Between the light and the dark 第五章ー焦がれた光 |
「すみません、遅くなりましテ」
「どうせマセガキに手間取っていたんだろ」
「ワカちゃん、なんか男くさい」
「まー。この子ったらいつの間にか大人になっちゃって」
からかうような声に、ワカが必死で首を振った。イランが知ったら怒るだろうな。カナンは小さく笑う。
「おれは北寮、シランは住宅街、カナンは西寮、ワカは後宮。明日の明け方にまたここで会おう。よし、散れ」
アカンの合図と共に、四つの黒い影が散り去った。情報は無いより有るに越したことはない、そして噂話は闇夜に紛れて流れやすい。黒装束に身を包んだ彼らは、これからそれぞれの場所で情報を集める。神経を尖らせて意識を集中することで色々な会話が耳に入ってくるのだ。
カナンも屋根の片隅に陣取ると、月明かりを浴びながら目を閉じた。鋭利になった神経はまるで触角のように伸びてゆき人々の声を届けてくれる。
いびきの音、屋根裏部屋で鳴く鼠、軋む寝台の音、どこかで密会しているのだろう、密やかに囁かれる甘い声、酒盛りをして盛り上がっている笑い声。
陛下が本殿裏の庭園で、裸になって水遊びされていたって聞いたか?
きいたも何も、こいつが発見者だ。
おおー。ラン!果報者だなあ!で、どうだったよ?
お…覚えてないよ、びっくりし過ぎて!
お前、そんなんじゃ立派な兵士になれねえぞ。ロッカさまみたくなれとは言わねえけどよ。
あの女が来てから、軍の雰囲気変わったよな…。
…。
それから様々な方面に耳を澄ませてみても、大した収穫はなかった。
まあ、こんなものだよな。闇者とは超人的な所ばかり注目されるが、実質、地味な作業の繰り返しに過ぎない。雇い主の命を受けて、情報を集め、人を殺し、人を守り、莫大な金額を要求する自分たちには矜持も何もない。虫ケラ以下と教えこまれて、己の命を軽く考えていた。
違うとイランは言った。
「どんな命も尊いとは、おれは思わない」
だがな、と男は可愛い音を鳴らす風鈴を見上げた。
「一寸の虫も五分の魂という言葉がある。小さく弱い者にもそれ相応の意地があるから侮りがたいという意味だ。どんな状況になっても簡単に諦めて死ぬんじゃねえ。みっともないほど抵抗して、そいつらも道連れにする勢いで死ね」
カナンはその言葉に非常な感銘を受けた。だから、道で行き倒れていた浮浪者の男にも教えてやった。こんな虫けらのおれなんて、と叫んでいた垢だらけの男に。
まだ、生きているだろうか。それともどこかでのたれ死んでいるのだろうか。
遠くで梟の鳴く声が聞こえた。
****
オウバイは苦しそうな咳を繰り返しながら、寝台に横たわっていた。
「二日ほど前からずっとこの状態なのです」
「手渡した薬はどうされていますか」
一時期は寝台を離れられるほど元気になったが、それから病気は悪化したと医師はいう。
「お熱はないのですが、原因が分からず…」
ツキヤマがため息をついた。
「もしかしたら、わたしは死ぬのかもしれない」
咳を交えながらオウバイは悲しげに言う。
「美人薄命というしな」
「自分で言うな。憎まれっ子は対外長生きするもんだ」
「あの子たちはどうしている」
「ティエンランは二人の身を保障してくれた。今頃は絹の蒲団にくるまれてヌクヌクと寝ているだろうよ」
「そうか、良かった」
そのまま寝入ってしまった。
「ミカゲの様子は」
「今までと変わりません」
老人の表情からは何も読み取れない。
「分かりました。もし、この男が死ぬ事になれば、あなたが今後、アオイたちをどうするかをおれに指示しなくてはなりません。お覚悟を」
無表情だった老人の目が一瞬揺らぐ。が、すぐに収まった。
「それとこの薬を。今までのではなく、こちらを飲ませてください」
「分かりました」
「また寄ります」
軽く一礼すると、窓の上縁に手をかけてそのまま屋根に登った。気配を殺してしばらく待つ。王の横に立っていたツキヤマは、薬を懐に直すと静かに退出した。医師は黙って部屋に留まっている。
イランは早足に歩く老人の後を付けた。真っ直ぐ後宮に向かっている。そして。
