紅蓮に燃える炎と永遠と須臾の罪人 |
どれほどの時が過ぎたのだろうか。
少なくとも、この身体になる前はそんなこと考えたこともなかった。
父が母以外の女にたぶらかされなければ、こうはならなかったんじゃないか。
何度も何度もそう考えたことだけは憶えている。
狂気に任せてあんなことをした自分の罪は棚に上げて。
でもそのことに気づけるまでかなりの時間がかかった。
普通の人間が20回は転生できるほどの時間。
気づいたけど、それでアイツを許せるようになるにはそこからまた更に時間が必要だと思う。
少なくとも10倍以上の年月は必要だろう。
現に、今だって殺したいほど憎いのだから。
父上にも母上にも、侍女たちにも褒められたあんなに艶やかな黒髪もいつの間にか銀色に染まっていた。いつからこうなったのかはもう憶えていない。あのころは怨みと悲しみに暮れていて、時間がたつことさえ忘れていたから。
アイツが残していった「蓬莱の不死薬」
腹いせだったとはいえ、自分の運命を呪った。
薬を飲んでから数年して、自分が歳をとっていないことに気がついた。まさかと思った。不老不死の薬が本当にあるなんて。半信半疑のまましばらくが過ぎ、確信へと変わった。
周りの友達が日に日に大人びていくのに、自分だけはそのままだった。
婚約し、子を産んでいる友達。しばらくは、周りの侍女たちも「お嬢さまはいつまでも若くいらっしゃる」なんて言っていたが5年もたてば違和感を感じていた様で次第に距離を置かれた。
求婚も同じ時期に無くなった。心ではいつまでも若いままの女を求めていても限度があるんだろう。
それでもたまに声をかけられていただけマシかもしれないが。
それも十年たてば悪評に変わる。今でもあの妖を見るような目は怖い。周りの大人(とはいっても私よりも子供だった人々)からの視線。陰陽師が、私のためではなく、私の退治のために呼ばれた時は本当に絶望した。信頼していた侍女たちが呼んだと聞いてもう都では生きていくことが出来ないと知った。
けど、そのお陰でこのような業が使えるようになったのは本当に皮肉なことだと思った。
自分が不老だけでなく、不死だということ確認したのは京を出てすぐのことだった。正確には出るきっかけとなった出来事か。
人に見られないように深夜、屋敷を出た直後、いきなり弓で射られた。あまりの痛みに気絶したことは憶えている。気絶してる間に槍で刺されたらしいけど、その痛みは気付けなかった。おそらく、首を落とそうとしたのだろう。刀を首筋に当てられたときに目が覚めた。あのときの私を襲った男の顔はとても忘れることが出来ないだろう。とても恐怖していた。でも、その顔に私だって怖かった。
自分が射られて、刺されたことに気づいた瞬間、まるで夢でも見ているような感覚に襲われた。
その間に男は腰を抜かして、気絶してしまっていた。
自分で矢を抜いて、射られた部分を確認してみても信じられなかった。痛みもその瞬間だけだったようで既に治っていた。傷口は完全にふさがり、周りに飛び散った血さえも残っていなかった。
流石に着物はボロボロになっていたけど。
とにかく、都から出たかったので男もそのままに山に向かって走っていた。殿中でずっと暮らしていたのに、これも蓬莱の薬の効果だろうか。そんなことを意外と冷静な頭で考えていたら、いつの間にか森の中で朝を迎えていた。
どうやら不死でもお腹は減るらしく、その辺になっていた木の実などを探して朝食にした。
これからどうしようかと考えていたら山中で修行していたらしい山伏に出会った。
最初はいぶかしむような目で見ていたが、着物の様子を見て悟ってくれたらしく、住んでる場所に案内してくれた。世を捨てた人がたまに山で住んでいるということを聞いたことはあったが、まさか自分もそうなるとは思わなかった。
山伏は、私をどうこうするわけでもなく、何も聞くことも無く、しばらく衣食住を世話してくれた。
歳をとらなくなってから人に優しくしてもらうことが無かった私は、(今となっては恥ずかしいが)かなり甘えていた。見た目で親子よりも離れていたが、私は初めて恋をしていたのかも知れない。
自分のことを何も話していない以上、相手に聞くことも失礼だと思って何も聞いていなかったがそれで充分だった。
娘のように思ってくれていたのか、私に手を出すことは無かった。
何度か「もっと成長していたら」と思って夜な夜な泣いていたが、そんな時は毎度頭を撫でてくれた。
