恋姫?夢想〜乱世に降り立つ漆黒の牙〜 第七話
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「どこからか、バカ笑いが聞こえる気がするわ」

 

「は?」

 

突然の雪蓮の言葉にヨシュアは彼女の方へと顔を向けた。

 

「なんとなくそんな感じがしただけなんだけど…。ま、いいわ。冥琳、仕込みはどうなってる?」

 

「仕込みはほぼ完了。決行の日取りは伝えているから、近いうちに袁術に一報が届くころね」

 

雪蓮の言葉に冥琳が応える。

 

現在、独立に向けての決起の相談をしていた。例によって、城庭の開けた場所に集まり、袁術の送った監視に気をつけながら話を進めていく。反董卓連合からしばらく時間が流れ、雪蓮の元に、人や物が集まるようになってから、袁術と雪蓮の仲はぎくしゃくしてきていた。

 

袁術が嫌がらせ…のようなものをしてきているようだが、それはいつも的外れなものばかりで、全くの実害がなかった。というより、何もしなくても向こうが自滅してくれていた。

 

「ふ〜ん。それで、さっき報告にあった呂蒙って子。信用できるの?」

 

「ああ、一応事前にヨシュアに確認してもらったが、袁術や他の諸侯の密偵ということもなかった。それに、まだ未熟ではあるが、なかなか見所がある。今後の呉を担う人物となりそうよ」

 

そうなのだ。呂蒙という少女が新たに仲間に加わったのだが、一応、ということで冥琳から彼女の身辺調査を頼まれていたのだ。結果は先の冥琳の言葉通り背後関係は全くなかった。それにヨシュアから見ても、なかなかに頭のきれそうな人物だった。そして引き締まった体つきをしており、元々は武闘派だったというのを納得させるものだった。

 

…ただし、人見知りが激しそうな感じはしたが。

 

「そう、なら蓮華の右腕として育てましょうか」

 

「ああ、そうしよう」

 

「ところで、こっちの準備は?」

 

「全て完了しているわ。あとは事態の推移を見守るだけ」

 

「準備万端。とうとうこの時がきたということだね。…なんだか館の外が騒がしい。噂をすれば、とはいうけど、とうとう始まるんだね」

 

「ああ。…雪蓮。ここからはあなたの演技にかかっているわ。頼むわよ」

 

「了解。それじゃ、ヨシュア、ついてきてくれる。いつもどおりに」

 

「了解」

 

伝令の兵がこちらに駆け寄ってきたのを確認すると、雪蓮はそちらへとゆっくりと歩いていく。ヨシュアは姿を隠し、雪蓮の護衛の任へとついた。

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結果を言おう。やはり袁術陣営はバカだった。愚かだった。抜けていた。

 

江東の各地で農民が一揆を起こし、袁術の居城へと向かっているのでそれを討伐しろ、と袁術の側近の張勳が伝えにきた。

 

それだけならばまだいい。散々、雪蓮が、自分が画策しました、というような言葉を吐き、極めつけには、袁術に頸を洗って待っていろと伝えたのにもかかわらず、張勳はのんきにも

 

「はぁ〜い」

 

という返事をして帰っていったのだ。それには思わずヨシュアも脱力した。袁術と張勳がバカだ、というのは分かっていたが、まさかここまでとは思わなかった。張勳が立ち去ったあと、ヨシュアは姿を隠すのをやめ、雪蓮や冥琳の元へと歩みを進め、冥琳を見た。彼女は呆れて、なにやら疲れたような顔をして口を開いた。

 

「開いた口が塞がらないというのはこのことだな。全く」

 

「楽だからいいけどさ、最後の皮肉にも反応がなさ過ぎて、なんかつまんないわね」

 

「皮肉、というよりも結構ストレート…いや、直球すぎると思ったけど…あれはちょっとね」

 

その場にいた全員が同じ思いなのか、ヨシュアの言葉に溜め息をつきながら頷いていた。

 

「まぁ、いいや。興覇、幼平」

 

「はっ!

