真・恋姫無双 〜美麗縦横、新説演義〜 蒼華繚乱の章 第十話
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新・恋姫無双 〜美麗縦横、新説演義〜 蒼華綾乱の章

 

 

*一刀君は登場しますが、メインは基本的にオリキャラです。

 

*口調や言い回しなどが若干変です(茶々がヘボなのが原因です)。

 

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第十話 ただ一度だけの共闘

 

 

 

 

 

出立の前夜、司馬懿は華琳に呼ばれて彼女の私室へと足を運んだ。

 

その途中、閨で桂花を可愛がっていた所に出くわしたとか閨で春蘭を愛でていた所に出くわしたとかイロイロあったが、別段気に止めた様子も見せずに司馬懿はそれらが済むのを待つ事にした。

 

出陣の支度は全て整っており、戦で使う策の準備もある程度済んでいる。

事ここに至って何かしらの想定外が起きたとも考えにくい以上、彼に不安要素は何一つなかった。

 

「遅くなってしまったわね、仲達」

 

薄い寝巻一枚という何とも扇情的な姿でも、椅子に腰かけて悠然と出迎えればそれなりに様になるのだから不思議なものだ、と司馬懿は内心眼前の少女に呆れつつ感嘆を洩らした。

 

「……何か御用なら、別に情事が済んでからでもよかったのでは?」

 

照れた様子一つ見せず、淡々と司馬懿が言う。

すると華琳は予想通りの反応にニヤリと笑みを浮かべた。

 

「へぇ……あれだけのモノを見ておいて顔色一つ変えないなんて、随分と太いじゃない?」

「別段興味もありませんので」

 

感情を感じさせない怜悧な一言。

流石にこれにはムッとなったのか、華琳は眉を顰めた。

 

「あら?それはつまり、私や春蘭達には魅力がないと?」

「態々人を夜中に呼びつけて、分かりきった答えを聞くのが御身の趣味でしたか?」

 

下らない、とでも言いたげに司馬懿は付け足した。

 

「貴女や春蘭殿に何の魅力もなければ、誰一人ついてきたりはしませんよ」

 

肩を竦めてさも当然の様に言い放つ司馬懿に、華琳は先程とは違った微笑を湛えた。

 

 

 

「で、一体何の用なのですか?徐州の事なのでしょう」

 

今更何を、といった風に司馬懿が問う。

 

すると華琳は口元に笑みを一つ湛えて問うた。

 

「ええ。仲達、貴方にちょっと頼みたい事があるの」

「関羽を引き抜け、というのでしたら御免被らせて頂きます」

 

全てを云い切る前に釘を刺すと、華琳は面白くなさそうな表情を浮かべた。

 

その表情が想像出来たのか、司馬懿は目に見える程に呆れを露わにする。

 

「……まさかとは思いましたが、やはりそうでしたか」

「『不可能』ではないでしょう?」

「『ほぼ不可能』です」

 

苛立ちを露わすかの様にして、司馬懿は鋭い眼光を華琳に向けた。

 

「アレは大徳とやらに無二の忠誠を誓っています。その信頼を揺るがさない限り引き抜きは不可ですし……そもそも、信頼を揺るがす手立てがまるでないというのが現状です」

「こちらに降らねば盟約を打ち切る、と伝えてみれば?」

 

華琳の提案に、しかし司馬懿は口元に呆れた笑みを浮かべた。

 

「貴女が出来ないだろうと思う事が、どうして僕に出来るんですか?」

「……それもそうね」

 

大して残念そうにもせず、華琳は椅子に体重を預けた。

 

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夜闇の静寂が部屋を包み、月明かりが窓から差し込む。

部屋の中を照らす光は雲間に見え隠れし、割と近くに位置する筈の両者の表情はしかし、お互いにしっかりと確認する事は出来ない。

 

「用がお済みでしたら、僕はそろそろ私室に戻ります」

 

言って席を立とうとした司馬懿は、不意に思いついた様に口を開いた。

 

「……ああ。でしたらこういうのはどうです?」

「聞くわ。話してみなさい」

 

華琳の方に向き直ると、司馬懿は淡々と告げた。

 

