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 いつもは煩いくらい付きまとうのに、その日はとても静かだった。

 幼馴染の晴香と裕輔は隣同士で、高校生になった今でも顔を合わさない日はないと言うくらい仲が良い。学校へ行く迎えから休日の遊びに行かないかという誘いまで、とにかくアプローチをするのは裕輔だけ。毎朝しつこいくらいにインターホンを鳴らして晴香の側にいるのが当たり前になっていた。

 そんな日常に慣れていると、静かなことが不安にもなる。午前中こそ、今日はゆっくりとした時間が過ごせるんだと何をするかあれこれ考えていたのに、昼時が近くなればその気持ちも段々薄れてきてしまう。あまりに静かなことが不思議……もとい不審すぎて、隣の部屋を訪ねることにした。

「裕輔、いるの?」

 インターホンを押して、待つこと数秒。慌しい足音に安心感を抱く。きっと今朝は寝坊でもしただけで、何事もないように笑って話し出すに違いない。そう、これは私が日常に慣れすぎて心配しすぎてしまっただけなんだと言い聞かせてみたものの、実際は違っていた。

「なんだ晴香じゃん、おまえの方から来てくれるなんてラッキー! 何か俺に用事?」

「え、あ……その、ね。せっかくのお休みだし、どこか出かけようかなって思うんだけど、裕輔は出掛けないの?」

 キチンと整えられた服に寝癖の無い髪。どう見ても寝坊した風ではなく、用事がなくとも押しかけてくる裕輔らしくない言葉に動揺が隠せない。慌てて言い訳じみたことを言ってみるが、その返答もいつもとは違うもの。

「ちょっと読んじゃいたい本があるから、俺はいいや。気をつけて出掛けろよ」

 そう言って閉じかけられたドアに、思わず手をかけて引き止めると驚いたような目で見られてしまうが、むしろそれ以上に驚いているのは晴香自身。続く言葉も見つからずに俯けば、上からは呆れたような声が降ってくる。

「……まだ、何か?」

 そう問われても、無意識だった行動のために用事はない。だからと言って、いつもと様子が違うと言えばそれを望んでいるようで口にするのを躊躇った。

 黙ったままの晴香に小さく溜息を吐くと、少しだけ視線を逸らし照れたように呟く。

「だから、目が離せないんだって」

「……裕輔?」

 口ごもり、未だ視線は逸らされたままの裕輔を見上げて次の言葉を待つ自分は、いつもと違う雰囲気に流されているのではないかと思うくらいに、鼓動を高鳴らせて耳を澄ませている。

「予想外なことに振り回されて、心の中にどんどん入り込んできて……俺はもうダメなんだよ」

 やっと合わさった瞳は切なく揺れているようで、晴香は息をのむ。今まさに裕輔から告げられようとする言葉は、たった一つだと何故か確信してしまう自分。

「晴香、俺は……この本を読み終わりたいんだ」

「……は?」

 それはもう耳を疑うような一言に、晴香は固まるしかない。てっきり告白されるものだと少なからず期待していた自分が馬鹿みたいで、急激に恥ずかしさがこみ上げてくる。

「そっ、それは邪魔をして悪かったわね!」

「なに怒ってんだよ」

 それを隠すように怒鳴りつけてみても、悪戯が成功した子供のように笑うから、自分が罠に嵌められたのだとその場から去ろうとする。が、腕をつかまれてしまえばそれも叶わない。

「あれ、そんなに赤くなって風邪でもひいた?」

 意地悪く微笑むとそのまま腕を引いて晴香を抱きしめ、抗議の声も気にせずにクスクスと笑い続けている。

「それは、裕輔が……!」

 怪しげなことを言うからだと言おうとして、それでは期待していたと思われそうで言いかけた言葉を止めるが既に遅い。

「俺がどうした? ……なんか、期待でもしちゃったとか?」

 口角を上げて微笑むその顔に見惚れそうになりながらも、文句のひとつでも言ってやろうとするのに睨みあげるので精一杯。

「それを言ってほしければいくらでも心から言うけど、逆に晴香が言ってくれるんなら離してやってもいいかな」

 どうする? と聞いたところで、どちらにしても恥ずかしい思いをするのは晴香のみ。選択肢などあってないようなものだと抗議すると裕輔は考えていたのだが……。

「……なら、絶対言わない」

 腕の中で大人しく抱きしめられていて、それはある意味口先だけの言葉を言って離れるよりも素直に心の内を吐露している態度であると彼女は気がついているのだろうか。

「ん、ありがとう」

 意地っ張りな晴香は抱き返しこそしなかったけれど、返事代わりに抵抗をやめてもたれるように額をくっつける。そんな彼女の性格を知っているから、裕輔もそれ以上何も言わず、愛おしそうに抱きしめなおした。

 まだまだ振り回されてしまって、落ち着いたカップルになれる日はほど遠いのだろうが、心の中にどんどん入り込んでくる彼女から素直な言葉が聞ける日を夢見ながら――

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