いつだって、この場所で |
空は澄んだ水色で、秋らしく涼しい風が吹いているある日。
コトネは、ジム戦を終えたばかりのコガネの街を歩いていた。
隣で一緒に歩いているチコリータの葉っぱも、朝の陽射しを受けてきらきらと輝いている。
「今日は良い天気だねぇ!」
コトネは声を弾ませ、チコリータと顔を見合わせて微笑んだ。
「そうだ……、久し振りにワカバタウンに帰ってみようかな」
そう言って空を見上げたコトネに賛成するように、チコリータは何度も頷いている。
「よし、じゃあそうしよっか!」
そうして二人は、コガネシティからワカバタウンに向けて出発した。
いつだって、この場所で
ワカバタウンは、コトネにとって初めてのポケモン、チコリータをポケモン研究所で貰った場所である。
あの頃はまだお互い慣れていなくて初めまして状態だったが、数々のトレーナーとのバトルにおいて共に協力し、今ではすっかり信頼できるパートナーだ。
そして、コトネの家もワカバタウンにある。
この前ポケギアでお母さんに電話をした時に、「たまにはお家にも帰ってきてちょうだいね」と言われていたので、ちょうどいい機会だとコトネは思った。
コトネにはヒビキという幼なじみがいる。
歳は同じで、背はほんの少し低め。
コトネよりも少し先にワカバタウンを出発した、マリルがパートナーの少年。
今でもたまに冒険の途中で偶然出会ったり、電話をしあったりする。
「ヒビキも…家に帰ってたりしないかなあ……」
何気なくそう言うコトネの頬がほんのり赤くなっていることに、コトネ自身はもちろん、チコリータも気づいてはいなかった。
道ですれ違う、今までバトルをしたトレーナー達と挨拶を交わしながら、何日かを経て歩いているうちに、二人はワカバタウンに到着した。
「わあ、この匂い……懐かしいなあ」
始まりの、木々の香り。
どこか新鮮で、どこか懐かしい。
でもやっぱり変わらない町の雰囲気は、帰ってきた、という気分にさせてくれるのだった。
「まずはお母さんに会いに行かなくちゃ!」
コトネは真っ先に自分の家に走って行った。
ドアをノックすると、中からお母さんの声が聞こえた。
「はーい、ちょっとお待ちくださいねー……あら、コトネ!」
「ただいまお母さん!」
「おかえり、コトネもチコリータも元気そうね。さあ、中に入って!コトネが帰ってくるの、楽しみにしてたんだから」
リビングのソファーに座って、コトネはお母さんに今までの冒険のエピソードを話した。
「でね、ヒワダタウンでチコリータが赤髪くんのマグマラシに勝ったんだよ!」
「あら、二人は仲が良いだけじゃなくてとっても強いのねぇ。あ、そう言えば、コトネ」
「なーに?」
「ヒビキくんもちょうど今、お家に帰ってるみたいよ」
「えっ!ほんとに!?」
コトネは思わずソファーから立ち上がって、歓喜の声をあげた。
お母さんは、この上なく喜んでいるコトネをにやにやと見つめて言った。
「会いに行ってきたら?ワカバで会うのは久し振りでしょ?」
「うん、そうする!じゃあ、またあとでね!」
そう言ってコトネはチコリータと共に飛び出して行った。
行ってらっしゃい、と見送るお母さんは、幸せそうな眼差しで、少しずつ成長していく我が子の背中を見守っていた。
ヒビキの家は、コトネの家のすぐ側。
コトネはヒビキの家のドアをノックした。
するとパタパタと誰かが急いで近づいてくる音がしたあと、ドアが開かれた。
「おっ!コトネー!」
「久し振り!ヒビキもワカバに帰ってたんだね」
「うん、なんだか急にワカバが懐かしくなって。チコリータも久し振りだなー!そうだ、立ち話もなんだから、中に入りなよ」
そう言ってヒビキはコトネを歓迎した。
階段を上がって2階、そこはヒビキの部屋である。
部屋の中央に敷いてあるカーペットには、ヒビキのパートナーのマリルが座っていた。
「あっマリル!久し振りだね」
コトネがマリルの横に座ると、マリルはコトネに飛びついてきた。
くすぐったそうに笑いながらマリルを抱き抱えるコトネを見て、顔を綻ばせたヒビキも隣に座った。