「関羽をこちらの陣営に直接引き込むのが不可能なら、華琳様手ずから篭絡してしまえばよろしいかと」

「……呆れた。篭絡するにしても、私の閨に招くまでをどうするのよ?」

「そのお膳立ては僕が尽力いたしましょう。如何です……っと、聞くまでもありませんでしたね」

 

月明かりに垣間見えた華琳の表情に、司馬懿はほくそ笑んだ。

 

 

 

 

 

(考えてみれば、随分と滑稽な話だ……)

 

陣中が慌ただしくなる中、司馬懿は嘲笑を浮かべて一人思考に耽っていた。

 

(たかが女一人得る為に国三つを動かす……人材を欲するにしても、此処までくれば充分『狂気』だな)

 

云うまでもなく女とは関羽の事で、国(といっても表向きはあくまで漢王朝の支配下なのだが)三つとは劉備、袁紹、袁術を指す。

 

華琳の人材狂いは、何も今に始まった事ではない。

優秀な人材を欲するのは、乱世を制そうと云う野心家ならば誰でも取りつかれる欲望の一つ。

 

ただ華琳の場合、それが異様とも云える程に凄まじいというだけの事なのだ。

 

例えば河北の袁紹だと、人材を欲するにしても『表面』に囚われやすい。つまりまず真っ先に選考されるのが家柄だとか評判だとかで、その人物の内面や才覚は二の次になってしまいがちなのである。

しかし華琳の場合、人格だの何だのは捨て置いてでも優秀な人物を欲する。それこそ、それまでの形式に拘る連中を侮蔑するかの様に人材収拾に躍起になる。

 

だからこそ彼女の元には人が集い、彼女がいるからこそ人は集う。

 

だが、それは同時に―――

 

(一人の英雄により築かれた天下は、一人の英雄の死と共に終わりを迎える……)

 

司馬懿の念頭に浮かぶのは、ただ危惧。

曹孟徳という一人の英傑で築かれた天下は、曹孟徳の死と共に衰退をたどるのではないかという、ただそれだけだった。

 

それこそ、嘗て秦王朝が始皇帝の死と共に衰滅していった様に。

 

そんな、ただ一時の平穏しか招けない天下を掴む為に戦わねばならないのか?

もっと他に、民草により永く平穏を享受させられる道があるのではないか?

 

(―――ハッ!何を馬鹿な!)

 

これではまるで、盲目的に己が正義を押し付ける輩と同類ではないか。

独善的な英雄を語るつもりも、そんなものになるつもりも司馬懿にはない。

 

(下らない考えはここまでだ。どの道、今は―――)

 

思考を区切り、司馬懿は眼前に迫り来る騎馬隊を睨む。

 

(今は―――ただこの戦を勝ち抜くまで!!)

 

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時刻は僅かに遡り、呉軍。

 

袁術の要請と、ある考えを胸中に秘めたままに、雪蓮は進軍を続けていた。

 

「ねぇ、冥琳」

「何?雪蓮」

 

不意に雪蓮は、隣を駆ける冥琳に声を掛けた。

 

「あの話……冥琳はどう思う?」

「―――信じるに値しない。が、用いるにこれ以上のものはまずない」

「そうなのよねぇ……」

 

困った様な、嬉しそうな、そんな曖昧な笑みを湛えながら雪蓮は顔を上げる。

 

「…………けど」

「ん?」

「乗るんでしょう?」

 

無二の親友の言葉に、雪蓮は小さく頷いた。

 

「ええ……ああまで挑発的じゃ、乗らない訳にはいかないじゃない」

 

云って、腰に下げた南海覇王の柄に手を掛ける。

一瞬の溜めの後抜刀したそれは日光を浴びて煌々と煌めき、声も高々に雪蓮は叫んだ。

 

丁度、その切っ先を敵対する―――袁術軍に向けて。

 

「我ら孫呉は、これより袁術軍に攻勢を仕掛ける!積年の恨み、今!此処で晴らせ!!」

 

 

 

刹那、雪蓮の軍がすぐ間近にまで迫っていた曹操軍の本陣で大音声が響いた。

 

「敵を違えるな!!我らが討つは孫呉にあらず!統制も取れぬ烏合の衆、袁術を喰らい尽くせ!!」

 