 

「はいっ!」

 

雪蓮の声に、先ほどとは打って変わり、真剣な顔に戻った思春と明命が返事をする。

 

「移動の準備、お願いね」

 

「「御意!」」

 

二人は即座に行動を開始する。そして穏も兵站を担当すると言ってその場を後にした。

 

「準備が出来たら、すぐに出発しましょう」

 

「了解」

 

雪蓮たちも、その場を後にした。独立という言葉に胸を膨らませながら。

 

 

 

拠点を出発した雪蓮たちは江東へと着々と駒を進めていた。表向きは、だが。今回の一揆は、あらかじめ各地に散っていた蓮華たちが偽装していたもので、途中で彼女たちと合流する手はずになっていたのだった。

 

「前方に軍勢を発見!旗は黄!そして孫家の牙門旗!黄蓋様、孫権様です!」

 

前曲を率いている明命の声がこちらに届いてくる。

 

「よし、大丈夫だとは思うがどこに袁術の目があるかわからん。興覇、ヨシュアと共に警戒を怠らないでくれ」

 

「「了解」」

 

今回の作戦を行う際、袁術の目が厄介なので、出陣してから少し待ち、それからヨシュアがその目を思春と共に排除しておいたのだが、万が一、ということもある。まぁ、仲間が排除されたのを見て、逃走しようと目論んだ袁術の手の者は全員拘束したのだが、それでも平静を保っている有能なものがいるかもしれない。

 

…実際はそんな人材はおらず、全員排除されているか、拘束されているのだが。

 

「三姉妹の久しぶりの合流かぁ」

 

そのとき、雪蓮が嬉しそうに笑った。

 

「三姉妹?雪蓮にはまだ妹がいるってことかな?」

 

「そ、尚香って言ってね。弓腰姫とかよばれるくらいおてんばだけど、とっても可愛い妹ちゃんよ」

 

雪蓮の言葉からはその尚香という妹を愛しく思う気持ちが感じられた。ヨシュアは、本当に可愛がっているんだな、と表情を緩める。同時に、自分にとっての妹でもあったレンや同じくらい大切に思っていたティータのことが頭に浮かんだが、それを軽く振り払った。

 

「きっとヨシュアのこと、気にいると思うわ。…先に言っておくわね、ご愁傷様」

 

「雪蓮、それはどういうことかな?」

 

ヨシュアはその意味が分からずに苦笑しながら尋ね返した。雪蓮は笑うだけで何も応えてくれなかったが、冥琳がそれに応えてくれた。

 

「多少、イタズラ好きでな。それに孫呉の中では一番女らしい方だ。喰われんように気をつけるんだな。まぁ、ヨシュアなら問題ないとは思うが」

 

「はは、少し怖いな」

 

「ん〜、でも将来的には尚香にも胤を注いでもらわなくちゃいけないんだから、気にしたって意味ないわよ。…あら、合流の準備が整ったみたいね、いきましょ」

 

雪蓮は準備が整ったらしいのを確認して、ヨシュアたちを連れて蓮華のいる方へと向かっていった。

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「おっねぇさまーーーーっ!」

 

初めて聞く、元気のいい声が前方から聞こえてきて、一人の少女がこちらへと駆けてくる。それを見た雪蓮も笑顔でその少女を出迎える。

 

「シャオ、元気だった?」

 

「もっちろん!毎日水浴びしたり街で遊んだりして楽しかったよ!」

 

「勉強はちゃんとしてたの?」

 

「もっちろん!」

 

雪蓮の問いかけにシャオ、と呼ばれた少女は即答するが、ヨシュアはなぜか直感した、「あれは嘘だ」、と。そして、それを証明するように、蓮華がため息混じりで口を開いた。

 

「嘘をつけ。子布に言いつけられた宿題を一度たりともやってなかったではないか」

 

「本当の智っていうのは、机上の本読みで会得できるものじゃないもんね。それに私は体を動かす方が性に合ってるも〜ん」

 

なぜかエステルの顔が浮かんだ。彼女も体を動かす方が性に合っていると何度も言っていたから、そのせいだろうか。

 

そして尚香はこちらへと視線と体を向けてきた。

 

「あなたが天の御使い?」

 

「確かに、雪蓮たちはそう言って広めようとしているね」

 

「ふ〜ん。私の名前は尚香。真名じゃ小蓮っていうの。シャオって呼んでね」

 

「僕はヨシュア・ブライト。よろしく、シャオ」

 

「ん。よろしくしてあげる」

 