私は、それが悔しかったし、とても嬉しかった。
はじめのうち修行中は大人しく家で待っていたのだが、それも退屈になり勝手についていくことにした。修行の様子を見ていて、そのとてもすごい術に目を奪われていた。
どうやら、妖怪退治を専門にしているらしくて、炎をつかった術はまさに芸術だった。
その頃の都のまわりには魑魅魍魎と言われる妖怪たちがたくさんいて、それを退治する者たちもたくさんいた。彼はそんな者達の一人だった。かなり時間がかかったが、やっと術が完成したといっていた。
とはいえ、まだようやく実用化した程度だという。
それでも私の目にはとても美しく、輝いて見えた。妖怪を倒す技、というよりまるで花の様な美しさだった。子供のように駄々を捏ねて、教えてくれるように頼んだ。
あまりのしつこさに諦めたのか、少しずつ教えてくれた。
少しだけ使えるようになった頃に、「この術で妖怪を退治するなんてことはしないように」と口をすっぱくして言っていた。
私はそれを不思議に思っていたがそれでも綺麗なあの術を身につけたくて「分かった」なんて口にしていた。
考えてみるとあの頃はアイツに対する憎しみも、屋敷の人々に対する悲しみも忘れていられた。
たしかに、思い出すことはあったけど、彼との生活が本当に幸せだった。
彼ほどではないが、綺麗に術を出せるようになった時は泣いてしまうほど嬉しかった。
都で暮らしていた頃は特に何かに対して頑張ったことが無かったかもしれない。和歌や物語、日記にもあんまり興味が無かったし。
泣いて喜んだ時、彼も一緒に喜んでくれた。正直にいうと私が出来るようになるとは思っていなかったと告白されたが嬉しくて気にもならなかった。
そしてそのあと、彼は術を受け継いでくれる人がいてくれて嬉しいといって初めて涙をこぼした。
そのことがとてもいとおしく思えて、思わず彼の頬に口付けをしていた。
出会ってから数年経っていたが、初めてそんなことをした。というか、口付け自体、生まれて初めてだったことに気づいてとても恥ずかしくなった。
彼も驚いていたようだったが「ありがとう」といってくれた。
それが嬉しくて、また泣いてしまった。そしてまた撫でてくれた。
そして、術を磨いた経緯などを話してくれた。
もう日も落ちていたので、焚き火を囲みながら話を始めた。
でも、正直聞かなければよかったと後悔している。もしあの話を聞くことが無ければ、また寂しい生活に戻るのを少しだけ遅らせることが出来た。いや、出来ていたはずだった。少なくともそのあとしばらくはそう思っていた。
曰く、都のある屋敷に不老不死の女がいた。
曰く、矢でも槍でも死ななかったらしい。
曰く、今では屋敷から追い出されどこかへ消えたらしい。
不老不死だと仮定するならば、依頼を受けた時の術では退治は出来ないと思ってしばらく修行することにした。そんな中、私と出会ったのだという。私と出会ってしばらくして、矢も槍も効かなかったという話を聞いて、さらに術を磨くことにした。それからちょっとして私が修行についていくようになり、私に術を教えるようになったのだと言った。
ここまで術が完成できたのは、私のお陰だといってまた彼は「ありがとう」といった。
私は、動揺するのを必死に隠しながら、話を聞いていた。
泣きたいような、すぐにこの場から逃げ出したいような、でも、離れたくないといった気持ちでいっぱいだった。
あの時泣かなかったのは奇蹟だった。
様子がおかしいことに気づいたのか彼は優しく「今日は疲れたから早く寝よう」といって焚き火を消した。
私は首肯することしか出来ずに、とりあえず小屋に入った。
彼はしばらく心配していてくれて、私が寝た振りをするとすぐに寝息を立て始めた。
私が術を覚えたことに満足したようで少し笑顔だった。
そんな顔を見て、私の心は混乱した。
自分を退治するために修行していた彼。そんな彼に甘えていた自分。あまつさえ、自分を退治するための術まで身につけて。
死んでしまいたい気持ちになったが、私は死ぬことも許されないことを思い出した。
このまま、何も無かったように朝を迎えても、ゆくゆくは彼にばれてしまうのではないか。
俗世離れしていたようで、私の成長のことあまり気にも留めていなかったが。
10年も経てば流石に気づいてしまうだろう。
果たして、10年後に彼から向けられる視線に耐えることが出来るだろうか。あの妖を見るような視線を。
おそらく、彼にそんな目で見られてしまったら私の心は壊れてしまうだろう。
