変わる今、変わらない記憶 |
「……あれ?」
「どうしたの、ソフィ?」
現在、バロニアでの自由行動中。買い物をしていたソフィはガラス越しのショーケースを見ながら頭を傾げていた。
「あのね、シェリア。昔……だったかな?」
「昔?」
「ほら、このお店だけど……なにか大きなものなかった?」
ソフィの指を指すショーケースには小さな椅子があった。ちょうど子供が座れる程度の大きさしかない椅子。
「……ああ、そうかそうか」
「どうしたの?」
ソフィの言葉になにか心当たりがあったのか、しばらくシェリアも考えていたが、やがてなにかを納得したかのように頷いた。
「ほら、昔ここにぬいぐるみがなかった?」
「……ぬい……ぐるみ?」
「そうそう。大きいチーグルのぬいぐるみ! 懐かしいなぁ。そっか、あの時のだ」
シェリアは思い出したように頷く一方でそれを聞いたソフィにはシェリアが喜ぶ理由がやっぱりわからなかった。
―七年前。
まだ子供だったあの日。子供だけのバロニア観光の途中でシェリアはそれを見つけた。
七年前のその店のショーケースに大きなチーグルのぬいぐるみ。大きくて本当に生きているようなぬいぐるみ。
「アスベル、ヒューバート! これ見てこれ!」
子供だったシェリアにはそれは憧れにも近い物だった。ラントでは見たことないそれは大きくて温かくて……欲しくて。
だけど子供にはちょっと手が届かないくらいに高い値段だったそれは結局は諦めるしかなかった。
せめて忘れないようにとずっとそれ見ていた。記憶に焼き付けるように……それこそアスベルから出るように言われるまでずっと見ていた。
「……そっか、あれは売れちゃったんだ」
今では椅子だけ置いてあるということはそういうことだろう。あの頃を思い出すと椅子だけ置いてあるこのショーケースはすこしだけ寂しく見えた。
「シェリア、どうしたの?」
「……え? あ、ああ、ごめんなさい。ちょっと思い出しちゃっただけだから気にしないで」
「そう?」
もしかしたらヘンな顔をしていたのかもしれない。ちょっと心配そうにソフィが見ていたのでシェリアはちょっと慌ててしまった。
ただソフィに再度聞いてみたが、やはりソフィは覚えていなかった。あの頃の自分がいかにあれを欲しがっていたのかと思おうとすこしだけ呆れたりもする。……なにせ今でも明確に覚えているくらいだし。
「おーい、二人とも。いい加減にこれ、持ってくれないか?」
「僕たちだけじゃ持ちきれないのですけど。……みんなの装備もあるんですから」
「「あ」」
気づいたら後ろでアスベルとヒューバートが買い物で増えた荷物と悪戦苦闘中だった。
「ご、ごめんなさい! ソフィはヒューバートの半分持ってあげて。……あ、そうだ」
この二人は覚えているかどうか気になったので思い切って聞いてみた。……やっぱり忘れ去られていたが。
「さすがに子供の頃のことですからね。……それに、あの頃の僕はたぶん、それどころではありませんでしたし」
「……ごめんなさい、ヒューバート」
「あ、いえ! あくまで昔のことですから!…… に、兄さんはどうなんですか!? ここの騎士学校にいたんですから知っていると思ったのですが」
慌ててアスベルに話を振るが、当の本人はやはり思い出せないのかショーケースを見ながら唸っていた。
「あ、アスベルもそこまで必死になって思い出さなくても!」
「え? いやでも」
「さ、さあ行きましょう! ね、ね!」
なんだか色々と恥かしくなってきたのかシェリアは慌ててまくし立てた。
結局は子供の頃のちょっとしたことに延々と付き合わせるのも悪いし……内容が内容だけにさすがに恥かしいわけで。
いきなり先頭になってズンズン歩き出すシェリアにソフィとヒューバートは何事かとは思いつつもついて行った。……なにか腑に落ちないが。
「……あれ?」
なにか考え込んでいたアスベルは気がつくと一人置いていかれそうになって慌てて走り出した。
「……そっか、忘れてた」
夕食もそこそこに済ませたシェリアはシャワーを浴びるのもおっくうなのかそのままベッドに転がった。
(そういえばあのぬいぐるみ、結局誰が買ったんだろ?)