孫呉の矛先を見て即座に断を下し、司馬懿は次いで斥候を呼んだ。

 

「戦況は?」

「劉備軍が打って出た様で、現在袁紹軍と交戦中。牙門旗は『関』、『超』、『張』、『公』!」

 

斥候の報告に、司馬懿は顎に手を当てた。

 

(ほぼ全戦力をつぎ込んだか……こちらの動きを見て袁術を食い止められると読んだな。―――朱里)

 

脳裏を一瞬過った少女の残滓を即座に切り捨て、司馬懿は再び顔を上げた。

 

(まあいい……どうせ、この一度きりだ)

 

背を合わせ、共に戦うなど、恐らくこれが最後。

だからこその無駄のない動き。一部の隙も見せない連携。

 

一刻だろうと千日だろうと、もう二度と訪れないだろう共闘は、実に呆気なく終わりを告げた。

 

(……フッ、下らない)

 

何を今更、と司馬懿は自分で自分に嘲笑を零した。

 

(あんな事をしておいて、あんな仕打ちをしておいて、今更何だと云うんだ?―――馬鹿馬鹿しい)

 

戦場に木霊する怒声も、歓喜の声も、何一つ司馬懿の耳には届かない。

 

ただ一人。たった一人。

司馬懿は『哂って』いた。

 

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「袁紹軍、来ました!!」

「それでは、愛紗さん、鈴々ちゃんは前衛。星さんは騎馬を率いて横撃。白蓮さんは遊撃部隊として中央に待機していて下さい!」

 

斥候からの報告に即座に応えて、朱里は小さく息を洩らす。

 

「朱里ちゃん……大丈夫かな?」

 

そう問うたのは雛里だ。

 

「何?雛里ちゃん」

「だって……もし袁術さんや孫策さんが曹操さんの軍を抜けてきたら、こっちは隙だらけなんだよ?」

 

それは暗に、司馬懿が『わざと』陣を抜かせるのではないかという危惧も含んでいた。

 

だからこそ、朱里は首を横に振ってそれを否定した。

 

「大丈夫だよ、雛里ちゃん」

「けど……けど!」

 

不安を拭いきれないのか、雛里は朱里の手をギュッと握って無理やり自分の方に顔を向かせた。

 

「また……また裏切られるかもしれないんだよ!?」

「―――ッ!!」

 

僅かに、朱里は下唇を噛んだ。

 

それが何を意味するのか、最早蚊帳の外(もしくは空気)的な桃香には理解出来ない。

出来ないのだが、しかし過去に司馬懿が朱里に対して『何か』をしたのだという事だけは理解した。

 

「今からでも遅くないよ!袁術さん達に備えて、白蓮さんの部隊だけでも―――」

「……大丈夫、だよ」

 

だが、朱里が返したのは雛里が望んだ答えではなかった。

 

「袁紹さんの軍は七万……正直、あれだけの兵を回しても勝てるかどうか少し不安なんだよ?だから、誰も他に回すなんて事出来ないよ」

「けど……けど!」

「―――大丈夫」

 

手を握り返して、朱里は笑み――しかしそれは、今にも泣き出してしまいそうな程に辛く、痛ましいものだ――を浮かべた。

 

「きっと、大丈夫だよ」

 

 

 

 

 

戦は、あまりにも呆気なく終わりを告げた。

 

僕達と劉備軍が、まるで互いに示し合わせたかの様に一糸乱れぬ動きで各方面に全力で当たったのもあるが、やはりろくな訓練もなされない袁紹や袁術の軍では相手になる筈もない。

 

そう。

この戦時中において、確たる盟約が結ばれている訳でもないというのに(最も、それがあったとしても)これ程までに見事な連携は早々ないだろう。

 

だが―――

 

(そこには『信頼』も、『信用』もない)

 

その事は、ごく自然と理解出来た。

当たり前と云えば当たり前の話だが。

 

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むしろ問題なのはここからだ。

今回の戦、本来であれば袁紹や袁術の力をある程度利用して劉備軍の戦力を削げるだけ削ぎ、その上で連中を益州方面へ逃がす必要があったのだ。

 

そうなれば、必然的に劉備軍は華琳様の庇護の元で領土を抜ける事になる。それを口実に関羽を手に入れるなり借り受けるなりすればよかったのだが……

 

(さて、どうしたものか……?)