それならば、いっそ今離れたほうがいい。
私がいなくなったあと、彼がどんな顔をするか、どんな考えをするか、そんなことは考えたくも無いが、少なくとも直接見るよりはマシだろう。卑怯だとも思ったが、今離れるという以外の手段を思いつくことが出来なかった。
そして私はまた一人ぼっちになってしまった。
彼に手紙を残そうか最後まで迷ったが、やめた。
彼に嘘をつきたく無かったし、本当のことも言いたくなかったから。
それから数十年、いや数百年になろうか。
正体を隠しながら、妖怪退治で生計を立てていた。あれほど妖怪退治に使わないように言われていたのに。
逃げ出してからしばらくは泣いていたが流石に数十年経てば涙も涸れてしまうらしい。
泣くのと同時に自分が不老不死じゃなければと何度も嘆いた。何度か死のうとしたが痛いだけで全く死ねなかった。火に包まれても死ねなかったことに何度目かの絶望を覚えた。
いくら絶望しようとお腹は減るので、妖怪退治をやめることも出来なかった。
術を使うたびに彼を思い出していたが、それでもやめることは出来なかった。
そして思い出すたびに不老不死の薬を私にもたらしたアイツをまた憎むようになっていた。
一箇所にいては、不死であることがばれてしまうため各地を転々とした。
そうしているうちに都の様子も様変わりし、建物も人も生活も変わっていった。
着物よりも動きやすい、洋服というものを着るようになってしばらくして、幻想郷という存在を知った。
そういえば、最近あまり妖怪を見なくなっていた。
どうやら、住みにくくなったので幻想郷へと逃げ込んでいるとの話だった。
妖怪がいないならば、私の仕事もなくなってしまうわけで、食い扶持を求めて幻想郷を探した。
そうして、まだ境界があいまいだった幻想郷を見つけ入ることが出来たのだった。
しかし、幻想郷は思っていたよりも平和で、妖怪退治の人数も多くてなかなか仕事が無かった。
そんなときに、慧音に出会った。
寺子屋の近くでうろうろしていたところ、不審者と間違われて頭突きされるというインパクトのある出会いだった。
はじめは私を家出娘だと思っていたのか「早く帰れ」といっていたがある程度(不老不死以外のこと)を話すと、夕食をご馳走してくれた。話している最中にお腹がなったのが効いたらしい。
途方にくれていた私は慧音の好意に甘えることにした。
しばらく一緒に暮らしても良いとまで言ってくれたのは、何百年ぶりかの優しさで嬉しかった。
彼の面影が重なって見えた気がした。似てもいないし性別も違うけど。
慧音と暮らしているうちに幻想郷のことをいろいろと教えてもらった。
そしてそんな中、竹林の中にあるものが住み着いているという噂を耳にしたのだった。
あるもの・・・、私の憎きアイツである。
アイツが父をたぶらかした所為で、私は不死になってしまった。
しかし、自分でも本当にアイツの所為だとは思っていなかった。
薬を奪って飲んだのは私であって、無理やり飲まされたわけでもないのだから。
それでも、気持ちは簡単には抑えられない。
もし、会うことがあれば憎まれ口の一つでも言ってやろうと思っていた。
殺してやると、思っていたときは私もまだ幼かったし、それで充分だと今なら分かる。
慧音と暮らしているうちに、たまに妖怪退治を頼まれるようになった。
ただ居候しているだけでは心苦しかったし、ウジウジと悩んでいたくなかったので気晴らしに退治していた。
しばらく、アイツの噂は入ってこなかった。それも期待して妖怪退治をしていたのだが。
そんな日がしばらく続いたある日の夜。
ぼんやりと月を眺めていた。とても綺麗な十五夜だった。
月を見ていてふと、アイツが月の生まれだということを思い出した。
「そういえば、あのときから千年以上経ってるのに、まだ生きてるんだな・・・。月の人間は長生きするのかな。もしかして、すごく婆さんになってるかもしれない・・・。」
そう考えて少し笑った。私はあのときのままなのに、婆さんに向かって憎まれ口叩くのは少し変かなと思った。
幻想郷にきてから少し考え方が大人になった気がしている。慧音のお陰かもしれない。
人と話すことで人は成長できるのかもしれないとも思った。現に千年以上生きてきても慧音に会うまではこんなこと考えもしなかったのだから。
そんな風に考え事をしていたら、後ろから慧音に叩かれた。
「いたっ・・・」
「帰り遅すぎるぞ?もう朝だ」
