堕落_三章:支配者 |
それから亜麻とショウは公園に移動した。二人はベンチに座り、缶コーヒーを口にする。
「ねえ、亜麻さんは5つの時代って知ってる?」
前髪で目元が見えないまま、ショウは話しを始めた。
「・・・・・・何の?」
亜麻はショウを信じる。ショウがいなければ堕落することさえも許されないイデアの世界が延々と続くからだ。
ショウは顔を前に伏せたまま口を開いた。
「神話だよ。」
5つの時代の神話。亜麻はすぐに代表的なギリシャ神話を連想した。
「・・・・・・ええ。少しだけど、大まかな部分だけはね。」
言ってみてよ、と目で合図される。
「天空神ウラノスを殺した農耕(のうこう)神クロノスと神々の母と呼ばれた大地の女神レアが世界を支配した時代。確かこれを黄金の時代と呼んで・・・・・・。」
「黄金の時代。銀の時代。青銅の時代。英雄の時代。そして現在が鉄の時代と伝えられている。・・・・・・けど、それはギリシャ神話だよ。僕が言いたいのは、そんなにメジャーな話
じゃない。いや、それどころかこの世界には伝わってさえもいないのかもね。」
「・・・・・・。」
ショウは顔を上げると、亜麻に精一杯の笑顔を見せた。それが作り笑いだろうが、ショウが見せた精一杯の笑顔に変わりはない。
「闇の時代。ダギダトロンの時代。オミャリジャの時代。ゴギヌの時代。アショウマの時代。」
「・・・・・・。」
ショウは続ける。
「これが5つの時代と言われている。尤も、5つ全ての時代が流れたとき、世界は破滅するというのが伝承だけどね。」
夢を語るようなその表情は、まるで昔を懐かしむと同時に自分自身を嘲笑う姿でもあった。
「闇の時代。それ以前が何なのか想像することさえも許されない漆黒の闇。それはもしかしたら光かもしれないし、そもそも色で例えていいものなのかも分からない。生物も物質も何もかもが存在しない世界。死をイメージするかもしれないけど、元々の命というモノが存在しない以上、『無』の世界と言ったほうが理解しやすいと思う。
闇は負のイメージがある。全ての生物は光に憧れて生きる。そういう意味で、闇の世界と名付けられたんだ。」
台本を読み上げるぐらい更々と言葉を流す。
「ダギダトロンの時代。その無である場所から、『命の大源神』ダギダトロンと『構成の女神』ラヌンアルが生まれた。それは、どれほどの偶然か? それとも確定した出来事なのかはそれは誰にも分からなかった。」
「無から生まれた、ね。比喩かどうかも定かでない言い方。確かに伝えられてきた神話なのね。」
ショウは神話の伝承を続ける。
「ラヌンアルは世界を構成し、ダギダトロンがその世界に命を与えた。そして、二人が交わり、6人の神を産むと、ラヌンアルが創った世界に空と海と大地を作る。その代償として、ラヌンアルは命を失う。世界を造った功績を称えられ、後に構成の女神と崇められるようになる。そして、ダギダトロンはその世界に『人』を創り上げた。それからしばらくして、人はダギダトロンとラヌンアルの子供6人を神と認め、崇めるようになる。その時期に、ダギダトロンは寿命で天命に真っ当することになった。これがダギダトロンの時代。」
すらすらとその不明確な神話を語るショウに、正直関心を持った。
「・・・・・・ショウ君、あなた将来教師にでもなれば?」
「―――それは、どの・・・・・・いや、案外、それもいいかもね・・・・・・。」
子供は、大人への憧れから大人の真似を好む。ショウぐらいの年代なら、もう自分が大人と比べて遜色ないと勘違いをする年頃であろう。
責任という言葉の意味も分からず、使命に縛られることもない子供。しかし、目の前にいる少年は、そんな典型例には当てはまらない。それが異端であると気付いていたが、もはやこの世に正確な物差しが無い以上、どうでもいいことだったりする。
「続けるよ。」
その静かな言葉に、小さく頷く。