シャオはヨシュアの返答に、満足そうに笑顔で頷いた。そして、自己紹介が終わるのを待っていたのだろう、隣にいた蓮華が柔らかい笑みを浮かべて口を開いた。

 

「……ヨシュア。元気だったか?」

 

「ああ、元気だったよ。蓮華も元気そうでなによりだ」

 

「ええ、私も元気にしていたわ。ところでお姉様。お姉様に引き合わせたい人間がいます。…亞莎」

 

「は、はひっ!」

 

蓮華はヨシュアとのやり取りで浮かべていた微笑みを消して、真剣なものへと変えて雪蓮へと向き直る。そして蓮華の声に、緊張した声を出して、一人の少女が進み出た。

 

「この者の名は呂蒙。字は子明。我らの新たな仲間です」

 

「冥琳とヨシュアから報告は聞いてるわ。…今回の一揆騒ぎもあなたが計画を立て、実行してくれたそうね。それに、将来有望だとも。…ありがとう、そしてはじめまして呂蒙。我が名は孫策、真名は雪蓮。あなたの真名、もらってもいいかしら?」

 

「はひっ!真名は亞莎と申します!あ、あの、英雄で在らせられる孫策様にお会いできて、光栄です!」

 

「こちらこそ。亞莎、あなたの命、私が預かる。期待してるわよ」

 

「は、はひっ!」

 

呂蒙はひたすら緊張していて、体がガッチガチに固まっている。雪蓮はそれを微笑ましく見つめて、そして蓮華へと向き直った。

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「蓮華、亞莎にヨシュアのこと、伝えてるの?」

 

「はい、そのことについては亞莎も了承してくれています」

 

「そう。なら、ヨシュアのことも紹介しなくちゃね。…亞莎、この男の子がヨシュア・ブライト。我が孫呉、最強の武将の名をほしいままにしている子よ。それにあなたの夫となる男よ」

 

すでに予定、という言葉もなかった。そしてヨシュアもすでに反論する気もなかった、というより、諦めていた。

 

「は、はい」

 

顔を真っ赤にしながら呂蒙はこちらを見てくる。一見すると険しい表情だが、嫌悪や憎しみといった負の感情が見えるものではない。

 

「僕はヨシュア・ブライト。よろしく、呂蒙」

 

声をかけると、更に顔を赤くして、服で顔を隠してしまった。そして、ちらり、と服の袖の間からこちらを見て、すぐにまた隠れるというのを繰り返している。ヨシュアは対応に困り、苦笑しながら蓮華や雪蓮を見る。

 

「気にするな。亞莎は恥ずかしがり屋でな。…照れているのだろう」

 

「て、照れてはいませんっ!ただちょっと怖いだけです」

 

「怖い?…僕が?」

 

「いえ、見慣れぬ人が怖いんです!」

 

ヨシュアは雪蓮と顔を見合わせて首をかしげる。

 

「わ、私はその…目つきが悪く、人を不快にさせてしまいますので…」

 

「どこが?」

 

「私もそんな風には見えないけど…。亞莎、顔を見せなさい」

 

雪蓮の言葉に亞莎は渋々と手を顔から離す。

 

「良い目だね。軍師っていうのが似合う鋭い目だ」

 

「私もそう思うわ」

 

「そうでしょう?私も何度も言っているのですが、どうやら本人は目つきが悪いと思い込んでいるようで」

 

「そんなことはないよ。うん、いい目だ。僕は気にいったよ」

 

ヨシュア、聞く人が聞けば、勘違いしてしまいそうな言葉に、呂蒙は顔を赤くすると、少し焦ったように口を開いた。

 

「あ、あの!私の真名は亞莎です!この名前、あなたにお預けします!」

 

「ありがとう、亞莎。よろしく」

 

「は、はひ!」

 

「ふふ、気にいられたみたいね。まだしばらくは慣れないかもしれないけど、これから少しずつ仲良くなっていきなさい」

 

「これで顔合わせは済んだな。ではそろそろ動こうか」

 

一連の出来事を静観していた冥琳がようやく口を開いた。それに雪蓮は先ほどまでの笑みを消し、真剣な顔になって頷くと、部隊の戦闘に立つ、そして冥琳や蓮華、ヨシュアたちはその後ろへと立った。

 

「孫呉の民よ!呉の同胞たちよ!待ちに待った時が来た!」

 

