いつか君に届いて3 |
家の前でずっと立っているわけにもいかず、一端、達也は自分の部屋に二人を案内することにした。
優佳「へぇ〜、綺麗にしてるんだ」
優佳は達也の部屋を見渡しながら言った。
達也「知ってるんじゃないの? 同じ奴が鏡の中にいるんだからさ」
静琉「いいえ、同じ人でも性格は違ったりするのですよ。それに、何もかも同じではないのです」
静琉も優佳と同じように部屋を見渡していた。達也は恥ずかしくなり、話を続ける。
達也「……その事なんだけど、帰りに色々と考えた事を質問させてくれないかな?」
静琉「はい、お答えできるかわかりませんが」
達也「まずその、転送した時、殺したのではなく鏡の中に強制送還するって言ってたけど、またすぐに戻って来たりしないの?」
優佳「それは結構難しいのよ。こっちに来るためにはとある”物”が必要なんだけど、それは滅多に手に入らない物なの」
達也「その物っていうのは?」
静琉「これです」
静琉は、首に下げてあるネックレスに付いてる、小さな四角い鏡を達也に見せた。
静琉「これを私たちは”鏡(かがみ)の雫(しずく)”と言ってまして、スペースミラーの欠片なのです。極まれに、これが私たちの地球に流れ星となって流れてくるのです。これがあると、こちらの地球に行くことが出来るのです。戻る時にこれは必要ではないのですが、鏡の中の世界へ戻る時に消えてしまうみたいです」
優佳はそれをイヤリングにしているみたいだった。髪をかき分けて見せてくれた。
――と言う事は、また来るためにはそれが必要となる訳か。
達也「へぇ〜。それで次の質問に行くけど、最終目的は誰を強制送還すれば終わりになるの?」
樋口が一人目ということはまだいるってことだし、あと何人そんなことをしないといけないのか気になった。
静琉「それは……まだ分からないのです。一応、鏡を通して達也に教えてもらうのですが……あっ! 鏡の中の達也さんです。ごめんなさい」
慌てて静琉は訂正した。
呼び捨てって事は、鏡の中の俺とは仲がいいのだろうか、と達也は思った。
優佳「私は、さっさと終わらせて早く帰りたいんだけどね」
優佳はこちらに来たことを不満げに言った。こちらに来たとき、少し苛々している様に見えたのはそのためなのだろう。
達也「そう、なんだ」
達也は鏡の中の自分と、静琉の関係が気になったが、次の質問に行くことにした。
そう思った時、突然グゥ〜というお腹の音を聞いた。
「……ごめん、だって朝から何も食べてないんだもん!」
恥ずかしそうに言ったのは、優佳だった。お腹が鳴ったのは優佳らしい。
達也「……簡単なものでいいんだったら、作るけど?」
優佳「おねが〜い」
達也は、ふぅと息をついて立ち上がり、少し待っててと言って、部屋を出た。
達也の部屋は二階で、階段からは一番奥にある。一つ手前で隣に姉の部屋、階段のそばに両親の寝室がある。両親は共働きをしていてまだ帰ってきておらず、大学生の姉も、長い夏休みを利用して友人達と旅行に行っている様で、まだ帰ってきていなかった。
達也「えっと、もやしとメンマと……よし、これならまぁできるな」
達也はキッチンでインスタントラーメンを二杯作った。
それを自分の部屋に持っていくと、待ってましたとばかりに(特に優佳)二人はそれを頂いた。
優佳「すっごく美味しい! これなんて言うの?」
達也「ラーメンだよ。って言っても、インスタントだけど……知らないの?」
静琉「話は聞いた事ありますが、食べるのは初めてです。……ほんとに、美味しいです」
普段は料理を作らない達也は、美味しいと言う言葉にとても嬉しくなった。
達也は高校生になってから、親の作る食事に“頂きます”、“ごちそうさま”を言わなくなった。面倒になって、言わなくなったのだ。
――今度食べるときは、ちゃんと言おうかな。
そう思った達也は二人が食べているのを見て、ちょっとした違和感を覚えた。
達也「あれ、二人とも左利きなんだ?」
静琉「はい。私達の世界では、左利きの方が多いんですよ」
――ああ、なるほど。
確かに、鏡の世界って全く同じって形にはなってないのだな、と納得した。
二人が食べ終わるのを待って、達也は最後の質問をした。
達也「今日はこれで最後の質問にしようと思うんだけど、いい?」
優佳「なに?」
達也「当然、鏡を越えて来るのは世界中にいるんだよね? ってことはさ、アメリカとか韓国とか、海外にも行かなきゃいけないのかな?」
静琉「いいえ。海外にもそれぞれ管理局があって、また細かく担当場所があります。達也さんの担当は、この国のこの地区周辺なのです」
随分とアバウトだな……とは思ったが、海外にまで行かなくていいと知って、安堵したことの方が強かった。
優佳「はぁ、この地区から出ていってくれれば良いのにね……」
優佳の発言は、この地区に違反者がいなくなれば、優佳達は鏡の中の世界に戻れるという意味なのだろう。
達也「……まぁ、出来るだけ協力するよ」
静琉「助かります。達也さんなら、出来ますよ」
達也「ありがとう。さて……この辺にして」
二人には言えない問題がある。この異性二人をどうすればいいのか。
自分の部屋に異性を泊めている(しかも二人)ところを親に見られたら……。
――あっ! 姉貴の部屋がある。
姉貴はまだ帰ってきてないから居ないし、部屋は隣だから何かあったらすぐに行ける。しかも姉貴の部屋は……行けば分かるけど、親が入る事はまず無い。
達也「寝るのは、隣の姉貴の部屋を使うといいよ。姉貴、暫く帰ってこないと思うから」
優佳「隣ね、じゃあ早速行ってみる」
優佳は部屋を見に行った。
静琉「ありがとうございます」
達也「えっと、お礼は言わない方が――」
続きを言いかけた時、優佳のうわっ、と言う声が聞こえた。
――やっぱり。
達也「ごめん。その部屋しかなくて……」
衣類にバッグ、大学のレポートに化粧品と……姉の部屋は、足場が殆ど無いぐらい散らかっていた。しかも、他人が掃除をしようとすると怒るため、家族はみんな姉の部屋は掃除しない。達也も中を見るのは久しぶりだったが、散らかりようは相変わらずだった。
静琉「こ、これくらいなら大丈夫です」
――ほ、ほんとかなぁ。顔、引きつっている様に見えますが……。
でもま、とりあえず今日はなんとかなりそうかな、と達也は家族があまり入らない部屋を見つけて安心した。
夜に両親が仕事から帰って来たが、二人の事はバレていない様だった。風呂は両親が寝た深夜に入るといい、と言った。
達也は二人にお休みと言って、自分の部屋に戻った。
電気を消してベッドの上に横になり、一息つく。
――眠れやしない……。
家族以外が家に来たのは、中学の時に昌宏や他のクラスメイトが泊まりに来た時以来だった。しかも、今回は女の子……。
達也「明日も学校か〜……」
外の街灯の光が窓から入り、うっすら見える天井を見ながら呟いた。二人はもう寝たのか、静かにしているのか、隣から物音は聞こえない。
達也はいつもの様に音楽を掛けながら寝ようと思い、ミニコンポのスリープタイマーのスイッチを入れ、静かに目を閉じた。
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