 

袁術が予想以上に脆く、孫策が予想以上に強く、袁紹が予想以上に弱く。

 

なんにしても、劉備軍の被害が予想を遥かに下回る結果に終わってしまったのだ。

 

大分タカを括った算段だったのか。

はたまた、そうしてしまったのか―――

 

(ハッ、馬鹿馬鹿しい!)

 

そんな筈がない。

 

袁術が弱すぎた。

袁紹が弱すぎた。

 

ただそれだけが原因だ。他に何も理由などない。そうにきまっている。

 

(……兎も角、どうすべきか)

 

既に華琳様率いる本隊は官渡に向かっている頃合いだろう。遠目とはいえ袁紹軍の撤退の動きを見るに、連中はあのまま官渡で本隊と合流する筈だ。

 

となれば、伝令を飛ばす暇もきっとない。

態々こんな事で華琳様の心労を増やす訳にはいかない。

 

それに伝令が着く頃には既に戦闘が―――

 

(…………ん?)

 

不意に、脳裏に何か違和感を覚えた。

あっさりと零れ落ちてしまいそうな小さなモノだが、落としては拙い何かが―――

 

(―――嗚呼、そうか)

 

手なら、あった。

とびきり上等な釣り餌が、直ぐ近くにあるではないか。

 

(まぁ少し厄介な事になるだろうが、華琳様の手腕に委ねるとしよう)

 

僕の役割はあくまで『お膳立て』なのだから。

 

それに―――

 

「随分と楽しそうですね〜?」

「……風、か。気配を絶って後ろに立たないで貰えるか?」

「言葉の割には、あまり驚いていないようですね〜?」

 

風の言葉に肩を竦めて応えると、相変わらず微細な変化しか見せない顔に僅かばかりの思案顔を浮かべて問いかけてきた。

 

「それで、今度はどんな悪だくみを考えたんですか〜?」

「……的を得た言い回しだが、それは止めてもらえるか?僕が『悪者』みたいに思われるじゃないか」

「おやおや〜?仲達さん以上の『悪者』の適役がいるとは、風には思えませんが〜?」

 

こればっかりは、閉口するより他なかった。

 

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「許昌への招待……ですか?」

「ええ。此度の労を労い、打ち続く戦の疲れを癒してみてはいかがかと」

 

夕刻になって桃香の陣営を訪れた司馬懿が開口一番に云ったのは、許昌への凱旋に同行しないかという誘いだった。

 

「生憎と華琳様は官渡へと赴いておりまして、暫くお会いする事は叶わない御様子……ただ、もうじき開かれる宮廷での宴には間に合わせるとの事ですので、その頃までお留まり頂ければ幸いなのですが……」

 

深々と頭を垂れて粛々と云う司馬懿の姿勢に、何処か居心地悪そうに桃香は困った様な笑みを浮かべていた。

 

「聞けば劉備殿の血筋は皇帝に連なるとか……それをお聞きになられた陛下が、是非に一度お会いしたいと仰られておりまして」

 

続く司馬懿の言葉に、一同は息を呑んだ。

 

時の皇帝が会いたいと云っている。

それは一種の勅にも等しく、確固たる命でこそないがそれと同等の効力を有している。

 

特に、皇帝に連なる血族なら尚の事それに重きを置かなければならない。

桃香もまた例に漏れる事はない。何しろ彼女は中山靖王劉勝の末裔を謳っている。

 

その彼女が皇帝の命を断ったとあらば、どんな云いがかりをつけられるか分かったものではない。

 

「分かりました。その御誘い、お受けします」

「良き返事を頂き、私も肩の荷が下りました」

 

桃香の返答に対し、司馬懿の当然だといわんばかりの答え様に雛里は怪訝な視線を彼に向けた。

 

それを感じて取ったのか、司馬懿は不意に視線を雛里に向け―――瞬間、歪な笑みを浮かべた。

それにゾクリと、得体の知れない悪寒を感じた雛里だったが、即座に司馬懿は一礼してその場を後にした。

 

