真・恋姫無双 〜美麗縦横、新説演義〜 蒼華繚乱の章 第九話 |
新・恋姫無双 〜美麗縦横、新説演義〜 蒼華綾乱の章
*一刀君は登場しますが、メインは基本的にオリキャラです。
*口調や言い回しなどが若干変です(茶々がヘボなのが原因です)。
第九話 水面下
再び、僕は見覚えのない景色を目の当たりにしていた。
夜闇に浮かぶ月。切り立つ断崖。
遠方に響く音声は荒々しくも何処か歓喜に沸き、建てられた陣には高々と牙門旗が掲げられていた。
足元に転がるのは、誰かの骸。
見れば、僕の全身は血で真っ赤に染まっていた。
景色が変わる。
『―――これが、貴様の望んだ結末か?』
誰かが云う。
酷く侮蔑を強めた、けれども何処か悲愴な声音で。
『哀れよなぁ―――。いくら千里を見通す瞳と、万物を超越せしめた才を以てしても』
酷く嬉々とした、けれども何処か辛そうな声音で。
『―――主一人、守れずに死ぬのだからなぁ!!』
それは、剣を突き立てた。
「…………懿さん、司馬懿さん」
「……ん?」
僅かに揺れる身体に瞼を開くと、目の前にはふわふわとした柔らかな金髪が舞っていた。
寝起きのせいもあってか、それが程cのものだと気づくのにおよそ数秒を要した。
「お城の方から使者の方が来られていますよ」
「ん……分かった」
僕達が陣を敷いたのは、劉備達の居城からやや離れた平原。南方から来る袁術・孫策軍と、北から押し寄せるであろう袁紹軍のどちらも早期に発見できる位置取りだ。
「入れ」
衛兵に告げて中へ招くと、一人の女性がスッと天幕の中に現れた。
「名は?」
問うまでもなかったが、一応の形式として聞いた。
得物の青龍偃月刀こそないが、その身に纏った武威は歴戦の女傑たるに相応しい貫禄。黒髪を棚引かせ戦場を優麗に舞う様は、華琳様が求めて止まないそれ。
「劉備軍が将。関羽、字を雲長と申します」
劉備が一の刃、関雲長その人だった。
徐州に赴任してまだ間もない劉備軍にとって、大軍を擁する袁術、そして精鋭で知られた孫策軍の襲撃はかなり手強いものだった。
更に北方からは袁紹も攻め来るとの報せがあり、劉備陣営にとっては友好関係にある曹操軍の救援があるか否かは死活問題に等しかった。
だからこそ、ある程度の要求には応える必要があった。
しかし―――
「…………その様な求めには、我が一存には応じられませぬ」
「強情だな。……いや、だからこそ華琳様も欲するのか」
曹操軍が求めてきたのは『関雲長の身柄』。
つまり、関羽を差し出せば最大限の援助をしてやる、というものだった。
無論、それに即座に答えられる程の権限があっても愛紗には答えるつもりはない。
彼女にとって『主君』とは桃香ただ一人。
その他の相手に膝を折るつもりなど、彼女の念頭には欠片もない。
「どの道、君らは荊州方面に逃れるのだろう?その時の通行料分も含めて、兵力も、兵糧も、纏めて面倒を見てくれるというのだぞ?君一人の身柄で、だ」
それが如何に有益な事なのか、強調する様に司馬懿は言う。
だが、愛紗の答えに変わりはない。
「私のあるべき場所を決めるは、我が主劉玄徳が下のみ。その様な申し出には、我が一存だけでは応えられません」
「―――それが、友好の打ち切りと引き換えだとしてもか?」
司馬懿が問うと、不敵な笑みを浮かべて愛紗は答えた。
「その様な小者の脅迫染みた行為、世に覇王を自負なさる曹操殿がお許しになるとも思えませんが?」