「どうしたんだ、今自分」
明らかに不機嫌そうなミカゲが出てきた。衣が乱れていることからして、また王妃とお楽しみの最中だったのだろう。
「闇者が参りまして、薬を手渡されました」
「捨てておけ。ガキ共は」
「ティエンランに保護されております」
「どうしたらいい」
「手紙を書かれてはいかがでしょう。もう無事だから帰って来いと」
「なるほどな」
小声で話していた男と老人は二言三言交わすと、それぞれに去っていった。一方は後宮へ、一方は王宮の中へ。それを見届けた後、再びオウバイの元へイランは戻った。
****
柔らかい感覚にアオイが目を覚ますと、焦げ茶色の髪の毛が見えた。辺りはほんのり明るくなっており、明け方であることが分かる。
「あれ?」
昨日は不貞腐れたまま自分の部屋には戻らずに、ここで寝たはずだ。なぜかアオイは裸で、そして。
「ワカ?」
腕の中にはこれまた裸のワカが、寝息を立てていた。状況は全く飲み込めていないが、こんなおいしい状況を逃すわけにはいかない。
「ワ…うぐ!」
抱きしめようとすると、したたかに顎のあたりを殴られた。どうやら寝ボケているらしい女は意味不明な寝言を言うと、蒲団の中に潜り込んでしまった。
「ちょっと、ワカ。起きろ!据え膳状態で寝ボケるんじゃない!」
蒲団をめくると、やっと目を覚ました。
「おはようございマス。そしてお休みなサイ」
にっこり笑って布団をかぶる。
「起きないなら襲ってやる」
「そんなことするのなら、また針でさしますヨ」
「じゃあ、あの単語をいうぞ」
途端にワカが弾かれたように起き上がった。余程カエルが嫌いなんだな。
「どうして二人とも裸なんだ」
「アカンとシランがその方がいいって言うカラ…」
ワカが言うには、侍女たちの間であっという間にワカとアオイが恋仲だと噂が広まったらしい。目線をこちらに引きつけておけば、アカンたちは比較的自由に動ける。
「だから、そういう風に振るまえと言われマシタ。恋仲ってどんなことをするんデスカ」
無邪気な顔でワカが聞く。アカンとシランめ。いい助言をしてくれるじゃないか。
「こんなことだよ」
くるりと組み敷くと柔らかい唇を重ねた。一瞬戸惑ったものの、ワカも健気に応える。
「あの、振りでいいんデス」
どんどんと深くなる口づけの間に、ワカが慌てたように言う。
「振りデ」
「そんなの」
アオイも急くように答えた。
「すぐにばれちゃうだろう」
扉が叩かれた音にも気が付かない。
「おはようございま…」
トマリとコンの挨拶は、唾を飲み込む音で止まった。
「アオイ、アオイ、どいテ!二人が見て…ちょっト!」
必死になって剥がそうとするワカから渋々体を離した。
「じゃあ、ぼくは自分の部屋に戻るから。君たち、ワカをきれいに着飾ってやってね」
その辺に打ち捨ててあった衣をはおると、白い頬に口づけをして、堂々と部屋を出た。
****
「お二人はどういうご関係なのですか?」
「許されぬ禁断の恋ですか?」
「そう…なんですかネ?」
好奇心に顔を輝かせた侍女たちに、たじたじになりながらワカは頭を掻いた。
「お前ら、昨日何していたんだよ」
明け方、それぞれ報告をしていた仲間の前で、アカンが呆れた声を出した。
「アオイと一緒に風呂に入って、二人仲良く裸で寝たって北寮じゃあ、その話題で持ち切りだったぞ」
「違いマス!」
慌ててワカが説明すると、三人に笑われた。
「王子と女官の恋話は、一番食いつきやすいからなあ」
「夫婦円満だと面白くないのよね、噂話は」
「じゃあ、ワカちゃんは大いなる話題提供をしたわけなんですね」
しばらくその振りをしろ、とアカンは命令した。好奇の目をお前に集中させていた方が、おれたちは動きやすいと。
「イランから連絡があった。しばらくクズハにいるそうだ。あっちはあっちでややこしいみたいだな。そして、チャルカで妙な動きがあるらしい」
「チャルカ?」
「クズハの港で商人が噂をしていた。あそこは大陸一の武器の生産地だ。それが近頃になって値上がりしているという」
「あたしがいくわ」
シランが手を上げた。
「カナンもちょっくらオウバイの様子を見てきてくれ」