 

 

「桃香様……本当に向かわれるんですか?」

 

司馬懿が陣を去った後、雛里がおずおずと尋ねた。

しかしその瞳には明らかに疑念を浮かべ、暗に行って欲しくないと語っている。

 

だが、桃香は首肯した。

 

「皇帝陛下のご命令だもの……行かなくちゃいけないんだよ」

「そんなの……そんなの、きっと嘘です。そうに決まってます!!」

 

何時になく弁をふるう雛里に周囲は面食らった。

 

普段は朱里の傍に付きっきりで、あまり自己主張するような性質ではないというのにどうして此処まで熱くなっているのか。

 

「雛里……お主、何をそこまで熱くなっている?」

 

尋ねた星以外の面々も耳を傾け、雛里の言葉を待った。

 

「そ、それは……」

「何の理由もなしに疑うってのか?そりゃ、随分とワルなんだな。あの優男」

 

云い淀む雛里の姿に、呆れた口調で皮肉る様に周倉が口を開いた。

次いで視線を桃香に向け、先程より幾分か鋭くした眼光で彼女を睨む。

 

「で?御大将は虎穴に入って何を得るおつもりで?」

 

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「ふえ?私?」

 

が、首を傾げる桃香に隠す事無く嘆息を洩らす。

 

「あのなぁ……許昌っつったら曹操の御膝元。そこに行くって事は、帝奪うとか曹操の首取るとか、そういう目的があっての事に決まってんだろ?」

「え……えぇ!?な、何でそんな不意打ちみたいな事をしなくちゃいけないの!?」

「アンタ……馬鹿だろ」

 

呆れ果てる周倉。が、流石に愛紗が見咎めた。

 

「周倉、流石にそれ以上の暴言は……」

「言わせてやれ、愛紗」

「星!しかし……」

 

 

 

(―――――やはり、揉めているか)

 

天幕の裏で、司馬懿は気配を絶って聞き耳を立てていた。

足元には衛兵が気を失って倒れており、ご丁寧な事に周りから見えない様に物陰に隠してある。

 

(許昌に来ればいくらでも手は打てる……もし来なければ、反命の咎で討てばいい)

 

人物の観察眼においては相応の自負を持つ司馬懿は、皇帝の命と謳えば劉備は必ずこの話に乗ると踏んでいた。

疑わしき事この上ないが、それでも来る以外の方法はない。

 

そして来れば、絢爛豪奢な調度品を以て盛大に持て成して骨抜きにし、バラバラにして使い回せばいい。

華琳ならば、その過程で必ず関羽を閨に連れ込んで愛でるだろうと踏んでの事だ。

 

逃げればそれだけで罪。

晴れて『反逆の徒の討滅』という大義名分の元に劉備を討ち、関羽を手に入れられる。

 

(…………どちらにしても、想定の域を出ないのは残念だが)

 

小さく、気づかれない様にして司馬懿は嘆息を洩らした。

 

―――が、

 

「―――誰だ!!」

 

刹那、一陣の疾風を共に青龍偃月刀が閃いた。

 

 

 

 

 

「……では、関羽の引き抜きは司馬懿に一任なさったと。そういう事なのですか?」

「あくまで『下準備』を任せたまでの事、本腰を入れて取り組む為の準備をやらせているだけよ」

 

官渡へと向かう途中でも部下を労う事を忘れない華琳は、本軍の軍師を務める桂花を閨に呼び愛でていた。

 

そして一通りの情事が終わった後で桂花が切り出した話題が『司馬懿』の事だった。

 

「……随分と重用なさるのですね。あの様な男を」

 

そう言う桂花の口調は何時になく鋭く刺々しい。

 

心の底から嫌う様な、憎々しい様な、そんな声音。

事実桂花は司馬懿の事を不倶戴天の仇の如く思っているのだから、話題に出す事すら憚りたい心持なのだ。

 

それでもあえて桂花が司馬懿の事を話したのは、度重なる彼の重用にあった。

 

登用して間もなく、筆頭軍師たる桂花が取りかかっていた案件を横から掠め取る様にして献策し。

連合の際には、他国の将に手を上げるという暴挙を犯したにも関わらず不問にされ。

 