やはり昼間に見たあのショーケースのことを思い出してしまう。誰が買ったのか? ちゃんと大切にしてくれたのか? 気になって仕方ない。
目をつけたから、というあさましい理由だからではない。大体、あのぬいぐるみは売り物であってただ憧れていただけだ。……今更。
子供の頃の思い出に引きずられる自身のことを考えるとやはり溜息は耐えない。これも悪い癖なわけで……事実、アスベル達みんなが忘れているのは仕方ないのに自分だけは未だに鮮明に覚えていて、だからこそ彼らが思い出さないことに落胆してしまう。
なんだか……置いていかれた気分なんだ。ずっと病気だったあの頃はただアスベル達に追いつこうと必死で必死で。
だけどずっと一緒というわけにもいかなかった。ソフィはあの時に重傷を負ったまま今まで会えなくて、ヒューバートもオズウェルの家に養子になって……アスベルも騎士学校に行ってしまって……。
必死になって呼び止めてもその声は届かなくて……結局みんなに……アスベルに……おいてかれて……。
せめて思い出だけは大切にしたかった。あの時、直らない病のせいでいつ死ぬのかもわからなくて……せめて思い出だけは大切にしないと一人のまま死んでしまうと思って……怖かった。
……今はもうその病もない。あの頃別れたみんなとも一緒。
あの時に一度置いてかれてから七年もかかったけど、ようやく追いついたけど……それでも怖いって思うことがある。
置いていかれたくない。忘れられたくない。ヒューバートにもソフィにも……なによりアスベルには……。
だけど、それはやはり"勝手"なのかもしれない。ソフィは変わらないけど……ヒューバートもアスベルもあの頃とは立場も性格もなにもかもが変わってしまっている。
それを思うと……やっぱり置いてかれたと思ってしまう。
(私、間違ってるのかな? やっぱり昔のように戻れるって考える事も本当は……)
…………"勝手"なのだろうか?
(あの時、"約束"もしてたのに。……アスベルの……ばか)
「シェリア、いるか?」
ふと、アスベルの声がノックと一緒に聞こえた。いきなりすぎて慌てて乱れてるかもしれない髪と服をチェックしてしまう。
「いないのかー?」
「あ、開けるから……ちょっと待って!」
急いでドアを開けた頃には冷や汗ですっかり汗だく。……シャワーくらい浴びればよかった……!