どうもこの身体になってから時間の感覚がおかしい。一日を一瞬と思える日もあれば、永遠にも感じる日もある。今回は一瞬だったみたいだ。月はもうなくて日が上がろうとしていた。
「ずいぶん早起きだな、慧音」
「ん?ああ、まあそんな日もあるさ」
何かを隠しているようにも見えたが、もし隠しているのだとしたら知られたくないことなのだろう。
そのことには触れずに、家に帰ることにした。
そんな日々を何年か過ごした。季節が2、3度回った頃だったか、忘れかけていた噂を再び聞いた。
「竹林にいつの間にかお屋敷が建っているらしい」
竹林。人里から少し離れた場所にある迷いの竹林と呼ばれている場所だ。
竹は成長が早く、景色が変わりやすい。その上、広くいだけじゃなく傾斜していて、平衡感覚が狂いやすい。そのため、まっすぐ歩いていたつもりが元いた位置にもどったりするなどとても迷いやすいからこう呼ばれている。
もともと、一般人が立ち入るような場所ではない。妖怪も出るし、名物といえば筍くらいだ。
そのため、竹林の全貌を把握している“人間”は居ない。
だから、根も葉もない噂はよくあった。光る竹が在った、はたまた絶世の美女がいたなど。里の男達の酒場での肴になる程度だったが。
それでも、今回の噂はそれなりに信憑性があるらしい。筍採りの名人が建物を見つけて近づこうとしたところで妖怪ウサギに警告された、とかいう話だった。
前に聞いた噂もあわせると、何者かが竹林に住んでいるということはかなりの確率のようだ。
私は、特にやることもなかったのもあって興味本位で探してみることにした。
私なら竹林で迷ったとしても死ぬことはないし、妖怪が出ても返り討ちに出来る。
慧音にそのことを告げると、行幸でもするかのような準備をしてくれた。もちろんそんな大仰なものはいらなかったので、当日分の昼食のおにぎりだけを持っていくと断った。
最近の慧音は段々と私に世話を焼きたがるようになってきた。もともと世話焼きな慧音だけど、特に酷くなってきている気がする。
翌朝、朝食をとって竹林に向かった。慧音は最後までまるで我が子を初めて旅に送る親のように心配していた。私はこれでもしっかりしているつもりなのだが。
竹林についてしばらく探していると何匹かの妖怪に襲われた。それを軽く蹴散らして情報収集することにした。やっぱり、住んでるものに聞くのが一番手っ取り早い。昼過ぎに慧音の作ってくれたおにぎりを食べ終わる頃には、見つけることが出来た。
「なんか、あっさり過ぎて拍子抜けだな」
その建物は、私にとってはとても懐かしい造りをしていた。都に住んでいた頃は、屋敷といえばこういう造りだったからだ。
とりあえず、アイツの屋敷かどうかはまだ解らなかったので迷い人の振りをして訪ねた。
「すみませーん、どなたかいらっしゃいますかー?」
しばらく返事が無かったので、人が住んでいるわけじゃないのかと思ったが、少しして人が出てきた。
青と赤の少し不思議な服を着ている女性だった。少しこちらをいぶかしむような目で見ていたがすぐに笑顔でどんな用件かを聞いてきた。
「少しばかり道に迷ってしまいまして。もうすぐ日がくれるので一晩泊めてもらえないかと」
その女性は少し考えた後、了承してくれた。
こんな変わった場所に住んでいるが良い人なのかもしれない。ただ、普通の人間ではないとは確信していた。そもそも、ここに普通の人間が住んでいたら三日も待たずに妖怪の餌だろう。
仙人か導師か、そんなところだと思った。
彼女は、永琳という名前らしい。軽く自己紹介を済ませ、屋敷に上げてもらった。
屋敷にはいるとより一層懐かしい気持ちになった。その所為か少しキョロキョロしすぎてしまっていた。
「そんなにこの屋敷が珍しい?」
苦笑気味で問いかけられて少し恥ずかしい気持ちになった。
「いや、懐かしいなぁって思って」
「・・・、懐かしい?」
一瞬、空気が冷たくなったような感触がした。
しかし永琳はすぐさま笑顔で聞き返してきた。
「この永遠亭の造りは、今からもう千年は昔の建物の造りよ?」
「あ、その、私、古い建物が好きで」
なんとかごまかそうとして適当なことを言った。
「あら、若い娘なのに珍しいわね」
そういって、笑っていた。
でも、この会話がとても表面的なものだったのはお互い理解しているようだった。
互いに相手のことを探ろうとしている。それも自分のことは知られないように。
自分のことを知られないようにしているということは、知られるとまずいということで、それは相手にとっては警戒するのに充分な理由だ。