その答えに、司馬懿は喉の奥を鳴らす様な哂いを零した。
「フフッ……それもそうだな」
組んでいた足を解いて立ち上がった司馬懿は、机の上に置いておいた書簡を手に取った。
「これを城中の軍師殿に渡してくれ。それと……」
不意を突いて司馬懿は愛紗に近寄ると、その耳元で囁いた。
「―――気が向いたらいつでも来るといい。最上の待遇を用意しよう」
甘美な誘いは、並の女性ならば卒倒してしまいそうな程に艶やかな声音で告げられ、しかし愛紗はそれに対して二コリともせず一礼してさっさと天幕を後にした。
「……随分とお気に召した様ですね?」
何故か不満げな声音で風が言うと、司馬懿は口元に手を当てて呟く。
「有能な手駒は、多いに越した事はないだろう?関雲長の武と義は、つまらない妄言の為に擦り減らされていいものではない」
「ホントにそれだけですか〜?」
勘ぐる様な視線を向ける風の頭の上に手を置いて、司馬懿は再び笑みを浮かべた。
「―――交渉の席において、相手に付け入る隙を与える気はないからね。僕は」
『嘲笑』という言葉は、彼にこそ相応しい言葉ではないか。
その表情を見て、風はそう思った。
城に戻った愛紗から手渡された書簡を受け取った朱里は、救援軍の帥が旧知の仲である司馬懿だと知って、内心驚きを隠せずにいた。
(仲達くん……!?どうして……)
自然と行った右手は頬に触れて――既に腫れは引いて痣も残っていないというのに――ズキリと痛みが奔った。
連合軍の陣中で朱里が見つけたその影が、司馬懿本人であるという確信に至るまではそう時間はかからなかった。
その姿を、声を、瞳を、自分が見間違える筈もない。朱里には、それだけの自信があった。
自分と彼との関係は、決して『恋仲』と呼べる程に親しく、『幼馴染』と云える程に甘いものではない。
出会いは幼年、まだ朱里が司馬徽の元に来て日も浅い頃だった。
司馬徽が引き合わせてくれた、彼女の知己の子供―――それが他ならぬ司馬懿だった。
聞けば自分より前から此処に居て、司馬徽の教えを賜っていたという彼は、朱里にとっては兄弟子の様な存在だった。
彼に対し抱いた『好意』というよりは『憧れ』に近しかったであろうその想いは、幼かった朱里が理解するにはあまりにも難しかった。
それからの日々は充実していた。
司馬徽から教えを賜り、後には雛里と語らい、時には司馬懿と討論を交わし……そんな日常が、朱里は何よりも好きだった。
だが―――
月日は光陰の如く流れ、何時しか彼は司馬徽の元から姿を消した。
理由は知らない。
理解する事も、告げられる事もないまま、彼はいなくなってしまったのである。
その時に朱里が感じたのは、『喪失』よりもむしろ『孤独』だった。
友人と呼べる存在は確かに雛里を含め何名か居た。
だが彼以上に、同じ目線で物を見て更に高尚な思考を持つ者が居るかと問われれば、恐らくその答えは――当時も今も――『否』だろう。
だからこそ、朱里は彼がいなくなってしまった事で言い知れぬ孤独感を味わったのだ。
そうして今、目の前には彼がいる。
懐かしく、何処か嬉しい。そんな思いが胸中をしめ、朱里は感情のままに声を出した。
「仲達くん、ですよね……?私ですよ!朱里です!!」
こみ上げる感情のままに駆け寄り、朱里は彼の顔を見ようと司馬懿の正面へと回り込む。
どんな表情をしているだろうか?
歓喜?それとも驚愕?