「えっと……なんかしていたなら後でいいけど」
「……いいの……! ちょっと……焦っただけだから……!」
なーんか、見られたくないのだが出てしまった以上は今更引き返すわけにもいかず、シェリアは内心でひたすら落ち込んだりもする。……最もそんなところはやっぱりアスベルは普通に気づかないわけだが。
「……で、なに?」
「あ、ああ。……その、実はさ」
アスベルは言いにくいように頭を掻いていたが、やがてポツリと話を切り出した。
「教官から騎士学校の寮に置いてある俺の荷物をいい加減に引き取って欲しいって言われてさ、一人だとさすがに大変だから手伝ってほしいんだけど……いいかな?」
「…………はい?」
「あーもう、しんっじらんない!」
そもそもの発端はヴィクトリアがマリクにアスベルの荷物がいつまでも置いてあるのでいい加減に引き取ってくれないと新しい生徒が入寮できないと文句を言ったことらしい。
当のマリクはパスカルを連れてとっとと酒場に行き、ヒューバートも嫌味をさんざん言った挙句に断った。……その際にソフィにまで自業自得だから手伝うなと釘を刺したらしい。
そんな事情のおかげで結局は手伝い要員としてシェリアだけ連れて来ることはできた。……ただしそのシェリアにしても文句たらたらだったりするが……。
「こういうのってアスベルの管理問題でしょ! どうして今まで気づかなかったの!?」
「いや、だって今まで忙しかったしさ。それにいつかやろうと思ってたけど……その……やっぱり忙しくてさ」
「忙しいならなんでも許されるって思わないで! もう、掃除はできてもこれじゃ意味がないじゃない!」
「……はい、すみません」
騎士学校で培った掃除癖のおかげで部屋そのものは比較的綺麗だったのだが、整理する荷物がやっぱり多くては意味がない。
文句たらたらでもなんとか手伝ってくれるシェリアにはありがたいが……なんとなく一生頭が上がらないのではないかと思うとなんだか情けなくなるアスベルだった。
「……だけどさ、今日やれたのはもしかしたら正解だったかもしれないな」
「え?」
シェリアはアスベルの言葉が気になってつい振り向いた。そこには両手で大きな箱を抱えたアスベルがいた。
「シェリア、これ開けてくれないか?」
アスベルが置いた箱は彼の下半身程度の大きさだった。何事かと思いつつも恐る恐る蓋を開けてみたら……そこには、
「……あ」
ぬいぐるみが……あの大きなチーグルのぬいぐるみがその中に入っていた。
「……アスベル……これ」
「ほら、昔、シェリアが欲しいって言ってたぬいぐるみって確かこれだったと思うけど」
「……う、うん。そうだけど、これ買ったのアスベルだったの?」
「ああ。ぬいぐるみなのにどういうわけか10000ガルド。そりゃ、子供じゃ手を出せないよな」
そういって笑うアスベルだったがシェリアにはまだ信じられなかった。アスベルは……覚えていてくれた?
「だけどさ、あの頃は騎士になるのに夢中だったけど母さんやシェリアにはどうしても謝りたくてさ。……だけど母さんはとにかくシェリアは絶対文句を言うと思ってさ。……だから五年くらいかかったけど、なんとかやりくりして買ったんだよな」
「…………そうなんだ」
「それにほら、約束しただろ。あの時」
『ほら、もう行こうぜ、シェリア』
『やだ! もうすこし見ていたいの!』
『……しょうがないなぁ。じゃあ、いつか俺が買ってやるから。それ』
『……本当?』
『ああ、約束だ。まったく、指輪といいシェリアは本当になんでも欲しがるよな』
『い、いいじゃない! だって欲しいんだもん!』
「今だからバラすと、観光したかっただけの方便のつもりだったんだけどな。……悪い」
そういってアスベルはまた頭を掻いていた。ただ、どういうわけかシェリアはなにも言ってこないのでなにか嫌な予感がした。
怒ってると思いつつもシェリアのほうを向いてみると……、
「し、シェリア! なんで泣いてるんだよ!」
「……ぐずっ……だって……アスベルが……悪いんだからね……!」
シェリアの顔は涙でぐちゃぐちゃ。さすがにアスベルが慌てて謝るのだが、シェリアはそれでもやっぱり泣いてしまう。むしろ優しくしてくれるので余計に泣いてしまう。
慌てているからアスベルはそれが嬉し泣きだってことにも気づかない。……だけど、本当に嬉しかった。
まだ置いていかれたわけじゃない。いや、誰よりも忘れていてほしくないアスベルがシェリアの"勝手"を覚えていてくれたのが……本当に嬉しかった。
だから泣いてしまう。だから止まらない。……だから……嬉しい。
―まだ……置いていかれてない。また……一緒だから……それが一番嬉しい。
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グレイセスでアスシェリメインで書いてみました。 幼馴染は最高でアスシェリは最高だと思ってるのでヘンなことになってないかなーと思いつつ…アスシェリ愛はぶつけたつもりかもですw |
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