SNEIL2 |
『…君がここにくる頃には,おそらく私という存在は消滅しているだろう…。
残された時間を使って,君に今何が起きているのかを伝えるつもりだ…。』
夫はモニターの前にある,あの小さな椅子に座っている。
彼はここで命を落としたのだろうか…?
私は震える四肢を抑えながら,モニターを食い入るように見つめ続けた。
『この研究所では,主に『水の浄化』について研究されていたんだ。
この地上で,人類が使う事が出来る水は,水分全体の1%にも満たないからね。
我々は,限られた水資源をいかに有効に利用できないかを,ずっと考えていたんだ。』
…水。
私が感じていた『違和感』と一体どういう関係があるのだろう・・・。
『あるとき,研究員の1人がこう言ったんだ。
「水資源の汚染が止められないのなら,水自体の浄化力をあげればいいのでは?」
と…。』
そんな事が出来るんだろうか?
確かに2010年以降,地上の水源は汚染される一方で,
20××年現在,水の価値はかなり高騰している。20世紀の終わりに登場した,
ペットボトルタイプの飲料水などは,もはや一般人には手が出せない,かなり高価な代物だ。
『しかし,正確に言えば,水自体に浄化能力はない。強化するべきは,水の中に存在する微生物達だ。これらの浄化能力を上げることが出来れば,年々増加する汚染の被害の歯止めになるのでは,と考えたんだ。』
『早速我々は,研究に取り掛かったよ。研究名は『SNAIL』。
スネイルって言うのは,よく水槽内に繁殖する,いわゆる『掃除屋』の貝の総称を示している。ほおって置くと爆発的に増えたりもするんだ。実験事態は長丁場になる,と皆わかっていたのもあり,この名をつけたんだ。『カタツムリ』という意味もあるから,我々はその名のとおり,ゆっくりとやっていくつもりだったんだ…』
ここまで淡々と話していた夫の顔が,一瞬険しくなった。
『…実験は,我々の予想に反して,実に順調に進んでいった。
そう,実に順調に…。』
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『…主任!!見てください,驚くべき成果ですよ!!
あの,生き物1匹住めないとされていた河の水が,こんなに美しく…。
たった1ヶ月でこんなに効果が出るなんて,まさに,奇跡としか言いようがない!!』
若い研究員は,息をするのも忘れたかのように,驚きの言葉を発しつづけていた。
『おいおい,そんなに大声で言わずとも,しっかり聞こえてるよ。
データを採りだして,今日で何日目だ?』
少々興奮気味の彼を諭しながら,私は成果について質問した。
『今日でちょうど31日目です。全くもって,素晴らしい…。
水中に含まれていた,汚染物質のほぼ99%が消失しています。
今まで除去不可能といわれていた,放射能物質に到るまで分解してるんですよ!!
この目で見ていても,信じられない効果です…。』
若い彼が,そう思うのも無理もない。
つい1ヶ月前に始めた研究成果が,こうも顕著に効果を出してきているのだ。
ここに勤めて20年になる私でも,驚きを隠しきれない。
たった1株の微生物。
実験の過程によって,偶然出来上がったこの1株が,全ての始まりになった。
『明日はいよいよ,生体実験に取り掛かるんですね?』
『…ああ,ここからが正念場だ…。
この浄化された水分が生体にどう影響するのかを,確かめなければならない。
幾ら綺麗な水分でも,使えなければ,それは『毒』と同じことになる。』
『全ては,明日からだ』
生体実験として用意したのは,
健康体のラット100体
ガン細胞を植え付けたラット100体
遺伝的に異常が見られるラット100体。の3パターンである。
それぞれのゲージに『SNAIL』によって変化した水を与え,経過を観察していく。
全職員が固唾を飲んで見守る中,最初の観察測定が行われたのは,
実験開始1週間目であった。
『…信じられない…』
私を含め,その場に居合わせた,全員がその言葉を漏らした。
なんと,ガン細胞を植え付けたラット群,全頭から
『ガン細胞』そのものが消失していたのである。
『…どういう事なんだ?こんな作用をもたらすなんて…』
『SNAIL』はあくまでも,水分中の汚染物質を減少させるだけの生物だったはず…。
ガン細胞を食い尽くしてしまうなんて,一体…?
『主任!!素晴らしい効果じゃないですか!!
100対中100対とも消失してしまうなんて…!!
きっと,生体内に入って『SNAIL』が劇的に変化を遂げたんですよ!!』
この実験が始まった当初から,かなり意欲的だったこの若い研究員は,
さらに興奮して言葉を続けた。
『しかも,遺伝的異常があったグループにおいても,
90%以上が正常な状態になっています。
これが奇跡と呼ばずして,なんと言えばいいのか…』
『…90%…,こちらのグループでは,変化がない生体が出たんだな…?』
『ハイ,変化が現れなかったのは,生殖機能に異常がある生体たちです。
しかし,その他の生体については,全て健常体と呼んでもいいほどに回復しています』
『…そして,健康体の生体には,異常なしか…。』
職員達は手を取り合って,歓喜の声をあげていた。
すばらしい!!
まさに奇跡だ!!
『SNAIL』は人類に福音をもたらす!!
…確かに,そうだ…。
しかし私には,何かが引っかかるのだ。
効果の現れの速さは勿論なのだが,もっと気になる事が…。
…何故?
単なる微生物に過ぎない『SNAIL』が侵食対象を『選別』出来たのか・・・?
次の経過観察は,さらに1週間後。
私の中で,この疑問はさらに膨らんでいく事になる。
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