それでもなお、表面上は普通の会話を装っているのは警戒を解こうとしているからだ。
警戒されていたのでは知りたいことを知ることは出来ない。
都で暮らしていた時の技能が今になって生きるとは思っていなかった。
都では常に相手の腹の探りあいをしていた。ちょうど今のように。
でも、そんなことにも懐かしさを感じてしまって、私は少し気が緩んでいた。
そうこうしている間に一晩お世話になる部屋に案内された。
「ここの部屋を使ってちょうだい。部屋のものは何を使ってもかまわないわ」
「ありがとうございます」
「あ、後、屋敷の中は自由に見てもらってもかまわないのだけど、物は盗まないでね?」
最後の一言は笑いながら。
しかし、あえてその発言をしたということは釘を刺したと理解しなくてはならない。
意外だったのは、自由に見て回ってもいいという発言。
「わかりました、少しだけ見学させてもらいます。とても素敵なお屋敷なので」
見て回ってもいいというなら、こちらから遠慮することも無いだろう。
とは言っても、このとき私は純粋にこの懐かしい空間を楽しみたかっただけだった。
「それでは、夕飯の時は呼ぶけれど、それとも持ってきたほうがいいかしら?」
「いえいえ、こちらから参りますので呼んでもらえれば充分です」
「そう。それじゃあ自分の家だと思ってくつろいでくださいな」
「お言葉に甘えます」
定型文のような会話をしたあと永琳は部屋から出て行った。
「さて・・・と」
特にすることもなかったので早速屋敷を見て回ることにした。
庭なども管理が行き届いていてまるで当時の都のお屋敷のようだった。
すっかりアイツを探すことは忘れていた。永琳が何者なのかは興味があったがそれよりも懐かしさに浸っていたかった。それこそ約千年ぶりなのだ。楽しかった都でのことを思い出していた。
しかし、すぐに辛かったことや悲しかったことも思い出した。物思いにふけっていると、永琳に声をかけられた。
「あら、ここにいたのね?もうすぐ夕飯よ」
「わざわざどうも、それじゃあご一緒させてもらいます」
そのまま食事の部屋に案内された。
多少警戒したが、どうやら変なものは入っていないようだ。変なにおいもしない。
それよりも何より・・・。
「なんだか、豪華ですね?いつもこんなに?」
話してから、失礼なことを言ったことに気がつく。
「豪華だなんて。どうぞ、召し上がれ」
永琳は笑いながら勧めてくれた。その様子が少しだけ慧音にかぶって見えた気がしてちょっと恥ずかしくなった。
料理はどれも美味しくすぐに考えることよりも食べることに夢中になっていた。
筍料理は特に絶品だった。
だが、満腹になった所為かすぐに眠たくなってしまった。
今思い返せば、完全に油断していた結果だが。
「おやすみなさい・・・」
永琳の声がとても遠くで聞こえた。そして、私は気を失った。
夢の中で私は、自分の昔の姿を見ていた。
父がアイツに惚れていく様子。難題を吹っ掛けられ、贋物でごまかそうとしたり策を練っている様子。帝に話が行き、手が出せなくなると父は陰口を叩いていた。
その姿は、とても見ていられるものではなかった。天下の藤原家の家長がその有様なのだ。
乳母からもあまり見ないように言いくるめられて、父に近づくことはなくなっていった。
それでもいずれ、私が裳着をする頃には結婚相手も決まり、父も落ち着くだろうと思っていた。
しかし、帝からの勅命で運命は動き始めた。
「輝夜姫を月の使者から守れ」
大きな権力を持つものはさらに強大な権力には逆らえない。
父も月の使者を迎え撃つために兵を集めさせられた。
帝のことを良くは思っていなかった父だが、逆らうことは出来ない。宮使いの悲しさか。
「どうせ私のものにならないのだ、失敗してしまうがいい」
そんなことを言っていた。私はまた悲しくなった。
いよいよ、月の使者を迎え撃つ日が来た。満月のきれいな夜だった。
しかし、聞いた話によると兵達は指一本動かすことが出来ずに輝夜を連れて行かれたらしい。
時が止まったようにも、時が延びたようにも感じた、とは、参加した父から聞いた話だ。
そして、父から蓬莱の薬についても聞かされた。効能のことは触れずに、ただ単に輝夜姫からの帝への贈り物だと。
「私にだってもらう権利はあるはずだというのに」
父はまたそんなことを言っていた。相手にもされなかったのだ、もらう権利がないのは私にも解った。