「ダギダトロンが他界した後。6人の子供たちは誰が父の代わりに世界を治めるかを討論した。その話し合いの末、母・ラヌンアルの血を一番多く引いた、長女、『時構』の女神オミャリジャが世界を治めた。オミャリジャが世界を統治してから3千年が経った時、6人いた子供は3人に減っていた。それは『継承』の神アエリヒョウと『欲望』の女神ゴギヌの裏切りであった。アエリヒョウとゴギヌは自分たちの欲で最後まで生き残った時構の女神オミャリジャを殺す。ここまでの3千年がオミャリジャの時代。」
話の細部が気になった。
「アエリヒョウとゴギヌには、他の神を殺すだけの力があったの?」
「ゴギヌは空を割り、海を砕き、大地を引き裂く力を持っていた。欲望の神の名に恥じることのない強大な力を持っている。それは父であるダギダトロンを既に超越していた。」
「・・・・・・なら、それだけの力があるのに、何で3千年もかかるの?」
「オミャリジャ。彼女は『時構』の女神に名の通り、世界を構成し続けた。オミャリジャは、自身が統治する世界を別の時空に複製したんだ。何をしても、どんな方法を用いても欲望の女神ゴギヌには勝てない。なら、ゴギヌに敗れたらその世界を自身の手で崩壊させ、新しく創った世界に生とする全ての魂を時空を切り裂き移転して、そして構成をする。」
―――え、
―――それって、まさか、
「そう。」
悲しそうに、ショウは笑みを作る。
「死しても新たな世界が用意されているため、オミャリジャは敗北したもののそれを知る者はオミャリジャ本人以外いない。そうして世界を多数に創り、そして崩壊させることを繰り返し、オミャリジャは敗北を回避し続けた。」
・・・・・・それは、
つまり―――!
「しかしその戦いにもいずれ終点が訪れる。『継承』の神アエリヒョウ。今まで二人の戦いに関与しなかった彼が、ゴギヌに味方したのだ。そうして、オミャリジャは敗北を認め、消滅するしかなかったのだ。」
一息置いて、ショウは続ける。
「オミャリジャは世界を創り、時を遡り、人の魂を構成する。しかし、アエリヒョウは時間の流れと人の魂、記憶、出来事、あらゆるものを継承する。それは『不変』というオミャリジャを無効果できるいっても過言ではない。そうして、オミャリジャは敗北を認め、ゴギヌの手により渾沌に堕ちていった。・・・・・・――――――と、ラヌンアルが持っていた聖書には記されていた。」
「・・・・・・??」
ここまでの話の前にそれの大前提となる要素があるらしい。
気にならないと言えば嘘になる。
だが、そんなことさえもどうでもよく思える発言を、ショウは言ってしまったのだ。
自分の死を認めないが故、新しい世界を創りあげ、そこに逃げ込む。それは―――
今、起こっているこの現象と同じだった。
「亜麻さん。輪廻転生って言葉、知っている?」
「・・・・・・ええ。」
輪廻転生というのは仏教をイメージするが、元々はバラモン教の輪廻思想を受け継いだもの。
その中身はもはや一般人でも理解できる程単純なことだ。
人は死して、生まれ変わる。死ぬまで、良い行いをすればその人生よりもいい身分で生まれ変わり、悪い行いをすれば動物や虫などランクが下がって成り下がるというものだ。
「輪廻転生。・・・・・・・そのシステムを作ったのが、オミャリジャなんだ。」
「・・・・・・。」
「判らない?つまり、この輪廻転生というものは、」
「――――――!。」
そう。ならばこれは、そういうものなのだろう。
「時間を、」
「挟まない・・・・・・。」
「そう。そろそろ亜麻さんも、僕が部屋で言った言葉の真意が分かったんじゃない?」
部屋で託した言葉の意味。そう、その言葉。
『この世界は、僕と亜麻さんのためだけに創られたんだよ。』
この言葉が今の話と繋がる。ならばこの意味は―――。
「やっと気づきましたね。ゴギヌ様。」
そこには、
尊敬と忠誠を誓ったショウが亜麻に向かって跪(ひざまず)いていた。
「・・・・・・なら、彼方は、」
「はい。ケイショウ(継承)の神アエリヒョウです。」
なるほど。
今、判った。
神話の意図。
輪廻転生の現象。
ショウという人物の正体。
そういう、どうでもいいことを含めて、亜麻は理解した。
「堕落しているわけだ。」
吐き捨てるように、ショウに言い放った。
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