「分かりました。一度里に寄ってもいいですか」
「おう。ついでに本家に妙な動きがないか、探っておいてくれ。分からなかったらそれでいい。ただ、絶対に気取られるな」
「はい」
「ま、取りあえずは飯でも食うか」
アカンは何か感づいているのだろうか。チャルカと里の本家に関連があるのだろうか。
コンたちの質問に適当に答えながら、ぼんやりと思いを巡らせる。にしても、アオイと恋仲の振りをしろだなんて。億劫でならない。いや、仕事だ。これは仕事なんだと言い聞かせて、小さくため息をついた。
****
暇。暇だ。
キキョウは本を閉じてぼんやりと窓の外を見ている。ティエンランに来て五日が過ぎた。
イランはまだ帰ってこない。アカンたちに聞きたいが、何度も尋ねるのはまるで待ちわびているようで嫌だった。あんなどうでもいい男のことを、なんで自分がこんなに気にかけるのか分からない。だが、四六時中頭の中を占めている。
いやいや、イランは闇者だ。本来ならば王女であるキキョウが相手する立場の者ではない。
それにしても、腹ただしいのはアオイだ。
姉を放ったらかしにして、日々ワカと一緒にいる。あの女もイランを好きなくせに、弟にまでちょっかい出して。まあ、弟の女癖は今に始まったことではない。王宮にいる時も、ひどい噂は度々聞いたものだ。
「失礼いたします」
スオウが茶を運んで来てくれた。
「あら、もうお読みになりましたの?」
「ううん、ちょっと疲れちゃって」
首を竦めるとにっこりとスオウは微笑んだ。
「もしよろしければ、修練場にお越しになりませんか?」
「修練場?」
「わたくしの友人が、宮廷軍の隊長を務めておりまして。明日、そこで模擬試合を行うそうです。まあ、少し変わった子なのですけど…」
「へえ、面白そう。行きたいな」
「かしこまりました。上司に申し出てみますわね」
「どんな方なの?あなたのお友達は」
椅子を勧めて、茶を啜る。この人の入れるお茶はとても美味しい。
一礼して向かいの椅子に腰をおろすと、スオウは顔をほころばせて友達のことを語り出した。
小学、中学で同期だったという。宮廷軍の副将軍を祖父に持つロッカは、一風変わった娘で教師たちも手を焼いていたらしい。周りを小馬鹿にする一方、気に入った人間には無邪気に懐く性格だった。スオウもその内の一人だった。
「社会に適合できるか不安だったのですが、今では立派に部下まで持っています。想い人まで出来たのですが、その方が女性の方で…」
「えええ!」
「同じ隊長を務める恋敵と日々喧嘩をしているそうです」
「…ティエンランって不思議な所ねぇ…」
そうは言わないでください、と慌てたように首を振るスオウに苦笑する。
友達とは、こんな感じなのだろうか。気取る必要も、余計な計算もいらずに、ただただ素直になんでも話せる。王宮の女官たちとも、イランたち闇者とも違うこの感覚は、ほんのり温かくて、とても楽しい。
うらうらと降り注ぐ陽だまりの中で、娘二人は取り留めもないおしゃべりに興じている。
****
本家を探るのは、カナンにとって訳もないことだった。知り合いの気をその中に認めた後、くしゃみを二回する。そのまま近くの森に入って、目的の男を待った。
「よう。久しぶりだな」
「どうもです。クジさん」
本家衆の一人でヒサメの下で働いている痘痕面の男は、たまに薬欲しさにカナンに情報を渡す。イランは知らない。ヒサメも知らない。
「単刀直入に聞きます。本家は動くんですか」
「動く」
あっさりと男は言った。
「しょっちゅう外をふらついてる、ジンの第三王子に娘を一人宛がうつもりだ。そのまま城へと潜入させる。目的は分からんが、チャルカが関わっているらしい」
「チャルカとジンで戦が起きるということですか。娘は何の為に潜入を」
「そこまでは知らねえが」
クジは声を顰めた。
「その娘とやらは、お前の衆のワカランに決定した」
さすがにカナンは青ざめた。
「その内、頭が迎えに行くか、本家からお呼びが掛かるだろう。だけど、奇妙なことばかりなんだよな、どうも当主さまとうちの頭がごり押ししているような…」
「ごり押ししている訳ではない」
