ビューティフル 7 |
冥土服!?
冥土服といったか、この男は。
「死装束をわしに着せたのか!」
怒りのまま怒鳴っても、初音と林田博(おおよそ貧弱な男だった。収まりの悪そうなもさもさ頭に、目が異様にでかい)は二人でこそこそと話しているだけだ。
「ちょんまげに冥土服も似合いますなあ」
「出来心なんですけど、気に入ってますの」
「どこで買ったんですか?」
「夜なべで作りました」
「わしの話を聞け!」
二人は同時に直隆を見ると、にっこりと不気味な顔で笑う。
「ええもん着せてもろとるなあ。その服はな、この時代の戦闘服やで。それも超一級の」
「そうそう。このあたしがチビの為を思って作ったんだから。感謝しなさい」
「そう…なのか?」
その割には股のあたりがスウスウするが。
にしても、この部屋は汚すぎる。
初音の部屋も大概散らかっているが(「女の部屋は宇宙なの」と意味不明な言い訳をされた)、それ以上にひどい。
この台の隅にある縮れた毛は、どうみても毛髪ではなさそうだ…。
貧弱男はいそいそしながら、初音の家にあるような白い箱(かなり小さかったが)、を開けた。
「すんません、ビールしかないけど飲みます?」
びーる!
直隆の好物だった。初音はほぼ毎晩これを飲む。
「もらおう。え○すであれば申し分ないが、はっぽうしゅでもよいぞ」
「…木村さん、あなた、どういう教育されてるんです?」
呆れたような博の声に、初音は顔を染めた。
「すみません、給料日に奮発したら、味、しめちゃったみたいで」
☆ ☆
昼間っからビールとしゃれこみながら、初音と直隆の説明に耳を傾けながら、博は驚愕せざるを得なかった。
目の前、ちょんまげのメイド服を着た身長20cmのチビの話は、パソコンで表示された歴史の史実とことごとく一致した。
梅木あたりが知ったら、諸手を上げて喜びそうだな。
同じ研究室に所属する友人が狂喜乱舞する姿が目に浮かぶ。
それでなくともどこぞに売れば、高い値がつくだろう。
だが初音はきっぱりと言い切った。
「この子はあたしの家に来たんです。だからあたしのものです」
四本目の発泡酒のブルドックを開けながら、ろれつの怪しい舌で。
「けど、おれが引き取った方が、はよわかるかも知れんじゃないですか」
「嫌」
「嫌て…。お前はどうやねんな」
「お主についても確信は無い」
お猪口のビールを飲みきった直隆は、それをずいと初音に押しやった。阿吽の呼吸で、初音がお代わりをついでやる。
「で、おれにお前のことを調べろというんかい。都合良すぎるやろ」
「あたしはね、林田さん」
とろんとした目が色っぽいな。襲ったら強姦になるんだろうか。ちらりとわいた思いを慌てて散らす。
「直隆が悲しい目に会うのが嫌なんです。自分の預かり知らない所で、色んな変な人にいじくり回されて、もてあそばれて、プライドを散々傷つけてしまうような思いをさせたくないんです。それにあたしの唯一の…」
一気にまくしたて、そのまま横にぶっ倒れた。
「うわあっ! ええっ!? ちょっとっ!?」
「寝ているだけだ」
仰天する博に、直隆が冷静な声を出した。
「三本飲むと、ひっくり返って寝入ってしまう。で、次の日「やだー!どうしよう、また化粧したまま寝ちゃったー!」と大騒ぎする女だ」
「あ…。さいですか」
初音は幸せそうな顔をして、クウクウと寝息を立てている。
この部屋に女がいるなんて何年ぶりのことだろうか。
数えようとして、止めた。虚しいだけだ、と博は苦笑する。
「おれも暇じゃないんやけどなー…」
論文の提出日は迫っている。本当はのんびりビールなぞ飲んでいる場合じゃないのに。
「無理を申しておることは重々承知しておる」
「それが人にものを頼む態度かいな」
それでも、頼られるのは嬉しいことだった。
酒というものは、心を吐露するには打ってつけのものであるらしい。