「栄光に満ちた呉の歴史を。懐かしき呉の大地を!袁術の手から取り戻すのだ!」

 

「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーー!」」」

 

兵士たちはこの時を待っていた、と高らかに雄叫びを上げる。雪蓮はそれを真正面から受け止め、高揚する精神を感じながら再び声を上げる。

 

「敵は揚州にあり!雌伏の時を経た今、我らの力を見せつけようではないか!これより孫呉の大号令を発す!呉の兵たちよ!その命を燃やし尽くし、呉の為に死ね!」

 

「全軍、誇りと共に前進せよ!宿敵、袁術を打ち倒し、我らの土地を取り戻すのだ!」

 

「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーー!」」」

 

そして、その行軍の音を響かせながら、とうとう呉の兵士たちは、行軍を開始した。

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「前方に寿春城が見えました!敵影なし!」

 

「………」

 

「ええっ!?敵影なしって…」

 

思春の言葉に雪蓮は驚いた声を上げる。ヨシュアは何か言う気力すらなかった。蓮華も同じようでただ頸を振っている。

 

「敵城に動きあり!城壁に兵が出てきています!旗もあがったようです!」

 

「おっそ!…袁術ってもしかしてバカ?」

 

「もしかせんでもバカじゃな」

 

今さら動き始めた袁術軍を見て、シャオが信じられないというように声を上げる。それに祭も頷く。だが、ヨシュアは言いたかった。「袁術じゃない、袁術を含めた周りがバカなんだよ」と。

 

…言いはしなかったが。

 

「あんなのに今までいいように使われてたなんて、涙が出そう」

 

「それもこれで終わりなんだから、別にいいじゃないか」

 

「ヨシュアにはこの悔しさは分からないわよ。…本当に泣きたくなってきた。あら、城門が開いたようね」

 

「旗は…張!大将軍張勳の旗のようです!」

 

思春の言葉に一部の人間が首を傾げた。

 

「大将軍って…どのあたりが大なのかしら?」

 

「馬鹿の頭につく言葉が大なのだろう」

 

(…結構ひどいこというなぁ)

 

ヨシュアはそう思ったが口には出さない。特に反対できるような点も見つからなかったというのもあるが。

 

「ま、袁術ちゃんの相手をする前に準備運動と行きましょうか」

 

「準備運動になるか、甚だ疑問ではあるがな」

 

祭の言葉に皆が神妙な顔で頷いた。見たところ、相手の兵の士気自体も、そう高くないように見えた。

 

「敵軍突出!こちらへ向かってきます!」

 

「了解。蓮華。この戦い、あなたが指揮をとってみせなさい」

 

「え、私がですか?」

 

いきなりの雪蓮の言葉に、蓮華は、きょとん、とした表情で雪蓮を見つめ返す。

 

「ええ、張勳なんて軽くひねっちゃいなさい。あ、でもヨシュアは今回使っちゃだめよ。ヨシュアを使ったら難易度がさらに低くなるから」

 

「はい!では孫仲謀、これより全軍の指揮を執る!各部隊迎撃態勢を取れ!突出する敵を半包囲し、一気に粉砕するぞ!」

 

「応っ!」

 

蓮華の声に兵士が応え、次々と抜刀する音が響く。そして、こちらへと迫る張勳の軍を迎え撃った!

 

…のだが、蓮華の指揮で、突出してきた部隊を蓮華の指揮通りに半包囲し、殲滅しようとしたのだが、ヨシュアの目に映る、明らかにやる気のない軍は、少しだけ呉の軍と矛を交えると、すぐに撤退していった。諦めるのが早いにもほどがあるだろう。

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「敵、城内に後退しました!」

 

「よし、ならばすぐに城門へ接近「駄目だよ」…ヨシュア?」

 

敗走…と言えるのかどうかわからないが、撤退する敵を追撃して、城門を接近しようとする蓮華をヨシュアが止めた。訝しげにこちらを見てくる蓮華を、そこで見ていて、とその場に留めておくと、ヨシュアは城門に向かって軽く走り出した。そして、ヨシュアが城門に近づこうとして、即座に身をひるがえして引き揚げた次の瞬間、先ほどまでヨシュアがいた場所に大量の矢が降り注いだ。

 

