………っ!?」

 

 旭日が自分自身に下す評価は切り札――それもとびきりの、反則に等しいくらい切れが過ぎるジョーカーだ。

 三国志の将が女の子になっているなどの差異はあれど、この世界の大まかな物語は今のところ、史実に沿う形で進んでいる。もしこのまま沿い続けるとしたら、物語を読んだ自分は、未来と過去を知ってしまっている自分は世界の救済者にもなりうるし、世界の破壊者にもなりえてしまう。

 見極めなければいけない。見つけなければならない。

 何に切るのか、誰に切らせるのかを。

 自分という最強の切り札を、九曜旭日という最悪のジョーカーを請け負える――最高の誰かを。

 しかし、そんな旭日の心を知る由もなく、吠える者が一人。

 

「貴様ぁっ! 華琳さまに対して何をいけしゃあしゃあと……!」

「……いたのか、夏侯惇」

「いたのかとはなんだっ、いたのかとは! いるに決まっておろう!」

「いや、だってお前、全く話に参加してこなかったじゃねえか」

「そっそれは……男のくせに細かいことを気にするな!」

「(ああ……話が理解できてなかったんだな)」

「――くっ、くくくくくく」

 

 響いたのは、歌のような曹操の声。

 楽しいとばかりに、愉快とばかりに、口元を隠そうともせず。

 彼女は、笑っていた。

 

「ぷっ……あはははははははははは!」

「曹操?」

「か、華琳さま?」

「本当に、本当に楽しませてくれるわね、貴方という男は! いいでしょう――覚悟しなさい、旭日。絶対に私を認めさせてやるから!」

 

 涙が滲んでくるまで笑う曹操。

 ひとしきり笑い、そして。

 そして――哀しい炎に焼かれた街の中心で。

 

「ああ、おかしいったらありゃしない……ふふっ。そういえば、まだ貴方の真名を聞いていなかったわね。笑わせてくれたお礼に呼んであげるから、教えなさいな」

「あーっと……そいつはありがたいが、俺に真名はねえんだ。強いて言えば、旭日が真名になるかな」

「なっ!? では貴方は、あの村で会った時から私達に真名を許していたというの?」

「あくまで強いて言えばだけどな」

「そう……。なら、こちらも預けなければ不公平になるわね。旭日、私のことは華琳と呼んで良いわ」

「おいおい……いいのか?」

「私が良いと言ってるのだから、素直に受け取りなさい」

「……わかった。可愛い嬢ちゃんの頼みだ、大切に預からせてもらうよ。改めて、俺の名は九曜旭日だ。よろしくな――華琳」

「ええ、よろしくね――旭日」

 

 日天の御遣いは。

 九曜旭日はひとまず曹操――華琳の傍らに降り立った。

 

 

【第五章 哀炎】………………了

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あとがき、っぽいもの

 

 

どうも、リバーと名乗る者です。

言わせてください…………大人数での会話は難しすぎます。

わかっていたことですが、やはり実際に書いてみると…………もう、目も当てられない有様でした。

しょっ精進したしますので、どうか応援よろしくお願いしますっ!

 

ええと、次回はひとまず拠点にしようかと考えてます。

恋姫に拠点は必要不可欠ですし、メンバーも大体は揃ってきましたし、個別ルートがないとフラグも立たないなと思いまして。

何より春蘭の扱いの悪さが……ね。

 

では、誤字脱字その他諸々がありましたら、どうか指摘をお願いします。

感想も心よりお待ちしています。

 

追記

 

自分は春蘭大好きですよ!

華琳と秋蘭の次に!

説明
真・恋姫無双の魏ルートです。 ちなみに我らが一刀君は登場しますが、主人公ではありません。オリキャラが主人公になっています。

今回は第五章。
メンバーが徐々に揃い出しました。
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コメント
話の流れだと黄巾党討伐までは客将扱いになるのかな?(ブックマン)
はてさてどうなることやら・・・・・一刀と旭日が出会ったときが個人的に楽しみである(スターダスト)
過去に何か思うところがあった様でだいぶ含みのある言い方をしますね。しかし基本的には良い人の様で、それに不幸体質…ふふふっ、道に迷うくらいならいいですが、詠とどちらが上か見物ですねwそれに今回何気に良い笑顔で魅了していましたが惚れられたかなw(自由人)
九曜は態度はでかいがいいやつだな(風籟)
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