SNEIL2
[全3ページ]
-1ページ-

『…君がここにくる頃には,おそらく私という存在は消滅しているだろう…。

残された時間を使って,君に今何が起きているのかを伝えるつもりだ…。』

 

夫はモニターの前にある,あの小さな椅子に座っている。

彼はここで命を落としたのだろうか…?

私は震える四肢を抑えながら,モニターを食い入るように見つめ続けた。

 

『この研究所では,主に『水の浄化』について研究されていたんだ。

この地上で,人類が使う事が出来る水は,水分全体の1%にも満たないからね。

我々は,限られた水資源をいかに有効に利用できないかを,ずっと考えていたんだ。』

 

…水。

私が感じていた『違和感』と一体どういう関係があるのだろう・・・。

 

 

 

『あるとき,研究員の1人がこう言ったんだ。

「水資源の汚染が止められないのなら,水自体の浄化力をあげればいいのでは?」

と…。』

 

そんな事が出来るんだろうか?

確かに2010年以降,地上の水源は汚染される一方で,

20××年現在,水の価値はかなり高騰している。20世紀の終わりに登場した,

ペットボトルタイプの飲料水などは,もはや一般人には手が出せない,かなり高価な代物だ。

 

『しかし,正確に言えば,水自体に浄化能力はない。強化するべきは,水の中に存在する微生物達だ。これらの浄化能力を上げることが出来れば,年々増加する汚染の被害の歯止めになるのでは,と考えたんだ。』

 

『早速我々は,研究に取り掛かったよ。研究名は『SNAIL』。

スネイルって言うのは,よく水槽内に繁殖する,いわゆる『掃除屋』の貝の総称を示している。ほおって置くと爆発的に増えたりもするんだ。実験事態は長丁場になる,と皆わかっていたのもあり,この名をつけたんだ。『カタツムリ』という意味もあるから,我々はその名のとおり,ゆっくりとやっていくつもりだったんだ…』

 

ここまで淡々と話していた夫の顔が,一瞬険しくなった。

 

『…実験は,我々の予想に反して,実に順調に進んでいった。

そう,実に順調に…。』

                  ・

                  ・

                  ・

                  ・

                  ・

                  ・

                  ・

-2ページ-

『…主任!!見てください,驚くべき成果ですよ!!

あの,生き物1匹住めないとされていた河の水が,こんなに美しく…。

たった1ヶ月でこんなに効果が出るなんて,まさに,奇跡としか言いようがない!!』

 

若い研究員は,息をするのも忘れたかのように,驚きの言葉を発しつづけていた。

 

『おいおい,そんなに大声で言わずとも,しっかり聞こえてるよ。

データを採りだして,今日で何日目だ?』

 

少々興奮気味の彼を諭しながら,私は成果について質問した。

 

『今日でちょうど31日目です。全くもって,素晴らしい…。

水中に含まれていた,汚染物質のほぼ99%が消失しています。

今まで除去不可能といわれていた,放射能物質に到るまで分解してるんですよ!!

この目で見ていても,信じられない効果です…。』

 

若い彼が,そう思うのも無理もない。

つい1ヶ月前に始めた研究成果が,こうも顕著に効果を出してきているのだ。

ここに勤めて20年になる私でも,驚きを隠しきれない。

 

 

たった1株の微生物。

 

 

実験の過程によって,偶然出来上がったこの1株が,全ての始まりになった。

 

 

 

『明日はいよいよ,生体実験に取り掛かるんですね?』

 

『…ああ,ここからが正念場だ…。

この浄化された水分が生体にどう影響するのかを,確かめなければならない。

幾ら綺麗な水分でも,使えなければ,それは『毒』と同じことになる。』

 

『全ては,明日からだ』

 

-3ページ-

生体実験として用意したのは,

 

健康体のラット100体

ガン細胞を植え付けたラット100体

遺伝的に異常が見られるラット100体。の3パターンである。

 

それぞれのゲージに『SNAIL』によって変化した水を与え,経過を観察していく。

全職員が固唾を飲んで見守る中,最初の観察測定が行われたのは,

実験開始1週間目であった。

 

 

『…信じられない…』

 

私を含め,その場に居合わせた,全員がその言葉を漏らした。

なんと,ガン細胞を植え付けたラット群,全頭から

『ガン細胞』そのものが消失していたのである。

 

 

『…どういう事なんだ?こんな作用をもたらすなんて…』

 

『SNAIL』はあくまでも,水分中の汚染物質を減少させるだけの生物だったはず…。

ガン細胞を食い尽くしてしまうなんて,一体…?

 

 

『主任!!素晴らしい効果じゃないですか!!

100対中100対とも消失してしまうなんて…!!

きっと,生体内に入って『SNAIL』が劇的に変化を遂げたんですよ!!』

 

この実験が始まった当初から,かなり意欲的だったこの若い研究員は,

さらに興奮して言葉を続けた。

 

 

『しかも,遺伝的異常があったグループにおいても,

90%以上が正常な状態になっています。

これが奇跡と呼ばずして,なんと言えばいいのか…』

 

『…90%…,こちらのグループでは,変化がない生体が出たんだな…?』

 

『ハイ,変化が現れなかったのは,生殖機能に異常がある生体たちです。

しかし,その他の生体については,全て健常体と呼んでもいいほどに回復しています』

 

『…そして,健康体の生体には,異常なしか…。』

 

 

職員達は手を取り合って,歓喜の声をあげていた。

 

 

すばらしい!!

 

まさに奇跡だ!!

 

『SNAIL』は人類に福音をもたらす!!

 

 

…確かに,そうだ…。

しかし私には,何かが引っかかるのだ。

効果の現れの速さは勿論なのだが,もっと気になる事が…。

 

…何故?

単なる微生物に過ぎない『SNAIL』が侵食対象を『選別』出来たのか・・・?

 

次の経過観察は,さらに1週間後。

私の中で,この疑問はさらに膨らんでいく事になる。

 

説明
…あなたは何を知ってるの・・?
総閲覧数 閲覧ユーザー 支援
526 502 3
タグ

もんがーさんの作品一覧

PC版
MY メニュー
ログイン
ログインするとコレクションと支援ができます。

<<戻る
携帯アクセス解析
(c)2018 - tinamini.com