下から低い声が聞こえて、カナンとクジは同時に腰に手をやった。
灰色の髪の男が、腕を組んでこちらを睨みつけている。あ、ついにばれちゃったか。カナンは首をすくめただけだったが、クジは真っ青になった。
「頭も頭なら、部下も同様だな。中々舐めた真似をしてくれる」
「その言葉、そっくりお返しします」
身内を貶されるのはさすがに腹ただしい。イランと仲が悪いのは知っているが、因縁の原因をカナンは知らない。
「ほう。言うねぇ」
ヒサメは片眉を上げただけだった。促すように首を振ると、クジが跳ねるように去っていった。肩に止まっている烏が嘲笑うかの如く、一声鳴く。
「話はどこまで聞いた」
「ジンの王子にうちのワカランを宛がって城に入れる、目的にはチャルカが関わっている、そんなところです」
対峙するようにしっかりとヒサメを見据えて言うと、男は口の端を歪めた。背の高い人だな。イランと同じくらい身長があるのではないだろうか。
「そんなところだな」
手間が省けた、と片手で灰色の髪を掻きあげた。
「こちらの準備が整い次第、お宅のお姫さんを迎えにゆく。そう盗人に伝えておけ」
言い捨てて踵を返す男の後ろ姿をカナンはじっと見ている。
えらいことになりそうだ。予感に体が震えた。
****
ティエンランの宮廷にきて、しばらくが経った。日中はほどんどヒスイやサツキと共に過ごす。
やんちゃ坊主たちは、たちまちアオイに懐き、お兄ちゃん、お兄ちゃんと可愛い声で慕ってくれる。北宮の庭園で鬼ごっこやかくれんぼをしたり、本を読んでやったりした。
隣には勿論ワカがいる。まるでぼくたちは家族のようだと錯覚することもあった。
夕方には、この国の国王と夫君が先を競うようにやってきて、ヒスイに降り注ぐような口づけを浴びせる。いくら懐かれても本物の親には敵わない。
「先ほど、クズハから手紙が来た。迷惑をかけて申し訳ないと書いてあったが、礼を言うのはこちらの方だ。ヒスイと遊んでくれてわたしはとても嬉しい」
リウヒはべったりと抱きついて、遊び疲れて寝ている我が子を愛おしそうに撫でながら微笑んだ。
「ぼくも弟が出来たみたいで毎日がとても楽しいです。姉も姉なりに楽しんでいるようですし」
キャラが入れてくれた茶を啜りながらアオイも笑った。
「そろそろ片付いたから、アオイたちも帰っておいでとも書いてあった。読むか?」
懐から取り出した手紙を受け取り、目を通す。父の流れるような書体は、確かにそう書かれている。
「イランが帰ってきたら、お暇しようか。ワカ」
「はイ」
「色々お世話になって申し訳ありません。此処での日々は生涯忘れないでしょう」
「帰りは左将軍がお送りします」
王の横に座っていたシラギが申し出てくれた。
「いえ、そこまでご迷惑をかけるわけには」
「迷惑ではない。子が出来て浮かれまくっている馬鹿に仕事を与えてやってくれ」
「目糞、鼻糞を笑うだな」
「この国の主は、両将軍を目糞鼻糞呼ばわりするのか」
クスクスとアオイたちが笑う。数日前に生まれた、子供をアオイとキキョウも見せてもらった。銀色の髪に青い瞳をした赤子は大層美しく、名前をルリと名付けられた。
「王家とはどこも大変だな」
同情するようにリウヒぽつんと呟いた。父が親書に何を書いていたのか分からないが、いきなり王子と王女を預かってくれというのは、ティエンランも驚いたに違いない。それでも心良く受け入れてくれた。もしこの国が困ってクズハに助けを求めてきたら、その時は必ず協力してやろう。
「ジンも中々に大変そうだ。チャルカは平穏にみえるが」
「どうだろうな。武器の値段が二割ほど上がっているらしい」
ワカが顔を上げた。
「あの国は、陽気で食い物がうまい上に、鉱山に恵まれている」
「今年の年賀の挨拶は、金細工の狸の置物だった。あそこの主は、中々に面白い」
思い出すようにリウヒがクツクツと笑う。
「いつか、この大陸を巡ってみたいと思っています。ここだけじゃない、海を渡った遠い国も」
温室を否応なく追い出されたアオイは、世界は広いということに気付かされた。いろんな国があって、いろんな人がいて、いろんな出来事がある。