父がそのような妄言を吐いてでも欲しがった蓬莱の薬を、帝はこの国で一番高い山の火口で焼くのだという。その一団に私が加えられたのは、父の力だろう。父は言った。
「隙あらば奪って来るのだ。本来は私のものなのだから。子供と思って連中も油断するだろう」
私は、父を軽蔑した。しかし、逆らうなどとんでもない。相手は父であり、藤原家の長なのだ。
娘一人など、いてもいなくても変わりは無い。言い換えれば、私の代わりなどいくらでもいるということだ。
「判りました、父上様」
そういって一団を駿河まで追いかけることになった。
道中は厳しく、大の大人でも脱落するものがいた。私はただただ必死についていき何とか麓に到着することが出来た。途中で尾行がばれたが、助けてくれたのは私が藤原家の者だったからだろう。
人数も数人になってしまったが、薬を山頂に捨てるだけなので仕事自体はこなせるだろうと、大人たちは判断した。
私の仕事は、ここからだった。道中、どうやって奪うか、それだけを考えていた。
子供だと油断しているとはいえ、帝から預かったものなのだ。それこそ、子供には簡単には渡さないだろう。結局、考えはまとまらないまま、今に至る。
到着した次の日、準備もそこそこに山に登り始めた。
この国で一番高い山というだけあって、登山も困難を極めた。半分ほど登ったくらいで、日が沈みはじめていた。山から見る夕日が、燃えるように紅かったのを覚えている。こんな旅はしたくはなかったが、この景色は見れてよかったと思っていた。それは周りの大人たちも同じだった様だ。
それぞれ、和歌を詠んだり、漢詩を詠んだりしていた。
きっと、この山を離れてみると紅い山に見えることだろう。今の私たちには、漆黒と紅蓮だけの二色しかない世界だが。
それから、しばらく登って夜営することとなった。もう山頂は間近だ。明日にはこの役目も終わるだろうと、軽い宴が始まった。大人たちは都にいるときは絶対に出来ない帝に対しての不満などを漏らしていた。藤原家の悪口を言いそうになって口ごもったりもしていた。
その様子が楽しくなって、私も悪口を言って、私自身も藤原家のことをよく思ってはいないということを伝えた。父の愚痴とは全く異なる愚痴。苦労を共にした者達だけが共有できる愚痴。
それは少しだけ悪いことをしているようでとても楽しいものだった。
酔いもまわりみんな寝静まった頃、私は不意に目を覚ました。
周りをみると、岩笠というものしかいなかった。
そして、とても焦げ臭い、いやな臭いがしていた。
「そなたら、何ゆえ私の山に登る?」
驚いて正面を向くといつの間にか、一人の女性らしき人が立っていた。
とっさのことに声が出なかった。
「み、帝からこの薬をここで焼くように言われたのだ」
岩笠がとっさに応えた。とはいえ、彼も相手が普通の人間ではないことは理解しているようだった。
わずかに震えている。
「何ゆえ私の山に捨てる?」
相手は意にも介さぬように質問を続けた。
「ちょ、勅命ゆえに…」
女性は一瞥して話し始めた。
「私は木花咲耶姫。この山に祀られた神である」
神と聞いて、私と岩笠はさらに動揺した。そしてそのまま話始める。
「その薬はとても穢れを孕んでいる。飲めば命と若さは永遠のものとなるだろう」
「不老不死の薬…」
岩笠は意味がわかったようで思わず口にしていた。
私は、怖くてそれどころではなかった。
「この山にそのような穢れを孕んだものを捨てることは許されぬ。別の山に捨てよ」
「し、しかし、他に場所がありませぬ」
「ふむ…。八ヶ岳があるではないか。そこに捨てよ」
「ははぁ。謹んで」
神からの一方的な命令だったが、相手が神では逆らうことはできない。
「木花咲耶姫よ!我々の他の仲間は何処か!」
用が済んで消えようとしていた神に岩笠が問いかけた。
「もうこの世には居らぬ」
それだけ言って消えてしまった。
「なんと言うことだ…。我々を残して全滅してしまったというのか」
神がいなくなり、辺りは急に静まり返った。
「仕方あるまい。この薬は神に言われたとおり八ヶ岳に捨てよう」
そういうと支度を始めた。もう日が昇ろうとしていた。
このとき私は正気を失っていたんだと思う。急にめぐってきた好機だと考えていた。
父の言葉が頭の中を巡っていた。「薬を奪え」と。
人数が足りなくなり、私は進んで荷物を持った。もちろん子供であることを利用して軽い薬を。
山を降りようと、岩笠が先に進み始めた。そして私は・・・・。
ドンッ!!