「と、今のように、城門に近づいていたら、こっちの軍勢はあの矢で少なからず打撃を受けていたってこと。理解できたよね?」

 

戻ってきたヨシュアが蓮華にそう言うと、蓮華も自身の判断ミスを理解したのか、少し、落ち込んだ顔で頷いた。

 

「ヨシュアの言うとおりよ。敵が城に退くときは確かに好機だけど、逆の場合も多々あるわ。さっきヨシュアが見せてくれたのはその一例。前の戦いで戦場に出ていたのは張勳のみ。…ということは、袁術は未だ城内で部隊を指揮…していると考えるのが妥当でしょう」

 

袁術が指揮、とは言ったが、雪蓮は袁術が指揮しているなどとは全く考えていなさそうであった。というより、張勳が勝つ、と信じて玉座で偉そうにしていそうな気がした。

 

「指揮系統が顕在の場合、敵兵の動きをよく見て、接近しても良いかどうかを判断する。…それが総大将の役目。覚えておきなさいね」

 

「はいっ!」

 

蓮華は、雪蓮言うことを一言一句聞き洩らさないようにして、頷いた。そんな蓮華に、雪蓮は満足そうにうなずいた。

 

「敵は城内に退いたが、城壁の兵士に動揺は見られない。ならば、もう一波来るのは確実でしょうね」

 

「ええ、今のうちに部隊を再編しましょ。後方に待機している予備隊を合流させて」

 

「分かった」

 

「次も蓮華が総大将として部隊を指揮しなさい。ヨシュア、今度は蓮華の補佐をお願い」

 

「了解。雪蓮は…聞くまでもないね」

 

彼女は恐らく袁術の軍を撃破した後は、袁術自身と決着をつけに行くのだろう。だからこそ、蓮華に軍の指揮を任せたのだ。

 

「分かりました。総大将の任、立派に果たして見せます!」

 

「あまり気負う必要はないわよ」

 

雪蓮は笑みの形に目を細めて、蓮華を見る。そして、つまらなさそうに口を開いた。

 

「あ〜あ、どうせ戦うなら曹操みたいな英雄と戦いたいわ。軍略と武勇、その二つを極限の状態で競い合ってみたい」

 

雪蓮の言葉に祭はその通りだと頷いているが、冥琳や穏はやめてほしい、という顔をしていた。

 

「物騒なこと言わないで頂戴。さっさと袁術を撃破しないと、それこそ事態の整わないまま、曹操と戦うことになるわよ」

 

「むぅ、それはあまり嬉しくないのぉ。策殿、いや、今の総大将は権殿であったな。儂に先鋒の役目を与えてくれい。というか与えてくれるじゃろ?」

 

暴れたいのが丸わかりの祭の言動に皆は苦笑する、そのとき、明命が声を上げた。

 

「敵城開門!袁と張の旗が見えます!」

 

その言葉に、期待した顔で祭が蓮華を見た。蓮華はそんな祭を見て軽く笑うと、口を開いた。

 

「分かったわ。先鋒は黄蓋に命じる。たくさん暴れてきなさいな」

 

「当然じゃ!では権殿、号令を!」

 

蓮華はその言葉に頷くと、兵士たちの方へと向き直った。

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「聞け!呉の将兵よ!この戦いこそ呉の未来を占う一戦!皆の力を今一度、孫家の渡しに貸してくれ!そして皆で掴もうではないか!輝ける未来を、誇るべき郷土を。そして、我らの子孫が笑って過ごせる平和な刻を!」

 

「おぉぉぉぉぉぉーーーーーっ!」

 

蓮華の号令に、兵士たちが高らかに声を上げる。

 

「皆の命を燃やし尽くせ!剣で斬り裂き、矢で貫け!孫呉の牙で袁術の喉笛を食いちぎれ!」

 

「城門を突破して城を落とす!振り向くな!戦って死ね!」

 

「応っ!」

 

「駆けよ!栄光ある孫呉の未来のために!全軍突撃――――っ!」

 

蓮華の号令に、一斉に兵士たちが動き出す先鋒を務めるのはもちろん祭である。祭は弓に矢を番えて次々と敵兵を射抜いていく。

 

「袁術軍の腰ぬけども!この黄蓋にいくらでもかかって来るがいい!だが、心せい!かかってくるからにはその命、落とすことになるということを!」

 