「わたしもそう思っている。幼いころはこの後宮が世界の全てだと勘違いをしていた。初めて海を見た時には、その先にまた違う国があることに心が躍った」
懐かしむようにリウヒは遠くを見る。
「年を取ってからでもいい、いつかシラギと共に行ってみたい」
「そのためにはヒスイにしっかりしてもらわなければならないな」
「わたしもきちんと基盤を作らないと」
そう言って、ティエンランの王とその夫君は笑った。
****
その日、キキョウはスオウと共に城下の修練場へと赴いた。守衛にアカンも付いてきた。
「リウヒ陛下になられる前は、女官などは宮廷から出ることは禁止されていたのですが」
ゆるゆるとした風に目を細めながらスオウは言った。
「今では比較的自由に出入りできます」
「クズハでもそうだったわ」
王宮で働く者は、上位のものや商人を除いて自由に出入りを許されない。
「でも、どうして?」
「内にこもっていては、視野が狭くなる。海の外までとはいかなくても、色々なものに目を向けて、色々な話を聞けと」
「でも、それだったら色んな噂も流出…」
そこまで言ってキキョウは口を閉じた。
「現在の我が宮廷には、世間になんら恥じる噂はございません」
スオウは微笑みながら、しかしきっぱりと言った。
「陛下も黒将軍さまも中睦まじく過ごされておりますし、臣下は王を尊敬し崇めております。勿論、わたくしも」
驚いた。
一介の女官がここまで言い切るとは。
「ティエンランの女王はとても立派なのね」
「はい。我が国の誇りです」
対抗意識がムラムラとこみ上げる。クズハだって父を誇りとしている。もし、次を引き継ぐアオイが今までの状態なら、その尻を叩いて名君とさせてやろう。
いや、あたしが王座についてやっていい。
修練場では多くの兵たちが、掛声勇ましく剣を重ねていた。
「わあ、すごい!」
少し離れた所に、緋色の髪の女が腕を組んでその様子を眺めている。
「修練中に申し訳ありません、モクレンさま」
スオウと共にその女に挨拶をした。
「こちらはクズハの王女さまでございます」
「キキョウと申します」
緩やかに膝を折って挨拶をすると、モクレンと呼ばれた女はにこりと微笑した。
「宮廷軍、副将軍のモクレンと申します。むさ苦しいところへようこそ」
女のキキョウですら見惚れてしまうほどの美人だった。
長身で、ただ立っているだけなのに、存在感がある。波打つ緋色の髪すらも輝いて見えた。
しかも、副将軍って…かなりの実力がなければ普通、無理なんじゃないの?
「モクレンさまー!」
華やいだ声を出しながら、一人の女が駆けてきた。周りに花が飛び散っているようなその姿に、キキョウは一瞬身を引いた。
周りなど一切お構いなしに、モクレンに飛びつこうとした女は、瞬間に伸びた腕に阻まれた。
「所構わず甘えようとすんじゃねえよ!この馬鹿女!」
「何よ、嫉妬してるの?離しなさいよ、阿呆男!」
「マツバ、ロッカ!控えなさい!王女の御前なるぞ!」
モクレンが怒鳴ると、子供のように喧嘩していた二人はぴたりと止まった。
そして、取って付けたような笑顔を浮かべた。
「始めましてー。隊長のロッカでーす」
「どうもー。第一隊長のマツバでーす」
「あ…く、クズハのキキョウと申します…」
ペコリと二人は仲良くお辞儀をすると、再びモクレンに目を向けた。
「モクレンさま、ロッカの剣技を見てくれました?ロッカ、ひたすらお姉さまを想って剣を振りました!」
「モクレンさま、こんな馬鹿娘よりも、今度おれに稽古をつけてください。いずれはタカトオさまを倒してモクレンさまの横に立ちたいです!」
再び、ギャーギャーと喧嘩をする。
「分かった、分かったから早く場に戻りなさい。そんな醜態ではなく、お前たちの剣技を見せてごらんにいれろ」
「はい!」
元気よく返事をすると、これまた仲良く走っていってしまった。
「無様な所をお見せして申し訳ない」
ほんのり顔を赤らめてモクレンが謝る。
「いえ…えーっと、なんかすごいですね…」
しかし、なんかすごい二人は剣の腕もすごかった。あれよあれよと言う間に相手を打ちのめしてゆく。