気づいたときには、岩笠を蹴り落としていた。
そして、一人になったことに気づき、このままでは都に帰れないと思った。
途中で死んでしまうのではないかと。
私は死にたくないという一心で薬を飲んでいた。
神の言っていた不老不死の意味も考えずに。
「やめろ!!」
そういって夢の中の自分を止めようとしたところで目を覚ました。
気づけば、回りに二人が立っていた。
「あら、おはよう」
「おはよう、そしてはじめまして、かしら?」
最初の声は永琳。二人目の声は聴いたことが無かった。
「だ、誰だ!…こ、これは」
起き上がろうとしたが何かで拘束されていた。
「ふふふ、残念。簡単には動けないようにさせてもらったわ?だって、危ないもの」
永琳は黙っている。
「さて、この永遠亭に何の用かしら?」
「お客にこの処遇はないんじゃないのか?」
「お客はお客でも刺客ならそれで合ってるわ?」
「クッ…。お前は何者だ!」
「あら、質問に質問で返すのかしら?まあ、いいわ、私は寛大だからその程度の無礼は許しましょう。私は、蓬莱山輝夜よ。ほら、昔話とかで有名でしょ?私」
身の毛がよだった。息が止まった。体中から寒気が襲った。
そして、すべてが怒りに変わった。
「お…お前が!!お前の所為で!!」
拘束されていた縄を焼き切って飛びかかった。しかし、寸でのところで輝夜は消えた。
「ちょ、ちょっとちょっと、落ち着きなさいよ。わけが判らないわ?」
「姫さま、どうやら月のものではないようですね」
永琳と輝夜が何かを話している。だが私には関係ないことだった。
長年追い続けたにっくき仇がいるのだ。
「私は、妹紅、藤原妹紅だ!お前にそそのかされた車持皇子の娘だ!」
私は両手に力を溜め始めた。血が滾るほど熱い。今までで一番熱をもっているようだ。
「この私の炎で、私の呪われた縁を焼き払ってやる!!」
ゴォォォォゥ!!
火の鳥のような弾幕を放つ。
「あらあら…。これは少し厄介ね。火傷は痛いからしたくないのだけど」
「姫さま、お下がりを。私が引き受けます」
とっさに永琳が輝夜の前に出る。
「邪魔を、するなああ!!」
火炎を永琳に向ける。しかし、あたらずに永琳は弓を構えた。
「月の使いじゃないにしても、姫さまに仇名すならば、討ちます!」
私の心臓に矢が刺さる。
「ぐぁあ…!」あまりの痛みに気を失ってしまった。
「あらら、いくらなんでも殺さなくてもよかったんじゃない?」
「ですが、姫。彼女はあなたの命を狙ってたわ」
「命、ねぇ。誰がどうしようと私の命を奪えないのは、永琳が一番知っているでしょう?」
「まぁそうですが」
「まあやってしまったものは仕方ないわ。ちゃんと葬ってあげましょう」
そういって輝夜は、私から矢を抜いた。
「ぐぅ…」
「え?生きて…」
ゴォゥ!!
「熱っ!うああ…」
「輝夜!!今すぐに水を!」
永琳が慌てて屋敷に戻っていった。
「ふふ…。あんたに感謝しなくちゃね。お前のお陰で死なずに済んだわ」
輝夜が燃えているわきでそういって止めを刺そうとした。
けど、水をかぶって火が消えると輝夜が立ち上がる。
「まったく、だから火傷は痛いからいやだっていうのに」
何事も無かったかのようにそう言った。
「お、お前も…まさか、不老不死…」
突然のことに妙に冷静になってしまった。
考えてみれば、あれから何年も経っているのに歳もとっていないようだったし、ありえる話だった。
「さて、お互い理解したところで話を再開しましょう?」
上からの物言いに多少腹が立ったが、聞きたいことはたくさんあったので同意した。
「ふぅむ…。車持皇子の娘ね。懐かしい名前ね」
輝夜は笑顔だったが私は何も面白くない。
「それで、なぜ貴女が不老不死なのかしら?私が薬をあげたのは帝とお爺さんお婆さんだけだったのだけど」
私は輝夜が月に帰ったとこから話した。実際には帰ってなかったようだが。
「なるほどね。あの後そういうことになっていたのね。ふむ…」
何かを考えていたようだが、すぐにまとまった様だ。
「それで、この薬はいつ効果がきれるんだ?」
私はまだどこかで普通の人間に戻れることを期待していた。それなのに…。
「それは無理ね。というか効果が切れるようじゃ不老不死とはいえないわ。残念だったわね」
輝夜はあっけらかんと言い放った。
「なっ…」