祭の声に反応した袁術軍の兵士たち祭へと向かうが、次々と放たれる矢に貫かれ、戦場に屍をさらしていく。

 

「はっ、他愛ないのぉ」

 

祭は呆れたように袁術軍を見据え、さらに暴れようと隊を進める。他の場所でも、思春や、明命の率いる部隊によって、袁術軍は撃破されていく。

 

呉の軍の兵士の、高揚した声が上がるたびに、敵兵の断末魔の声が聞こえてくる。ヨシュアは、蓮華の方へ近づいてくる敵兵のみを斬り倒し、状況の把握にその意識の大部分を割いていた。

 

 

しばらくすると、戦線を維持できなくなった袁術軍はそこかしこで敗走を始め、ある一部隊の中に、どこか見たことのある二人、袁術と張勳を見つけた。袁術たちは城に入ると、門を閉めようとしていた。

 

「く、門が!誰か、門を閉めさせるな!」

 

籠城戦となってしまえば、余計な時間がかかってしまう。そう思い、焦った蓮華は、城門を閉じるのを阻止しようとさせるが、一番近い部隊でもぎりぎり間に合わない。駄目か、と思われたそのとき、ヨシュアが動いた。

 

「できるかどうかは分からないけど…任せて」

 

ヨシュアはそう言うと、蓮華の下から離れて城門へと疾走する。疾走しながら双剣を抜き放ち、閉じられた城門へと目標を定める。痩せ狼や、剣帝ならそう苦もなく行えるであろう行為をヨシュアはしようとしていた。城壁にいた兵士もすでに逃げたようで、矢による妨害もなく城門へと接近し、跳躍した。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

珍しく、雄叫びを上げながらヨシュアは双剣を城門の上から下に向かって一閃する。皆が固唾を呑んで見守る中、ヨシュアは地に降り立ち、肩で息をしながら城門を見上げた。しばらくは何も変化はなかったが、やがて、ズッ、という音がして、鈍い音を立てながら城門がずれ、崩れ落ちた。

 

「なんとか成功したみたいだ」

 

ヨシュアの城門崩しの成功はそう高くはない。まず、ヨシュアの力がそれほど高くはないことから技で斬るしかない。そして元の世界でも何度か城門崩しを行ったことはあるが、武器が耐えきれないという問題があった。それは盟主からもらった特別な双剣で問題解決したが、ゼムリア大陸の城門はほとんどが石や鉄でできていたことから、痩せ狼たちのようにはいかなかった。そして、体力の消耗が激しいのも問題だった。

 

よってヨシュアにとって、城門崩しは行えないことはないが、その成功率の低さからあまり行いたくはないものだった。だが、この世界というより、この時代の門はゼムリア大陸のそれよりも頑丈ではなかったことが幸いし、今回は成功していた。

 

味方の兵たちは最初こそ驚いていたが、すぐにヨシュアの行為に士気を高め、蓮華の指示で、城内へと侵入していった。

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「ヨシュア、あなたはこんなことまでできたのね。今回は助かったわ、あなたのおかげで攻城戦に割く時間が節約できたわ。でも、大丈夫なの?」

 

「それよりも、僕たちも城内に入ろう。雪蓮ももう中に入って袁術を探しているはずだ」

 

体力を消耗して片膝をついているヨシュアを蓮華は心配するが、今はそんなことにかまっている暇はないので、蓮華を軽く押しのけて立ち上がった。蓮華はまだ心配そうな気配を見せていたが、頷いて雪蓮のもとへと向かった。

 

 

 

雪蓮のところへ着いた時には、雪蓮が袁術たちをさんざん脅した後だった。袁術と張勳は滝のように涙を流し、呉から出ていくことを約束していた。

 

ヨシュアはそんな袁術たちの前まで来て、膝をつき、彼女たちへと視線を合わせた。

 

「張勳、君は袁術のことを大切に思っているみたいだ。だったら、甘やかすだけではなくて、時には厳しく接するべきだった。それをしなかった結果が今表れている。もし、袁術が甘やかされずに育っていたら、もしかしたら雪蓮と手を取り合うという未来もあったかもしれない。そして、これからも袁術を甘やかすだけでは、恐らく彼女は不幸になる」

 

そして、今度は袁術へと視線を合わせた。

 