「こいつも元気いっぱいでさー、この前はポケスロンでも優勝したんだよ!」
「へぇーっ、ポケスロンかぁ…。私まだ挑戦してないんだぁ…」
「あっ、じゃあ今度一緒に挑戦しようよ!」
「うん!」
マリルを間にそんな会話をしていると、コトネはふと二人の距離が近いことに気恥ずかしさを感じて飛びのいた。
「ど、どうしたの…?」
「え…っ!?いや、なんでもないよ…!」
自分でも理解不能な行動をしたことに驚いたコトネは、座り直して即座に話題を取り繕った。
「あ、そう言えば、ヒビキはもうエンジュシティまで行ってきたんだったよね!」
「うん、紅葉の木がいっぱいの良い街だったよー」
「いいなあ…私も早く行ってみたいなあ……」
そう言ってコトネは遠くをみやった。
そして、ヒビキと一緒に紅葉を見られなかったことが残念そうに、目を伏せた。
そんなコトネを元気づけるように、ヒビキが言った。
「僕はジョウトの色んなポケモンや街を見てみたいんだ。その街のスポットを見つけたら、コトネにも教えてあげるよ!」
ありがとう、と言いかけて、コトネは瞳にうっすら涙を浮かべた。
「おっ、おい、どうしたんだよコトネ!」
「わかんない…。けど、ヒビキはこのまま遠くに行っちゃうのかなあって思ったら…」
「そんな訳ないだろ!」
ヒビキは叫ぶように否定して、コトネの頬を伝う涙を拭った。
「会える機会は確かに減っちゃったけど……。でも、代わりにもっとたくさんの出来事を共有できるようになったし!またポケギアで電話するからさ」
コトネは自分を真っ直ぐに見つめるヒビキの眼を見た。
いつの間にか、昔よりも頼もしくなっている気がする。
「……うん」
コトネははにかむように微笑んで、そして立ち上がった。
「私、そろそろ行くよ」
「…そっか、じゃあ、気をつけてね」
階段を降りたコトネとチコリータは、ヒビキの家を出た。
そうしてコトネの家に行き、お母さんに声をかけた。
「あら、もう出発しちゃうの?もっとゆっくりしていけばいいのに」
「ううん、あんまり長くいすぎたら、冒険が途切れちゃうから」
お母さんは、冒険に対して真剣なコトネの気持ちを汲んで、にっこり頷いた。
「それもそうね、しっかり頑張ってくるのよ。貯金はお母さんに任せてね」
「うん、ありがとう!それじゃあ行ってきます!」
コトネはチコリータと一緒に、ワカバタウンを出発しようと歩きだした。
「…待って!コトネ!」
コトネが振り返ると、そこにはマリルを抱えて走ってきたヒビキがいた。
「ヒビキ……」
「…これ、良かったら貰って」
そう言ってヒビキが差し出したのは一輪の桔梗の花だった。
「この先にキキョウシティがあるだろ、そこでたまたま見つけたんだ。キキョウシティの桔梗!」
コトネはくすりと笑って、にっこりと微笑むヒビキから桔梗を受けとった。
この桔梗に「変わらぬ愛」という花言葉があるということは、ヒビキ自信も知らずに渡したのかもしれない。
「…僕も、もう少ししたら出発するよ」
「うん……。また会えるかな…」
「いつでも会えるよ!また、このワカバに帰ってこよう!」
そう言ってヒビキが差し出した右手を、コトネはぎゅっと握り返した。
「そうだね!今度はちゃんと連絡するね」
「うん、待ってる」
固く握った手はほどかれ、コトネはチコリータと共に、振り返らずに進んだ。
コトネにはコトネの冒険があり、ヒビキにはヒビキの冒険がある。
それはお互いに言葉にしなくても分かっているから、「一緒に冒険しよう」とは言わない。
ただ、今まであまりに近くにいすぎたばかりに沸き起こる寂しさは、時々会うことによって和らげよう。
そう、二人は瞳で約束した。
何日たっても、この約束のもとに二人は旅を続けていける。
いつだって、この場所で、必ず会えるから。
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ヒビコト小説です^^ 幼なじみっていいなあと思いながら書きました。 挿絵は,内容とは関係ないですw |
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