「あら、判らない?地上の民が憧れる不老不死よ?嬉しくないの?」
「こんな身体…嬉しいわけないだろ…」
「そうね。死んでも死ねない。殺されても死ねない。でも、貴女その効果を知ってて飲んだのでしょう?自業自得ね」
輝夜はなにがおかしいのか笑いながら話していた。私は理解できなかった。いや、理解したくなかった。私はもう人間には戻れない。途方も無い絶望が襲ってきた。それなのにその原因を作った奴が目の前で笑いながら話している。一時は抑えていた憎しみがまた湧き上がってきた。
「輝夜…、お前の所為だ…、お前の…」
「そうね、私の所為かもしれないわ。後先考えないで薬を飲むお馬鹿さんがいたなんて考えていなかったわ」
完全に馬鹿にした口調で話しているのは血が上った私の頭でもよくわかった。
「許さない…」
「ふふふ、何を許さないのかしら?自分自身の愚かさ?」
ついに私は怒りで自分がわからなくなってしまった。
「全て、灰にしてやる…。お前も屋敷も竹林も…世界も!!」
全身から漏れ出した炎によって火の鳥のような羽が生えた。
「燃えてしまえ!!」
私はありったけの力で周りを炎で吹き飛ばした。
「あらら、今度は八つ当たり?たちの悪い娘ね」
輝夜はひらりとよけると私に弾幕を放った。
「そんなものぉ!!」
私は自分の身体が傷つくこともかまわずにそのまま輝夜のいる方向に攻撃をつづけた。
「不死同士の戦いはやりにくいわね。永琳、お願いね」
そういい残すと輝夜は消えてしまった。
「まったく、輝夜は面倒なことを全部私に押し付けるんだから」
そういうとまた弓を構え、私の額を討ち抜いた。
「がぁっ…」
妹紅を竹林の外に運び出した後の永遠亭の二人。
「輝夜?どうしてあんな怒らせるようなことを言ったの?もっとうまく言えば永遠亭も焼かれずにすんだのに」
永琳が迷惑そうな顔でたずねた。
「まあまあ、いいじゃない?家くらい直ぐに建て直せるわ」
気にしていないといった感じで輝夜が応える。
「それは質問の答えになってない」
ややきつめの声色で返す。
「もう、永琳はきついんだから。あの娘は地上の民よ。せいぜい長生きしても5、60年が限度。普通の人間ならね。でも、永遠を生きることになった。そんなの普通の人間には堪えられないわ?精神が崩壊しても生き続けなきゃならない。まさに生き地獄よ。私は、人生って目的がなくなってしまったらお終いだと思うのよ。普通はそこで死ねるけど、彼女は死ぬことは出来ない。だから…」
そこまで聞いて、永琳は言葉を挟んだ。
「だから、私を憎ませた?まったく…不器用ね、輝夜は」
「うふふ、私は永琳みたいに長生きしてないからね?」
「私のことを年寄りみたいにいわないでよ、まったく」
呆れ顔だったが納得したようだった。
「さて、これから少し楽しくなりそうね。妹紅と殺し合いをしなくちゃいけないわ」
「くれぐれも派手にやり過ぎないようにしてよ?月の連中に見つかると厄介なんだから」
「ええ、もちろんよ。妹紅にうまく怨まれるように陰湿なやり方でいきましょう。地味な感じの」
そういって、笑顔であれこれと考え始めた。
「まったく、困った姫さまだわ…本当に」
そうは言っていたが永琳も輝夜が笑うようになったのが嬉しかった。永遠を生きるのは妹紅だけではなく、輝夜も同じなのだ。従者よりも友達といえる相手がいたほうがいいだろう。ただ、友達というには少々変わった関係だが。
これから数百年の間、妹紅と輝夜は殺し合いをするようになったのだった。
何度も繰り返しているうちに妹紅も輝夜の意図がわかったが、それでも殺し合いをやめることはしなかった。やめてしまえばまた別の生きる目的が必要になるからだ。今はまだほかの生きる目的をみつけることは出来ない。それまでは、この殺し合いを楽しむ事にしたのだ。せっかくの不老不死を生かす意味でも今のところこれ以上のものはない。今日も少女二人が周りの竹林を焼きながら、仲良く殺し合いをしていることだろう。
END
説明 | ||
東方project「東方永夜抄〜Imperishable Night」から、藤原 妹紅の過去を勝手に想像してみました。 妹紅と輝夜が出会うまでの話です。 ツッコミ所等あるかもしれませんがご容赦を。 |
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