ロッカは不思議な掛け声と共に踊るように剣を舞わせる。マツバはその体をばねのように弾いては相手に襲いかかった。
「だって、強くなきゃモクレンさまの傍にいることが出来ないんだもん」
その帰り、キキョウとスオウとロッカは、城下で有名な甘味処へと入った。
アカンは外にいる。
「いつかはじいさまを倒して、副将軍になるのが夢なんだー」
「じゃあ、ティエンランの副将軍は女性二人になっちゃうじゃない」
クスクスとスオウが笑った。
「ねえ、クズハの軍って女の人、いるの?」
「い、いないと思う…多分…」
わたしは王宮のことなどこれっぽっちも知らない。知ろうともしなかった。
「ふーん」
饅頭を食べながら、キキョウを見ていたロッカの目が、明らかに馬鹿にしたように変わった。
「ちょっと、ロッカ。クズハの王女に対して失礼よ」
小声でスオウが窘める。
「そういうの嫌い」
ロッカが鼻を鳴らした。
「身分を取ってしまえば、人間ってみんな同じよ。でも世の中には身分に寄りかかって生きている人もいるのよね。ねえ、王女さま。あなたが自分で誇れるものって何?」
「えっ…」
誇れるもの。この美貌か。でも、自分が思っているほど美しくないということは、外の世界に出て散々に思い知らされた。
誇れるもの。何だろう。どうしよう、思いつかない。
「ねえ、ロッカ。何でも自分と同じ杓子で考えようとするのは、あなたの悪いところよ。キキョウさまはクズハの王女さまよ、本当はあたしたちがこんなに近くにいるなんて許されない方よ」
スオウが隣のロッカを覗きこみながら言った。
「それでも一緒にいてくれる心の広い方だわ。ティエンランでは知り得なかった、色々な知識を教えてくれたの」
「へえ、そうなんだ。ごめんね、キキョウさま」
素直にペコンとロッカが頭を下げた。
いいの、とキキョウは頭を振る。
誇れるもの。誰もは一つは持っているのだろうか。あたしが誇れるものって何だろう。
「ね、ところでスオウ!あの最低男とはちゃんと別れたんでしょうね?」
「ちょ、ちょっと、ロッカ!」
真っ赤な顔してスオウがうろたえた。
「なあに、スオウは最低男と付き合っているの?」
「そうなの、妻子持ちの中年男よ」
「ええーっ!」
根掘り葉掘り聞き出したところによると、楽師長を務めている男で、風に吹かれ散った楽譜を拾ったところから付き合いは始まったらしい。
「でも、優しい人なんです…」
「優しい男って言うのはね、誰にでも優しいのよ!本当は裏で何を考えているのか分からないんだから!」
叔父の顔が浮かんだ。
「言ってやって、言ってやって、キキョウさま。女から見るいい女って、なぜかいっつもろくでもない男に引っかかるんだよねー」
「それなら、モクレンさまもろくでもない男に引っかかっているの?」
スオウの反撃にロッカは猛烈に怒った。
「モクレンさまは格別なの!」
キキョウは声を上げて笑った。店を出ると、アカンがうんざりした顔で立っていた。
「女三人集まるとかしましいって本当だったんだな」
それからは度々、かしましい三人は城下で遊んだ。スオウはキキョウに付くのが仕事だったし、ロッカも忙しいわけではないらしく、度々顔を出した。
甘味処は制覇したし、広大な園で日向ぼっこをした。
もうキキョウはティエンランの城下にすっかり詳しくなってしまった。
説明 | ||
ティエンランシリーズ第五巻。 クズハの王子アオイたちの物語。 「据え膳状態で寝ボケるんじゃない!」 視点:カナン→イラン→アオイ→ワカ→キキョウ→カナン→アオイ→キキョウ |
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天ヶ森雀さま:コメントありがとうございます。ルリちゃんはとんでもない美少女になりますが、サツキとヒスイの取り合いを繰り広げる予定(ん?)。(まめご) 色々複雑怪奇になって来ましたね。ワクワク♪ ルリちゃんはやっぱ女の子? とんでもない美少女になってヒスイやサツキが取り合いそう(笑)(天ヶ森雀) |
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