ビューティフル 5
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戦国の世は漢(おとこ)の時代だった。

武力によって名を後世に残す事を最大の誇りとし、無意味な死を唾棄した。

敵といえども強き者には素直に賛じ、臆病者には愚弄をもって迎える。

弱きものは滅す。弱肉強食。力ある者だけが生き残る、そんな時代だった。

そして直隆も、戦乱に生きていた男だった。

だから、彼は今ある状況に我慢がならない。

女に飼われている、この境遇。

 

初音は朝、起きると大抵不機嫌である。

奇妙な柄の寝台から身を起こし、寝間着を脱いで全裸になる(正確には全裸ではない。ぱんつと呼ばれる憎いあんちくしょうをはいている)。

室内に干してある洗濯物から胸当てとタンクトップを着ると、そのまま洗面所へ向かい、しばらく水音が聞こえる。

台所(かまどがないのがないのが不思議だ)で何かを飲むと、コタツに入って化粧を始める。

初音の手が動くに従って、みるみるうちに異なる顔が出来上がってくる。

肩まである長い髪を後ろに束ねた瞬間が、ここだけの話、直隆はほんの少し気に入っていた。

顔つきが変わるのである。まるで何かに戦いを挑むような、静かな顔。

白いシャツを着、黒いスカートを履き、腕時計をつけ、コートを羽織ると、初音はそこで初めて直隆を見る。

「行ってきます」

一言だけ残して、出て行ってしまう。

 

だいたい。

寝たふりをしながら、こっそり初音を観察していた直隆は起き上がった。

これから長い時間、この空間に閉じ込められなければならない。

だいたい、女というべきものは、もっと慎ましやかなものだ。

がさつ(大口をあけて笑う)、無遠慮(直隆の着物を無理やり脱がせようとした)、破廉恥(毎度、ためらいもなく素っ裸になる)である女は、事あるごとに直隆を愚弄し、からかい、いじめた。

あり得ない待遇だ。

こんな体でなければ、直隆は我慢の限界が切れて暴力をふるっていたかもしれない。

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先日の、初めて外の世界を見た衝撃は、未だに胸の内にくすぶっている。

カバンの中に入れられた直隆は不服を申し立て、初音の胸ポケットへと移動された(初音は「あたし、フィギュアおたくの馬鹿みたいじゃん」と文句を言っていたが、案外ばれないようであった。それにしても、初音が歩くたびに、柔らかな衝撃が直隆を襲い、そちらに往生した)。

 

初音と同じ大きさの人間たちが、無数にいた。

今まで――初音しか知らなかった直隆は、無意識に初音を異邦人だと思っていた。自分が正常なのだと。全てが大きな空間にいながら。

とんでもない、異邦人なのは自分の方だったのだ。

愕然と同時に、とてつもない恐怖を覚えた。

敵に向かう時とは異なる、宥めることのできない恐怖だった。未知であることが、こんなに恐ろしいとは。

 

だからあの時、馬鹿女にちょっとだけ親しい感情を抱いたのはあれだ。

 

夕日がやけに赤かったから、郷愁に誘われただけだ。

 

☆  ☆

 

 

満員電車に身を縮めながら、初音はぼんやりと外を見ている。

直隆はプライドの高いチビだった。

初音をメイドとしか見ていないらしい。

まあ、あの時代の女は、男に対して従順なのだろう。

でもあたしは現代の女だ。

初音は小さくため息をつく。

だけど男というものは、結局、従順な女を好む。

従順で可愛くて、健気な女。

高校時代から、三年前に至るまで、付き合っていた彼氏たちの別れの言葉はいつも同じだった。

 

「可愛くないんだよ。お前は」

 

初音はもう一度ため息をつく。

女としての価値って何だろう。

車内に首を巡らすと、女性誌の吊革広告が揺れていた。

 

最強モテ服、愛されフワゆるパーマ、可愛いすぎるネイルたち。

 

飛び込んできた文字に、初音は目を反らす。

 

 

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「あのさ」

社員食堂で向かい合ってB定食のオムライスを食べている林田に、思い切って初音は聞いてみた。

「周りに戦国時代に詳しい人っていない?」

「は?」

「いや、いい。ごめん。忘れて」

調べてみる、と約束をしたものの、その調査は完全に行き詰っている。

パソコンで調べてみても名前は見当たらないし、図書館で該当しそうな本を漁ってみても、思わしい物は出てこなかった。

 

本人にヒアリングをしてみると、以下が分かった。

父は浅井家の家老であること(おぼっちゃんかよ)。

年は21歳であること(年下かよ)。

妻がいたこと(ブルータス、お前もか!)