後者の反応が普通だろうけど、前者なら同じ思いだったという事で嬉しい。
そんな風に考えながら朱里は司馬懿と視線を合わせ―――瞬間、頬に衝撃を感じて吹き飛んだ。
「…………」
ギュッと、朱里は渡された書簡を握りしめた。
あの日、あの時。自分は確かに彼を『恐れた』。
全てを拒絶する様な瞳に、全てを否定する様な瞳に。言い知れぬ恐怖を朱里は抱いたのだ。
嘗ては兄弟子と慕った――もしかしたら淡い想いすら寄せていたかもしれない――相手に。
その事は厳然たる事実として朱里の前に横たわった。
例えその想いが、幼心の延長線上にある『依存』なのだとしても、である。
「……仲達、くん」
小さく、消え入ってしまいそうな声音で朱里は呟く。
震えるその小さな身体を抱きしめてくれる温もりは、そこにはなかった。
「こちらに居ましたか〜」
日が落ちて、未だ国境付近ではあるが袁術軍が確認された頃。
曹操軍が陣を張った場所からやや離れた小高い丘で、風は目的の人物を見つけた。
が、風が声を掛けても当人――司馬懿――は見向きもせず、ただぼんやりと虚空を眺めている様に見えた。
「失礼するですよ〜?」
「…………」
形だけの確認をとり、風はさっさと司馬懿の隣に腰を下ろす。
そうして、彼の視線を追い―――彼の瞳にも同じ様に映っているであろう一番星を見つけた。
「星を見に来たんですか?」
返事はない。
「何か考え事ですか?」
やはり返事はない。
常人ならそろそろ痺れを切らす頃だろうが、それでも風は特に気にした様子もなく淡々とした声音で続けた。
「袁術さんは仲達さんの予想通り、孫策さんを動かした様ですよ〜?」
先程入ったばかりの情報をあっけらかんに呟いても、司馬懿はピクリとも反応せずに虚ろな瞳を虚空に向けているばかりである。
「何か手を打たないと、おバカとは云え大勢力に挟まれたとあっては劉備さん達も風達も大変ですね〜」
まるで他人事の様に話す風だが、やはり司馬懿に反応は見られない。
流石にムッとなった風は、くいくいと彼の袖を引っ張った。
「仲達さん、聞いていますか〜?」
「…………」
「聞いていたら返事をしてくれると、風は嬉しいですよ〜」
「…………」
全くの無反応、である。
「生きていますか〜?」
「……煩い」
漸く返ってきた第一声は、静かな苛立ちを感じさせる刺々しい声音で呟かれた。
だが風は特にそれを気にも留めず、相変わらずののんびりした口調で続けた。
「おやおや〜、これは心外ですね〜。風は軍議もほっぽり出して何処かに遊びに出かけている総大将さんを呼びに来たのに、何で怒られているんでしょうか〜?」
「遊びに出てた訳じゃない」
「では、何の狙いがあって此処に?」
スッと、鋭くした眼光を風が向けると、司馬懿はそれに見向きもせずに再び視線を虚空に向けた。
「……別に。ただ、一人になりたかっただけだ」
本当にそれだけしか考えていなかった様な、ぼんやりとした声。何一つ感情を感じさせないそれは、続く司馬懿の言葉と共に再び風の鼓膜に響いた。
「―――なぁ、風」
「何ですか〜?」
「此処から飛び下りれば、僕は死ぬか?」
「………………はい?」
突拍子もなく呟かれたそれに、風は疑問符を浮かべながら首を傾げた。
ふと視線を下に向ければ、露出した岩肌がごつごつとしているのが見て取れる。
考えなくてもそんな答え解りきっているだろう、と風は内心思い、言外にそんな胸中の思いを込めて視線を司馬懿に向けた。
そんな風の視線をどう受け取ったのか、司馬懿は軽く肩を竦めた。
「……冗談だ。気にしないでくれ」
言って、司馬懿はさっさと丘を降り始めた。
その背を見届けて、改めて風は丘の下を眺める。
「……どういうつもりなんですか?仲達さん」
答えは、返ってこない。
