ハッピーホワイトデー。うぃず姪
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『今年もホワイトデーを迎えました。お返しを送れ、今直ぐに何か送れ。』

 

 まだ春休みに入っていないはずの三月十四日にも、何の因果か姪っ子に集られます。ただし本人はこの場に居ないだけマシになったのだろうか? 日付を読めば誰もがわかるだろうが、本日はお菓子会社が結託して作った陰謀と策謀の記念日パートAの日である。

 二月十四日にはマイエンジェル・エリーちゃんの手作りチョコレートを謳った工場の大量生産チョコレートを買いに行ったが、それ以外のお菓子をもらった覚えは一切ない。俺は飾ることのないそのままの気持ちを、パソコンの文面に載せる。

『お前からチョコレートを貰った覚えはない。そして架空請求はお断りしている』

 エンターキーを二度押しして文面を共通の画面に送る。返事を書こうとしているのか、すぐに相手の書き込み中アイコンが登場した。

 こんなことになるなら、教えなければよかったかもしれないと小一時間反省した。今パソコン画面に広がっているのは、無料通話やチャットの楽しめるネット通信スカ……なんちゃら。だいぶお世話にはなっているが、名前が思い出せない。困った。

 この歳になっても携帯もなくて不便だと嘆く姪っ子にこれの存在を教えたのがつい一月ほど前。そのせいで、俺は年がら年中姪っ子に集られる運命に流されつつある。

 個人的に中学生に携帯は早いのではと思いながらも、そこを追及しようとしないのが大人の余裕と言うものだろう。普通は高校生になって初めて与えるべきではないかと。とはいえ、俺自身に子供がいるわけでもなく。

 

 閑話休題、それより何より許せないのは、あいつの使っているハンドルが『エリー』というあたりだ。何故にエリーかと最初の通話でくどくどと追及し今すぐ変更しろと説教をしたのだが、未だに変わる気配はない。

 ちなみに俺のハンドルはやっつけに付けた『おにぎり』だが、決して本名ではない。俺の本名は応仁、ちなみに応仁の乱の『おうにん』と書いて『おうじ』と読む。別に歴史マニアとかそういう経歴は生来と今後とも一切ない。

 書き込み中のアイコンが消えて、姪っ子の『エリー』またの名を芽衣のメッセージが表示される。芽衣のタイプ速度はそう速くないので返信にはしばし時間が掛かるのだが、今回は比較的早いことに驚く。

『そんなことは知らん。送れ。可愛い姪っ子に貢げ。』

 可愛げの影すら見当たらない文章ですね。

『可愛くない姪っ子に貢ぐ金はない。お前は黙って机とにらめっこしてろ』

 文章は呆れるほどぽんぽんと思いつく。パソコンをよく使用する現代社会に住んでいると、タイプ速度がどんどんと速くなっていく。思いついた言葉を躊躇うことなく脳は指へと指示を出し、キーボードを打つ。

 返答を待つ間、首を回して部屋を見渡す。同居人も居らず平日は起きて寝るだけの部屋に、生活感はない。ゲームや本などの趣向品は、もともと興味がないので一切置かれていない。

 アイドルのエリーちゃんポスターやグッズも、基本的にリビングにしか置いていない。そう関わることのない部屋に置いても意味はないだろうと思うからでもあり、寝室にまでエリーちゃんに見守って欲しいと思うほど俺のエリーちゃんへの気持ちは他人から引かれるような気持ちの悪いものではないからだ。

 だからと言って誰かに尊敬されるような愛情でもないと、自身としてはそう思っている。いわば、純粋に世間一般にありふれているそれと何ら変わりなどない。『LIKE』以上ではあるが、『LOVE』未満というところだろう。

『じゃー、来年はなんか送る。だからちょうだい。』

 お小遣いの前借りのようなノリで、画面に文字が表示される。お小遣いを貰っているかは知らないが。

 しばし悩み、結局、安いものならいいかと結論を出す。その意向をパソコンの液晶画面の奥、さらに先へと書き込む。予想以上の速さで返答が来る。

『ゴデバ、ゴデバがいいなあ。』

 もしもこの『ゴデバ』が某高級チョコレィトを指しているのであれば、俺はどう反応を返すべきか。多分向こうにいるあいつは『安いもの』という言葉が見えなかったのだろう。ここは冷静に腕のいい先生のいる眼科を教えるのが一番だ。

『ふざけているとチロルチョコ三個セット送るぞ。安いものって言っただろ』

 思いとは裏腹に、純真無垢な本音が画面に踊った。送るのを少し躊躇い、けれど最後には遠慮なくエンターキーを押して送信。強くエンターキーを弾くと格好良く見えるが、キーボードが傷みやすいので危険だ。

 ネット書き込みの場合、言ったというか書いたという表現の方が正しいのだろうかと、小一時間悩みかける。くだらない疑問ではあるが、日本人としてはかなり興味がそそられる。

『チロルはないわー。』

『じゃあ何がいいんだ』

『んー、とねえ。』

 

 疲れた目を休める為に画面の向こう側を見る。白い壁紙に薄い模様が交差している。

 急にピロピロリと、机の上に乱雑に放置されていた灰色の携帯がメールの受信を告げた。古典的な音であるが、俺としては変な音楽をだだ流すより遥かに好きだった。

「『契約難航中、保険に切り替え。』……俺も今から出勤した方がいいな」

 出勤することを端的にメールに打ち、勢いよく携帯を閉じる。パソコンの画面を見れば、すでに返事が表示されていた。

『そういうのを知って貰ったら、あんまり嬉しくない。品物を指定して要求するのは、何か違う気がする。』

 子供らしい意見だと同意し、適当に買ってくると手早く打つ。これから出勤だからネット落ちる、とも。

 仕事用の鞄は布団の上に放置してある、中身は昨日のままで、それ以上に必要なものもなかった。皺の目立つシャツの上に椅子にかけたままの上着を着て、再び画面を覘いた。

『了解。いってら。』

「行ってきますよ、っと」

 呟いて、けれどキーボードは打たなかった。スカイプの画面を躊躇いなく閉じて、シャットダウン。画面が暗くなる前に部屋を出た。

 

 

 今日はお菓子会社が結託して作った陰謀と策謀の記念日パートAの日。残念ながらパート@の日に何か目立ったことは無かったが、Aの日は初めてお返しを買う日になりそうだった。

 貰ってもいないのにお返しとは何ともまあ、なところだが。彼女のハンドルに免じてよしとしようか。

 仕事帰りに何かを買ってこよう、と心に決める。

 日にちをずらして特売品で安く済ましてしまおうという気分には、何故だかならなかった。

 

 

 玄関に引っ掛けた靴ベラを軽く使って、黒光りする靴を履く。まだ買ったばかりのように光る靴をしばらく眺めて、気に入らないなあ、と思った。

 ついでに靴も新調するかあ、と口の中で呟いてみた。実現する可能性は分からないが、少なくてもチョコレィトを購入するよりは低い確率だろうと思う。

 玄関を出れば、目に痛いほどの緑が飛び込んでくる。家を買ったときにオプションのように付いてきた植木だった。庭は人工草が敷き詰められている。

 買った当時のまま放置された庭の中でも俺は感じたのだろう。冷たいそよ風が、頬を撫でる。

 ――やさしい春が、来ていた。

 

説明
三月十四日、姪っ子はここには居ません。

*現実ではもう十五日ですが、それは作者が上げ忘れただけなのでこの物語の中ではちゃんと十四日です。そしてミスがあったので直しておきました。
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