そして、織田信長を憎んでいること。

同盟を結ぶにあたって、浅井家は恩のある越前の朝倉家には手を出すなと条件を出した。

が、信長はあっさりと約束を反故した。

城内は朝倉家に味方するか、織田家に味方するかで意見は真っ二つに分かれているという。

「いかに織田の勢力が甚大であろうと、わしはあの男が許せん」

よっぽど嫌いなのだろう、直隆は唾を飛ばしながら激高した。

「義を通すに意もなにもあるべきか。強き敵ならなお良し、その為ならばこの命、喜んで差しだそう」

「チビはそれでもいいかもしれないけどさ」

「チビ言うな」

初音には一種の自己陶酔にしか思えてならない。

見解が狭まり、自分以外はどうなってもいいと思われるような傲慢。

「それで、あんたの大事な浅井家がなくなってしまったらどうするの」

そうなることを、初音は知っている。

小谷城を写真で見た。土に埋もれた城壁のみが残っているその場所は、思い入れも何もない自分が見ても、一抹の悲しさを感じさせた。

むう、と直隆が黙る。

「お主も遠藤殿と同じことを言うのだな」

そう言って憎々しげに初音を見た。

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直隆にとって、ここは未来だ。自分の生きた時代を知れば、そして元に時代に戻れたならば歴史を変えることができる。

だが、そうなればこの時代も変化する可能性がある。

「それは卑怯だろう」

きっぱりと直隆は言い切った。

「わしは卑怯者になどなりたくない」

だから、頼む。

「どんな死に方をしたかなど、わしに知らせるな。帰れるか、否かを教えてくれればいい」

「分かった」

頷いた初音の好奇心は、違う所へと向かった。

「で、奥さん、どんな人?」

目を見開いた直隆の顔が赤く染まる。

その仕草に(自分が聞いたくせに)、初音はむっとした。

「名を、お雪といった。大人しい、無口な女だった…」

言葉を交わしたのはたった一回、子を生んだ時だった。

「雪は幸せに存じます」

そう言って、はにかむ様な笑顔を残し、数日後に儚くなった。続いて生まれた子も。

「あ…」

初音は何と言っていいか分からない。

「その…ご愁傷さまでした」

「身体の弱い女子(おなご)であったからの」

好きだったんだろうな、その人のこと。

思いつつも、内心、ほっとしている自分に、今度はむっとした。

 

「いますよ」

林田の声に、現実に戻った。食堂のざわめきと共に。

「兄が京都の大学で院生やってまして。侍かなんかの研究をしているんです」

きれいにからになった皿を前に、林田はハンカチで口を拭いた。

「店長、歴女なんですか?」

「そうだ、京都に行こう」

「は?」

「お願い、林田君」

がっしを手を握られて、林田は目をむいた。周りにいる人々も驚いた。

「お兄さんに会わせて。連絡先も教えて。無礼なこととは分かっているけど、この通り」

手を握られたまま、深々と頭を下げる初音に、林田はうろたえるばかりだ。

「けっして迷惑はかけないから。お願いします」

「お願いされました」

顔を上げると、ぐっと手を握り返された。

「ぼくが責任もって、兄に会わせます。理由は聞きません。任せてください」

「ありがとう。恩に着る」

なぜか男同士の熱い友情がごとく見つめ合う二人に、周りの人々はどよめき、訳の分からないまま拍手を送った。

 

説明
身長20cmのお侍さんと、現代女子の話。
純愛でいくか、エロ路線でいくか悩み中。
風呂敷を広げるか広げないかで悩み中。
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