博は自分でも気付かないまま、直隆に今における違和感について切々と語っている。
物心ついたときから、博は勉強一色の日々だった。それが当たり前だと思っていたし、自分のやるべきことだと考えていた。同い年の友達は全てライバルで、外に出て遊んだ記憶もあまりない。
成長してゆく過程で、ほのかな恋心を抱いた相手たちには、好意をよせられることは無かったし、逆に気持ち悪がられた。ちっぽけなプライドを傷つけない為にも、勉強しかなかったのだ。
ところが、京都の国立大に受かって入学してから、世界は一転した。
灰色の日常から、楽園へと。
親は狂喜乱舞し、息子を褒め称えた。
大学名を出せば、女の子たちは尊敬のまなざしで博を見た。
軟派なテニスサークルに入り、友人もできて、彼女もできた。
まさしく大学デビューだった。
夜の木屋町、新歓コンパ、徹夜の麻雀、青空の下のテニス、明け方まで飲んだ合コン、くだらない馬鹿話、居酒屋のアルバイト、初めてのセックス。
めくるめく日々はキラキラと輝き、あっという間に過ぎ去っていった。
周りのみんなは、社会という荒波へと飛びたっていったが、博は留年することを選んだ。
楽園を出たくは無かったのだ。
最初の違和感は、五年間付き合っていた彼女と別れたことだった。
先に社会人となった一つ下のその子は、仕事が大変でしんどい、とよく愚痴をこぼした。
「大丈夫。なんとかなるて」
だけども、彼女が求めていたのは、そんな軽い励ましではなかった。
結局、真摯に叱ってくれた同じ会社の先輩と恋に落ち、二股されたあげく振られてしまった。
新しい恋人はすぐにできた。が、同じことが三度起こった。
「イライラすんねん」
つきあった当初の憧れるような眼は、明らかに冷めきった軽蔑の色があった。
「なんで卒業して就職せえへんの。ずっと大学におるの。普通のことやろ。博みてるとイライラする」
ああ、そうか。
初めてそこで分かった。
彼女たちは、博自身を見ていたわけではない。名門大学の男が欲しかったのだ。大手に就職して、高い給料を持って帰る夫が。
その証拠に、三人とも「結婚」をよく口に出した。愛情の証だと思っていた。
親だってそうだ。
自慢できる息子が欲しかった。うちの子は京都の国大にいっておりますの。
その自慢の息子は今だに親の脛をかじっている。母親は嘆き、弟を引き合いに出す。
「篤はちゃんと仕事をしているっちゅうのに、あんたはいつまでもフラフラフラフラと…」
かつての友人たちは、社会の前線に出て、バリバリと働いている。結婚している奴もいれば、子供ができた奴もいる。
「うちの課って人使い粗すぎやわ」
「通勤に二時間もかかっとんねん。片道やぞ」
そして博の生活を羨ましがり、昔の大学生活を懐かしがる。彼らの愚痴は、とても楽しそうに聞こえた。
おれは、今、ここで何をやっているんだろう。
人の役に立つことのない研究、かつての楽園にしがみついているだけの日々、足がすくんで進むことのできない未来。
「なあ、お前は…。なんや寝とるんかい」
直隆は空き缶に寄りかかって、俯いている。
辺りはすっかり暗くなって、時計の針は八時を指していた。
博は電気をつけると新しいビールを取りに、台所へと向かう。
説明 | ||
身長20cmの侍と現代女子のお話。 のはずなんだけど、また風呂敷が広がりそうな予感…。 |
||
総閲覧数 | 閲覧ユーザー | 支援 |
564 | 551 | 2 |
コメント | ||
天ヶ森雀さま:コメントありがとうございます。趣味です、趣味。(まめご) 夜なべして戦闘服を縫って貰えるとは、直隆も果報者ですな(笑)。(天ヶ森雀) |
||
タグ | ||
ファンタジー オリジナル 侍 恋愛 | ||
まめごさんの作品一覧 |
MY メニュー |
ログイン
ログインするとコレクションと支援ができます。 |
(c)2018 - tinamini.com |