その呟きは、風と共に空に消えた。
それから数日後。
けたたましい鬨の声と共に、袁術軍がその姿を現した。
その行軍は大河の様に延々と大地を進み、見様だけなら圧倒的な戦力にも思える。
そう、『見様だけ』なら。
「数は上……さて、質の方はどうかな?」
本陣で地図を眺めながら、司馬懿が呟く。
傍らには風、菫を始めとした諸将が控えており、彼の下命を待っている状態だ。
「袁術の他に敵は袁紹が予想される。こちらは主力ではないから、上将が一万も兵を率いれば充分迎撃出来る……さて、誰かやりたい者はいるか?」
が、司馬懿が席上をぐるりと見回しても誰も名乗りを上げようとはしない。
敵の規模は不明とは云え、相手は河北四州を平らげた名家・袁家。
その主力ではないにしろ、大軍が予想される相手と正面切って戦いたいなどというつわものは早々いまい。
例外として自分達の君主が上げられるが、彼女こそ千年に一人いるかいないかという英傑だと皆が知る為これは除外する。
ともあれ、誰一人進み出ない状況を長引かせる訳にもいかず、司馬懿はため息を一つ零した。
「…………仕方ない。徐晃、頼む」
「ふ、ふぇっ!?わ、私なんですかぁ!?」
いきなりの指名にビクリとして、肩と声を震わせながら菫が口を開く。
「む、むむむ無理ですよぉ!!私の指揮なんて大した事無いし、相手は数も分からないくらい多いんですよぉ!?」
「別に真正面から迎撃しろとは云っていないし、殲滅しろという訳でもない。ただ、時間を稼げばそれでいい」
言って、司馬懿は手元にあった駒を取り地図の上に置いた。
「敵は南から袁術・孫策軍。北からは袁紹軍が迫っている」
地図上の緑の駒の上に一つ、下に二つそれぞれ駒を置き、更に緑の駒のすぐ傍に青色の駒を置き話を進める。
「だが袁術と袁紹は共同戦線を張る事はない。恐らく、自陣の被害をより少なくして徐州を奪おうという腹だろう。特にこの点に関して袁術は顕著だから、奴の攻撃はほぼ無いと見て良い」
言って、緑の駒の下に置かれた駒の内、大きい方を取り除く。
「袁紹に関しては……奴は数にモノを云わせた力攻めしか能がない。陣をしっかり構えて迎え撃てば、内部の統制も取れぬ奴らは勝手に自壊してくれる」
「では、そもそも我らが救援に出る必要はなかったのでは?」
将の一人がそう言うと、司馬懿はまるで可哀そうなモノを見る様な視線を、発言した人物に向けた。
「何だ?まさか僕が本気で劉備を助けて、袁両家を討つとでも思ったのか?」
その言葉に一同は息を呑んだ。
だがそれを気にした素振りも見せず、司馬懿は席上を見まわして他人事の様に言った。
「この軍の本当の目的は、劉備軍の救援などという下らぬ事ではない」
後記
茶々です。
表現どころか内容が散々になりつつある茶々ですお久しぶりです。
先日、表現に行き詰った気晴らしに本作メインである司馬懿君を描いてみました所、思いのほかよく出来ていたのでアップしようかと思った瞬間、「あ……これチラシの裏やんorz」。
……そんなどうでもいいような事で何故かやる気が削がれていた3月半ば。
さて、次回は曹操&劉備軍VS袁術・孫策&袁紹軍の徐州攻防戦。
徐州の命運は?曹操軍の真の狙いは?
全ては(多分)次回明らかになる(はずです)!
追記
以前凍結したアンケについての判断も、次回までに決めようと思います。
説明 | ||
茶々です。 お久しぶりです。 展開に詰まらず表現に詰まるという奇怪な状況に陥り気がつけば二週間…… 漸くの投稿です。 まぁリアルの方が当分多忙なのでこれからも更新は遅くなると思いますが、どうぞお付き合いの程宜しくお願いします。 では、どうぞ。 |
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