「袁術、君はもっと自分で考えるということを覚えるべきだよ。そして我慢するということも。そして他人のことを考えるということ。自分のことだけを考えていたからこそ今がある。君は呉を出ていかなければならないけど、これからもそんな考えでいるようでは、この先生きていけないと思う。もしくは、さっき張勳にいったように不幸になると思う」

 

袁術と張勳はそんなヨシュアをぼーっと、見つめていた。彼女たちにとってここまで真剣に、自分たちのことを言ってきた人間はいなかっただろう。ヨシュアはこれからがあるのだからまだ、遅くはないと思い、彼女たちに少しばかりの助言をした。

 

…間違った道を進む人を正しい道に戻すように仕向けるのも遊撃士としての使命だろうと思うから。エステルが自分を変えてくれたように。できるのならば、彼女たちが、少しでもまともな考えができるように。…それはおしつけだとは分かっているが。

 

そして、ヨシュアは懐から袋を取り出すと、張勳にそれを手渡した。

 

「…これはわずかだけど、これからの旅費に使ってほしい。いつか、またどこかで会えたら、成長した君に会いたいと思っておるよ。さ、行くんだ」

 

袁術は小さく「ありがとうなのじゃ」と言って張勳と共にこちらを振り返りつつ、その場を去っていった。

 

「甘いんじゃないの?」

 

「雪蓮も十分に甘いと思うよ。でも僕は、まだ彼女たちならやり直せると思ったから、助言したんだよ。おしつけだとは分かってる。でもこんな僕が変わることができたんだから、彼女たちもきっと出来ると思ってね」

 

「そう」

 

雪蓮はヨシュアにそれだけ言った。

 

「城内の制圧、完了しました!」

 

そこに亞莎が駆けこんできた。

 

「御苦労さま。…各部隊はこれより城下の治安維持に務めよ!すぐに統治活動に入るわよ。蓮華、あなたも手伝って」

 

「はいっ!」

 

 

袁術の追放が成功し、ようやく雪蓮たちは自分たちの国を手に入れる事が出来た。ようやく、他の諸侯と同じ立ち位置に立つことができる、そうヨシュアたちは信じ、未来を夢見ていた。

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揚州内、寿春城近くのとある山に一人の男が立っていた。その姿はまずこの辺りではみかけない格好で、なにやら杖のようなものをもっている。その顔には酷薄な笑みが浮かべられ、その足元には事切れた男が数人と、一人の満身創痍の男が蹲っていた。恰好からして、彼らはこのあたりで猟か何かをしていた村人らしい。

 

「なるほど、ここは孫策という人が治める呉という国、そして現在その孫策が滞在している城がこの近くにあると。そしてその呉を興す戦いから半月ほど。他に何かありますか?」

 

「そ、それと!孫策様や孫権様の傍には常に、ヨシュア・ブライト、とかいう天の御使いと呼ばれるお方が控えていらっしゃるようです」

 

ヨシュア・ブライト。その名前を聞いたとき、男は僅かに目を見開き、狂気の混じった笑みを浮かべた。

 

「ヨシュア、そうか。彼がここにいるのか。あのときは折角の時を邪魔されてしまったのだった。くくく、これは仕返しをするべきだと、そういうことか」

 

男から注意を離された村人は這って逃げようとするが、その直後、雷に打たれて絶命した。

 

「さて、どこか利用の出来そうな人間を探すとしよう。そうだな、ヨシュアや孫策と敵対するもので二人に恨みを持っている人間がいい」

 

村人を殺害した男は狂気に満ちた笑みを浮かべながらその場を立ち去って行った。

 

説明
お久しぶりです、へたれ雷電です。

最近色々と忙しく、時間がとれません。
しかし、今回は文字数は過去最長です。
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コメント
なっとぅ様>誤字発見ありがとうございます。自分ではないと思いつつたくさん…(へたれ雷電)
連投失礼します。 8p城内の精圧、完了しました!→制圧 9p陽州→揚州 ですよね。(なっとぅ)
8pヨシュアは「これかた」があるのだからまだ、遅くはないと思い→「これから」でしょうか?(なっとぅ)
神龍白夜様>できるだけ早く更新できるよう頑張ります(へたれ雷電)
更新待ってます!!(リンドウ)
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