決定打となったのは、今回の別働隊の総帥である。

 

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通例なら桂花か秋蘭、次点で菫がいるにも関わらずの司馬懿の起用。

此処までくれば流石に『特別扱い』という見方も否めない。

 

「使い勝手が良いのよ。云われた命を忠実に実行し、且つその戦況に対応して的確な処置を為す……前線で戦える武将さえつければ、別働隊としての機能が十分期待できるわ」

「相当、お気に召したのですね?」

 

不満を露わにしながら桂花が呟くと、華琳はスッと手を伸ばし桂花の頬に触れた。

 

「あら、嫉妬?そんな顔も可愛いわね、桂花」

 

云って、桂花が何か言おうと顔を向けた瞬間―――自らの唇と重ね、その口を塞ぐ。

突然の事に目を白黒させた桂花だったが、すぐにトロンとした表情を浮かべてその愛憮を堪能する。

 

暫くそうして、水音を立てて。

やがて離れた二人の間に、蝋燭の光に反射して輝く糸の様な橋がツゥ……とかかった。

 

甘美な味に酔いしれる桂花の姿に満足したのか、華琳は桂花の身体を寝台に押し倒して耳元で囁く。

 

「どれだけ仲達が役に立とうと、私にとっての一番は貴女以外にいないわよ?桂花」

 

妖艶に微笑んで、華琳は再び唇を重ねる。

二人の夜は、まだ長い……

 

 

 

 

 

曹操軍の本陣は、上から下までてんやわんやの大騒ぎになっていた。

 

あちこちで出陣の支度が始まっており、荷物が次々と纏められていく。

 

 

 

事の起こりは数刻前。

司馬懿が本陣に戻った所に始まる。

 

肩口から血を滴らせ、右肩から袖がバッサリ斬り落とされている惨状を目の当たりにした菫がまず倒れ、周りにいた諸将が大慌てになり、どうにか収拾がついた後で風が全員を代表して尋ねると、彼は呟いた。

 

『逃走を図る劉備軍に追撃を掛ける。直ちに支度をしろ』

 

何時になく冷淡な口調で。

何処か凍てついた声音で。

 

反論しようとした者もいた。

戦は終わったばかりだ、官渡はどうするのか、何故友好関係にある劉備を討つのか。

 

諸々の意見を出そうとして、しかし誰もがその鋭い眼差しに呑まれ、下命を聞くより他なかった。

 

逆らえば殺す。

ありありと、その瞳が語っていたのである。

 

「敵は荊州を通り益州に逃れる……天嶮に逃れられれば追い付けなくなる。何としても奴らを捕え、殺せ!!」

 

正しく王の威厳を以て。

正しく狂気の瞳で睨み。

 

司馬懿は叫んだ。

 

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後記

とうとう一刀君地の文にすら出てこなくなった……オリキャラ中心の茶々ですどうもです。

 

 

 

伏線を張るだけ張って回収を後回しって……どういう構成してんだか(自分で呆れてみた)。

回収はしますよええしますとも。ただ現時点で全部回収しちゃうのはちょっと……ってだけですよ。

 

そして朱里、君は一体何をそんなに信じてるの?と突っ込みたい方多いと思いますが、それも追々明らかにするとして……

 

 

 

さて、前回申し上げました通りアンケの件についてですが。

どこかの国の先延ばし大好きな鳩ポッポにゃなりたくないので言明しておきます。

 

リク&アンケは復活します。

 

もうそんなの忘れた!という方の為にリクとアンケの内容を現在進行形で纏めていますので、どしどしご意見・ご要望をお寄せ下さい。

 

それでは、また。

 

 

説明
茶々です。
とうとう話数二桁突入しちゃった茶々ですどうもです。

春休みがとうとう終わってしまいます……全ッ然休めていませんが(苦笑)

展開としてはサクサク進んでいる……方なのか?(基準が分からない) 徐州完結→長坂触れという展開www 官渡には絡みませんね彼ら彼女ら。

そんなこんなで第十話、どうぞ。
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コメント
もう一刀いなかったことにしたらどうですか?(ヒトヤ)
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